第12話 チョコ食いレース

 翌日。


「あの姫川財団も欲している世界最強の遺伝子『M』を持つ男、神村かみむら 龍一りゅういちさんです。

 彼の子供が欲しいか? 彼の愛人になりたいか? 彼のハーレムに入りたいか」


 レイがマイクを片手に言った。


 それはよく響く、よく染みいる声だった。


 広い、いかにも格調高い木造の講堂。


 野外活動の真っ最中だが、俺と理沙はレイが主催するセミナーに参加することになった。


 参加理由は、レイがひた隠しにしていた『一冊のノート』を読んでしまったことに起因する。


 俺がノートを盗み見ることも、レイの計画に含まれていたのではないだろうか。


 彼女の目的は『ハーレム』を作ることだ。


 なぜ、そんな発想に至ったのか。


 ノートにはこのように書かれていた。


 俺は37歳を迎えたクリスマスにサイン会を行い。


 そこで熱狂的なファンに殺される。


 だが肝心の殺害方法と犯人を特定する情報は一切かかれていなかった。


 その『死』を回避するためには『命懸けで守ってくれる女性との結婚』が必須条件だと。


 血文字で書かれていた。


 そしてこのセミナーは、俺の結婚相手を選別するものだ。


 お高くとまった名前も知らない女性と結婚させられるかもしれないと知ったら、黙って見過ごすことなんてできないだろう。


 俺が好きなのは理沙で、結婚したい相手も、もちろん理沙なんだよ。


 それ以外の女性とは、死んでも結婚したくないんだよ。


 だから俺は理沙を誘って、セミナーに参加すること決めたわけだ。


 絶対に理沙には優勝してもらわないと困る。


 でも、そんなに心配はしていない。


 だって、理沙が負ける姿なんて、まったく想像できないからだ。


 参加者は全員『ウチの学校制服』を着用している。


 演壇で固まっている俺を、名家のお嬢さまたちがキラキラした眼差しで見上げている。


 背後の垂れ幕には『愛人説明会――脱少子化』と書かれていた。


 ずらり並んだ木の椅子に、育ちの良さを一目でわからせる完璧な姿勢で座っている。


 そこには井上さんに斎藤さん、愛理沙ちゃんの姿もあった。


 彼女たちも『花嫁』候補ということか?


