第6話 最弱召喚士、翠瞳エルフに手を差し伸べる

「ふんふんふ~ん! ライゼルちゃん、ありがとぉ!」

「ど、どうも……」


 廃村を濁流に沈めたことはともかくとして、植物妖精でもあるイビルが相当嬉しそうにしていたおかげで、毒舌を吐き出すことが無いまま夜を明かすことが出来た。


「もしかして毒舌にも耐えられるくらいに強くなれたのかな……」

「くく、それはキサマの勘違いだ」

「イビルの毒は耐性スキルとは別物だっけ?」

「キサマら人間がよく使う言葉にあるだろう? 単なる気の持ちようによるものに過ぎないとな。少なくとも、幻聴と幻覚には耐えうるスキルを身に付けたということに過ぎぬ。毒舌と感じるのは、キサマが昼間と夜のイビルの変わりようについて行けないだけだ。勘違いしているようだが、イビルの力は毒によるものではないぞ」

「そ、それって、トルエノみたいな力があるってことだよね?」

「そのうち見る機会があっても驚くな。我の力も全てはライゼル……キサマを守る為だからな」

「そ、そうか。あ、ありがとう」


 契る時には何かの痛みを伴ったものではあったけど、彼女たちを召喚してからというもの、気のせいか体力がついた感じがするし、どこからともなく力を貰えているような気さえしている。


「そ、そう言えば、トルエノは人間の食べ物はいらないって言ってたけど、お腹はすくよね?」

「それならすでに済ませた」

「い、いつ?」

「キサマがカエルを呼んだ時、魚も流れて来たからな。焼き魚にして食べたぞ」

「えっ? 魚!? いつの間にそんな……」

「カエルは確かに災いを呼んだが、廃村を沈めた所が川となった。恐らく、この辺りの獣にとっては恵みの濁流となっただろう。だが、人間の住む村には何かしらの影響が出たはずだ」

「そ、そうだよね……えと、俺も魚を食べてもいい?」

「……好きにしろ」

「って、あれ? あそこの岩場に誰かいるように見えるけど? トルエノは見える?」


 濁流と一緒に流れ着いて来たらしい岩場に目をやると、見慣れない耳の長さと緑色に光る瞳をした女性が、岩に必死に掴まっている姿があった。


 気のせいか、俺のことを睨んでいるようにも見えるけど、まさか知らない間に敵に回したとか?


「村では見たこと無い女性に見えるけど……トルエノは知ってる?」

「アレはエルフ族だ。この辺りにいるはずのない狩猟族のはずだが……くくくっ、キサマがカエルを召喚した影響で、狩りにでも出ていたエルフが辺境から流されて来たのだろうな。中々にいい睨みを利かせている」

「そ、そんな……俺のせいじゃないのに」

「だが召喚したのはライゼルだ。我でもなければ、イビルでもない。エルフはすぐに気付いたはずだ。奴らは察知能力に優れているからな」


 トルエノの言う通り、エルフが睨んでいるのは見事に俺だった。幸いなことに武器らしきものを手にしていないみたいなので、弓で射られる心配は無さそう。


「ど、どうすれば……」

「男ならば、やることは一つだ。助けに行け! 水もだいぶ引いて来たことだ。今なら下衣を濡らすだけで済む。ライゼル、行ってこい!」

「水が引いたならエルフの人が自分で……」

「エルフ族は自ら濡れることを嫌う。ライゼルが責任を取って来い!」

「うぅ、行くしかないのか」


 ヴォジャノーイという災い召喚だけかと思えば、同時にエルフも巻き添えで召喚出来ていたなんて、いいのか悪いのか。


 痛みを味わうとしたら、頬を叩かれるとかかもしれない。とにかく彼女に手を差し伸べて助けなければ。


 辺りはすっかりと水が引いて来ていて、下衣こそ濡れるものの、溺れる心配のないまま岩場に近づいた。


『キッ!』


 相当お怒りのようで、言葉を発するよりも睨みに加えて、怒りを我慢しながら歯をくいしばっているように見える。


 不安定な岩場の狭い所で膝を曲げてずっと休んでいたとすれば、無理も無いかもしれない。


「あ、あのー……だ、大丈夫?」

「今すぐわたくしを帰しなさい!」

「か、帰すってのは、もしかして集落にってことかな? それはちょっと無理と言うか……」

「そもそもここはどこです! 返答次第では、ルムデスがお前を裁きます!」


 トルエノの口調と違って、丁寧で透き通るような声をしているエルフさんだけど、言ってることはかなり厳しい気がしてならない。


 これは真面目に謝って、何とか機嫌を直してもらわないと。


「ご、ごめんなさいっ! 間違ってあなたを呼んでしまいました! ここは名も無き廃村だった跡地です。俺は召喚士なので、呼ぶことは出来ても帰すのは簡単じゃないですが、何とかします! とにかく、手を伸ばしてください」

