第8話 秋の風物詩『赤とんぼ』

 パンフレットが配られて、集合時間や目的地、宿泊先や荷物等に関する説明を受けた日の帰り道。


 俺と理沙は駅前の複合商業施設に寄った。 


「明日から3日間、山歩きだね。

 防虫対策はしっかりとしておかないとね。

 スズメバチに襲われる危険性もゼロじゃないもんね」


「ああ、そうだな。

 備えあれば憂いなし、という言葉もあるしな。

 とは言え、学校行事でそんな危険ところに行くとは思えないけどな」


 苦笑いを浮かべながら虫よけスプレーを買い物が入れる。


「あと忘れちゃいけないのが、画材道具よね。

 ここはほんとうに品ぞろえがいいわよね。

 しかも質の良いモノばかりだから迷っちゃうわぁ」


「俺は学校から支給されるモノでいいかな。

 別にこだわりとかないし」


「龍一がそれでいいなら、私はとやかく言うつもりはないわ」


 理沙は画板やパレット、絵筆や絵の具などを、買い物かごに次々と入れていく。


 まさに『芸術』の秋だな。


 写生大会で優勝した作品は、なんと『銭湯の壁絵』になるらしいからな。


 凄いよな。


 まあ、俺には関係のない話だけどな。


 だって優勝するのは、理沙に決まっているからな。


 だからと言って手を抜くつもりはない。


 ふざけた絵を描いたら、間違いなく理沙に殺される。


 生き残るためには、彼女の心が動くような絵を描かなければならないわけだ。


 ああ、胃が痛くなってきた。


 まったくもって情けないな。 


「あそこにいるのって『跳姫ちょうひめ愛理沙ありさ』さんじゃないかな?」


 理沙が声を上げた方に視線を向けると。


 そこにはーーフリルやギャザーの多いゴッシクロリータ調の華やかなデザインの衣装を身に纏った、儚げな少女が佇んでいた。


 ツインテールにまとめられた長い銀色の髪。


 どことなく金属的で冷徹な雰囲気を発している。


 真っ白な肌は陶製とうせい人形めいた冷たさを感じさせ。


 スリムなのを通り越して病的な細さだ。


 目元には白い包帯が巻かれていた。


「俺の知らない名前だな。

 理沙の知り合いか?」


「知り合いってわけじゃないけど……。

 ある意味、彼女は……私以上の有名人よ。

 数千年に一度産まれるか? 産まれないか、というほどの天才児で、カドカワ組の組長の娘さん。

 盲目のイラストレーターこと白銀はくぎん夜叉姫やしゃひめ

 使う道具は『彫刻刀』。ヒトを小馬鹿にしたような薄笑いをいつも浮かべていて。

 あの包帯の下には、刺青が入ってるんだって、実の父親に彫られた『龍の刺青』が!?」


 理沙は言いたいことは、素直に言うタイプだ。


 率直すぎるところが、同世代の女子に嫌われる要因にもなっているけど。


 裏を返せば彼女は、嘘はつかないし、正直者だ。


白銀はくぎん夜叉姫やしゃひめ

 その『二つ名』なら俺も聞いたことがあるぞ!

 版画職人なんだろう。今時、珍しいよな。

 でも、可笑しいな!? あれだけの美少女ならーーーー」


「あ、それはね~~~。

 ほら、彼女って『美術室』登校だから。

 特待生で、授業は免除されていて、美術室にこもって一日中絵を描いているって噂よ」


「天才セレブ美少女、キタァアアアっ!?」


「急に叫び声を上げないでよ」


「悪い!? つい、興奮してしまった。

 でも絵画実習がますます楽しみになってきたぜ」


「ねえ、このあと雑貨のほうも見ていいかな?」


「特にこれから用事があるわけでもないし、俺は構わないけど。

 何か欲しいものでもあるのか」


「うん、ちょっと、妹と口論になっちゃって……お気に入りのティーカップを割っちゃったのよ。

 あはは……それでね、新しいティーカップを探してるんだけど。

 ポットにも合わせたいな~と思ったら、ちょっとハードルが上がっちゃって。

 だから龍一の意見も聞かせてもらえると嬉しいな」


 雑貨コーナ


「やっぱり場違い感がスゴイな!?」


 色とりどりな小物やハンカチ、アクセサリーなどが所狭しと、陳列されているな。


 店内にいる人も、見事に女性ばかりだ。


「わあ、カワイイ」


 猫の絵柄が描かれたマグカップを見て、理沙が少し声のトーンを上げた。


 やっぱり女の子だな。


「これなんかどうかな? 

