第7話「共同討伐:後編」 ベルリク

 遠くから聞こえる散発的な銃声を聞きながら、白くて通気性の良い素材の天幕の下で涼む。ここアソリウス島の熱気は攻撃的だ、早く帰りたい。

 セリンがこの島に船で送ってくれている間、この辺りの天候、風向、海流の移り変わりの講釈を垂れていた。話のきっかけはアソリウス島では熱中症注意、だったか?

 イスタメル地方は北の山から吹く風のおかげで緯度が低いにもかかわらず涼しく、雨が多くて雲一つ無い晴れ空というのも一年通して珍しく、日差しが強い夏場でもそこまで暑くならず、冬には湿った雪が降るそうだ。しかしちょっと南に海を渡った程度のアソリウス島には北の冷たい風が別の風に邪魔されて届かない上に、雨季でも無ければ雲一つ無い晴れ空が続いて日光を遮るものが無く、結果暑くて砂漠の気候に近いらしい。そして今は乾季に当たるらしい。つまり暑い。北国出身には辛い。

「城主さま、第四大隊です。報告します!」

 三角帽を被った妖精の伝令がやってきて、なんとも寸足らずな感じな敬礼をし、気をつけの姿勢を取る。

 こいつらはどこでも元気、船酔いしてゲロ吐いてても元気だった。海賊達も最初は可愛い可愛いしてたが、最後にはその異様な元気さに引きつった顔をしていた。ゲロ吐きながらキャッキャ騒いでいるのは不気味なものだ。

「敵部隊の数、前衛およそ四百、後衛はそれより多いと思われます。第四警戒地点を、射撃を物ともせずに前進してきます!」

「報告ご苦労。そのまま第四迎撃地点まで無理をせずに後退。予備の第五大隊を回すから協同して迎撃しろ。敵敗走の際には追撃の要無し」

 そしてその伝令は復唱してから敬礼をし、走り去る。

 現在我々は、隊列を組まずに小隊規模に分散させ、自由に行動して逃げ隠れ自在の散兵でもって敵残党を迎撃中。アソリウス島騎士団がケツを叩いた効果がようやく出てきたか、敵はこちらのアソリウス島北岸部に集結しつつある。

 今活躍中の散兵は士気の高い兵士でなければ務まらない。戦列を組んだ兵士と違って行動を監視する下士官も士官もわずかだし、群れると強気になるという集団意識がきかない。それゆえ無理やり戦わせることが難しく、ある程度バラバラに行動する以上、敵前逃亡が容易だ。無理やり集めた兵士にこの仕事をさせたら故郷に帰るか盗賊になるかのどちらかだ。

 その点我がバシィール城連隊の妖精達は士気も高く、従順なので合格である。そして妖精は確かに小柄で人間に比べて大きな物を一気に動かすような瞬発力には劣るが、持久力という面では優る。加えて、しばらく一緒に過ごしていて気づいたが、妖精達は頭が元気で活発な方向にイカれ気味だ。痛みや苦痛に鈍く、動きが素早く、睡眠時間が短い。運動量が多い散兵働きをするにはもってこいの生き物だ。しかも可愛い。

 撃って逃げるを繰り返せば一方的に攻撃が可能であるその素敵な散兵にも欠点があり、戦列を組んだ兵士と違い、敵を押し止めるという力が少ない。肉体を壁とし、そこから圧倒的な威嚇力を持つ一斉射撃が行われないのでビビらないのだ。また成功すれば敵を皆殺しに近い状態に出来る集団突撃も難しい。そのせいか中には散兵からの射撃を物ともせずに前進してくる、今の報告にあったような仲間の死体を踏み越えてくる部隊がいる。そういう連中はそのまま前進させる。突出してきた敵に逆らわないことが今行っている戦術の要だ。

 その戦術とは、まず小隊規模の散兵隊を分散して配置。接敵しても無理に敵を押し止めようとはせず、とにかく撃っては逃げるを繰り返す。そして予測進行路ごとに設けた、即席の監視小屋と一時避難程度の塹壕を掘らせた警戒地点で散らばった部隊の再編成や、進行してくる敵の数の把握、必要なら一時的な足止めを行う。

 それから塹壕に盛り土、柵に大砲で固めた迎撃地点まで後退して誘引、後方に控えている予備の大隊を派遣して戦力を増強して迎え撃つ。一個大隊辺りの定員を二百名前後にしているので、二百名で敵八百強名ぐらいを引き付け、二百名増強の総勢四百名が大砲を交えて有利な位置で迎撃することになる。

 敵がこの誘いに乗ったらそのまま蜂の巣、死体の山の出来上がり。誘いに乗らなかったら、こちらは苦労することなく騎士団が血を流して退治する。

 予測進行路を外れて悪路を強行突破し、こちらの迎撃地点を回避してくるということも考えている。そのまま無理に進めば、隊列は乱れ体力を消耗した状態で最終迎撃地点であるここ本陣、最大火力が発揮出来るようにあつらえた場所に到達する。

 直進せずに警戒地点や迎撃地点を荒らし回ることも考えられるが、それはそれで多大な労力を使わせることができるし、各所に配置した散兵に撃たれまくることだろう。どう転んでも思い通りになる。

