第四話 戦さ場で 数珠と連なる 闇の粒


 深雪は今、航空母艦HOPE・曙光しょこうの中にいる。HOPEとは、国連加盟国百九十三か国で結成した〝国家連合軍〟が保有する、主力戦艦である。

 史上最大のHOPEは、アメリカが建造したHOPE・ミネルヴァだ。

 空母〝曙光〟は、日本軍が所有する曙光型戦艦の一番艦である。

 日本は三度目の星喰い襲来の後に自衛隊を解体し、日本軍を結成した。大日本帝国軍や自衛隊とは違い、陸・海・空と具体的に分かれていない。

 国家連合軍は、各国の軍との連携を最重視するよう取り決めた。戦争ビジネスはアメリカをはじめ世界が放棄した。情報、技術、金。どれか一つでも惜しんだら、死に繋がる。未知数な強敵を相手に余裕など全くなかった。

 HOPEは機動力が比較的低く武装は貧弱だが、数多くの主力戦闘機を艦載している。メッテーヤは日本が製造した。国家連合軍の主力戦闘機の一機だ。


 深雪は、メッテーヤが並ぶ飛行甲板を足早に進んだ。

 自身に与えられたメッテーヤⅧのコックピットに腰を下ろした。準備を済ませ、呼吸を整える。瞼を伏せ、じっと出撃命令を待った。

 深雪の機体カラーはホワイト。岡山隊の機体は全てホワイトに統一されている。

 深雪は正規パイロットとして入隊を認められた当日に、髪を刈り上げた。

男女おとこおんな」とからかわれていた、小学三年生の頃のショート・ヘアを思い浮かべた。耳を覆う髪型など、全てロング・ヘアだ。


 シートに身を沈めながら、深雪は正規パイロットに選ばれたと報告したときに、翠に言われた言葉を思い出す。


「たとえグレイ・バードやブラック・バードを撃墜しても、お父さんは、あなたを抱きしめない。星喰いを破壊しても、奈々は笑わない。星喰い人を全滅させても、リリィは駆け回らない。亡くなった家族は生き返らないのよ」


 言われなくても、わかっている。

 家族と過ごす賑やかな毎日が大好きだった。

 穏やかで幸福な生活は、二度と戻らない。時間は遡らない。

 時生も奈々もリリィも、生き返らない。燃え崩れた家と同じ家が建つ日も永遠に来ない。

 知っている。よく、理解している。

 それでも、深雪は立ち止まれない。前に進まずにはいられない。敵に一矢を報いないと、何が何でも気が済まない。

 深雪と家族は、ひとつだ。深雪が戦わなければ、犠牲になった家族が報われないだろう。あまりにも理不尽ではないか。


 度重なる空襲により、地球は混沌の渦へと沈んだ。

 国も地域も関係なく、多くの街が破壊され、各地で虐殺行為が繰り返された。

 もはや限界だった。

 なんとしても星喰いを破壊し、虐殺を止めなければならない。


(ううん。大勢の知らない誰かの命なんか、どうでもいい)


 深雪の心に憑りついて離れない感情は、家族を屠った事実に対する、怒りと恨みの念だ。


(絶対に、許さない──)


 怨恨と憤怒の波に呑まれ、深雪の心は幾度も砕けた。深雪の心を占める大半が、仇討の決意と、生き残った家族を守る壁となる覚悟だ。


(お父さん、奈々、リリィ。仇討は必ず果たすよ。必ず帰ってくるから待っていて。お母さん、お姉ちゃん)


『佐原、聞いているのか? 佐原深雪』


 スピーカーから岡山の声が流れてきた。


「すみません、聞いていませんでした」

『おいおい、しっかりしてくれよ』


 そうだ。これから出撃する。考え事をしている暇などない。やっと憎いあいつらを粉砕するチャンスが来たのだ。

 再びスピーカーから岡山の声が流れてきた。


『岡山隊の役割は、目障りなブラック・バードを叩き落として星喰いを丸腰にすることである。星喰い強襲部隊が星喰いを叩けるよう、命を懸けて敵機を撃墜せよ』

「了解」


 レッドアウトしたかのように視界が赤くなった気がした。興奮で全身の血がたぎり、熱い。ヘルメットの僅かな隙間から汗が流れ落ちた。汗は耐Gスーツの下肢に幾つもの丸い染みを作った。


