第5話:魔王様が振り向いてくれなくて辛い~ムカ娘の場合~

「間に合っておる!」


 折角勇気を出して、魔王様の寝室に向かったのにたった一言で断られてしまった。

 魔王様ががまだサクランボだと聞いて、私も手入らずですが魔王城天守閣か飛び降りる覚悟で参ったのに…

 でも、顔を真っ赤にして照れておられる様子がとても可愛らしかったですわ。


「魔王様、今日は暑いですわね…」


 私はそういって、魔王様の前であえてシャツのボタンを上から三つ目まで外して服で仰いでみせましたの。

 ちなみに、胸元には男性の性欲を高めるフェロモン香水を大量にかけてますのよ。


「そ……そうか……なら、何故そんなに引っ付いてくる?」


 あらうっかり、あまりに魔王様が魅力的過ぎて100本のうち、20本の足で絡みついてしまいましたわ。


「そ……それと、今日は何やら芳しいが、わしはかような匂いは微かに香る程度がおつだと思うのだが……」


 あらあら、付けすぎてしまったようです。

 魔王様が顔を顰めてらっしゃいますわ……

 失敗してしまったようですね……


***

次の日


「今日も暑いですわね……」


 昨日の反省を生かして、香水は一振り。

 その変わりにボタンは4つ目まで開けてますの。

 乳房の先端が見えそうで見えない、この微妙なラインが男性はお好きと聞きました。


「う……うむ、お主は暑さに弱いらしいな……」


 魔王様ったら、なんでこんなに鈍感なのかしら。


「魔王様の身体……冷たくて気持ちいい……」


 こうなったら実力行使ですわ!

 全身を絡め付けて、私の自慢のHカップの乳房で篭絡して差し上げます。


「う……ちと強過ぎぬか?」


 魔王様の身体が徐々に固くなってますわね。

 緊張されているようですね……

 ここは一気に……


「わしの身体が微妙にミシミシ言っておるのだが?」

「魔王様……気持ち良いですわ」


 いくら鈍感な魔王様でもこれは流石に気付くでしょう?

 もっと、もっと攻めるのよ!


「強いぞ? そんなにひっついたら逆に暑かろう?」


 まだまだですわ!


「あのなぁ、流石に痛くは無いがこれでは何もできぬのだが……」


 もっと攻めるのです!


「そろそろ止めぬか?」


 まだまだですわ!


「おーい?」


 こっからさらにエンジンを上げていきますの!


「あの、ムカ娘?」


 名前を呼んでくださった!

 これはイケる予感!


「強いと言っておろうがぁ! そんなに暑いなら冷やしてやるわっ!【永久凍土コキュートス】」


 私の為に、まさか地獄級魔法を使われるなんて……

 やり過ぎたようですわ……


 寒すぎて辛い……



***


 とある日。


「魔王様は、エリー様の膝で良くうたた寝されるようよ」

「本当? 意外と可愛いところがあるのね。普段はキリッとされて近寄り難いけど、二人っきりでそんな事されたらときめいちゃうわ!」


 侍女達の会話を盗み聞きした私は、急いで魔王様の部屋に向かいましたの!


「魔王様! 今日は妾が膝枕して差し上げますわ!」


「……?」


 何故キョトンとされておられるのでしょうか。


「膝枕です! 魔王様は、膝枕で仮眠を取られるのが好きと聞きましたわ!」


「……どの足で?」


 …………!


「えっ?えっと……あの……その……前……2番…3…番目……いや、なんでもないです……」


 居た堪れなくなって思わず出てってしまいましたわ。

 百足に生まれて辛い……


***


 別の日


 今日は魔王様のハートを料理でガッチリキャッチすることにいたしましたわ!

 料理はコックローチシチューですの。

 魔界の蟲族の家庭料理の一つですわ!

 ちなみに、コックローチの虫言葉は「貴方の愛を貪りたい」ですの。

 ちょっと、直球過ぎたかしら……


「ウッ……これは……お……美味しそうじゃな……後で頂くとしよう……」


 あの戸惑いは、私の想いにようやく気付いて頂けたようですね。

 これは空のお皿が帰ってきたら、返事はイエスね!