 そして傍に控えている、さきほどの伝令よりは先端が鋭い三角帽を被った伝令を手招きで呼び寄せる。

「第五大隊に通達。第四迎撃地点にて第四大隊と協同して敵を迎撃せよ。敵敗走の際には追撃の要無し」

 そしてその伝令は復唱してから敬礼をし、走り去る。

 我々バシィール城連隊に与えられた迎撃場所、アソリウス島北岸部周辺を描いた地図の上に置いた駒を、今の状況に合わせて置き直す。

 天幕の外、日光で白けて見えそうなほど眩しい外には三角帽を被った妖精達が気を抜くことなく仕事をしている。バシィール城からマリオルの港へ出発する朝、気づいたら何時の間にか妖精達が皆、自分の真似をしたのか三角帽を被っていた。支給されている魔神代理領の軍帽、ちょっと可愛らしい丸帽子の姿が消えていたのだ。

 一つ一つの三角帽の工作精度は、高い標準を維持しながらもマチマチで、尖り気味だったり丸みがかっていたり、中には目立たない程度に刺繍が入り、縫い糸を別色にしてお洒落をしていたりもする。

 魔神代理領では軍で定める制帽という物はあるが、各民族独自の帽子を正装に被るものに限って許可している。無理に当てはめればこの三角帽もその許可範囲内だ。とりあえず今のところは文句は言われていないが、気になって変わらずに頭に布を巻いているラシージに事情を聞いてみるとジっと見つめ返してきただけ。

 手近な妖精にその三角帽はどうしたのか? と聞くと、照れ笑いしながら被った三角帽を手で抑え、「えへへー」だって。くっそ可愛い。

 土壇場になって感じているが、この可愛い妖精どもを戦場に立たせて死なせるのが恐ろしい。エデルト軍にいた時は微塵も思わなかったことだ。何故か? こいつらは本当に可愛いのだ。兵士じゃなく、自分に懐いている子供のように思えてしまう。こいつらはもっと憎たらしく汚い面で、背も高かったり、腹も出て腰が曲っていたら良かった。性格もひねくれて嘘吐きの卑怯者で、鞭でケツを切裂いても罪悪感も覚えないロクデナシばかりなら気が安らいだ。飲んだくれの性病持ちで、気付けば盗みを働く最悪のクソッタレどもなら遠慮なく死なせてやれた。というのに顔は綺麗で可愛く、性格は素直で良い子ばかり。間抜けに見えるようで皆真面目で頑張り屋だ。

 そしてこいつらに輪をかけて可愛い家族、生まれたばかりの子供を見せに来た奴もいる。身体が震え出した、情を移し過ぎたのだ。それを察してラシージが手を握ってくる。

「僕達は子供じゃない、覚悟を決めた兵士。その死体を階段にして城主様と生き残った者達は前へ進む」

 ゆっくり丁寧にポツポツと語りかけてくる。

「死んだ分だけ家族を守ってくれればいい。男が死んだら女が産めばいい。ここにそんな女はいない。死んでいい」

 震えが止まってくる。親分がそう言うのなら間違いはない。ただ別の震えも来る。こんな後方の安楽椅子に座っているのがベルリクという男なのか? いや違う。

「留守、代行任せた」

 ラシージの手――離すには惜しいが、後で触りまくってやる――を離し、城主用の白馬に乗って第四迎撃地点に向かって走る。

「いってらっしゃーい!」

 元気な声を出す妖精の歩哨の一人が帽子を振って見送ってくれ、それに気づいた他の妖精も同じように帽子を振る。


■■■


 本陣を抜け、道中斥候騎兵から挨拶を受け、第四迎撃地点に到着。アソリウス島の土は乾いて固いので走りやすく、距離が多少あってもあっという間。

 第四大隊長に挨拶して、ほっぺた弄ってやる。むにむにー。

 迎撃地点の主だったところには既に妖精達は配置につき、大砲も射撃準備を終えている。後退してくる者達は続々と弾薬の補給を受け取っては配置についていく。銃口と砲口が向くのは真正面のみ。

 迎撃地点は人が登るのにおそろしく苦労するような断崖の丘や谷、伐採して切り拓かないと歩けないような林を利用しているので監視に人員を割けば突然横から敵が出現することはない。そういう地形を選んで構えている。

 早めに大隊数を八個大隊まで増強しておいて正解だった。以前のように四個大隊のままだったら酷い分散配置をするか、拠点を一つ二つに絞って引き篭もるか、海賊衆から陸戦隊を出してもらわないといけなかった。

 部隊を一挙に倍増させても錬度に問題は無い。何故か妖精達は一般教養のように軍事的な教養を身につけているのだ。熟練兵に新兵を混ぜてやればあっという間に錬度問題が解決している。ラシージにその疑問をぶつけたところ、労働党宣言、英雄語録、革命軍野外教令なる三大教科書と呼ばれているらしい本を渡された。人間を皆殺しにしたという妖精による共和革命派国家で配布されている本だそうだ。

 大分前からマトラ山地の妖精の間ではその共和革命派の本を使って子供の教育をしているそうだ。理由は人間からは本が買えず、そして共和革命派からは無償援助で貰えたから。革命軍野外教令には短期間で労働者を兵士に訓練する項目があって、それを学んだ妖精は既に兵士としての素養を持っている、だそうだ。色々と凄い想像が広がる。妖精の成人男性丸ごと兵隊にしたら何人揃えられる?