『岡山隊、出撃する』


 岡山隊はα小隊から順次、飛行甲板から飛び立った。

 先頭で出撃した深雪は、後続小隊をレーダーで確認しつつ、頭の中で作戦を確認した。

 星喰いは、常に市街地を狙う。

 高層ビルに衝突しそうな位置に出現し、触手を伸ばしてグレイ・バードとブラック・バードを吐き出し終えると、徐々に高度を上げ、停止する。

 停止したあとは、消える瞬間まで、その場を動かない。しばらく時間を開けた後、停止したまま戦闘機の吐き出しを再開する。

 星喰いから艦砲射撃を受けた事例は、過去にない。

 黒い繭の形をした星喰いから、艦載砲は確認されていない。隠し持っているのか、あるいは、ただの空を飛ぶ輸送艦にすぎないのか。

 それにしても、星喰いは巨大だ。HOPEを含む国家連合軍の航空母艦とは比較にならない、次元が違う大きさだ。

 いったいどれほどの数の戦闘機を保有しているのか、見当もつかない。


 目標のブラック・バードは、八十三機。星喰いを取り囲むようにブンブンと飛び回っていたが、八十三機のうち三十機ほどが、先発した他部隊と交戦している。

 星喰い周辺を旋回中だったブラック・バードも、岡山隊を補足すると瞬時に攻撃を仕掛けてきた。

 凄まじいスピードだ。主力となっているブラック・バードは、武装状態でも最大速度マッハ一・六を記録する。

 しかし、何故か、ほとんどのブラック・バードが空対空ミサイルによる攻撃手段を選ばず、機関砲によるドッグファイトを仕掛けてくる。赤外線誘導ミサイルもレーダー誘導型ミサイルも、なにも使用してこない。

 だが、電子妨害装置や、チャフ、フレア、曳航型囮、射出型囮、投下型囮などは大量に使用し、こちらのミサイル攻撃を妨害してくる。

 稀に、短射程空対空ミサイルのみを使用し、ミサイルが尽きると特攻を試みてくるブラック・バードがある。

 これらのブラック・バードは兵装や増槽を機体に埋め込んでいないためか、空気抵抗など無視して最高速度マッハ二・五で特攻してくる。

 現在までのブラック・バードの撃墜数は二十二機。まもなく数十機が追加で出撃するはずだ。


『α小隊は星喰いの横っ腹の中央を目指す。β小隊からΖ小隊は、α小隊の進路を確保しろ』

「了解」


 ブラック・バード殲滅部隊が道を作らねば、星喰い強襲部隊が出撃できない。


(やってやる。見てろ、ブラック・バード)


『佐原、聞いているな』


 スピーカーから名前を呼ばれ、深雪は見開いていた瞼をしばたいた。岡山の声だ。


『いいか、無理はするなよ』


 岡山の言葉に、深雪は首を捻った。


「無理をせずに、どうやってブラック・バードを墜とすんですか」

『黙れ。貴様は絶対に死ぬな。危なくなったら離脱しろ。これは命令だ』


 岡山は、切りつけるような口調で言い放った。

 深雪には岡山の言葉の意味が理解できなかった。

 命をけて敵機を撃墜せよ、と言いながら、死ぬなとも言う。意味がわらない。

 深雪は首を鳴らすと、インターコムに向かって大声を張り上げた。


「すみませんが、隊長、その命令は聞けません」


 言うや否や、深雪はメッテーヤⅧを叱咤し、岡山機を追い抜いた。マッハ〇・九では足りない。さらにマッハ一・六まで加速させた。

 急激に空気の摩擦抵抗が増大していく。センサーが赤外線を探知できなくなってきた。垂れ流しているみたいに燃料が減っていく。


(知ったことか。ようは堕とせばいいんでしょ)


「叩き落とされたハエみたいに潰れろ」


 メッテーヤⅧ、眼前のブラック・バードに二十五ミリメートル機関砲を向けた。ブラック・バードは煙を噴き出しながら急降下した。


(ブラック・バードが機関砲によるドッグファイトを好むのは知ってるよ。五百六十発も装弾しているし、ガンポッドもある。蜂の巣になれ)


 メッテーヤⅧは強烈なGに耐えながら旋回し、二機目を撃墜。ブラック・バードは倒壊しかけたビルに衝突し、大輪の炎の花となった。


(戦場に咲く花って、全然キレイじゃない)


 だけど、ゾクゾクする。周囲に飛び散った金属の花弁を避けながら、深雪は心の中で吠えた。


(まずは二機だ。さまあみろ)


『佐原、隊列を乱すな』


 スピーカー越しに岡山に叱責されたが、深雪は、またも命令を完全に無視した。

 三機目、左旋回しながらメッテーヤⅧの後方を占位。


「舐めやがって。好きなだけ弾丸を浴びろ」


(降下して反転。速度を上げれば背後を取れる。馬鹿にするなよ)


 メッテーヤⅧ、ロースピードヨーヨーで敵機後方を占位。機関砲発射。目標の撃墜を確認。

 四機目に視程内距離空対空ミサイル・ガラガラヘビを発射。ブラック・バードはバレルロールで回避を試みるも、ミサイルは左翼に命中した。

 五機目、急接近しつつ対空機関砲発射。メッテーヤⅧ、百八十度ロールし背面急降下、これをかわす。


(目障りなんだよ)


 レーダー警戒受信機がピーピーとうるさい。急に耳障りだと感じるようになった。気持ちに余裕がなくなってきたのだろうか。

 ミサイル接近警報装置が鳴っている。ブラック・バードの一機が、珍しく短射程空対空ミサイルを使用したらしい。


(アーチャーを使ったか。しばらくしたら特攻してくるな。面倒くさい。それよりも……)


 五機目がしつこく迫ってくる。メッテーヤⅧはアフターバーナーを既に使用している。燃料が気になるが、油断したら撃墜される。

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