第25話:美玲、僕の思いを聞いて!

 この日の僕は、病院へ入った。自分がマジックバトルの練習中にケガしたからではない。シュールズベリー・チーフコーチはコンディションを整えることにこの日の時間を多く使うことを僕に説き、練習を早めに切り上げてくれた。

 余った時間を使って僕は、美玲を見舞いに行ったのだ。受付のカウンターに立っていたおばさんの方に向かう。


「柴岡美玲はいますか?」

「ええ、C-5にいますよ」

 それが彼女のいる部屋のコードだ。ここの病院は3階建てで、診察室も伴った1階の病室はA、2階はB、3階はCからはじまる。


 C-5は個室になっていた。そろりそろりと扉を開く。すでにアリスが美玲に付き添っていた。美玲は水をまとったかのような布に覆われ、ベッドに横たわっていた。この病院ならではの火傷の対症療法、「アクアケット」だ。僕が前に入院したときよりもひどめの火傷を負ってしまったわけか。ますます美玲に申し訳なくなってしまう。


「アンドリューさん?」

 アリスが不思議そうな顔で僕に呼びかける。


「お見舞いにきたよ」

「何で?」

 美玲がよそよそしい雰囲気で僕を見る。

「自分で言うのも何だけど、僕、あれからすげえ特訓して、強くなったんだ」


「そうなの」

 美玲は変わらず素っ気ない態度だった。

「僕、もう弱音吐かないよ」

「そういいながら、ビビるんじゃないの? 本番、明日よね?」

「明日だよ。もう炎なんか怖くないから」


「どんな特訓してきたの?」

「炎属性のウィザードと20人掛けしたよ」

「マジ?」

 美玲の冷たい表情が揺らぎはじめる。

「その前に、すげえモンスターと戦ったな。鬼火20~30匹ぐらい潰してたら、親玉の鬼火が出てきてひどい目にあったけど、やっつけたよ」


「ウソ……」

「あと、炎属性のウィザード20人掛けの件、最後がジョセフだったんだけど、アイツのワールフレイムをエクストリーム・リンカーネイションで返して、アイツを練習場の外まで飛ばしちゃったよ」

「じゃあ、アンタは強くなったってこと?」


「強くなった。もう何も怖くない。エドワードにもビビらない。アイツにとびっきりぶつかっていってやるよ。君を会場に連れて行って見せてあげたいところなんだけど、僕が至らなかったばかりに、君は今、そこで安静にしていなきゃならない」

 美玲は自分も申し訳なかったとばかりに、あさっての方向へ目をそらした。

「それ、アクアケットだろ? それでどれだけ火傷がマシになった?」


 美玲は口をつぐんだまま、答えようとしない。

「1週間はこの状態です。その分も含めて、3週間は入院とのことです」

 アリスが申し訳なさそうに代わりに答えた。

「そうか。今なら、美玲に試合を見てもらえると思ったんだけどな。僕、それぐらい自信あると思ったから」


「ビビる、ビビらない関係なく、エドワードはマジックバトルの歴史さえ変えかねない相手なのよ。あれぐらいで自信あるといったって、うまくいく保証なんてないじゃない」

 美玲が投げやりな調子で語った。

「美玲、そんな……」

「明日の会場、ガイザーコロシアムでしょ。この病院から近いもんね。アンタまでこの病院に入院するはめにならないことを祈るわ」


「ちょっと、身も蓋もないこと言わないでよ」

「仕方ないでしょ。あの炎のヘビの恐ろしさ見た?」

「見たよ」

「恐怖を乗り越えるなんて課題を超えたぐらいで凌げるような魔法生物じゃないわよ」

 美玲がシリアスな顔で僕に言い放った。

「それでも僕は戦うよ。恐怖を乗り越えるんだ。絶対に負けないよ」


「アンタじゃ難しいわ」

「僕が負けるというのか?」

「負けるとは言っていない。ただ、甘くない。特にエドワードの対戦相手になると、病院送りは免れない。これまで何人もそうなってきたんだから」

「美玲さん、アンドリューさんのモチベーションを削ぐようなこと言わないでください」

 アリスも思わず心配そうに美玲に忠告する。


「うるさい、アンタは黙ってて」

 美玲はこんな状態でも、アリスをピシャリと一喝した。

「なあ、美玲、どうしちゃったんだよ」

「怖いの……」

「怖い……? 君が……?」

 気がつけば美玲の目が潤みだしていた。


「アンタがこれ以上ひどい目にあうのが怖いの。あの炎のヘビで、エドワードの恐ろしさが全部わかっちゃった気がしたの。炎の恐怖を乗り越えられても、エドワードという名の恐怖は乗り越えられないじゃないかって」

「そんなことないよ!」

 僕は思わず声を大にして訴えた。


「アンドリュー……」

「そりゃ確かに僕は最初、炎が怖くて憎くて存在を認められなくて、嫌なことから逃げ回っていたダメダメなウィザードだった。それは事実だよ。そんな感じで振舞っちゃった自己責任だから」

