21

「――!?」


 セシルの歩みに合わせるように、束ねられた金の髪が揺れていた。

 そして、その背をゆるりと追うように、薄絹のヴェールが美しく広がる。


 その瞬間に謁見の間を包んだ空気を言葉で表すとすれば、それは『』という言葉が最も適していただろう。


 それほどまでに王族と貴族は、現れた騎士見習いの姿に、驚きを隠すことができなかった。

 彼らは発するべき言葉を忘れてしまったかのように、謁見の間を進むセシルの姿を、ただ呆然と目で追うことしか出来ない。

 居並ぶ全ての王族と貴族たちは、その刹那の間に、彼女の美しさとあでやかさに心を奪われた。


 彼女の全身を覆っているのは、まるでドレスのような光沢のある白い煌めきである。

 そして、銀に輝く金属板が、女性ならではの美しい曲線を描いていた。

 しかも、その胸元はふくよかな膨らみを見せつけるように、大胆にも開いているのである。

 それが、否が応でも、彼女が女性であることを意識させるようだった。

 頭には青白い髪飾りがあって、整えられた彼女の美しい金色の髪を、一層引き立てているように思える。

 そして、それら全てが貴族や王族たちの中にある『金属鎧プレートメイルを纏った騎士』という、概念から離れたものであった。


 ――だが、それに留まらない。


 極めつけだったのは――セシルがことだろう。


 セシルは支度部屋で鎧を纏った後に、リーヤの手によって美しく化粧を施されていたのである。

 そして、その化粧に合わせて、両の耳には金色の耳飾りイヤリングを付けていた。

 更に滑らかな桃色に光る口紅が、彼女の白銀の姿と相まって美しさと可憐さを引き立てている。


 無論、化粧をした騎士などというものは過去に存在した記録がない。

 セシルの姿に言葉を失っていた貴族たちも、次第にその意味を認識して、様々な反応に色めき立った。


「騎士が化粧など――!?」


「それに、あの鎧の白い生地は何だ? 完全な金属鎧プレートメイルでは無いではないか。

 あのような姿で、叙任を受けようというのか!!」


 次第に批判的な言葉が、周囲から怒号のように飛び交い始める。


 だが、セシルはそれらの言葉に全く動じない。

 むしろ自信を深めたように、微笑をたたえながら、真っ直ぐに謁見の間を進んで行く。


 彼女は正面にいるオヴェリアの前まで到達すると、そこで初めて領主の娘と対面した。

 セシルの目に映ったオヴェリアの第一印象は、真っ赤な長髪が特徴の可憐な少女というものだった。

 ただ、歳は十代後半だと思われるのに、その表情には支配する者ならではの、自信のようなものが満ち溢れている。

 そして、明らかに意思の強そうな瞳が、彼女が生まれながらにして領主の娘として育てられたことを物語っていた。


 セシルはオヴェリアの真正面に立つと、数瞬の間、彼女と視線を交差させる。

 直後、セシルは膝を折ると、オヴェリアの前でしとやかにこうべを垂れた。


「お待ちください!

 このような者を、本当に騎士に叙任するおつもりですか!?」


 貴族の列から一人の女性が立ち上がって、オヴェリアに制止の言葉を放つ。


 セシルは跪き、頭を下げたままで、その女性の方向に視線を向けた。

 見ると果たしてその女性は、エリオットの結婚相手のようである。

 だが、壮行会の時とは違って、その隣にはエリオットの姿がない。

 エリオットは王族だから、彼女とは分かれて、王族側の列に参列しているのだろう。


 セシルは女性の声には反応せずに、無言のままでその場の状況を見守った。

 すると女性が更に発言を加えようとしたところで、オヴェリアが制止の手を上げる。


「席に付きなさい」


「し、しかし――」


 女性は何らか反論しようとしたものの、オヴェリアの有無を言わさぬ視線を受けて、仕方なく腰を下ろしたようだった。

 そしてセシルがふと顔を上げると、彼女とオヴェリアの視線が複雑に絡み合う。

 セシルにはその一瞬の出来事が、酷く長い時間のように感じられた。


 恐らくこの後、オヴェリアから発せられる一言によって、セシルの運命は思いも依らない方向へと変えられてしまうことだろう――。


 だが、セシルは覚悟を決めてしまうと、再びオヴェリアに深く頭を下げた。


「――その鎧、金属だけという訳じゃ無いわね。

 一体、何でできているのかしら?」


 セシルはオヴェリアの質問を受けて、正直に答えを返す。


です」


「陶器?

 ――随分と珍しいもので作ったのね」


 オヴェリアはそう言いながら、感心するように目をしばたかせた。


「オヴェリア様、陶器の鎧などもっての外です!