「世界最強の遺伝子『M』。

 天才児を必ず身籠みごもることができるという神の遺伝子とか。

 ありとあらゆる才能・遺伝子情報を吸収し、蓄積した情報を性行為によって、相手に受け渡すことができるとか……都市伝説……だと……思っており……ましたのに……」


 愛理沙ちゃんの漏らした、そのつぶやきが。


 ゆるいアーチを描く漆喰しっくいの天井にまで届く。


 政略結婚、そんな時代錯誤な言葉がまかり通ってしまうぐらい、しがらみが多いお嬢さまたちは『愛人』というモノに興味津々みたいだな。


「そして勝負方法は」


 レイは、会場全体をしっかりと見渡した。


 会場全体が緊張に満たされている。


「『チョコ食いレース』です」


 チョコ食いレースとは、100個のチョコレート中から1つの当たりのチョコを見つけだす勝負だ。


 パン食い競走と同じで、手を使用は禁止ですが、妨害工作は自由。


 まきびしや、落とし穴、バナナの皮何でもアリだ。


 おそらくレイは、ファンからもらったチョコレートに『毒』が仕込まれていたと考えて、この競技を選択したんだろうな。


 殺害方法としては、十分に考えられるな。


「説明は以上です。

 さあ皆さま、妾が用意した衣装に着替えて、勝負開始です。

 更衣室はあちらになっています。

 ロッカーにはきちんと名前が書かれているので、くれぐれも間違えないでくださいね」


 理沙を筆頭にお嬢様たちは、更衣室のなかへと入っていた。


 ちなみ井上さんは、審判兼カメラマンなので特別個室へと入っていた。


 最後に、なぜ? 開催場所が『山』なのかというと、ヒトの本能を呼び覚ますからだ。




++++++++++++++++++++++




『理沙視点』


「な、なにコレ!? こんな破廉恥な衣装に着替えなければいけませんの?」


「ワタクシの衣装なんて『ヒモ』よ。

 破廉恥きわまりないわ。

 それに、これ、いったい……どうやって着るのかしら?」


「ちょ、ちょっと待って……わたしの衣装……くまの着ぐるみなんですけど。

 これを着て、チョコ食いレースとか? ハード高く過ぎなんですけど」


「よかった? 私のは普通のランニングウェアみたいで」


「お先に失礼するのじゃ」


 シノビの衣装に着替えた跳姫さんは、一足先に更衣室を出ていってしまう。


「お互い悔いのないように頑張りましょうね、姫川さん」


 続いて、見慣れた新体操のユニフォーであるレオタードに着替えた斎藤さんも更衣室を出ていしまう。


「あっ!? いけない。

 わ、私も早く着替えないと」


 慌てて自分のロッカーを開ける。


 ロッカーの中に用意されたコスチュームは『メイド服』だったわ。


 私は素早く体操服を脱ぎ、下着姿になると脱いだ体操服をキレイニ折り畳んでロッカー中に入れ。


 キャミソールを着ます。 


 ※キャミソール以外にも『タンクトップ』や、スリップの場合もあります。


 次に靴下をはきます。


 ※ソファーに座りスカートで靴下を履くシーンって、なんか? エロいですよねぇ。


 あと靴下の種類は、白ニーハイ、黒ニーハイ、黒タイツの3種類です。


 その中から私は『黒ニーハイ』を選択しました。


 そして青と白の水玉模様の可愛らしいワンピースを着ると、後ろについているファスナーを下から上へ閉め。


 続いてエプロンを着けます。


 自分の姿を鏡に映し。


 身だしなみのチェックをする。 


 妙な着方をしていないかと心配になり、私は何度も確認した。


 青と白の水玉模様のフリフリした『エプロンドレス』は、とても可愛らしいモノでドット柄のフリルに飾られたスカートは、まるで満開の薔薇のようだ。


 上半身は、その悩ましい肉体の形状を見せつけるかのような意匠である。


 毎日の鍛練により、程よく引き締まった美脚を包む黒ニーハイとガーターリング。


 金色こんじきの輝きを放つ自慢の髪を、大きな青い『リボン』の頭飾りで結び、とその可愛いさしは跳ね上がり。


 さらにハートの『チョーカ』ーと組み合わせで『お姫様』みたいだわ。

 

