糸ちゃんの夢

@nakamichiko

第1話高校二年生の私から小学校五年生の私へ



「わ! 怖い! でもきもちいい! 」


 高校二年生になった今でも、やっぱり急な坂道を自転車で下るのは楽しい。そのあと、自転車を押して上らなければいけないとわかっているのに。

でも大きくなればなるほど、視線が高くなって怖くなったような気がする、もしかしたら小さいときは小さい時で、地面にぶつかりそうで怖かったのかもしれない。そんなことを考えながら、夏の日に近づこうとする夕方、私は大きな河の河川敷にあるベンチに向かった。この川は大雨になるとかなり水が増える。でもそれに負けなかった大きな木が何本かあって、その木の下にはそれぞれベンチがある。生き残った木をまるで褒めているように。


私は草のガタガタ道をほんの少し押して、土手の下にあるサイクリングロード近くのベンチまで行く。

一週間に一度だけれど、こうするのには色々な条件がある。


まず、天気が良いこと。カバンの荷物が少ないこと。そしてこのベンチが開いていて、人が少ないこと。今の時期はバスフィッシングの人が案外多くて、実は一年生の頃、人がいないだろうと川に近い一番奥のベンチにいたら、草むらから急に人が出てきて、恥ずかしい思いをしたことがある。


 だって、高校生の女の子が古びたウサギのマスコットに、ずっと話かけているのだから。


 それからは、逆に人が来たらすぐにわかるような所で、時間を過ごすようになった。そして今日は、本当に見る限り誰もいない。少し肌寒い夕方、これから私も通る大きな橋が目の前にあるけれど、同じ高校の生徒も、車の人も、スマホをいじっているとしか思わないだろう。

ただ注意人物が一人だけいる。年配のバードウォッチングをしている女性だ。彼女だけは気を付けておかないといけない。何故なら

「カメラと双眼鏡を持っている」からだ。しかしその人も昼間にこのベンチに座っていることはあるが、夕方にはほとんど見ることはない。


「さあ、ミミミ、カバンの中は暑かったでしょう、どうだった? モスリンの袋は。一度洗ったから肌触りもいいと思うけれど」


 私は高校のカバンの中の小さなポケットから、そこに本当にぴったりの巾着袋をとり出した。高校に入学することが決まって、このかばんを買った時、他のみんなは

「今時こんな小さなポケットどうするの? スマホも入んないし、昔の四角い定期入れなんて使っている人いないわよ」と話していたが、私には最適な使い道がすぐに浮かんだ。そしてずっとここはミミミが入るだけのためにしてある。


 私は袋の口に指を入れ、横に引っ張って開けた。モスリンと言うのは木綿布の種類で、赤ちゃんをくるんだりするのに使われる布だ。暑くなるこれからには良いと思ってなるだけ薄いものを選び、私が作った。

そして、ミミミを外に出した。今の私の手の中にちょうどおさまる大きさ、小学生の時は、ミミミを手でかくすのにとても苦労した。



「いい風だね、ミミミ。オオヨシキリがずっと鳴いているよ。きっとミンダナオ島で、イタチになった時に追いかけた子の子孫かもね」


オオヨシキリは、夏になると日本にやって来て子育てをする鳥だ。高校へ自転車通学するようになって、ここにやって来ているのに気が付いた。

「ギョギョシ ギョギョシ」と鳴く。昔はこの鳴き声から

行々子(ぎょうぎょうし)と呼んだそうだ。高校生になって、初めてこの鳥の名前を、昔はそう呼ばれていたことを知って面白いと思った。そして一年生の時にミミミにこう話しかけた。


「行々子か・・・行った子 行った子って、昔の事をばらされているみたい。命を狙われたから、オオヨシキリは仕返しのつもりなのかな」


 そう、私はいろいろな所に行った。私の作ったミミミと一緒に。

彼らが帰っていく東南アジアの国や、ヨーロッパの地方、カリブ海に浮かぶ素晴らしい島。日本の沖縄のそれぞれの島にも。じゃあ私のお父さんはそういう仕事をしているか、というと、全然違う。それに、飛行機で行ったわけではない、

だって飛行機のない時代にも行ったのだから。


でもそれは私が小学校五年生の時の「夢」といえばそれで終わってしまうお話。

何故ならその旅は全部、私が夜眠っている間の事だったからだ。




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