第6話 復讐の姿

憎い、憎い..!

絶対近付いて、殺してやる!!

(お前を俺は..絶対に許さん...!)

彷徨う魂は、この世に何がしかの未練を残し、強く執着する者だ。

中でも一番多いのは怒りや恨みなどの感情。生きている間ですら手を焼くこれらの感情は、死すれば更なる力を得る。そもそも生死など、容易に区別するべきでは無いのかもしれない。


(もうこの身体は古いな、動くモノだと直ぐに壊れる。)

「ニャー」

毛で覆われたポピュラーな獣が、声を上げ倒れた。幸い人はいない、最期を見せなくて済んだようだ。

(次は何に入ろうか、丈夫な身体が望ましい)

ネコの口から抜け出た白い塊がフワフワと揺れ動き彷徨う。次の入れモノを探しているようだ。

(おや、窓が開いている)

外には頃合いのモノは無いと判断し、隙間から屋内の部屋へ侵入する。

(勉強机に、ランドセル..誰かの家の、子供部屋か?)

はっきり言って、ハズレだ。

こんな控えめな部屋に、めぼしいものがある筈も無い。

(下に降りてみるか?

いやしかし、扉は閉め切られている)

どうしたものかと嘆きながらもウロウロとしていると、とある事に気付く。

(子供が寝ている..身体を奪うか?)

しかし元々の魂が既に入っている。命有るものの身体は奪えない。

(仕方ない、他をあたるしか..)


「そこで何してるの?」

ふと起きる少年、生きる者は活発だ。

(!?...あいつ、俺が見えるのか?)

子供は感受性が豊かだというが、それは神経にも影響を及ぼす。感じる事柄が多いと、見えるもの、触れるものも増えていく。

「外で偶に見るやつと同じかな?」

まんまと見つかった〝見える子〟に。

(マズイ、ここから出なければ..)

「寒いなぁ、窓閉めきゃ。」

(あっ..!)

唯一の逃げ道を己の都合で塞がれた、部屋(テリトリー)ならば仕方ない。

「よし、これで..あれ?

白い人居なくなっちゃった。」

領域ならば、見失うのも己次第。

「お父さん今日も遅いかなぁ..。

でも寂しくないよ、ね?

キングオメガ。」

枕元頭の傍らで優しく見守るブリキの友達、彼を支える英雄だ。

「君がいればいいんだ僕は、おやすみキングオメガ。」


(……キングオメガ..。

これが、新しい俺の名前か)

咄嗟とはいえ鉄の英雄になるとは、数奇な魂である。


未羽町二丁目住宅街

日中には不自然な黒いロングコートを見に纏うフードを被った二人組が、人目を憚らずに平然と道の真ん中を歩いている。

「やっぱり明るいねぇ、ここの空は」

「昨日は暗かったよー?」

「昨日も空は明るかったよ、街は暗かったけど」

一日ぶりの太陽を改めて眺め、日常を確認してはいるが、この世の住人では無い為感心は薄い。

「ここの道は家がいっぱいだよー!

高いおウチがいっぱいだー!」

「そう?

安そうだけどね」

言葉は難しい。

彼はまだ日本に慣れていないようだ。

「あれ?

そーいえば何でこんなところにいるんだっけー?」

「散歩だよ、昨日は全然外出れなかったからね、まぁ別にいいんだけど」

停電のお陰で外に出ずホテルで寝ていた。眠気や空腹などの整理現象の無い彼等にとっては、暇も潰せぬ怠惰な時間を過ごした事になる。とは言っても怠惰といった感情も特には無いので時間が唯流れていただけなのだが。


「でもさー、何でここの道なのー?」

「ちょっとね、物件探し」

只今別荘を探している模様、良い家が見つかるといいが。

「それともう一つ、気になることがあるんだよね」

立地条件か?家賃か部屋数か?

どれでも無いようだが、暫く外を散策する理由にはなりそうだ。

「もうちょっと先行ってみようか?」

好奇心は止まらない。


戻山商事本社ビル

「却下だ!

