第36話「帰還者」

「帰ってきた……」


 訪問者があれば内部に知らせてくれる仕掛けのおかげで、出て行った魔法使い二人の帰還はすぐに分かった。


「……ん? 一人?」


 そう思ったのだが、戻ってきたのは片方だけのようであり。


「いや、ありうることか」


 僕はすぐに頭を振ると、玄関に向かって歩き出す。

 戦っていた片方が生き残って逃亡を図り、帰って来ていない魔法使いの片割れが追っていったとかならば説明もつくからだ。安全のことを鑑みてもまたあのまどろっこしい符丁のやり取りをしなければいけないのかもしれないが、今の僕にはそこに感じるめんどくささより追加の情報が欲しいという気持ちが勝る。


「花瓶の隣に忘れて行ったボタンをくれないか」

「すいませんねぇ、来月からなんですよ」


 全く同じやり取りだというのに少しだけ新鮮に感じたのは、相手がショージィ、つまり男魔法使いの方ではなかったからだろうか。合言葉を返せば、決まった回数ドアが足でノックされ。


「開けますね」


 ともあれ、これでどうなったのか話が聞ける。はやる気持ちが錠を外す腕にも伝わったのか、荒くはなったが素早くカギを開けて。


「っ」


 ドアを開けたままの姿勢で、思わず立ち尽くす。女魔法使いの髪が短くなっていた。加えて服もスッパリ斬られた箇所があり、ちらりと見えた肌の白が血で汚れていた。


「だ、大丈夫ですか?!」

「けっこう痛いけどね……名誉の負傷だよ」


 茫然自失から我に返って慌てて声をかければ、しかめた顔で女魔法使いは笑った。


「君に罪を被せようとしていた……っ、ヤツは私達で仕留めた。ショージィは怪我をしなかったから現場保全のために残ってもらっているんだ」

「そ、そうですか」


 犯人が討伐されたというのは僕にとっても朗報だろう。犯人と戦っていた方がどうなったかも気になるが、女魔法使いは現場保全と言った。逃げられて追跡が不可能であったか、それとも追う必要がないことになっていたか。どっちだとしても気にはなるが、けが人を放置するわけにはいかない。


「包帯とか薬はありますよね、ここ? ……あ、肩を貸しましょうか?」


 勝手知ったる我が家とはいかない。それこそ女魔法使いに聞かねばならないが、その前に怪我人を戸口に立たせておくわけにもいかず、僕はそう申し出て。


「すまない、な」

「いえ、おかげで僕の濡れ衣は晴れた様なモノなんですから」


 厄介ごとが一つ片付いたという意味での喜びは本物だったし、魔法使いたちに借りが出来たという事実は変わらない。


「っと」

「っ」


 僕は若干よろめいた女魔法使いをとっさに支え、玄関の内に連れ込んでから支えていない方の手を使ってドアを閉め、施錠する。


「ふぅ」


 殺人犯は斃れたと聞いたが、用心するに越したことはない。


「とりあえず、出来る限りの手当てはします、そのあとで病院に――」


 そこまで言ってから、僕は固まった。病院と言えば、力を得るためダンジョン化させていた筈だったのだから。

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