その力は神の如く


 坑道で擦れ違うドワーフは、俺達を見てギョッとする。

 それはそうだ、今日の主賓を連れ歩いているのだから。


 そして擦れ違い様、俺の荷車を覗き込んでホッとする。「なんだ、そんなものか」と言いたげに。こちらに乗せた金鉱石は4個。

 大して向こうは6個~20個。

 例年の優勝者はサイズ勝ち。つまり採れる者でも1,2個ということだ。

 それが今年は個数を比べ合っている。

 金鉱脈の露出と姫巫女の許嫁という条件が重なり、異常事態を生んでいた。


「これじゃビリになっちゃう……」と消沈するレヴィ。

「金脈に行こう」

「……もう全部採られちゃってるわよ」


 案内したのは19-283C鉱区。

 坑道と言うより、体高7mのモグラの巣穴と言われたほうが納得できる、縦横に入り組んだ長大なトンネル。

 両側の壁には通路めいた段々が幾本も走っている。

 件の金脈とは全く違う場所だった。


「ダダン、道、間違えた?」

「んな訳あるか。ここも金脈だ」

「えっ、でも地図には一箇所しか――――」

「本当に大事な情報はな、ここにしか入ってないのさ」


 と、世界で一番いっちばん信頼できるデータバンクを指した。



「あっ、見て! ここでしょ!? ほら、もう見えてる!!」


 暫く坑道を歩いた先で、レヴィが嬉しそうに岩盤へ触れた。

 石英の白い地層には、確かに金色の粗粒が混ざっている。


「恐ろしい素人め」

「なによう」

「そいつは黄鉄鉱パイライトだ。鮮やかな金色に初心者は騙されるが、大した価値はないのさ。だから別名『愚者の黄金』」

「なにそれムカつく。……今適当に言ってない?」

「かじってみたらいい」


 削りだした黄鉄鉱を手渡すと、すぐに頬張るレヴィ。

 期待と違う味に、妙なしかめ面を浮かべる。実に『愚か者』っぽい表情だ。


「美味いか?」

「……分かってて聞いてるでしょ」

「うん。……まあ、目の付け所は悪くなかった」


 黄鉄鉱パイライトは、金イオンを最も効率よく吸着する金属硫化物だ。

 これが産出する事自体、指標の一つに成り得る。

 本来地中深くにある金が昇ってこられるのは、硫化水素と化合物を作って熱水中に溶け込むためだ。

 硫化水素の濃度が下がれば、その地点で金は沈着し、金鉱脈と化す。

 

 そのように形成された鉱脈の先端は、多くの場合、玉髄質の石英となる。脈幅は数センチ程度しかないので見逃しやすいが、俺の調査に抜かりはなかった。


 つまり、レヴィの指し示した地点から、3歩進んだ場所。


「この向こうが金鉱脈だ!」

「……ちょっと! あたし、当たってたじゃない!」

「ビギナーズラックって怖いよな」


 こここそが金鉱脈。しかし金の濃度が高いのはもっと奥だ。先端を幾ら削っても低品位の鉱石しか採れない。

 優勝を浚うにはどうしたら良いか。

 俺には一つだけ秘策があった。




「おい、お前ら!」


 いよいよ採掘に取りかかろうとした矢先、声を掛けられる。

 誰かと思えばゴブリン君だった。名前は、覚えてない。

 ゾンビのような有様で、片足を引き摺って近付いてくる。それを介助する取り巻きはいない。

 ――――どうしてここが分かったのだろうか。

 嫌みになるように気をつけながら、友好的な笑みを作った。


「よかった。無事だったのか」

「無事にみえるか、これが……! 貴様が、こんな地図を掴ませたせいで……!」

「お前らが勝手に持っていたんだろ? いらないなら返してくれ」

「返して欲しいか?」


 ゴブリンは宝の地図をその場に捨てると、何度も何度も踏みつける。

 まるで子供の癇癪だ。

 俺にとっては痛くも痒くもない。内容は大体頭に入っている。

 が、レヴィはショックを受けているようだった。


「酷い! ダダンが一生懸命書いたのに……!」

「拾えよ。早くしないと破けちまうぜ。……おらっ! おらっ! おらっ!」

「やめて!」


 飛び出すレヴィ。「行くな」と叫ぶが、もう遅い。

 足元へ屈み込んだ少女を捕まえるゴブリン。

 折れたツルハシを握り締め、その切っ先を幼い首筋へ突き付ける。


「ははっ! デミ野郎に返してやるつもりだったが、まあいい! レヴィ! 貴様が最初だ!」


 ゴブリンの腕の中で、苦しそうに藻掻くレヴィ。

 俺が「離せ」と言うと、ゴブリンは更に気の触れた笑みを浮かべた。


「ひ、ひひっ! 何が『離せ』だ、白々しい! 友達だと思ってたのによぉ!! あいつら、あの瞬間、俺を盾にしやがった!! あり得ねぇ! 何のための家来だ!? 身を挺して俺を守るのが役目だろ!? そのためにデケェ図体してたんじゃねぇのか!?」