 うん。


 ヘンなところはないわね。


 完璧だわぁ。


 でも微妙に胸元とかきつくて、生地が薄いせいか? スースーするし。


 なんでこのスカートは、こんなにもヒラヒラしてるのよ。


 ちょっと動いただけで、スカートがめくれて『パンツ』見えちゃいそうだわぉ。


 だからってここまで来て、逃げ出すなんてできないわよ。




『龍一視点』


「皆さま、衣装にきちんと着替えたみたいね。

 では、スタートのかけ声は彼にしてもらいますか」


「えっ!? 俺……」


「ほら、はやくなさい」


「は、はい。

 位置に着いて、よい!? スタート」


 一斉に走り出す、お嬢さまたちと審判兼カメラマンの井上さんだ。


 ここからの解説は、講堂に取り付けられた大型スクリーンに映し出された映像を見ながらお伝えします。


 いち早く集団から抜け出したのは、優勝候補ともくされる『愛理沙ちゃん』だった。


 他の女子生徒の妨害を受け、理沙はなかなか集団から抜け出せないでいた。


 愛理沙との距離はかなりひらいてしまう。


「姫川さんここは、アタシに任せてください」


 斎藤さんはリボンをまるで手足のように動かし、群がるお嬢さまたちをなぎ倒して、道を切り開く。


 まるで無駄な動きがなく、洗練されていた。


 一体どれだけ……血の滲むような努力をしたのか? わからないほどだ。


 童話に登場する『妖精』を連想させるほど、どこかはかなげで、命のともしびを燃やしているように見えた。


 まさに『泡沫うたかたプリンセス』とはよく言ったモノだな。


 彼女は、そう呼ばれるだけの努力をしていた。


 真摯に新体操と向き合っていた。


 ハイレグタイプのレオタードに着替えたおかげで、惜しげもなく露わになった彼女の身体は、実にいいプロポーションだ。


 視覚的な筋肉量はさほどでもないが、全身がしなやかに引き締まっており、内に強靭なバネを秘めているのが見るだけでわかる。


 新体操は、繊細な動きとアクロバティックな動きの両方を求められるスポーツだ。


 トレーニング次第では下手なところに筋肉がつき、その影響で姿勢の維持が難しくなるなど、カラダのバランスには人一倍、気を遣うスポーツなのだそうだ。


 カラダに覚え込ませていくような『反復練習』を毎日欠かさず行っていた。


 夜遅くまで独りで、居残り練習しているところを何度か目撃したことがある。


 練習場所は、夜の学校の体育館だ。


++++++++++++++++++++++


でターン……。

 う~ん……どうしても上手くいかないな」


 フープを片手に首を傾げていた。


「技術的なことはよくわからないけど。

 成功するためには『明確なビジョン』を思い浮かべることが大切なんじゃないかな」


「ああ、なるほどね」


 そうつぶやいた後。


 斎藤さんはまぶしいほどキレイな笑みで、フープを持って走り出す。


「明確なビジョンか……」


 飛び散る汗。薄ら赤く上気した肌。躍動感ある動き。


 まるで手足のようにフープを操り、軽やかに踊る姿は美しかった。


 目が離せなかった。


 力強さ、生命の息吹、生きる活力。


 ーーーー直接、心に訴えかけてくるようなアツいモノを感じた。


 指先まで神経を集中させている。


 物凄い集中力だ。


 空気が張りつめていた。


で……」


 投げたフープを見事キャッチし、ポーズを決める。


 フィニッシュだ。


 それは真っ白な練習用のレオタードが、一番キレイに見えるポーズだった


「うん……できた。

 できたよ!?

 アタシに足りなかったモノ……それは『想像』だったのね」




++++++++++++++++++++++




「パパ、ちゃんと実況中継して!?

 ボーとしてっちゃダメだよ」


「おお、そうだった」


 まずは最初の障害である『100メートルハードル』を、世界記録を更新できるような凄まじい速さでクリアし。


 続いて、リンゴを頭に乗せた状態で3メートルの長さのある『平均台』を、用意された一輪車で渡るという障害もなんなくクリアし。


 さらに『まきびしとバナナ皮地獄のあみ抜け』や『猛スピードで飛んでくるスーパーボールをスプーンでキャッチゲーム』もあっさりとクリアしてしまう。


 だが、理沙も負けていなかった。


 規則正しく呼気を用いて走る理沙の太ももがスカートを跳ね上げ、脚の動きから遅れて物理現象でもどる。


 地を蹴るたびにプルッと一瞬だけ震え、関節をしなやかに動かし。


 100メートルハードルをクリアすると、木の枝を足場にして、空に跳び上がり。


 メイド服のスカートを翻しながら、常人ではあり得ないような跳躍力で、背の高い杉の木の枝から枝へと飛び移り、まきびしとバナナ皮地獄のあみ抜けをクリアするという離れ業を見せてくれた。


