5-3 背中合わせの共同体 ―ジェミニ―

 そして、次は――紗々里の番。


「シトリンレコード所属、結野紗々里です。よろしくお願いします」


 後半に歌う紗々里は、至って冷静な様子だった。緊張を露わにしてしまった恵麻とは違って落ち着きすぎている。微笑すら浮かべる余裕があるくらいだ。


「加島さんの「囚われsentiment」は、皆さんの反応を見るに高評価な予感がしますが……プレッシャーはなさそうですね?」

「もちろんです。勝つのは私ですから」


 至極当然のことを言っているように、紗々里は淡々と告げる。

 そんな紗々里の衣装は、恵麻とは真逆の印象だった。ウエストで結んだ黒いリボンがゴシックな赤いワンピースで、普段からツインテールの紗々里には絵になりすぎる格好だ。まるでアイドルのようだ、と言ったら紗々里は怒るだろうか。でもそれくらい、立っているだけで存在感が半端じゃなかった。


「私が披露する曲は、「背中合わせの共同体 ―ジェミニ―」です。ジェミニは、共同体と書いてジェミニと読みます。作詞は田原たはら春加はるかさんにお願いしました。作編曲はいつも通り茶谷久司さんです」


 あくまで淡々と説明をする紗々里。しかし、作詞家の田原春加(アニソンの作詞を千曲以上担当している有名な作詞家)の名前に小さな歓声が上がり、紗々里はうっすらと得意気な笑みを浮かべていた。


「弟のためなら手段を選ばないミクスと、誰に対しても心優しい気持ちを持つミリナ。二人の気持ちの違いと、弟への愛を歌った曲になっています。私は元々原作ファンではありませんでしたが、今では一人の読者です。こういう曲が良いというイメージを田原さんと茶谷さんに伝えて、この曲が完成しました」


 自分は原作ファンではない事実を正直に伝えつつも、紗々里は自信満々に客席を眺める。そして、もう準備はできたと言わんばかりに監督にアイコンタクトをした。

 ステージの中央に立ち、紗々里はマイクを片手に瞳を閉じる。歌う前から世界観に入り込んでいるのがわかり、景は思わず息を呑んでいた。



 バッグにPVが流れると、紗々里はいきなりアカペラで歌い始めた。イントロから始まった恵麻とは違い、歌い出しからアカペラ(たぶんサビの一部分だろう)なのだから、一瞬にして心が奪われてしまうのを感じる。恵麻とはまったく違ったアプローチだ。

 力強いロングトーンのあとに、ようやくイントロが流れ始める。ロックな雰囲気のバンドサウンドの中に、シンフォニックなヴァイオリンの音が混ざる。初めて聴くメロディーのはずなのに、自然と身体の中に入ってくるような感覚だ。


 「背中合わせの共同体 ―ジェミニ―」は、曲名通り「双子感」を意識した曲だった。まるで一人でデュエットをしているように、メロディーが目まぐるしく動き回る。姉妹の重いとも感じる過激な歌詞も、一見攻めているように思えるが原作ファンとしてはしっくりくるのだ。更には歌詞の中に言葉遊びがふんだんに詰め込まれていて、聴いていて心地が良い。


(こ、これは……)


 景の頭は、ぐるぐると渦を巻いていた。

 恵麻のパフォーマンスを見た時は、咄嗟に「勝った」と確信してしまった――けれど。今の気持ちはどうなのだろう。

 恵麻の曲は囚われのエリオットに相応しい曲だと思った。もちろん、今も思っている。キャラクター達の心情を大切に歌った曲で、メロディーも優しさと格好良さで溢れている。きっと、この日のために大事に大事に作ってきた曲なのだろう。


 ――だからこそ。

 紗々里の攻めた楽曲が、際立って感じてしまった。有名な作詞家、作曲家を使ったのも大きな理由なのかも知れない。でも、紗々里の歌い方も敢えてブレスを多くしたような息苦しさを感じて、それがまた囚われのエリオットの世界観に合っていて……特に姉のミクスがそこにいるように感じられるくらいだった。