「……いや、俺に言われても」

「お前だって同じだ、デミ野郎! 地位に当て込んでレヴィに近付いたんだろ!? 誰も彼も皆、いざとなったら自分を優先するんだ!! テメェのことしか考えちゃいねぇ!」

「違う。俺は……」

「違うってんならコイツの代わりに死んで見せろよ! 今、ここで!」

「なっ?! やめて、ダダン! こんな奴の言うことなんか――――んぐっ?!」


 レヴィの口が塞がれた。

 暴れる彼女を刃先で黙らせ、ゴブリンはひひひっ、と笑う。


「さあ死ね! 今すぐ死んでみろ!」

「……無理だな」

「――――ひははははっ! そらみろ! 化けの皮が剥がれたぞ!! 薄汚いデミ野郎が!!」

「その前に助かっちまう」

「……は?」

「分からないのか? そいつは姫巫女だ。放っておくはずないだろ? テリア様が」

「ひっ、ひひひひひ! 迷信だ、そんなもの! 単なる権威の箔付け! お伽話だ! 本当は居やしないのさ!」

「懲りない奴だ」

「だったら呼んで見ろよ! テリア様とやらを――――」


 ――――ドォンッ! と。


 トンネルの奥から反響する爆発音。

 ズドドドドッと連鎖して、物凄い速さで迫ってくる。

 ゴブリンは目を丸くし、ダラダラと冷や汗を流した。


 採掘場が縦横に揺れる。

 奥から近付いてくる爆砕の波。

 その振動は徐々に激しく。

 高い壁が内側からブワッと盛り上がり、砂利雪崩に変わる。

 鉱石の黒波がザララララァッと滑り落ち、反対の壁をザパンッと舐めた。

 まるでサーフィンのチューブ。

 恐れおののき、手にしたものを何もかも捨ててひっくり返るゴブリン。


 坑道は鉱石の濁流に変わり、俺達を飲み込む。

 その一歩手前で、ピタリと止まった。

 俺は微動だにせず、レヴィは驚きのあまり固まっている。

 ゴブリンだけが悲鳴を上げ、尻餅を付いたまま後退した。


「あああああ!? あ、あひぃ……っ?! ひぇぇっ!! テ、テ、テ、テリアしゃま……っ?! いぎぃ……っ! おゆ、おゆ、お許しくだしゃい……!!」


 彼には何か、見えないものが見えているのだろうか。

 虚空を見上げ、ガタガタと手を合わせる。

 落盤事故のPTSDかもしれない。お気の毒に。

 時間差でもう一度ドカンッ、と爆発するとゴブリンはパニックを起こして逃げ出した。手足をバタバタと掻き交ぜて転げるように。



 それを見送って、レヴィは指を組み、あらぬ方向へ祈りを捧げた。


「……あぁ、テリア様……。感謝いたします」

「ばーか。いねぇよ、そんなもん」

「えっ?! でも、……だってこれ! ダダンが言ったのよ!?」

「全部デタラメ。これはな、科学の力だ」

「カガク?」

「そうさ。今のドカーンはテリア様じゃない。……俺様だ」

「……ほんと? ほんとに?」

「疑うならアンコールにも応えよう。不思議を探求し、再現性を見出す学問。それが科学だ。……故にこれは何度でも出来る」

「じゃあやって! もう一回やって!」

「……いいとも。けど爆薬が勿体ないから一回だけな」


 そして再びの発破。

 俺の合図とピッタリに火が噴き、大岩が木っ端微塵に。内側から金色の輝きがザラリと転がり出る。興奮したレヴィがその勢いで抱き付いてきた。


「すっ!」

「す?」

「すごい! すごいすごいすごーい!」

「な? これが科学……」

「すごいわ、ダダン! いつの間に魔法覚えたの!? あたしにも教えて!!」

「レヴィ、話聞いてたか?」


 砂利の中から金鉱石を幾つか拾い上げてみせる。


「それより見ろよ、この揃った粒度を。計器もタイマーも無しに完璧な制御発破。流石俺様。そんじゅそこらの天才には真似できない。惚れ惚れするね」

「そのスゴさは、よく分かんないけど」

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