お前は消費者のニーズをもう少し考えるべきだ!練り直せ!」

オフィス内をこだまする、けたたましい怒号が響き渡る。戻山商事、主に食品や日用品を企画、開発する大手企業だ。スーツという統一化された自我を殺すアーマーを着させられた屍達が、今日も働き勤しんでいる。

「金杉課長また怒ってるよ」

「仕方ねぇだろ?

あの人仕事人間だからよ。」

戻山商事企画開発部課長・金杉 剛介

鬼と呼ばれるレベルで仕事に励み、凄まじい速さで出世を遂げ、若干32歳で課長にまで上り詰めた下らない男である。

「まぁでも仕事は本当に出来るからな。」

「確かにな。

でもそれだけで本当に愉しいのか?」

「さぁな。」

仕事は大成功、だが逆に言えばその他は蔑ろという訳だ。彼に余暇は無い、恐らく求めてもいない。


仕事以外に、関心は無いのだ。


「今日も遅いね、キングオメガ。

そんなに大変な仕事なのかな?」

(お前にはわからないだろう、仕事程大事なモノは無い。だから俺は..)

「今日、学校早退したんだ!」

(学校もマトモに行けないのか、どうしようもない奴だな。)

学校を早引きし、ブリキのおもちゃに話しかける少年に呆れ果てる。この身体を選んだ事を酷く後悔した。

「具合が悪くってさ!

..あと早めに帰れば、もしかしたら父さん帰ってくるかもって。

帰って来なかったけど..」


(そんなに父親が好きなのか、余程良い男なんだな。)

顔を合わせる事が極端に少ないのか、特別な思い入れがあるのか。どちらにせよ強い何かが少年を動かしている。

「お母さんを少しだけ心配させちゃったけどね。」

キングオメガは頭を抱えた。

これから暫くここにいる事は精神的な負担が掛かると。しかし外へいく手立てが無い、またも入れ物を間違えた。

(疲れたな、少し眠らせてくれ)

軽快に話す少年の脇で、友だちはひっそりと眠った。息をせず、身体を動かさず。


「うーん、おかしいねぇ」

「なにがー?」

キィキィと金具を鳴らし小さなイスに座っている。俗に言うブランコというやつを公園で乗っている。

「こっちじゃモノを使うときに〝お金〟っていうものが必要らしい」

「おかねー?

美味しいのかなー!?」

「マズくて汚い紙切れだよ」

食えたものじゃない、現で一番下品な劇物だ。

「でもそういうもの程人に好かれたりするんだよね」

「そーなんだー!

人っておかしいね!」

「そうだね

ホントに理解に苦しむよ」

美化する割には裏を見たがる。

表面のみを愛する薄情な生き物だ。

「さぁて、暗くなって来たから帰ろうか、やる事も無いしね」

「よし、帰るぞぉー!」

用が有ると言ったと思えばやる事は無いと、気ままに刻を欺きながら道を行く。少なからず管理はしていない。

故に、問題は起きている。


「ただいま」

「あら?

早かったのね。」

「纏まりが良くてな、偶々だ」

「..そう。」

冷やかかな反応、緩急の少ない口調。

心ここに在らずといった感じだ。

「健太は?」

ネクタイを緩めながら問い掛ける。

「上で寝てるわ。

体調が悪いみたいで。」

「そうか..学校は?」

「早退したわ、青白い顔で帰ってきたの。」

「早退...?」

瞬間的に顔が変わった。

青白とは正反対に、赤く黒く

男はネクタイをその場は投げ捨て、子ども部屋へ向かう。

「貴方違うの..!」

聞く耳をまるで持たない。足だけが進んでいく。

「健太!」

勢いを帯び、扉が開く。

「お父さん!」

歓喜の子、引き換え憤怒の父。


「学校を相対したらしいな?」

「..うん、体調悪くて...。」

「何をしている!?

無理をしてでも行けと言っただろう!

誰が休めと言った!!」

「..早退だよ?」

「同じ事だ馬鹿者!」

仮にも病弱の筈だが、正座で説教を受けている。これを当然だとしているのだろうか?