「アンドリューさん」

 アリスも思いがけないものを見た顔で僕を見つめた。


「でも、僕は学んだんだよ。バトルウィザードになった以上、いろんなものと戦わなきゃいけないって。ずっと戦い続けるんだって、戦うことが人生なんだって。シュールズベリー・チーフコーチにも教えられたし、ジョセフにも教えられた」

「アンドリュー」

「アリスにも教えられたし、ソフィアにも教えられたよ。あと、僕が特訓で戦ってきたモンスターたちにもね。モンスターはウザいやつらばかりだったけど」


「アンドリュー、どうしてそこまで言うの?」

 美玲が涙を流しながら僕に問いかけた。

「このドラゴン・エクスター・アクアにも教えられたからだよ。恐怖を乗り越えることの大切さ、戦うことの大切さを。そして……」

「……そして?」

「美玲、君が教えてくれたじゃないか」


「私?」

「これ、まさか忘れはしてないよね?」

 僕が懐からそっと取り出したのは、あの紙だった。

「『制約書』」

 美玲がそのタイトルを読み上げる。


「これからはじまったんだ。この紙がきっかけで、僕の人生は変わり始めた。最初は信じられないイタズラしやがってと思ったけど、すべてはここからつながってたんだ。僕が変わらなきゃって感じてたから、君はこれを寮とか学園とかにバラ撒いたんだろ?」

 美玲がコクリと頷く。


「僕が弱気なことを言って君が怒ったとき。僕は本気で自分を変えなきゃいけないと思った。じゃないとシェイマーだもんな。たとえこの世にシェイマーという概念がなかったとしても、僕の人生は恥さらしのウィザードとして暗黒をさまようようなものだったと思うよ。それだけは、伝説の杖の主として許せなかったからね」

「アンドリュー、ごめんなさい」


 美玲は謝ると申し訳なさそうにすすり泣いた。

「いいんだよ。僕はただ、エドワードと最後まで戦って、自分だって立派なバトルウィザードだって証明したいだけなんだ。もちろん、最後は僕が勝つ。シェイマーになるのが嫌だから、ドラゴン・エクスター・アクアをパトリシアに渡すのが嫌だからなのもそう。でもそれ以上に、バトルって勝つためにやるものだろう。僕だって勝てるってことを明日見せたいんだ。たとえ相手がユース最強のバトルウィザードであってもね」


そのとき、ドラゴン・エクスター・アクアの先端にあるコアがじわりと輝いた。まさかのタイミングに僕も驚く。

「アンドリュー、お前の心意気に、私はいたく感動した」

「ドラゴン・エクスター・アクア」

 僕は思わず感動した者の名をつぶやいた。


「美玲というのは誰かな?」

 僕は杖を立てたまま、美玲に向けた。

「隣はちょっとどいてくれないかい?」

 アリスが言われるままに椅子を立つ。美玲は人生の鍵を握る告知を受ける乙女のような表情で伝説の杖を見据えた。


「私から君に粋な計らいを差し上げよう」

 ドラゴン・エクスター・アクアはそう告げると、コアから青白い霧を発した。霧は美玲をあっという間に包み込み、しばらくそこにとどまった。僕が魔法を命じたわけでもないのに、霧は美玲の姿をベッドごとかき消した。意思を持っているかのように、彼女ごとベッドだけをピンポイントで包んでいた。


 しばらくして、霧がゆっくりと晴れていった。見た目上、美玲に特に変化はない。むしろ彼女は困惑して、さっきまでの涙を忘れているようだった。

「これで大丈夫だ」

「何がですか?」


 アリスが不思議そうに問いかける。

「まあ、そのうちわかるであろう。私はこれで失礼する」

 ドラゴン・エクスター・アクアのコアの輝きが、ゆっくりと消えた。


「ドラゴン・エクスター・アクア?」

 僕は真相を問うべく杖の名を呼んだが、それ以上の反応はなかった。

「こういうことになったけど、僕、何が何でもエドワードと戦うから。そして勝つから。病室から祈っていてくれるかな」


「私は会場に向かいます」

 アリスが健気な声で話した。

「ありがとう。僕はこれで寮に帰るよ。コンディション整えるためにちゃんと休まないと、チーフコーチに申し訳ないからね」


「さようなら」

「じゃあ」

 アリスの別れの挨拶に一言返すと、僕は病室を後にした。


 病室の廊下を歩いているときだった。

「ひとついいかな?」

 ドラゴン・エクスター・アクアがまた唐突に話しかけてきた。

「さっき使ったのは、アブソリュート・イーズ。年に1回だけ使える私だけのオリジナル魔法だぞ」

「そうだったんだ」

 僕は年1回の重みを噛みしめながら、再び歩き出した。

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