「魔王様は虫が苦手な様子。明日以降虫料理を出さぬように!」


 調理室で、蛇吉がコック長に伝えているのが聞こえた…

 辛い…


***


 昨日の話は本当にショックでした。

 まさか魔王様が虫が嫌いだなんて……

 私は百足……魔王様の嫌いな虫……


 辛い……


***

数日後


「魔王様、今日もムカ娘様は気分が優れないとの事です……」


 執務室でエリーが俺に城内の状況を報告をする。

 一日の始まりだ。

 その報告の中で、最近気になる事がある。

 ムカ娘が体調を崩して、寝込んでいるとの事だ。


 最近やたらと周囲をウロチョロしてウザかったが、居ないなら居ないで寂しいものだ。

 ちょっと様子を見に行こう。


 コンコン


 俺はムカ娘の部屋の前で扉をノックする。


「はい……」


 中から元気の無い返事が聞こえた。


「俺だ……」

「まっ! 魔王様?」


 中からバタバタと音がする。

 それからカサカサという音が聞こえたかと思うと、扉が思い切り開いた。

 女性なのに足音がカサカサとかキモイけど……今日は気にならなかった。


「あっ、あの、どうかされましたか?」


 ムカ娘がこちらの機嫌を伺うように聞いてくる。

 顔色も良いし、思った程深刻では無さそうだな。


「なんだ、案外元気そうではないか。」

「えっ……あ……その……」


 ムカ娘が顔を伏せる。

 もしかして仮病だったのかな?

 そんな事をするような娘には見えないが……


「……」


 しばしの沈黙が訪れる。

 まぁ、特にこれといって用事があるわけではないしね。

 本当に体調が悪いなら、こんなところに立たせとくのもあれか……立たせとく?立つ? 百足が立つってなんだ?

 まぁいいや。


「まぁ、元気なら良い……まぁ、ゆっくり休んだらちゃんと出て来いよ!」


 俺はそういって部屋を後にする。

 が服の裾を掴まれる。


「あっ……あのっ!」


 ムカ娘が何か言いたそうにして、言い淀む。

 何か聞きづらい事かな?


「なんだ?」

「……」


 聞き返したが、顔を伏せたまま何も答えない。


「何もないなら、わしはもう行くぞ?」


 俺がそう言うと、ムカ娘が覚悟を決めた表情でこっちを見上げる。


「まっ、魔王様は虫がお嫌いですか?」


 んっ?


「へ……蛇吉殿が、料理長におっしゃっていたのを……聞いてしまいました……虫がお嫌いですか? わ……妾がお嫌いですか?」


 あぁ……そういう事か。

 毎回料理に虫が混ざっていたからな。

 最初は紛れ込んだのかと思ったが、途中からあえて入れていると気付いた。

 最初は皿の横に避けてたが、さすがに面倒臭くなって蛇吉に頼んだんだっけ。


「あー、あれな……虫が嫌いというか、虫が食べられないのだよ……好きな虫も居るぞ!」


 カブト虫とか、クワガタとかカッコいいし、蝶々とか?


「それにムカ娘は……わしの……いや、俺の頼れる幹部の一人だ! 大事な仲間だと思ってる」


 虫だとは思ってるけどね。

 一応本来の姿に戻って伝える。


「……!」


 ムカ娘がハッとした表情でこっちを見上げる。

 目があった瞬間に、顔を真っ赤にして背けられたが……

 嘘がバレたか?


「まぁ良い、元気になったら出て来いよ!」


***

 この世の春ですわ!

 魔王様が、私の事を仲間と言ってくれましたの!

 大事な女性と言って貰えなかったのは残念ですが、今は充分ですわ!

 それにしても、久々に本来の姿を見ましたが、輝くような黒い髪に吸い込まれそうな黒い瞳……

 カッコ良すぎます……

 ムカ娘がんばる!


***

「魔王様!今日も暑いですわ!」


 もはや、上半身すら裸じゃねーか!

 全裸族が増えた!


 あの一件以来、ムカ娘のアプローチが露骨過ぎて辛い……

 人型ならなぁ……


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