開幕~初歩的な思考だ~
眼下に有る椅子を足で引っ掛けて足場を作り、呼吸を確保してゆっくり縄を解く。
不可。椅子は倒れて遥か下の地面だ。先ず、足が届けばそもそも苦労はしない。
現状を打破するには如何したらいいか?
『縄を引き千切る』と言う方法が先ず上げられる。『結び目が解けないなら壊してしまえ!』という力業は暴力的である様で、縄の再利用を考えなければ一番合理的だ。
この状況では人間の体重がかかる結び目を解くよりも千切る方がより良い。
しかし、それは不可。縄の太さは人の指程は有る。私にそんなモノを引き千切れる程の腕力はそもそも無い。
縄を切る。これならどうだろう?文明の力は人間をチーターの様に地を俊敏に駆け、鳥の様に大空を羽ばたく事を可能にする。
純正腕力で千切れない程太くても、道具があれば切断出来る。
が、不可。縄を切る道具がない。あるものを道具にして切断する?さっきも言ったが、人の指程の太さの縄だ。
爪や歯で少し傷つけた所で如何にかなるか?時間を掛ければ可能だが、今はその時間が無いのが問題だ。
では…………………………………諦めて意識が遠退くまでの間、耐えて死を待つ?
不可。絶対に、一番の不可。
私に自ら死ぬ理由は無い!!
研鑽と研究、計算を放棄して待つという事だけは決してしない。
『不可能だ』・『有り得ない』・『出来っこない』
否定と放棄は人の苦悩と苦痛を消し去り、麻薬の様に人を魅了し、捕らえる。
が、その先に迎えるのは『虚無』一時の解放の為に全てを永遠に喪う。正に麻薬だ。
方法が無い?ならば方法を考えろ。見つけ出せ。無ければ創り出せ。不可能を証明するのは悪魔の証明をするのと同義だ。
さぁ、解決法を創り出せ。
ギュゥゥ
首に掛かる縄が更に締め上げる。
呼吸が……!
手足が痺れ、脳自体が苦痛で悲鳴を上げ、全身の血管がドクドクと足掻く様に脈打つ。
暴れれば暴れる程細胞が酸素を消費し、死に近付く事は解るが、それでも本能は身体を暴れさせようとする。
首が締まる。逃れようと上を、視野が完全に喪われつつ有る天井を目にしたとき、導き出された。
この状況を打破する方法を。
「ん!」
痺れて感覚が無い両手を縄に掛け、怠く重い手に力を込める。酸素はもう無い。
機会は一度のみ、それに失敗したら、私は死ぬ。
………………ぐるり
鉄棒の『逆上がり』の要領で腕に力を籠め、足を頭上に引き上げ、柱へと足を引っ掛けた。
鮮やかな色の服で視界が塞がる。
下に降りられないのなら上へ。思考の逆転が功を奏する事は多々ある。
なに、初歩的な思考だ。
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