第13話 部活紹介:月華さん

「うん。色々、噂がある」

「どんな噂でしょう」

「彼女は生徒をモデルに人形を作る人なんだ」

「生き人形なんですか? これも?」

 目の前のショウケースの中でアルファベットのビーズに半ば埋もれた人形はあまり現実的な姿をしていなかった。猟奇的な演出もされている。生き人形、というのは馴染みのない言葉だったけれど肖像みたいな意味なのだろう、と理解した。

「うん。彼女の人形のモデルになった人は不幸になるって」

「不幸に?」

「知っている範囲だと五人……かな? モデルになった子がいて、そのうち二人が退学したよ」

 南畝さんは、ふうん、と首を傾げる。五人中二人では「呪いの」だの「不幸の」だのと形容される現象として微妙かもしれない。

 あくまでも噂だけれど、と前置きする。

「夜中に校内で出会った子を殺して〝十字架の丘クリージウ・カルナス〟に埋めてるとか。逆にアイヌの墓から死者を蘇らせているとか。大切な物と引き換えにのろってくれるとか」

「呪い?」

「髪や血を封じた人形を作って……みたいなよくあるやつ」

「……効くんですか?」

 南畝さんはショウケースを左右から覗きながら訊く。

「そのあたりは私は関わりたくないかな。興味があるなら当人に聞いてみてはどうだろう」

 視界の隅に目当ての人影を見つけ、ギャラリーの入口に向けて「月華げっかさん」と呼びかけて手を振る。ぴょこん、と反応した小さな影は照明を横切るごとに金色の光を溢れさせながら踊るような足取りでやってきた。

「あら。生徒会の。なあに?」

「月華さん、いいところに。お呼び立てして済みません。ちょうど探してたんです」

「ふうん?」

 もつれた毛糸のような金髪を揺らし小柄な月華さんが私と南畝さんの周りを小走りに巡る。小学校高学年、せいぜい中等部の一、二年生にしか見えない小柄なコーカソイドの少女は高等部の最上級生だ。私たちの周りを一周半したところで彼女は南畝さんの正面で足を止めて向き直った。

「あなた、膠と胡粉ごふんの香りがする」

 あどけなく芝居めいた仕草に高い声が重なる。

 フリルとレースがふんだんに使われたエプロンドレスを絵の具や粘土で染みだらけにし、広がる髪を揺らして落ち着きなく動き回る様子は人なつこい洋犬のよう。もっともこの少女の形をした生き物の中身は相当に違っている。

「えっ。あの」

 南畝さんは少女にかけられた唐突な言葉に面食らっているようだった。

「この人が この人形の作者、月華さん」

「えっ」

「で、月華さん。こっちは新入生の南畝さん」

「ふうん」

 しげしげと顔を見上げていた月華さんは今度は手を取り一本ずつ指をなぞって南畝さんを困惑させる。

「あ、あのっ」

「あなた、人形遣いね」

「えっ」

「文楽。たぶん一人遣いの――なんていったかしら。乙女文楽? 違う?」

「そう、ですけど。なんで」

「人形の匂いがするもの。あとこことここ。皮膚が硬い。文楽の主遣おもづかいの人がこんなだった。そして女は文楽を演じられない。故にあなたは乙女文楽の人形遣い。証明終わり。――でも、へたくそよね」

 あっさりと放たれた攻撃的な言葉に黙り込んでしまった南畝さんに代わって私が口を開く。

「月華さん、あのですね」

「なあんてね。ぜぇんぶ出鱈目。あたし、この間ネットであなたの動画を見たわ。人形ネタの動画なんてそうないもの。文楽であなたの歳ならへたくそ以外にありえないし」

 月華さんの視線がこちらに向けられる。

「眼鏡は――刀禰谷だっけ。生徒会の用事も当てて見せる?」

「けっこうです。私の口から説明申し上げます。それに生徒会の用事ではありません。私の用事です」

 生徒会の活動を通じて月華さんと接した経験を持つ私は彼女のペースには乗らない方が良いことを学んでいる。

「へえ、人形を作れって言うんじゃないの?」

「いいえ。彼女の、南畝さんの操る人形を一度見てみませんかというお誘いです」

「ふうん? あたしにこの子の芸を見ろというのね、あんた自身の用事で」

 月華さんは言葉を切って南畝さんに短く視線を向け、ふふん、と軽く笑う。

「この子は目を白黒させてるわよ。あんたは回りくどいやり方、好きよね。人形を作らせろってあたしが言い出すよう仕向けたいんじゃなくて?」

「それはご想像にお任せしますが、南畝さんは預かり知らない話です。月華さんにとっても私の思惑なんてどうでもいい話ではありませんか?」

「言うじゃない。四年生が生意気。学校の都合でも生徒会の都合でもなくあんた自身の都合で動いているというなら面白そう。いいわ。人形遣いも寮生よね? その子の遣う人形、見せに来なさいな。あたしを動かせるものをその子が持っているといいわね」

 それだけ言うと月華さんは現れたときのようにぱたぱたと、あちらこちらに寄り道しながら去っていった。

「――びっくりした?」

 南畝さんに問いかけてみるとあまり驚いたようには見えない顔が頷く。

「話の展開がよくわからないです」

「ごめん。勝手に話を進めちゃった。この人形を作ったのが今の月華さんなのはわかった?」

「ええ」

「で、南畝さんの乙女文楽をあの人に見てもらう」

「はい」

「後はなるようになる」

「…………」

 南畝さんは無言だったけれど言いたいことはよくわかる。

「南畝さん、こういう創作人形を見たことは?」

「初めてです」

「どう思った?」

「精巧で。繊細で。綺麗で。おっかなくて。文楽の人形よりは――刀禰谷さんの大切なお人形に近い気がしました。一品ものですよね。美術館にあっても納得してしまうみたいな」

「それをあの小柄な高校生が一人部活で作った」

 私はショウケースの中に置かれた受賞歴を示すカードを示す。人形のジャンルでどんな賞がステータスかは私にもわからなかったし南畝さんにもわからないだろう。けれど誰が見てもわかるものもある。「文部大臣賞」や「最優秀賞」の文字だ。

「でも、乙女文楽と何の――」

 言いかけて何かに思い当たった様子の南畝さんに私は首を振る。

「いま南畝さんがした想像はたぶんハズレ。部活動用の人形は用意できてないし南畝さんの人形だってかなり傷んでる。でも、その充当や修理を提案したいわけじゃないんだ」

「違うのですか」

「月華さんはうちの学校で一番の人材。誰が見たって月華さんの人形は素敵で凄いよ。でも、伝統芸能の、文楽の人形を作らせてもしかたがないし、そんな依頼、断られると思う」

 能や文楽のような伝統芸能は道具も過去の天才の仕事を精確に写すことを重んじる、という俄仕込みの知識を頼りにするなら、創作人形というオリジナリティを競うジャンルで作品を作る月華さんに頼むのは良い考えではないはずだ。

「では、何を?」

「私にもわかんない。ただ予感がしたんだよね。南畝さんが月華さんとこれからどう関わるかで決まる、みたいな」

 後で行ってみない?と南畝さんを誘うと要領を得ないという顔のまま頷きが返ってきた。

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