 駆け足でやってきた第五大隊を迎え、ともに側面の塹壕へ配置につく。その正面は勿論無人、味方同士で撃ち合うことはない。

 散発的な銃声が大きくなってきて、後退しながら発砲する散兵が姿を見せ、撃ち減らされながらも前進してくる旧イスタメル公国軍残党が姿を現す。血と泥に汚れた連隊旗を掲げた連中だ。服装も同様に汚れ、武器の構え方はだらしなくない。多少の死は厭わない面構えではある。

 無意味と分かりつつも降伏勧告を告げる。

「武装解除して降伏しろ! そうすれば身の安全は保障する! 繰り返す、武装解除して降伏しろ! そうすれば身の安全は保障する!」

 無視して進んでくる。聞こえていない可能性は、たぶんない。

 そして第四迎撃地点、敵の真正面に構える第四大隊、その小隊毎の指揮官が号令をかけ始める。

「第一小隊、構ぇー、ってぇ!」

 左端の小隊が撃ち、

「第二小隊、構えー、撃て!」

 次に隣の小隊が撃ち、また次の隣の小隊、と順番に撃つ。そして右端の小隊が撃ち終わった時には左端の小隊がまた撃つ。こうすることにより、絶え間なく弾幕が張れる。全隊による一斉射撃も怖いが、この小隊射撃もなかなか怖い。殺人の波に隙が無いのだ。このひっきりなしの小隊射撃で絶え間なく敵は銃弾に倒れ続け、それに加えて散弾を込めた大砲の砲撃が混じって敵が薙ぎ倒される。血と死体、はみ出た内臓で模様がついて絨毯が出来る。

 敵の血と泥に汚れた連隊旗が、運悪く旗竿に弾を受けて圧し折れる。珍しいところに当たったものだ。そうして敵の前衛がほぼ銃弾と散弾に倒れる。

 そして続いて現れた後衛の敵が隊列を雑多ながらも縦隊に変える。そしてその指揮官らしき者の仕草の張り切り具合から見て、上げる声の高さを聞いて、これから突撃を行うと見た。やぶれかぶれか、それしか活路が無いか、銃をそもそも持ってないか。今打ち倒した前衛の連中は銃より槍を持っている奴が多かったが。

 この突撃は突撃で一気に崩せる。第五大隊に突撃準備指示、第四大隊に突撃ラッパを合図に射撃停止指示、伝令を出す。

「第五大隊、銃弾装填。突撃ラッパを合図に発砲せずに接近、絶対に外さない至近距離で発砲しつつ銃剣で殺せ。銃弾はもう一本の銃剣程度のつもりで使え」

 第五大隊長が敬礼しつつ復唱、そして各隊に通達を出す。

 予想通りに敵が喚声を上げ、武器を構えて全力疾走を始める。進行方向は正直に真正面の第四大隊に向いている。敵が途中でビビりさえしなければ、多くの犠牲を払いながらも白兵戦に持ち込まれると勘が言う。第四大隊の射撃で早くも先頭集団が軒並み血を飛ばして倒れていくが、その後ろは止らない。

 今こそ横っ面を殴る時だ。抜刀して刀を掲げる。

「突撃ラッパを吹けぇ!」

 ラッパ手が突撃ラッパを吹く。第四大隊最後の一斉射撃が敵を貫く。

 合図を皮切りに、第五大隊が銃剣先を突撃中の敵縦隊の側面に向けて全力で走りこむ。先頭を進むのは勿論自分、ベルリクだ。誰にも今後も譲る気は一切無い。

 信頼されてそうな下士官を見つけ、拳銃を抜いて撃ち、わき腹に当たって腰を前に折って倒れたの確認。そのままこちらに気づいて目の玉をひん剥いている敵の顔に飛び蹴り。体勢を整えて次の敵の横腹を刀で刺して抉りながら抜く。追いついた第五大隊の妖精達が外しようもない距離で続々発砲しつつ敵の身体に銃剣を突き立てる、もしくは突き立ててから発砲。敵に赤黒い穴が増えていく。

 敵後衛は最初のこの一打で半数近くが倒れ、目に見えて戦意を喪失。悲鳴を上げて逃げ散る。

「第四大隊は警戒配置に戻れ、ただし追撃は禁止! 第五大隊、この場の残敵を掃討、それから掃除をしろ。降伏する者は捕らえて本陣に連行!」

 逃げる敵は騎士団任せなので追わない。

 第五大隊の戦場掃除を眺めながら、セリンから貰った最高級ジャーヴァル産の葉巻に火を点けて一吸い。煙草の良し悪しは分からない。

 今、このアソリウス島で作戦行動を取っているのはバシィール城連隊とセリンの海賊衆のみ。ルサレヤ総督率いる主力と他の城の連隊はイスタメル北西部の制圧に掛かっている。隣接領からの義勇兵が流入しているらしく、どうも対処が面倒臭いらしい。

 そしてこちらが相手取るのは、アソリウス島に逃げ込んだ旧イスタメル公国軍残党の中でも、西部の都市モラディシュを拠点にしていた残党ども。今までは引き篭もって日和見を決め込んでいたが、政変で頭がすげ替わって方針を転換したらしい。

 それで星明りすらない霧も出ていた曇天下、夜間無灯火で船団を組み、不眠不休で海路脱出。出港する時は流石の海賊衆も気づかなかったそうだ。

 ただ、セリンが言うにはぐれた未熟な船は相当量拿捕したそうだ。船には陸兵を満載しているから扱いが面倒なので、かなり捨てたそうだ。何を捨てたかとセリンに聞き返せば、「あっはは」と笑い返された。

 我々がアソリウス島騎士団と共同で残党を狩ることになったのは、意外でもあり、合理的なのですぐに納得した。まずはセリンの海賊衆がアソリウス島海域を封鎖し、敵船は全て拿捕。降伏勧告を行い、従わなかった船の船員は全てを魚の餌にする。降伏した船はそのまま武装解除されて船員は捕らえられる、ことになっている。

