第9話「魔法」
「よし」
周囲の様子を探り、誰も見ていないのを確認して僕は地上に出た。おおよそ想定通りの場所に出れたな、と胸中で呟き、達成感で秘かにこぶしを握る。後はこのまま、本来向かう予定だった店に注文書を届ければいい。生存が確認されれば行く目不明事件とはならず、治安維持を受け持っている兵士が出張ってきて調査を始めるなんてことにはならないだろう。もっとも、ただの兵士ではダンジョンコアが起因の行方不明事件なんて解決どころか手掛かりを見つけるのも難しいだろうが。
「むしろ――」
気をつけなくてはいけないのは、魔法使いだ。剣と魔法のファンタジーな世界と現世を僕が評したのは、この世界に魔法を使う人々が人口比からするとかなりわずかながらに存在していることに由来する。
魔法使いは希少ゆえに大体は国が抱えていて、治安維持のための兵士ではどうにもお手上げな状況になると調査の為に派遣されてくることが稀にある。稀なのは先も触れたとおり、本当に数が少ないからだ。当然だが、僕も魔法は使えない。幼いころは結構憧れる人は多いらしいが、身体的な素養がなければ使えないうえ、技術や知識を学ぶには高額の授業料と関係者へのコネが必須という狭すぎる門だからだ。
「失礼、『雪森の牡鹿亭』というのは、どこにあるのか教えていただいてもいいかな?」
だから、魔法使いなどめったにお目にかからない存在であるというのに、すれ違った僕の方を振り返って声をかけてきた金髪の女性は、魔法使いのトレードマークとまで言われる触媒の組み込まれた杖を抱えていたのだった。
「届け物の途中で既に遅刻していて急いでいるんです、すみません」
そう断って立ち去るべきなのではと僕は思った。皮肉にも女魔法使いの探している店を僕は知っている。夜は酒を提供する飲食店だが昼はそこそこ安くて美味い飯を提供してくれる店だからだ。ただ、懐に余裕があって昼は外食しようとなると定番のように足を運んだ僕は従業員や店主に顔を覚えられている可能性があった。
「行きつけの店です、案内しましょう。ただ――」
結果として僕はその金髪の女魔法使いを店まで先導することにしたが、かわりと言ってはと条件を付けくわえた。
「届け物の途中なので、遅刻した時はあなたを案内してたことを言い訳にさせてください」
魔法使いは希少だが、希少ゆえに社会的地位がある。そんな相手に手を貸していたとなれば稀に居る魔法使い嫌いでもなければ、遅刻だって見逃してもらえるかもしれないのだ。
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