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「う~ん、じゃあ、ダメなんだよねぇ?」


 空色の髪の青年が、呟くように問い掛けた。


 どこか中性的な印象のある青年は、むむむ――と唸りながら、窓際にあまり背の高くない身体を寄せる。

 彼はさも困ったと言うように、自身の口元に拳を添えた。


「わたしがダメだと言ってる訳じゃないわ。

 ただ、アルバート騎士団長が言う『みすぼらしい恰好』というのに、が含まれているのであれば、やっぱりダメなんじゃない?」


「だよねぇ」


 セシルの言葉に相づちを打つと、再び空色の髪の青年は唸りながら首をかしげる。


 この日、騎士見習いセシルの姿は、ヨシュアという青年騎士と共にあった。

 宮殿の中にいくつか設けられている喫茶室カフェの一つで、彼と立ち話をしている。


 ヨシュアは昨年まではセシルと同じ、騎士見習いの地位にあった青年だ。

 中性的な見た目と小柄な身体が相まって、彼も騎士叙任が遅れた口だった。

 それでもヨシュアはセシルに比べると、年齢的には二歳年下である。

 それもあってセシルとヨシュアの関係は、騎士見習いの時から姉と弟のようなところがあった。


「アロイスが契約していた鎧師は廃業したんだっけ?」


「廃業したわ。跡継ぎが私だと判った途端、自分の仕事は無くなったと思ったんでしょうね」


 セシルがそう吐き捨てるように答えると、ヨシュアは思わず首をすくめる。


 セシルの実家であるアロイス騎士家が契約していた鎧師というのは、祖父の代から付き合いのあった無口で無骨な人物だった。

 父は比較的その鎧師と仲良くしていたように思うが、セシルは小さい頃から悪戯いたずらとがめるような、彼の厳しい視線が苦手だった。

 なので、ろくに会話を交わしたこともなければ、進んで鎧師の仕事場へ足を向けようと思ったこともない。


 結局、そういう気持ちが見透かされていたのかもしれないが、鎧師は一昨年にセシルの父が亡くなったのに合わせて、さっさと廃業してしまっていた。

 表向きは手を痛めて、もうかなづちが振るえなくなったというのがその理由ではあったのだが。


「そこに、後継者はいなかったのかい?」


「いたという話は聞いてないし、弟子のような人物も居たようには見えなかったわ」


「う~ん、それもちょっと無責任な話だ」


 いわゆる既製品の防具を売る『防具屋』と、『鎧師』は違う。

 防具屋というのは大量に生産される、安価な既製サイズの防具を扱う店である。

 布や革の製品から、金属鎧プレートメイルに至るまでを幅広く扱っていて、鎧だけでなく盾や兜など――それこそ防具であれば、何だって揃えることができる。

 そうした店に出入りする客というのは、主に冒険者という存在だった。


 冒険者とは、日頃迷宮などの遺跡を探索して、魔物を退治して報酬を得たり、財宝を探し当てる職業を言う。

 そして、セシルたちの住まうこの街は、数多くの冒険者たちが集うことで有名な街だった。

 ゆえに既製品を売る防具屋で良いのであれば、紹介されるまでもなく、何カ所も見つけることができる。


 一方の『鎧師』というのは、オーダーメイドの鎧を作る特別な職人を指す言葉である。

 手作りの金属鎧プレートメイルは、下手をすれば年単位、少なくとも数ヶ月の製作手間を要する。

 だから、腕の良い鎧師は、金のある貴族によって囲い込まれ、その貴族家と専属契約を結ぶのだ。

 従って「鎧師を紹介してくれ」と言いだしても、多くの場合相手を困らせてしまう結果になる。


 セシルが相談したヨシュアも同様で、彼の家が抱える鎧師は、例に漏れず彼の家と専属契約を結んでいた。

 鎧師は専属契約を交わすことで、単に鎧を製作するだけでなく、鎧の修理や手入れなども引き受けてくれるのだという。

 こうした制度になっていることもあって、腕が良く、専属契約を交わしていない鎧師というのは、その存在自体が希有けうだとも言えた。

 そのため通常は鎧師が弟子を取り、その弟子を後継者にしたり紹介することで、貴族は腕のいい鎧師の存在を知る。


「紹介できる鎧師がいるかどうか、ウチの鎧師にも一度訊いてみるよ」


「ありがとう。助かるわ。

 ところで金属鎧プレートメイルの製作って、いくらぐらい掛かるものかわかる?」


「それはまさにピンキリというやつじゃないかなぁ」


 ヨシュアはそう言うと、机に置いたカップに口を付けた。


「ヨシュアは叙任式の時、随分と良い金属鎧プレートメイルを着けていた気がするわ。

 でも、予算は青天井という訳でもなかったでしょ?」


「そりゃそうだよ!」


 セシルの言葉にヨシュアは紅茶を吹きそうになりながら、勢い込んで答えた。

 セシルが叙任式の時に見たヨシュアの金属鎧プレートメイルは、所々に青い装飾の入った見事な見栄えの鎧だった。

 その装飾の色が彼の空色の髪と揃っていて、よく似合っていた覚えがある。