当たり前の公開か、だとすれば日常的な振る舞いになる。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「謝るなら早退するな!!」

(これが良い男?優しい父親?

...なんでお前がそこにいる。)

「金杉、剛介..!」

俺をコケにし、滅ぼした男。

「出来ない奴は生き残れないんだ!

落ちこぼれになりたいのか!?」

(まさかガキにまで同じ事を言ってるとはな..!)


「ん?」

「どうしたのー」

お気に入りのベットで考えに耽るフードのあんちゃんは話も聞かずに指を咥える。

「おっかしいなぁ

気のせいじゃなかっと思うけどね」

「指って美味しいの?」

「プルト

明日もう一度公園行こうか」

「うん、いいよー!

‥それより指って美味しいのー?」

「うーん..」

「ねー!聞いてよー!」

上の空のリブライ君は天を観る。

天井の天だ。


「……」

(俺はアイツと同じ企業の部署に居た、戻山商事..俺は奴の部下だった)

「アイツは実力至上主義、必要無いと分かれば直ぐに切り捨てる。」

ある日同僚がミスをした、大した事ない軽いミスだ。普通なら注意で済む程度だが奴は違う、自分以外は見下してるからな。

「そいつは怒鳴られるのを畏れ、俺の仕業に擦りつけた。」

当然俺は怒鳴られた、己のミスでもないのにな。挙句の果てに..

「俺はクビにされた。」

その時期大きなプロジェクトを担っていた事もあるのだろうが平気で首を切った、人の話も聞かずにな。

あの時に言われた事を俺は今でも覚えている。

「出来ない奴は生き残れない。

お前は生きる価値が無い。」

遠まわしに死ねと言っているようなもんだ、望み通りにしてやったよ。


「俺はお前を許さない」

「..キングオメガ、何か言った?」

「……」 「気のせいか。」

(声に出てしまっていたか、危ない。この子は魂が見えてるからな)

死ぬには小さい理由か?

何も知らない奴はそう言うだろうな。

(今に見ていろ。)

冷たい肌に熱を帯び、沸々と機を待つ。今はまだ時期では無い。というより、術を持たない。


「もしもし、あぁそうか..」

眉間を歪ませ電話を切った。

通話の相手は決まっている、同じく難しい顔をした連中だ。

「あいつもそろそろ潮時か、使えない奴は即削除だ。言い訳など聞かん。」

次の生贄を決めている最中だった様だ

「いるんだよなぁ、偶に」

「なにがー?」

「ほらあそこ、怒鳴ってる人見えるでしょ?」

「おじさんが怒ってるねー!