 今も海賊衆は島の沿岸を回っている最中だ。時折艦砲射撃の轟音が遠くから響いてくる。

 我々バシィール城連隊は陸戦隊として北岸部に上陸し、騎士団が南から追い詰めてくる残党を迎え撃っている。無用な摩擦を控えるために北岸部より南へは進出しない約束。あくまでも迎撃に務め、追撃はしない。間違って奥に入り込み、騎士団と戦闘にでもなったら面倒であるからだ。

 伝令が馬に乗ってやって来て、急ぎなのか騎乗したまま。正直一々降りなくていいのでこの戦いが終わったらそういう風に指導しておこうか。

「城主さま、城代の伝令です。報告します!」

 内容が長いようで、紙に書かれた文章を読み上げ始める。城代とはラシージのことだ。

「第一大隊より、東側街道をおよそ三千を超える、若干の砲兵を合わせた敵主力と思しき部隊が北上中。遮蔽物乏しきゆえ、第一警戒地点にて敵先鋒部隊への若干の足止めを行った後に第一迎撃地点まで速やかに後退すると報告です! 城代より、第六騎兵大隊を派遣して第一大隊の護衛につけ、同迎撃地点にて足止めを行い、本格的交戦へ突入する前に両大隊を本陣まで後退。第七砲兵大隊および第八工兵大隊は本陣にて迎撃準備完了。第二、三、四大隊間には伝令を短間隔に配置して連絡速度を向上。海賊艦隊には現状通達済み。第五大隊とともに城主閣下は本陣に帰参されたし、以上です!」

「ご苦労、了解だ」

 紙を受け取り、伝令は敬礼してから走り去る。全く、城主不要論が耳に聞こえてこないのが不思議なくらいだ。


■■■


 第五大隊長に清掃作業は中断して本陣で敵主力を迎撃するようにと伝え、了解したことを確認してから白馬に乗って本陣に向かう。

 道中、ラシージの指示通りに短間隔で伝令が配置につき始める。声をかければ笑顔と元気なお返事が返ってくる。

 おそらく先ほど蹴散らしたのは敵の陽動部隊、もしくは偶然連携しただけの敗残兵。双方合わせ、報告通りなら合計で敵は四千名近い大所帯だ。騎士団に捕殺された者にまだ姿を現していない者も含めれば五千名に届くか?

 とにかくよくもまあそれだけの人数を海賊の目から逃れてこの島に陸揚げ出来たものだ。船には人以外ほとんど積まないでやってきたに違いない。大砲も船から外した物を使っているのだろう。そうでなければ、敵は海賊と結構良い勝負が出来るぐらいの海軍を保有していたことになるが、艦隊というのは金食い虫で、引き篭もっていた上に大きくもない一都市にはどう考えても手に余る高級品。相当な代償を支払っていない限りはその存在はあり得ない。

 となればぎゅうぎゅう詰めの船に揺られ、支援は受けられず島で孤立、飢えた身体に劣悪な装備、騎士団に追われて士気はガタ落ち、失敗続きで上下関係が悪化中……と想像したくなる。ここで油断するかどうかが生死を分ける。どんな敵でも全力で殺してやるのが戦争だ。

 本陣に到着。土の要塞は幾何学的に塹壕、連絡路が掘られ、分厚い防塁が盛られて、土壁には銃眼が配置されている。倉庫も便所も治療室も馬屋も寝室だってあり、捕虜収容用の地下室まである。現在、第七砲兵隊と第八工兵隊が配置についており、大砲に火箭が並んでいて迫力満点。これだけでも三千名くらいあっという間に挽肉に出来そうだ。戦う前に勝たないとダメなのだ。

 後は不足の事態に備えるのみ、といった風に堂々と高台で要塞を眺めているラシージの隣へ行く。ラシージのことだから抜かりはないだろうから、かける言葉も見つからない。

 海上の海賊船がこちらに舳先を向けているのが見える。これも勝利の一手。

 遠くから銃声が聞こえ始める。林に隠れて見えないが、第一警戒地点のあたりから薄くなった発砲煙が上がっている。

 もう一本、ジャーヴァル産の葉巻に火を点けて吸う。何か違和感があって止め、ラシージに咥えさせると、直ぐに咳をして突っ返してくる。吸い直す。空に昇る煙を眺める。

 迎撃地点に配置した大砲が、一門につき八頭もの馬で曳かれて真っ先に来る。砲兵が適切な配置に誘導する。

 第六騎兵大隊が、第一大隊の者を馬に同乗、二人乗りから三人乗りをして本陣に引き上げてくる。違和感は、第一迎撃地点での交戦が無かったからか。つまり、敵の進攻速度が意外に速いということ。元気一杯なのか、死に物狂いなのか、両方か。

 第一大隊が馬から次々と降りて配置につく。第六騎兵大隊は馬屋に馬を預け、徒歩になって配置につく。騎兵が歩兵をやってはいけない理由はない。

 そして最後、駆け足でやってきた第五大隊が遠くからでも聞こえるほど息を切らせつつ配置につく。それでも疲労困憊という風ではなく、爽やかな汗を流しましたという感じ。配られた水を飲んで直ぐに息を吹き返す。脚の良い奴を選んで作った第五大隊だが、本当に良い走りをしてくれる。年寄りの馬だったら良い勝負が出来るんじゃないか?