 これなら猫柄のティーポットにも合うんじゃないのかな」


「三毛猫か? 何でこれにしようと思ったのかな」


「目についたからかな。

 あとは……どことなく理沙に似てるからかな」


「なにそれ、うふふっ。

 うん。決めた!? コレ、買ってくるわぁ」


 会計を済ませた理沙がスキップで戻ってきた。


「買い物したあとって、何かワクワクした気持ちになるわねぇ」


「ああ、そうだな」


 楽しそうにしている理沙の顔を見たら。


 このまま帰るのは、もったいない気がして。


 屋敷に帰っても、特にしたいこともなかったので。


「じゃあ、しばらく一緒にぶらぶらしてみるか?」


「ええ、そうするわ」


 と言う感じの流れで、俺たちはしばらく駅前を歩いて回った。


 お金はなくても、あちこちウインドウショッピングするだけでも結構、楽しいものだ。


「懐かしいわね!? 

 昔はよくこの公園で遊んだよね」


「ああ、そうだな。

 滑り台とか、鉄棒とか、ブランコとか色んな遊具で遊んだな」


「ブランコの二人乗りや、靴投げ競争は楽しかったわね。

 逆上がりができなくて、泣き出したこともあったわよね」


「そんなこともあったな。

 当時から理沙は運動神経が良かったからな」


「龍一は何をやってもダメダメだったわね。

 でも、ずっと一緒に居てくれた。

 それがとても嬉しかったわ」


「理沙は友達を作るだけはヘタだったからな」


 俺たちは駅前にある古びた公園を訪れている。


 だが、当時の面影はまるで感じられなかった。


 遊具の塗料は剥がれてるし、何よりも草がスゴイ。


「あそこで草むしりをしているヒトがいます。

 私たちも手伝いましょう」


「はぁ~。仕方ないな。

 理沙は言い出したら聞かないからな」


「ありがとう、龍一」


「おじさん、私たちも手伝います。

 9月とはいえ、まだまだ暑いですからね。

 ひとりでは大変でしょう。

 軍手とかお借りしてもよろしいでしょうか」


「それは構わないけど……お礼とかはできないよ」


「そういうお気遣いは、いりません。

 この公園には、思い出があるので。

 お手伝いしたいと思っただけです」


「まあ、そういうことだから。

 オジサンは、ラクができて嬉しいぐらいに思っておけばいいんだよ」


「いまどき珍しい若者だな」


 それから日が暮れるまで、黙々と草むしりに精を出した。


 草むしりとは、奥が深いものなんだな。


 力任せに引っこ抜こうとしてもダメ出し、へっぴり腰でもダメ。


 コツをつかむまでに人一倍時間がかかってしまった。


「龍一、見て!?

 夕陽がとてもキレイだよ。

 ここから見える夕陽は、あの頃と何も変わらないね」


 草むしりを終え。


 鉄棒の上に座った理沙が声を上げる。


 夕陽を見つめる理沙は幻想的で、美して。


「そう叫ぶ、理沙もあの頃のまま……」


「それって、私が全然成長していないって言いたいわけ」


 理沙は鉄棒から飛び降りて、俺に詰め寄ってきた。


「そうじゃないよ」


「じゃあ、なんなのよ」


「理沙は純粋無垢でカワイイな~~~と思って」


「ば、バカっ!? 何っ、恥ずかしいこと言ってるのよ」


「そういうピュアなところが好きなんだよな」


「赤とぼんだ!? 秋の風物詩だね」


 赤とんぼを追いかける理沙は姿は、昔と何も変わってないピュアで可愛らしいものだった。


 理沙とじゃれあった後。


 オジサンに後片付けを任せて、俺たちは帰路に着いた。

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