 人並み外れた跳躍力もさることながら、細い木の枝を正確に足場にして、一切バランスを崩さないのも、常識からかけ離れていた。


『猛スピードで飛んでくるスーパーボールをスプーンでキャッチゲーム』もあっさりとクリアしてしまう。


 理沙は愛理沙ちゃんのすぐ後ろをつけていた。


 どっちも化け物である。


 一足先に愛理沙が、最後の障害である『100個のチョコレート中から1つの当たりのチョコを見つけ出せ』に挑戦しようとした。


 一気に加速し追い越そうとした時、理沙目がけてクナイが飛んできた。


 間一髪のところで何とか避けることには、成功したものの、チョコレートは理沙の胸元に挟まってしまう。


「優勝するのは愛理沙お姉様。

 だから、貴女にはここで消えてもらうわ」


 統率のとれた10人ほどのお嬢さまたちに周囲を囲まれてしまう。


 多勢に無勢。


 10人全ての攻撃をかわしきることはできず、レースクイーンのコスプレをしたお嬢さまに羽交はがめにされてしまう。


「いくら暴れても無駄よ。

 ヒサコは関節技の達人だから、決して抜け出せないわよ。

 たっぷりと可愛がってあげるわ」


「ちょっとどこを触っているのよ。

 変態……ヘンなところを触らないでよ」


 踊り子の衣装を身に纏ったお嬢さまが理沙のスカートの中に手を突っ込んだ。


 相手が同性だと分かっていても、理沙は堪えきれず悲鳴を上げた。


「男ウケするイイ身体しているわね。

 このエッチな身体でいったい何人の男をオトしてきたのかしら」


「変なこと言わないでください」


「こんなイヤらしい身体をしているのに、意外とウブなのね」


 楽しそうに笑いながらも踊り子お嬢さまは、理沙のスカートの中に手を突っ込んだまま、モソモソと撫で回すことを忘れていなかった。


「もう、これで愛理沙お姉様の勝ちは……」


「そんなにうまくいかしら」


 姫川さんの体温でチョコは溶け、メイド服はチョコレート塗れになり、チョコレートは三層になっていることに気付く。


 一番上がビターチョコ。真ん中がホワイトチョコ。一番下がブラックチョコになっております。


 一番下のブラックチョコレートに文字が書いてあった『ハズレ』と……。


 それを見た他の女子生徒たちも一斉にチョコレートをペロペロと舐め始める。


「ほら、こんなところで私の足止めをしていていいのかしら。

 もし、私以外の選手が当たりを引き当てる可能性だってかもしれないわよ」


 羽交い締めにされた状態のままジャンプし、見事『チョコレート』をくわえると理沙も負けずとチョコレートをペロペロと舐める。


「確かにこのままでは、分が悪いわね。

 わたしたちも手分けして、チョコレートを舐めるわよ」


「はい」


 だが、なかなか当たりが出てこない。


 でもチョコはどんどん減っていき。


 残すチョコはわずか2個になっていた。


「そろそろ頃合いね」


 理沙はチョコ目がけて高く高くジャンプをする。


 対する愛理沙は膝をついていた、度重なるジャンプの反動が今頃になって襲ってきたみたいだな。


「させるか」


 それを待っていたわと言わんばかりに理沙は、飛んできたクナイを上手く使い、空中で見事2つチョコをキャッチするという今日一番の素晴らしい高跳びを見せてくれた。


「ごめんなさい、愛理沙様。お役に立てず……」


 空気のようにはかない、かすれて、か細くなった声だった。


「気にすることないのじゃ。

 其方たちは十分過ぎるぐらい頑張ってくれのじゃ。

 今回は大人しく負けを認めることにするのじゃ。

 でも、絵の勝負は絶対に負けないから、覚悟しなさい。姫川理沙!?」


 ニコやかな笑みを浮かべる愛理沙。


 だがその笑顔には薔薇のとげのように鋭利なまま隠された激烈な怒りがこめられているように見えた。


「ええ。私はいかなる勝負でも受けて立つわ」


 見事!? 姫川 理沙が優勝を果たしたのだった。

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