 これで千対三千。こちらは対要塞用の重砲に臼砲が無ければ攻略できないような要塞。ラシージと妖精達が作成に一晩、微調整は今日のそれこそ朝飯前に行って造り上げた。北部からの攻撃は想定されないので手間は半分になっているが、それでも驚異的な速度だ。一定以上の実力をもつ魔術使いは本当に化け物だ。

 ラシージのすべすべした頬を擦る。この化け物め!

 最後の華を咲かせんとばかりに早足で前進してくる敵主力部隊。行進曲を演奏する余裕はあるらしい。

 自分は天幕から椅子を出し、足を組んで座る。場所は一番眺めが良い高台。

 一日と少しで築き上げられたとは想像もつかない要塞を前に敵部隊は唖然として足を止める。まだ何もしていない、向こうが勝手に驚いてビビった。足の止った大部隊とはただの的である。シルヴとは良く敵の足を止める方法について語ったものだ。今日の一件、話してやったら喜びそうだ。

 手を上げ、

「攻撃開始!」

 振り下ろす。火に入る蛾は焼け死ぬだけ。

 火箭。魔神代理領東部のジャーヴァルから伝わったという兵器。長い竿の先に弾頭と一体になった推進装置がついている代物で、見た目通りに命中率は低いが、飛翔時の猛烈な騒音と派手な見た目で大砲より強烈に威嚇、そして不発もするが炸薬搭載量が多いので爆発が強烈。実験的な程度の量しか持ってきていないので最初の一斉射撃で終わり。望遠鏡で見れば敵の兵士達が右見たり左見たりして狼狽しているのだ。威嚇のみではなく、きっちりと爆発で敵は殺せてる。

 ジャーヴァルではこれを立て続けに発射してあっという間に敵部隊を壊滅させたという噂だ。

 大砲が発射され始める。密集した敵陣に砲弾を直進的に撃ち込むと、高いところから見れば線が描かれる。その分体が千切れて死んだわけだ。

 敵の砲兵隊が姿を見せるが直ぐに第七砲兵大隊が対応。対砲兵射撃に移って敵の大砲を破壊する。こちらは準備万端整っており、あちらは後からやってきてこれから準備を始めるという差がある。大砲の数も違う。第七砲兵大隊、要塞用、他大隊の大砲、現在ここに合わせて六十門。敵はせいぜい、今見せただけでも十門程度。こちらは要塞に守られ、高い所から撃ち下ろしている。相手は遮蔽物も無いところをのろのろ進んできた。勝つべくして勝った。

 それでも敵部隊は勇気を振り絞って接近してくる。行進曲の演奏も乱れつつも必死さが加わっている。

 迫撃砲。一人で持ち運んで発射も出来る小型の大砲のような物だ。ゴツい杯の下に棒がついたような形をしている。迫撃砲を地面に突き立て、砲口に発射薬、そして導火線に火をつけた小型の砲弾を入れて発射。砲弾は放物線を描いて飛び、導火線がマトモなら爆発、手榴弾程度の威力を発揮する。手で投げるよりは勿論遠くに飛んで、きちんと敵の足元に転がって爆発。敵部隊の前進が目に見えて鈍るのが分かる。

 絶え間ない銃撃も始まった。統制の取れた小隊射撃と、自分の速度で撃ちまくる者が混じって銃声が途切れない。その分敵が銃弾に倒れる。第六騎兵隊もきちんと、銃身の短い騎兵銃で持って射撃中。特に他の大隊と比べて銃の腕は劣っていない。

 対砲兵射撃を存分に済ましてから大砲から発射される散弾。暴風のように一度の砲撃で幾つもの弾を浴びせ、最前面に並ぶ敵達を穴だらけにして引き裂いて、肉も骨も内臓もむき出しにしていく。

 敵が接近しすぎた時のための地雷。掘った穴に火薬樽を仕込み、遠くから導火線に火を点けるだけの単純な仕掛けだ。その上に小石でも多めに撒いておけば準備完了。点火され、砲撃と銃撃の混乱でそれに気づく者なく無事に爆発。土煙が吹き上がり、爆風そして散弾のように飛び散った小石が敵を撃つ。掘った穴の形を外側に向けるようにすれば、爆発の方向も外側になるので味方に被害は無い。

 敵の演奏していた行進曲が止む。地雷で吹っ飛んだか? そして指揮官の号令とは思えない、狂ったような突撃や前進を叫ぶ声が敵方から響く。頭数が多いせいか、敵の集団意識はまだまだ前のめりらしい。粒が大きめの挽肉になった仲間の死体を踏みつけ、時々それに滑って転んで血肉塗れになりながらも必死に旗や武器を振り上げて突撃してきた。

 この要塞に挑むなら足を踏み入れなければいけない広場がある。

 合図の信号弾を発射させる。

 敵部隊は一挙にその広場に雪崩れ込み始める。そこは一番要塞の火力が集中し易いように出来ており、正に虎口。一気に敵が砕け散り始める。そして更にそこへ海賊船が砲弾を撃ち込む。誤射を避けるために海上に向けての防塁や、どうしても射線上に入る妖精のための避難壕は勿論完備している。土煙と血煙が盛大に上がる。とにもかくにも突撃という絶叫のせいで、敵は何も考えず、全部隊が広場に雪崩込もうとしていた。

