第11話「寄り道」

「焼きたてだよ、そこの兄ちゃんどうだい?」


 屋台で声をかけてきた物売りに、届け物の途中で急いでると軽い謝罪と一緒に一方的に事情を口にして通り過ぎる。思わぬ出会いとコネが得られたのは嬉しい誤算だし、貰った紹介状を見せれば遅刻もおとがめなしで済むかもしれない。


「けど、小腹減ったな」


 屋台に並ぶ串焼きの匂いを嗅いだからかその前に魔法使いを飲食店に案内したからか、半端な空腹を自覚した僕は先ほどの屋台をスルーしたことに少しだけ後悔を覚えた。次いでどこかに寄り道して買い食いでもしてはどうかと脳裏で悪魔の翼を生やした自分が囁くが、僕はこれを無視する。


「ただでさえ遅刻してるのに食べ物の匂いさせて届け先に顔出すわけにはいかないだろ」


 脳裏の悪魔にツッコミを入れるとしたらまさにそれだ。屋台の前を通り過ぎて匂いが移ったと説明しようにもその匂いが口からしていたら弁解しようもない。前世であればブレスケア用のタブレットとか便利なモノがあったが、こちらの世界ではそれも望めない。買い食いするならせめて注文書を届けた後だ。もっとも、それはそれ、これはこれという様に僕は届け先に最短ルートで向かっているわけではなく、一か所だけ寄り道することを決めているのだが。


「確か、こっちの……あった」


 通りを二つほど最短ルートから外れた通り沿いにその建物はあった。民家などとはくらべものにならない大きさで、建物のどこからか咳き込む音が聞こえる。


「病院」


 道行く人に何の建物かと聞けば、そう教えてくれるであろうソレは今世の僕にとってあまり縁のない施設だった。診察料や薬代が収入と比べると目が飛び出るほど高価だっていうのもある。利用したのは幼いころ、一度寝込んだ時ぐらいだ。今世の父におんぶされてここを訪れ、その日から暫く食事のおかずがいつもの半分になったり質がランクダウンしたことを申し訳なくも思ったものだ。


「っと」


 つい昔のことを思い出してしまったが、表向きここには用はない。ただ、ダンジョンのマスターとしてはこれ以上に有用な施設は限られた。病院は怪我や病気になった人が訪れる施設で、中には治療や闘病むなしくなくなる患者もいる。つまり、ここは人が死ぬ可能性のある場所なのだ。ここをダンジョンにしておくだけでポイント獲得の見込みがある。もちろんダンジョンの主になってしまった今の僕は善良の筈がないし、病院をポイント獲得の場として利用しようとしてるだけで外道のそしりは免れないと思う。それでも、それでもここで誰かが亡くなることを望んでいるつもりはない。


「同時に治療を受けてもすべての人が助かるわけではなことを知っているだけ」


 こころの中でそう言い訳して、僕はダンジョンの一部として認識させつつある病院の前を通り過ぎた。

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