23

 前に出てくるセシリアを待ち構えて、カールが長剣を振りかぶった。

 膂力りょりょくに相当自信があるのか、かなり大振りの一撃である。

 それをまともに受け止めようものなら、セシリアは体勢を崩してしまうだろう。

 だが、彼女はそれを事前に見越して、絶妙の角度で剣を突き出した。


 彼女の頭の中には「受け止めるのではなく」という、カイの言葉が反芻はんすうしている。

 言葉通りカールの剣は、セシリアの剣の上を滑るようにして、背の方へと抜けていった。


「ぬおっ――!?」


 さすがに大振りの一撃を外したカールは、前のめりに体勢を崩しかける。

 そして、その隙を見逃すようなセシリアではなかった。


 彼女はすれ違いそうになるカールに対して、鋭く横になぎ払う一撃を放つ。

 するとその一撃は驚くほどあっさりと、カールの右脇腹をしっかりと捉えた。


 ガチッ!という金属がぶつかる不快な音が響いて、セシリアの剣がカールの美しい金属鎧プレートメイルに傷を作る。

 剣には刃が付いていないため、相手を切り裂くような攻撃はできない。

 だが、衝撃は刃のある剣と同じように身体へと伝わっていく。


 セシリアの攻撃をまともに喰らったカールは、前のめりになりながら、無様に地面にひっくり返った。

 それを見た観客たちは、一気に笑い声と歓声を上げる。

 カールは自分の不恰好な姿に気づくと、慌ててその場で何とか立ち上がろうといた。

 だがその動きを、立派な金属鎧プレートメイルと大型の凧型盾カイトシールドが阻んでしまっている。


 セシリアは追撃を仕掛けることもなく、カールがその場に立ち上がるのを待った。


「くっ、貴様――!!」


 カールは怒りを見せたが、今のやり取りで警戒したのか、いきなり襲いかかろうとはしない。

 セシリアはそれを見て、前に踏み込んでいくと、わざとカールの盾を叩くように剣を繰り出した。

 果たして剣は盾で受け止められたが、カールは反射的に剣を振りかぶって反撃を試みる。

 ところが警戒心が解けなかったためか、その攻撃には全く腰が入っていない。

 セシリアは即座に剣を引くと、今度は敢えてカールの剣を叩きに行った。


 直後、カンッ!という乾いた音がして、両者の剣は真っ正面からガッチリと噛み合う。

 だが力のないカールの攻撃に比べて、セシリアの剣勢は両手で剣を握った鋭いものである。

 結果、カールの長剣は力負けして、大きく後ろへと弾かれた。

 すると次の瞬間、セシリアは、鞘のを左手でギュッと握りしめる。


「盾が変形した!?」


 驚く観客たちの声を背景に、彼女は展開した盾を突き出して、一気にカール目掛けて体当たりした。

 剣を弾かれて体重が後方に流れていたカールにとっては、それは堪らない一撃である。

 彼はその衝撃に耐えきれずに、今度は無様に真後ろにひっくり返った。


 ――今、セシリアの頭の中には、カイが教えた「盾を持つ」という言葉がある。


 彼女は盾で攻撃を防いだ直後の反撃は、むしろ劣位を作るということをカイから学んでいた。

 盾で受けた攻撃は、通常盾で押し返すべきなのである。

 それをせずに慌てて反撃しようとすると、決定的な隙を作ってしまう。


「つ、強いぞ、あの女騎士――!!」


 恐らくセシリアのことを、誰もが侮っていたことだろう。

 観客たちは目の前で繰り広げられる予想外の光景に、自分たちの認識が間違っていたことを理解させられたのだ。


「まだ、戦いますか?」


 地面に転がったカールを見下ろしながら、セシリアが冷静に囁いた。


「ふ、ふざけやがって――っ!!」


 カールは目を血走らせながら、ガチャガチャと派手な音を立てて立ち上がる。

 そして今度は煩わしそうに、持っていた凧型盾カイトシールドを投げ捨てた。

 重装備に大型の盾を持てば、動きが制限されることに今更気づいたのである。


 カールは両手で長剣を持つと、セシリアを狙って滅茶苦茶に振るい始めた。

 右へ左へ、上へ下へ――。

 腕力を頼みに、剣を縦横無尽に振るっている。


 セシリアはそれを注意深く見極めると、下がりながら軽やかにかわし、一つ一つ受け流していった。


 何しろ彼女の鎧は軽い。

 そのため素早く、通常の金属鎧プレートメイルより疲労度もずっと少なかった。


 カールの攻撃が一〇合、二〇合と続くと、次第に彼の動きが鈍くなっていく。

 どんなに鍛錬した騎士であったとしても、全力の一撃を放ち続ければ急激に疲労が蓄積していくものだ。

 見る見るうちにカールの動きは、緩慢なものになっていった。


 彼は息も絶え絶えになり始め、セシリアはそれを見て鋭く剣を振りかぶる。

 彼女は盾を展開したことで、今は右手だけで剣を握っている。

 対するカールは盾を捨てたことで、長剣を両手で握っていた。

 にもかかわらず、蓄積した疲労は、カールの腕からセシリアの攻撃を防ぐ力を奪ってしまっている――。


 次の瞬間、カールの剣は、脆くも彼の手から大きく弾かれてしまっていた。

 彼の長剣はくるくると宙を舞い、カランという音を立てて地面に転がる。


 直後、対戦を見守っていた観客たちが、一斉に歓声を上げて沸いた。

 セシリアが完全に丸腰になったカールに剣を突きつけると、カールは疲労感からか、その場でガックリと膝を折る。

 一瞬、エリオットの厳しい表情が視界を掠めたが、セシリアはそれを気にせず審判ジャッジの方へと振り返った。


「勝負あり!