 馬鹿をやる突撃と、馬鹿がやる突撃には大きな違いがある。敵がやったのは馬鹿がやる突撃だ。

 勿論のこと起こった敵の混乱を見て取る。この要塞にいる全大隊長を呼び寄せる。計画は次の通り。

「この砲撃で敵が崩れた時、海賊に砲撃停止信号を出し、全隊は射撃停止。第六騎兵大隊を繰り出して追撃を行う。ただし慎重に、対追撃部隊用の決死の殿部隊を警戒しつつ、深入りしない。第一迎撃地点以降には進出禁止。現場の判断でそれより手前で引き上げても良い。同時に第一、五大隊は第六騎兵大隊の後に続くよう前進し、第一警戒地点まで前線を押し戻す。周辺の安全を確認した後、第五大隊は待機地点に戻る。第七砲兵大隊および第八工兵大隊は警戒要員を残して戦場掃除を行え」

 全員に意志が伝わったか確認してから解散。

 敵部隊から脱走者が出始める。督戦しようとする士官が部下に殺される。指揮官はもう戦死したのか、退却命令も下されない。一方的に砲撃され続け、血肉に土が混ざって泥沼化しそうな惨状となってきた。そして自然と敵部隊が撤退を始めた。

 要塞裏手での第六騎兵大隊の準備が完了したことを確認。馬はもう草食って水飲んで糞して休んだ後。騎兵の働きどころを見せてもらう。

 合図の信号弾を発射。海賊船からの砲撃が止む。そしてこちらの大砲と銃の射撃も止み、ほぼ同時に第六騎兵大隊が駆け足で進み、死体の海に取り残された敵兵を刀で叩き切りつつ逃げた敵の背を追う。第一、五大隊は要塞を出て前進。死体の海に気後れすることなく前進していく。第七砲兵大隊および第八工兵大隊からは、一部は攻撃位置についたまま死体の海を片付けるべく人手を出す。この量を放っておけば疫病が発生する。


■■■


 妖精は従順である。それはもう、命じられたその通りに実行しようとする。今回も完全に命じたとおりに動いた。当たり前のようでこれが難しい。小賢しい人間など、自分の感情に任せて自分勝手に行動するものだ。手を抜いたり、余計な事をしたりと暇がない。妖精には、勿論個人差こそあるがそのような傾向はない。特に集団行動時には意識を共有しているのではないかと思うほど一糸乱れがない、不気味なほどにだ。まるで一定の動きを続ける歯車のようで、兵士としてはこれ以上望むべくもない。

 猛烈な硝煙と血生臭さを嗅ぎつつ、伸びをして首を回し、一度立ち上がって痛くなったケツを叩いて、腰を捻って屈伸し、椅子に座る。

 戦場掃除をボーっと眺めて待っていると、第六騎兵大隊が帰還してくる。捕虜も捕らえたようで、縄で馬と繋いで引き摺ってきた。中には転ばずに走ってきた猛者もいるようだ。ルサレヤ総督から捕虜は取れと言われたが、丁重に扱えとは一言も言われていなかった。

 第六騎兵大隊長が高台まで駆け上ってきて、上がり切る前に馬から下りて小走りでやってくる。

「城主さま、第六騎兵大隊、追撃任務完了しましたー」

 血のついた、あどけない笑顔で追撃終了を報告してくる。

「殿部隊の抵抗はあったか?」

「ありませんでしたー。捕虜は捕ってきましたけど、ある程度の怪我をしてる人間は全部殺してきました」

「ご苦労。捕虜を片付けたら待機地点に戻れ」

 腹を掴んでくすぐるとキャッキャ言う。敬礼して第六騎兵大隊長は去る。

 今ので手に返り血がついたので、地面の土で揉んで洗い、叩いたり擦ったりして土を落とす。

 人間同士だと、例え敵同士でも暴力を振るうのに躊躇し、殺すのにはもっと躊躇するという研究結果がある。距離を取っての銃撃戦でさえワザと敵を狙わないで撃つ者がいる。ましてや白兵戦、息をして表情を変えて感情をあらわにしている人間相手というのは、慣れても辛いところがある。命乞いしてもう戦意も見せない人間を殺すというのは手を下す方もかなり覚悟がいる。自分はもう遠慮する癖は抜けてしまっているが、普通はそうではない。歴戦の勇者か頭がイカれた奴でもない限りは躊躇するのだが、妖精達は、人間同士ではないということか、全く殺すのに躊躇していない。逆に人間は妖精が子供に見えて躊躇するようだが。

 妖精達、いくら人間相手の遠慮がないからといってこれはどうだ? ということをし始めている。仕事はきちんとしているが、隙を見つけて遊んでいる。もげた手を「うさぎさーん!」と両耳に当てる。もげた腕を「伸びたー!」と袖に入れる。頭の上にもげた首を持って追いかけっこをし、切り取った男性器を帽子に飾って、切り取った耳を繋げて首飾りを作り、銃身に目玉をぶら下げ「良く当たるお守り!」と自慢し、頭皮を剥いでカツラにして「金髪ー」とやっている。やめさせるかどうか考えたが、恐怖戦略に使えないかと思うと悩んでしまう。とりあえず今は止めさせた。

 この要塞での迎撃戦闘の後は大きな戦闘は無く、戦意を喪失して投降してくる敵を妖精達が時折連れて来る程度となった。銃声は時々聞こえてくるが、数発鳴ったらそれでお終いだ。

 捕虜の数が膨れてきて、ラシージの捕虜収容用の地下室も増やす必要が出てきた。作戦会議では捕虜の管理は面倒だから降伏しても殺してしまおうという案もあったが、それでは流石に敵の抵抗が死に物狂いとなるので却下された。そんな奴等と戦わされる羽目になる我々のことを考えて欲しいものだ。

