守りの剣

 少年は周囲を見回し、誰もいないことを確認する。物音を立てないように窓をはずし、暗い部屋の中に忍び込んだ。

 長く使われていない離れ屋は物置と化し、乱雑に積み上げられたがらくたはすっかり埃をかぶっている。冷たい空気はかび臭く、髪に絡まるくもの巣にうんざりしながら階段を上がった。

 少年が立ち止ると、ぎしぎしときしむ床も静かになる。遠くに波の音を聞きながら、少年はうつむいて肩を震わせた。

「……なぜ泣く?」

 少年は驚いて顔を上げる。誰もいないはずなのに。

 窓枠に腰かけじっと見つめるそのひとは、まるで海の精かと思うほど美しく、ますます驚き言葉を失った。

 差し込む日差しにきらめく金髪、鋭い金瞳、よく整った顔は男か女か。ソファーに投げ出された外套の留め具と長剣には王家の紋章が刻まれている。

「だれ……?」

 少年は涙をぬぐうことも忘れて見惚れた。

「ん、親戚だよ。おまえと会うのは初めてだったかね」

 美しいひとは優雅にほほ笑み、立ち上がる。そして外套から菓子の包みを取り出して、テーブルに広げた。きれいに色を付けた砂糖菓子が甘い香りを放つ。

「おいで。男がめそめそ泣くんじゃないよ」

 匂いにつられて、少年はふらふらと席についた。思わず腹が鳴る。親戚だというそのひとは、楽しそうに笑いながら茶を淹れた。

「友達と喧嘩したのか? それとも、親に叱られたのか?」

 少年は菓子に伸ばしかけた手を止め、また目を潤ませる。

「ん、泣く子にはあげないよ」

 あわててぐっとくちびるを噛み、鼻水をすすった。まだ涙の残る目に力を込めて、美しいひとを見上げる。

「……剣の稽古がいやなんだ」

「なぜ?」

「だって、当たったら痛いし……当てたら、相手が痛いし……」

 大きな手が少年の頭を撫でる。

「おまえは優しいね」

「……父さんは、僕を臆病者って言うよ」

「誰だって、最初は怖いさ」

「お姉さんも? 怖かった?」

 少年はちらりと長剣を見た。こんなおそろしい剣を、このきれいなひとが使うのか。

「怖かったよ。だから、強くなった。全てのひとを守れるように。誰も、傷付けたり、傷付けられたりしなくていいように。俺に挑むものが、いなくなるように」

 強い語気が胸に響く。どうすれば、強くなれるのだろう。少年は眩しそうに目を細めた。

「俺が教えようか。父さんには言っておいてやる」

「でも……」

「大丈夫だ。俺は不死身だから、斬られたって平気なんだよ」

 ためらいがちに少年がうなずくと、もう一度くしゃくしゃと頭を撫でてやった。

「いい子だ。さあ、お食べ」

 夢中で菓子をほお張る少年を愛おしそうに眺め、くすくすと笑う。

「それから、俺はお姉さんじゃないよ。お兄さんだ」

 言って、つい可笑しくなる。そんな年でもないのに。

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