 勝者は、アロイス家の長女セシリア!!」


 審判ジャッジが高らかに宣言すると、場内がもう一段沸き返った。

 その言葉を聞いて初めて、セシリアも自分の表情を緩める。

 即座にカイとリーヤを振り返ると、彼らも朗らかにセシリアの勝利を称えてくれているようだった。


 だが――エリオットが気になる。


 ところが、エリオットを探してみると、果たして元いた場所に彼の姿がない。

 一瞬、セシリアはエリオットが怒って、闘技場を早々に退出したのだと思った。


 だが、そのは、直後に目を向けた相手を見たことでもろくも吹き飛んでしまう。


 エリオットがにいて、何かを彼女に囁いているのが見えたのだ。

 彼が具体的に何を吹き込んだのかはわからない。

 囁かれたオヴェリアの方も、エリオットに向き直ることすらせず、真っ直ぐにセシリアを見つめたままだった。

 ただ、その光景はセシリアの心を、一気に不安へと沸き立たせる。


 エリオットが話を終えると、オヴェリアがゆっくりと、観客席の前へと進み出た。

 彼女は観客に静まるように指示を出すと、場内が落ち着いたのを確認してから、セシリアを見てニッコリと微笑んだ。


「待ちなさい。

 この試合では、セシリアの本当の実力はわからないわ」


 彼女が言い出した思わぬ内容に、場内の人々が再びざわつき始める。

 そして、オヴェリアが続けた次の一言を聞いて、セシリアは思わず呆然となったのだ。


、セシリアと対戦させなさい。

 対戦相手は騎士団の中から選ぶことにするわ」


 思わぬ延長戦の提案に、観客たちは大きな歓声を上げた。

 オヴェリアはその反応を見て、満足そうに笑みを浮かべる。


「いいわね。

 じゃあ、対戦相手の立候補を募るわよ。

 騎士団の中でセシリアとの対戦を希望する者はいないかしら――?」


 オヴェリアが尋ねると、先ほどまで一緒に騒いでいたはずの騎士たちがピタリと静まり返ってしまった。

 無理もない。新人の、それも女騎士と戦おうと言うのだ。

 万が一、勝てなかったとしたら、とんでもない不名誉を呼び込んでしまうことになる。


 セシリアが前列に立つアルバート騎士団長に視線を向けると、彼はこのやり方が気にくわないのか、眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていた。


 そして誰も立候補がない様子に、観客たちが徐々に不満を表明し始めた時――。

 騎士団の中から、一人の男性が手を挙げて大きな声を張り上げた。


「オヴェリア様!

 私に――私に、名誉挽回の機会をお与えください!!」


 セシリアは名乗り出た男性を見て、目眩めまいがするような衝撃を受けた。

 あろうことか、その男性は騎士長のだったのだ。

 彼がここにいるということは、叙任式の前に謹慎が解けたということだろうか。


 ミランはひっくり返りそうな程強引に、周りの騎士たちを押し退けた。

 そして無理矢理身を乗り出して、何度も挙手をしながらオヴェリアへと近づいて行く。


 ただ、オヴェリアはミランの顔を知らない。

 彼女は近くの者に立候補者が何者であるかを尋ねると、彼が今まで謹慎の身であったことを把握したようだった。


「いいでしょう。

 確かに、名誉挽回の機会としては良いのかもしれないわ。

 それに騎士長クラスであれば、十分にその実力を計れるでしょうから」


 ミランはそのオヴェリアの言葉を聞いて、いびつなほどに満面の笑みを浮かべた。

 だが、セシリアをしんかんさせたのは、オヴェリアが放ったその次の言葉である。


「あなたはミランと言いましたか。

 折角だから勝てば褒美を与えます。望むものを申しなさい」


 するとミランは喜び勇んで、胸に手を当てながら妙に張り切った声色で答えた。


「ありがとうございます!

 ではお言葉に甘えて、勝利した場合、私の名誉の回復と――」


 瞬間、ミランの両目がセシリアの方を向いた。

 彼女はその視線に、得も言われぬ生理的な嫌悪を覚える。


「彼女を――セシリアを、としてお与えください」


 セシリアはそれを聞いて、思わず顔を強ばらせた。

 そもそも彼女はミランが何を言おうと、無表情を決め込もうとしていたのだ。

 だが、あまりに歪んだ望みを聞いて、心穏やかではいられない。


「セシリアを――?

 ふうん、あなた何か、彼女といわくがあるのかしら?

 ――まあ、いいわ。

 あなたに勝てない程度の実力なら、それまでということでしょう。好きにしなさい」


 無表情を装っていたセシリアは、その言葉を聞いて如実に不快感を表した。


 ここまで順調に来ていた分、が出たような気もする。

 だが今更、オヴェリアに対して、異論を唱えたところでどうしようもない。


 彼女にはもはや、目の前のミランに勝つ以外の選択肢がなかったのである――。




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