 捕虜の中から適当に偉そうな奴を選んで呼び出し、雑談で暇を潰していると、続々と各大隊から派遣された伝令が同じような報告が上がってくる。アソリウス島騎士団と接触、と。そして同じような命令を各大隊に出す。作戦終了、全隊本陣に帰還せよ。

 これで仕事は終わらない、むしろ大仕事が始まる。それはこの要塞を検分される前に撤去することだ。無闇に味方でも無い連中にこちらの力の秘密を見せてやる必要は無いし、要塞を残してやる親切さも無い。ラシージと第七砲兵隊、第八工兵隊が大急ぎで要塞の解体を始める。帰還してきた大隊も次々とその作業に加わり、アソリウス島騎士団の使者が到着する頃にはほぼ平地に戻った。捕虜収容用の地下室や便所などは残してある。


■■■


 アソリウス島騎士団の使者が連れて来た捕虜を引き取り、地下室に放り込む。そして捕虜の追加分は後で送るという約束をした文書を取り交わす。そういった諸々の仕事が終わり、お互い後はお家に帰るだけという状態になった。

 各大隊も、北岸部までやってきたアソリウス島騎士団の者達もそこら辺で好き勝手に休み、飯を食い始めている。自分も腹が減ってきたので、近くの妖精達から汁物貰って、持ってきた乾パンと玉ねぎを齧り、焚き火で干物を炙る。

「だーんなっ! おむっかえに来たよーん」

 声に反応して振り向くとセリンが上機嫌でやってくる。海賊も仕事が終わったようだ。そのセリンは、火薬と血の臭いがする仕事を終えたきたとは思えないほど眩しい顔で可憐な光を発している。何かもう、あとちょっとで好きになりそうだ。

「これなーんだ?」

 セリンが重厚そうな箱を見せてくる。

「中身?」

「うん」

「略奪したばかりの凄い宝石?」

「不正解」

 そして箱の蓋が開けられると、そこには懐かしき白い雪が入っていた。セリンお付きの海賊が銀杯を二つ取り出し、そこにその雪と蜜柑を絞った飲み物をなみなみ注ぐ。銀杯を受け取ると、この島では味わえない痛いほどの冷たさが伝わってくる。

「乾杯!」

「おう乾杯!」

 銀杯同士を打ち鳴らして口をつける。冷たくて甘酸っぱくて溶け残りの雪がシャリシャリする。

「うめぇ」

 冷たさが身体に染みる。雪国だからこそか、こんな飲み方は考えもしたことがなかった。

「んふふー、いいでしょ」

 セリンが膝を寄せてくる。何だか、まるでこの場に似つかわしくないが、幸せすぎて怖くなってきた。

 冷たい物飲んで、飯も食ってそろそろ帰る時間。セリンと二人で各大隊長のところを回って気軽に今日のことを聞いて回る。こちら側の死者はわずかに二十数名、敵は四千を超えるほど。徹底的にまともに撃ち合わないよう、白兵戦を行わないように指導した上で敵は弱兵だった。とはいえ、二百倍近い戦果の開きには驚く。セリンも凄い凄いと盛り上げてくれた。

 自分で驚いてどうするのだと思うが、大砲を如何に有効活用したかがその差を生んだと思う。それと運悪く死んだ妖精だが、そのことを近しい仲間達は意外なほど気にしていなかった。悟ったようにそれが寿命だからそんなものだ、という雰囲気だった。

 近寄りはしないがアソリウス島騎士団の方を遠目に眺める。服装はしみったれてるが、銃や大砲をきちんと装備しており、何だか懐かしい感じを覚えた。それは何だろうと思っていたら、その中にエデルト=セレード連合王国軍の軍人が複数紛れていた。軍事顧問団か何か?

 記憶に軍事顧問団という単語がひっかかり、ある人物の顔を頭に思い浮かべながら目線を動かしていると、目が合った。めっちゃ睨んでる、怖ぇ。見つかったのでセリンの後ろに隠れる。

「ちょちょ、何、何?」

 確実にこちらを視認したはずだが、現在は立場というものがあるせいかそれ以上は踏み込んでこない。

「何、旦那どったの? 急にビビって、昔の知り合いでもいた?」

「いた」

「誰、誰?」

「あの、エデルト軍の軍服着た女」

「女? どこにいんの」

「あれ、軍帽が三角帽じゃなくてつば広のやつ。あ、今こっち見た」

「エデルトってどんな?」

「軍服が青」

「あー、はー、んー? あー、あーあーあ、あの色男、女なの。へーん、旦那にも怖いもんあんだねー」

「怖いっていうかなー、絶対怒ってるから近寄りたくないっていうか、な?」

 セリンに両頬をつねられてグリグリされる。

「私に守って欲しいんだ?」

 しまった、もう見るだけで恥ずかしくなってきた。

「もうあの女と上下も糞も無いでしょ、開き直りゃいいじゃんや」

「逆らえないんだよ、何となく」

「弱みでもあんの?」

「無い無い。惚れた弱みも無いぞ」

 今、それをセリンに言いたいと思って言ってしまった。こりゃあ本気か? 気の迷いか何なのか時間が欲しい。

「あーあれだ、姉貴分? そういうあれこれだと思う。あと遠縁、親戚で本家筋なんだよ。こっちは貧乏末端貴族、あっちは没落しても超名家、とか色々あんの」

「お名前何てーの?」

「シルヴだ」

「はぁーんシルヴねー」

 セリンが肩を叩いてくる。もう一回、違う肩にもう一回、両肩に更に一回、そして羽交い絞めにされる!