「な、何をされるのです? ルムデスを懐柔されるおつもりなのでしょうが、誇り高きエルフのおさとして、そう易々とされるつもりはありません!」


 今なんて言ったのだろう。長? まさか、エルフの長を呼んじゃったとか?


「へ、変なことはしません! とにかく俺の手に掴まって、岩場から助けますから。地面に足をつけてからいくらでも怒られます! だから、手を……」

「いいでしょう。ただし、少しでも変な動きを見せたら、真空の刃であなたを切り刻みます」


 おかしな緊張の中、エルフの長と名乗る彼女に手を差し伸べると、そのまま彼女は地面に降り立った。


 村でも見たことが無い漆黒の装束に身を包んでいて、間近で見ると長身で耳が長く、瞳の色は翠眼、肩の辺りにまで伸ばした銀と金の色が混ざった髪が、とても綺麗だ。


「何を見ているのですか、召喚士!」

「あ、あなたのことを見てました」

「まさか、石化の視線を浴びせてルムデスを拘束するおつもりですか!?」

「そ、そんな能力は無いですよ。それよりも、あなたの名前はルムデス?」

「名を知って、捕縛をされるというのならこの場で命を絶ちます。何が目的でルムデスを召喚されたのか、説明なさい!」

「ま、参ったなぁ……」


 エルフの長というのは本当で、訳も分からずに召喚されたことで意固地になっているのもあるのかもしれない。聞く耳を持ってくれないみたいだ。


 痛い思いをしてくるでもなく、ただただ説明を求められているのはある意味苦痛かもしれない。


 トルエノは水遊びをしているイビル母さんの元に行ったみたいで、こっちの状況に気付いていない。


『ト、トルエノー!』


 恥ずかしさも忘れて、彼女を大声で呼んでみた。


『騒々しい! 我は今、イビルに掴まって身動きが取れぬ。キサマだけで何とかして見せろ!』


 やはり甘くなかった。


 離れた所に目をやると、トルエノにしては珍しく、イビル母さんに頭を撫でられながら無抵抗で立っているようにも見えた。


「どうなされたのです? わたくしを放置してどこを見ているのです?」

「え、えーと……」


 デーモン小娘なトルエノとイビル母さんを見ていたとは言えず、思わずエルフの長い耳を見ていると、気付かれたのか、耳を真っ直ぐピンと伸ばし始めた。


 その直後だった。


『召喚士! 今すぐここから離れるのです!』


「え? な、何を……? うっ!?」


 気づいた時点で遅く、俺の体は何らかの拘束魔法で動けなくなっている。注意をしてくれたルムデスさんは、太い木の枝に立って身を隠しているみたいだ。

 

 その時点でエルフのルムデスにされたものではなく、明らかに誰かの仕業だということを理解出来た。


「召喚士がわたくしを捕まえるために、多勢の人間を呼んだ……というわけではないようですね」

「人間? あ、あぁぁ……な、何で」


 ルムデスが見ている所を目で追うと、村のギルドで見かけたことのある黒の魔法士と、腕の立つ戦士が人数を揃えた状態で、水の引いた向こう側に立っているのが見えた。


 よりにもよって、トルエノとイビル母さんが近くにいない時に捕まってしまうなんて。


 召喚をする為の両手は見えない魔法で封じられ、手足も拘束されたまま身動きが取れない。


『ロランナ村の恥さらし、ライゼル・バリーチェ! 上級召喚士オリアンをそこなわせただけでなく、罪なき自然を崩した罪は許し難い! お前を村で監禁の後、裁く!』


 村のギルドからの追手に、イゴルやルジェクの姿は無かったものの、相当な腕利きたちであることは間違いがない。


「うううっ! くっ……」

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