 まともな金属鎧プレートメイルを纏わぬ者を、叙任する訳には――」


 今度はエリオットの結婚相手だけでなく、他の貴族からも、がやがやといくつもの抗議の声が上がる。


 ところがその中から、ざわめく貴族たちのせんを制する言葉が響いた。


「恐れながら。

 騎士憲章第十四条二項に、騎士叙任の要件が記されておりますが、その記載は『金属を用いた鎧を必須とする』というものであって、決して『金属を用いた鎧を必須とする』というものではございません」


 ともすれば、これまでの慣習を否定しかねない発言を行ったのは、叙任式に列席していた騎士団長のアルバートだった。

 騎士団長という立場があるとはいえ、今の発言はアルバートにとっても勇気が必要な発言だったに違いない。

 セシルは彼の力強い後押しに対して、心から感謝の念を抱いた。


「あら、そうなのね」


「しかし、オヴェリア様――!」


 またも上がりかける抗弁の言葉に、今度はオヴェリア自身が不快感を示す。


「控えなさい。

 これ以上、神聖な叙任式を妨げるものには退場を命じます」


 オヴェリアが最後通牒を行ったことで、異論を唱えようとした貴族たちは完全に、石のように沈黙してしまった。

 そして、言葉を発するものが居なくなったのを確認して、オヴェリアはニヤニヤとセシルの姿を眺め始める。

 今度はその威圧的な視線を受けて、セシルの方が硬直する番だった。


「――ふうん、いいじゃないの。

 見たこともない美しい鎧だし、とても似合っていると思うわ」


 所詮、オヴェリアの見た目は、十代の少女に過ぎない。

 なのに、その視線には、有無を言わさぬ程の迫力が備わっていた。

 セシルは見たものを石化させてしまう大蜥蜴バジリスクに見つめられてしまったかのように――ほんの僅かな身動きすら、とることができなくなってしまった。


「セシル――。

 いいえ、・アロイス」


「――!!」


 思わぬ時に女性としての名を呼ばれたことで、セシルの身体に電撃のような衝撃が走った。


「セシリア、あなたは女性でしょう?

 それとも、そんな綺麗な姿で男性だとでも言うのかしら?」


 少しおどけるような口調になりながら、オヴェリアはセシルに問い掛ける。

 セシルはその質問に如何ほどの猶予も空けることなく、明確な言葉で回答した。


「わたしは、女性です」


 すると、セシルの言葉を聞いたオヴェリアは、二段階ほど声を大きくして強い口調で話し始めた。

 その声は謁見の間の隅々にまで、大きく響き渡る。


「であれば、あなたは女性でありながら騎士になり、騎士でありながら女性であり続けるというのですね?

 ならば今日を機会に、セシルという名前を

 あなたは、・アロイス。

 今後あなたがセシルと名乗ることは許しませんし、あなたをセシルと呼ぶことも許しません」


「――承知しました」


 オヴェリアが放った言葉は、セシル――いや、セシリアの心を、根底から激しく揺さぶった。


 その言葉は中途半端でありつづけてきたセシリアを、完全に『女性』の方へと追い落としてしまったのである。

 だが、覚悟を迫るその言葉には、女性ならではの騎士を目指すセシリアを、オヴェリアが認めたという意味が含まれていた。


 オヴェリアは従順なセシリアに微笑むと、頭を下ろした彼女に向けて、決定的な言葉を放った。


「では、セシリア・アロイス。

 この街をあずかるメイヴェル家の名代として、あなたに騎士の位を授けましょう」


 オヴェリアは女官から一本の剣を受け取ると、その剣をセシリアの肩に当てて宣言する。


「セシリア・アロイス。あなたに騎士の位を授けます。

 私はその代償として、あなたの忠誠を求めます。

 もし、それをあなたが受け容れるというのであれば、この剣にかけて

 ――さあ、セシリア・アロイス!!」


 通常、静かに宣言されるはずの領主の言葉は、後半に至るに従って、妙に力のこもった声色で伝えられることになった。

 その声にはオヴェリアの有無を言わさぬ迫力が、内包されているようでもある。


「セシリア・アロイスは騎士となり、この剣にかけて忠誠を誓います。

 ――この身を剣とし、全てを貴女あなたに」


 その言葉を聞いて、オヴェリアは思わずニヤリと笑った。


 通常であればセシリアは、領家であるに忠誠を誓うべきなのである。

 ところがこの時、彼女は意識して、それを「」と置き換えて誓った。

 それを一瞬指摘しようとした者もいたが、オヴェリアの不興ふきょうを買うことを恐れて、何も言い出せない。

 女性が騎士叙任されるというだけでなく、何もかもが異例ずくめの叙任であるに違いなかった。


 オヴェリアは剣を受け取ったセシリアを見ると、再び真剣な表情で彼女に向かって命じる。


「セシリア・アロイス。

 あなたはこれで正式に騎士になったわ。

 でもね、私は見た目だけ美しくて、派手な騎士など必要とはしていないの。

 だからセシリア、あなたにはこの後の模擬試合デュエルに出場することを

 そこで、その『陶器の鎧』と、あなたの実力を私にちゃんと見せて頂戴」


 セシリアは模擬試合デュエルへの出場が、元々予定されていたことであることを知っていた。

 だが、オヴェリアが伝えた言葉には、彼女なりの配慮が含まれているように思える。

 そもそもセシリアの実力を見たいと思っているのは、恐らくオヴェリア以外の王族と貴族たちなのだ。

 そして、その彼らの中には、セシリアが無様に負ける様を期待している人物までいる。


「拝命しました。

 オヴェリアさまにご満足いただけるよう、微力を尽くさせていただきます」


 セシリアはそれらの思いを胸に秘め、オヴェリアから受けたに、微笑みながら了承の言葉を返すのだった。




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