 背中におっぱいが! 首筋に吐息が! 尻に股が! 

「おいシルヴこらぁ! ここにおめぇのベルリクベンベルがいんぞぉ! かかってこいやぁ、その面で女かぁ? タマあんのか見してみぃやあ! それともあれか、アレが野郎並かぁ!?」

 遠慮がちにチラチラこちらを伺う程度だったシルヴが、帽子を脱いで頭を振ってから被りなおし、うつむき加減ながらもこちらを睨みながら近寄ってくる。まあ何て可愛らしい上目遣い。怖いもの知らずが代名詞の海賊が思わず「うげっ」と呻く。慣れれば何てことはないが、シルヴの目付きは悪いというより重く押してくる性質だ。ちなみにセリンの声が、うめき声でも首筋から響くとゾワっと興奮してくる。あとまだおっぱい、特別大きいものではないが素晴らしい。

 シルヴが目前、セリンが背後。逃げたい、逃げれない、逃げたくない。

「エデルト=セレード連合王国陸軍少佐シルヴ・ベラスコイです。軍事顧問団の一員としてアソリウス島騎士団にて任務中です」

 他人行儀である。怒ってる? 場をわきまえてる? 無視して背後のおっぱいついてる彼女に言ってる?

「イスタメル総督ルサレヤと契約中の海賊セリン。イスタメル平定後にイスタメル海域提督とマリオル県知事に就任予定、だからあとは辞令を待つだけ。よろしくぅねぇん」

 シルヴが無言で、所属は違えど上級者に対するように敬礼を行う。その間、視線はこちらの眼球を押し潰さんとしている。そして回れ右をして去っていく。遠ざかったシルヴの背中が小さくなった頃、セリンが羽交い絞めを止め、両腕を掴んで肩に顎を乗せてくる。ここまでされると、もう子供の顔まで見たくなってきた。

「ねえねえ、思い出したけどさ、セレードにシルヴってさ、セレードの肉挽き器のことでしょ。砲弾で千人をグチャグチャにしたって噂の」

「噂じゃねぇよ。俺が活きの良い兵隊と一緒に魔神代理領軍、釣り出したり足止めしたりして、そこに弾着修正魔術ってやつ使って砲撃したんだ。合計で千だなんて少ない、絶対にだ」

 直に体に伝わるセリンの声に加え、自分とシルヴがやった最高の戦いの思い出が加わり、鼓動も鼻息も荒くなってきた。

「あっ? あー、あーあぁ!? あー、あーあー、あーん。そんならバシィール城に残飯兵なんて朝飯前なわっけだー」

 背中をポンポン叩かれる。そうしながら考えか何かを整理しているようで、あーはー、などと独り言でもない言葉を出す。そして突然首を絞められ、膝の裏に蹴りを入れられて跪かされる。

 糞、ここで仇討ちか、やってやろう、短刀に手を伸ばす。静観していたラシージが拳銃を抜こうとする。首を絞める力が弱い。短刀から手を離す。ラシージも止める。目線を上に向ければ、セリンが覗き込む顔が見える。

「元気な奴だしご近所だからって仲良くしとこうとか思ってたけど、止めるわ」

 残念、と一念するだけだ。仕方がない。仲良しは終わりか……と、思ったらセリンに鼻を吸われた。顔を平手で思いっきり叩かれる。痛さなんか感じるより驚愕が勝る。何だこりゃ?

「だあっんなぁ! そおんな良い男だってんならとっとと言いなさいよこの、北国野郎は謙虚が美徳とか? あーダメクソ、サラっとぐらい言えやこのこの」

 今度は顔を絞められる。鼻が痛い、後頭部におっぱい。

「むおっほほほほ! 食い残し雑兵のケツ掘るだけで知事に提督に良い男に魔族化ぁ? 出来すぎだっちゅーの!」

 更に絞め付けが強くなる。いい加減、おっぱいがあっても我慢出来ない痛さになってきたので、立ち上がって回転する。しっかり掴まったままのセリンも回転することになった。

「うおっほ、おほー! 回る回る、イヤー、回されちゃうー!」

 首が折れるという恐怖が過ぎり、急停止は危険、下から顔に回された腕を突き上げて外し、飛び退って距離を取って身構える。ラシージが傍に来て迎撃用意をする。

「旦那ぁー、私の男になるぅ?」

「う……考えとく」

「あらそう」

 素直になれないのは本気だからだろうか?


■■■


 その後、アソリウス島から捕虜を連れ立って、マリオルには帰港せずにシェレヴィンツァへ入港。

 連れて来た捕虜の中には主だった役職持ちの者はおらず、牢に入れたまま何事もなく日は過ぎ、アソリウス島騎士団の船が残りの捕虜を連れて来る。その中には旧イスタメル公国軍総司令官を初めとする高級幹部の面々が含まれていた。ルサレヤ総督と俗法官達が正式な法手続きを行って彼等に裁決を下す。

 その後日、シェレヴィンツァ中央広場にて観衆が見守る中、太鼓の連弾が止ると同時に執行人が刀を振り降ろした。旧イスタメル公国軍総司令官の首が、皮一枚繋がった状態で垂れ下がる。

 当日を持ってイスタメル平定が宣言され、州内に発布がされた。

 その後、反乱の意思なしと確認された捕虜から順に解放された。素行不良として処刑された者は少なくない。

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