三大貴族家トライアンフなら別だけど、ボクら騎士家が湯水のようにお金を使う訳にはいかないでしょ。

 どうもボクは甘ちゃんに見えるのか、親に凄いお金を使わせたように言われるんだよね――」


 若干悩み事を吐露するかのように、ヨシュアは小さく呟いた。


 トライアンフというのは、この街一帯を治める地位の高い三つの貴族家のことを意味している。

 この街周辺の地域は、名目上は三大貴族家トライアンフ筆頭である『メイヴェル家』の領地とされていた。

 そして、この街にはメイヴェル家を補佐する形で、更に二つの有力な貴族家が存在している。

 ただ補佐と言いつつも二つの貴族家は、領主の地位を狙っている――というのがもっぱらの噂だ。

 真偽はもちろん不明だが、微妙な力関係の中で、三つの貴族家による統治が成り立っている。


 ヨシュアは再びカップを手に取ると、紅茶の残りをあおってから口を開いた。


「ただ鎧師に作ってもらう以上は、金貨五百枚は覚悟しないといけないだろうなあ」


「ブッ――ご、!?」


 今度はセシルが吹き出す番だった。

 実は金貨五百枚という金額は、セシルの年間の給料を上回っている。

 有力貴族であればポンと出せる金額かもしれないが、アロイス騎士家の懐事情では、そう簡単に出てくるような金額ではない。


「ちょ、ちょっとその値段は――すぐには払えるとは言えないわ」


「既製品は、やっぱりダメだよね?」


「最悪それも、選択肢に入れる必要がありそうね」


 アルバート騎士団長の言ったことに反しているようには思うが、非常に残念なことに、無い袖ばかりは振ることができない。


「そう言えばお父上の鎧はどうなったんだい?」


 ヨシュアがふと思いついたように訊くと、セシルはそれを訊かれたくなかったといった様子で、眉をひそめながら答えた。


「あれは――ダメだわ。

 古すぎるし、何しろ寸法が合わないんだもの」


「場合によっては鎧を仕立て直すということも、出来ると聞いたことがあるけど」


「鎧を一度分解して、繋ぎ直すってこと?

 そんなことしたら、強度が落ちるんじゃないかしら。

 それに見た目も――」


 セシルの懸念はもっともだったが、ヨシュアはわからないとばかりに首を捻る。


「う~ん、どうだろう。

 そういう話を聞いただけだからね。ボクもそっちが専門ではないし」


「この手の話って、誰に相談すれば良いと思う?」


「そうだな――。

 でも、腕の良い鎧師の情報なんかは、みんな秘密にしたがるんだよね。

 ボクの思いつく中でこの手の話に詳しいのは、ミラン騎士長ぐらいかな? という気はするけど」


「げっ――。

 い、いや、なるほど。ミラン騎士長ね」


 セシルは思わず声にしてしまった言葉を、口を押さえて誤魔化そうとした。

 しかし、生理的に受け付けない名前を聞くと、言葉以上に表情に出てしまう。


「セシル、君がミラン騎士長を苦手なのは分かるけど、騎士長とは上手くやらないとマズイよ」


 ヨシュアはセシルの過剰な反応を見て、少しとがめるように苦言を呈した。


「わかってる。わかってるわ。

 でも――」


 どうしても、ミランを苦手とする感情は抑えられそうにない。


 セシルがそれだけミランを苦手としているのには、実はしっかりとした理由があった。

 そして、ミランがセシルを嫌っているのにも、理由が存在する。


 ――数年前にさかのぼることになるが、セシルがエリオット騎士公の元で、騎士見習いとなることが決まった時のことだ。

 その時、宮殿で見かけたセシルを、ミランが一方的にしたのだ。

 そして、その日以来ミランは、セシルに対して猛烈にアプローチを仕掛けてきた。


 だが、騎士家を存続するために騎士見習いであることを求められていたセシルは、言い寄るミランに肘鉄砲を喰らわせてしまった。

 無論、女性として見た時に、ミランにまったく魅力を感じられなかったというのも、彼を拒絶した大きな理由ではある。

 ただ非常に具合が悪いのは、何故かその話が騎士団内にことだ。


 以来、プライドを傷つけられてしまったミランは、セシルに憎しみをもって対応するようになる――。


「セシル、ボクは今日家に戻ったら、紹介できる鎧師がいないかをウチの鎧師に尋ねてみる。

 君は嫌かもしれないけれど、一度ミラン騎士長にもお伺いを立てておいた方がいい。

 もちろん、結局は君自身のことだから、ボクが強制できるわけではないけれど」


 セシルはヨシュアの言葉を聞き遂げると、少し反省したような態度で呟いた。


「ごめんなさい、ヨシュア。相談に乗ってくれてありがとう。

 ――そうね、自分の感情を盾にとって、何もしないのは騎士とは言えないものね。

 一度、ミラン騎士長に相談してみることにするわ。

 それにいつまでも嫌っていては、これからの任務に差し障りがありそうだから」


 その言葉を聞いたヨシュアは、静かにニッコリと微笑むのだった。




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