 今度はフルサイズで、二人は曲を披露し合う。

 改めて二人の歌声、そして歌詞やメロディーに注目すると、徐々にハッキリしてきてしまった。二つの差が。悲しいくらいに、わかってしまう。

 良い意味でも、悪い意味でも、恵麻の曲はまっすぐだった。もしかしたら、恵麻の性格も影響してきているのかも知れない。聴けば聴く程、恵麻の曲が真面目な曲に思えてきてしまうのだ。

 それはそれで良い。「囚われsentiment」がOP曲になったら景は嬉しいと思う。こんなにも愛に溢れた曲が選ばれて嬉しいと、景は感じるだろう。

 でも。だけど。

 囚われのエリオットのOP曲として、毎週聴きたい曲がどちらかと問われると……。


(……ごめんなさい、恵麻さん)


 二人のパフォーマンスが終わり、投票の時間。

 今回は、原作者の一票、監督を含めたアニメ制作サイドの一票、そして観客の一票という、計三票で決まる。

 まずは、観客票から。恵麻が良いと思ったら青、紗々里が良いと思ったら赤のペンライトを点灯し、自動的に数が集計されるシステムだ。


(僕は…………結野さんに投票します)


 何度も言うが、景は最前列だ。ステージ上の恵麻からは景の姿が丸見えで、どちらに投票したかもすぐにバレてしまう。

 景がペンライトを赤くすると、恵麻はすかさずジトっとした瞳でこちらを見てきた。おどけたような姿は素の気持ちなのか、それとも無理して元気な振りをしているのか。今はまだわからない。


「皆様、ペンライトの点灯はお済ですか? 見た感じでは、まだ判断できないですね」


 監督の言葉は辺りを見渡すと、確かに青と赤がばらけているように見えた。良い勝負なのは、どちらの曲のレベルも高いということだ。景はなんとなく嬉しくなる。


 ――でも。


「おっと、今全員がペンライトの点灯をしたようです。もう変更は駄目ですよ? と、いうことでまずは観客票の発表です!」


 という監督のかけ声と同時に、スクリーンに結果が映し出される。


 青は、三七六票。

 そして赤は――四二四票だった。


 予想以上の僅差に、観客からは小さな歓声が上がる。しかし、僅差ではあれど景の感じた通りの結果になってしまった。恵麻と紗々里の表情にはあまり変化はない……と思ったが、恵麻は若干力のない笑みを浮かべている気がする。


「次に私達、アニメ制作サイドの票なのですが……。ええ、非常に悩みました。どちらの曲も愛に溢れていて、まずは加島さんと結野さんをアニソン戦争に選んだことを誇りに思う程です」


 しかし、監督が笑顔で二人のことを褒め称えると、恵麻の笑みに温かみが宿った。そんな中、未だに紗々里は眉一つ動かさない。


 ――と、思っていたのだが。


「ただ……加島さんの曲には足りないものを感じました。「歪んだ愛」というのも囚われのエリオットの大きな魅力だと我々は思っておりまして、「囚われsentiment」は凄く綺麗な印象を覚えたんですよね」


 監督の言葉に、紗々里は静かに口元を綻ばせる。

 まるでもう勝ちを意識したような、喜びの感情が紗々里から見え隠れする。でも、実際問題アニメ制作サイドの票も入れば紗々里の勝ちは確定だ。

 そして、監督の口ぶりからすれば……。


「一方で「背中合わせの共同体 ―ジェミニ―」は完璧でした。文句なんて言わせもしないような攻めた楽曲、攻めた歌詞、攻めた歌声。この曲を待っていたんだと思わせてくれる、そんな楽曲でした」


 紗々里の勝ちは、確定だった。

 これで三票中二票が紗々里に入ったのだ。例え鶴海が恵麻に票を入れたとしても、見えてしまった結果は変わらない。


「ありがとうございます」


 マイクを手に取り、紗々里がぽつりとお礼を述べる。

 その声は微かに震えていて、紗々里らしくもなく何度も瞬きをしていた。まるでもう結果発表が終わったあとのような、紗々里の喜びと驚きと緊張が混ざった表情。

 観客からも、自然と拍手が巻き起こった。

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