どうしたんだろー?」

ガミガミと音を鳴らし人前で若者を叱る男を眺めつつ、カフェオレを啜る。

疑問混じりの人間観察タイムだ。

「あれ、怒られてる人が悪いと思うでしょ」

「ちがうのー?」

「違うんだよなそれが、怒ってる方がおかしいんだよね」

土曜の昼時、オープンカフェでの公開説教、異様な光景である。

「ガミガミ怒ってる人は未だに自分が正しいとおもってるんだよ、じゃなきゃあんなに大きな声は出さないよ」


「自分の言葉が人の考えを一変させる程の力があるなんて、普通はそんなイカレたこと思わないからね」

謙虚な心を忘れた指導者。

そもそも持たず驕っているから指導者なのだが..。

「へぇーあの人は嫌な人なんだね!」

「そうだよ、だからここの〝オカネ〟はあの人に払って貰おう。

ええっと値段は、っと..」

メニューを手に取りカフェオレの値段を確認する。

「うっそ500円、前に〝こんびに〟ってところで見たサンドイッチより高いよ、馬鹿みたいだねコレ」

数字を見て思わず苦い顔を浮かべる、カフェオレは甘かったのに。

「まぁいいや、払って貰おう

サイフはあの四角いやつかな?」

遠くからラブライがなぞるように指を動かすと、テーブルに横たわるサイフのファスナがひとりでに開く。

「二杯分だから500円の玉を二つと」

口を開けた財布の隙間から徐々に、500円玉をぬるりと二つ程取り出し手元へ吸い上げる。

「うん、足りるね」

コインを指で確認し、テーブルに置く

「行こうか、プルト」

「どこにー?」

「朝言ったでしょ、公園だよ

そろそろ来る頃だろうからさ」


未羽二丁目公園

住宅街を抜けた先に小さな公園がある、遊具の数は然程無い。ブランコ、滑り台、砂場..取り敢えず公園と呼ばせようと形のみ用意したようなハリボテ娯楽だ。それでも遊ぶ者がちらほらといる。この日も数える程度だが、遊びに来ていた。


「キングオメガ、何して遊ぼうか?」

ベンチに腰を掛け、ブリキと少年が相談している。

(こいつ、友達はいないのか?)

いない訳では無い、一番仲の良い親友と遊ぶ事を選んだだけだ。この公園が一番賑わうのは日曜なのだが、敢えて土曜日を選んだ。心置きなくという二人だけのフィールドに最適だと判断したからだ。

「ブランコにする?

でも一人じゃ漕げないよね。

滑り台にしようか!

お尻傷付いちゃうかな?」

(いつ俺が一緒に遊ぶといった?

丁重に扱えオメガキングを!)

少年なりの親切心なのかもしれない、そう考えるのは難しいだろう。何故なら彼が心配しているのはオメガキング、よく似た別人だ。

「着いた、道合ってたね」

「わーい公園だー!」

見慣れぬ黒フードの二人がゆるりと園内へ、太陽と黒は相性が悪い。

「誰だろ、あの人たち。

見たこと無いや」

(またおかしな奴が来たな..。)

風貌として一番不自然なのはブリキの英雄だが。

「ねー、遊んでいいー?」

「いいよ、外出ないでね面倒だから」

「わーい!」

「さぁてと..」

あの子じゃない、あの子でもない...

ブランコ、次に滑り台付近の子供を目で追い首を振る。

「てなると、あの子か..?」

ぐるりと視線をベンチの方へ廻し、座る少年をじっと見つめる。


「間違い無い、あの子..いや、違うけど、まぁいいか!」

視線を逸らさず真っ直ぐ歩き少年の元へ。分かり易い接触を図る。

「こんにちは、一人かな?

いや、友だちと一緒だったね」

「..こんにちは、金杉 健太です。」

戸惑いつつも名を名乗る少年、危機に陥った事がない為判断がつかない。

「健太くんか、初めましてってやつかな、だろうね」

(誘拐か?日中に堂々とか!)

「ソッチのお友達の名前は何ていうのかな?」

「これはキングオメガ、小さい時から仲良しなんだ。」

「へぇーそうなんだ、少し話をさせて貰っていいかな?

君の親友に興味があってさ」

「えっ?」

そんな事を言った人は、今まで一人もいなかった。初めて友だちに興味を持ってくれた人に少年は出会う。

「うん、いいよ!

キングオメガはすっごいカッコいいんだ!」

「へぇーそうなんだ、なら僕が彼と話している間、君はあの子と遊んであげてくれるかな?

ひとりぼっちで遊び相手がいないんだよね」

遠くで砂を弄っているプルトを指差し提案する、友だち同士を交換して仲良くする、丁度いい条件だ。

「..いいけど、仲良くしてね?

僕の友だちだから。」

「わかってる、大事にするよ」

リブライの言葉を聞くと少年は安心してプルトの元へ駆け寄った。

「おーい!」「んーなにー?」

「一緒に遊ぼう?」

「..うん、いーよー!」

打ち解けるのは凄まじく早い。

子供の驚異的な順応性には度肝を抜かれる。

「よし、邪魔者は消ーえたっと!

子供の相手は大変だなぁ、いつもは適度にいなすけど」

(何だこいつは、目的がわからん)

掴み処を見せぬままベンチに腰を掛ける男を警戒して見せたいが得体のしれない上にブリキの身体では思うようにいかず、カメレオンの様にベンチと同化する他無かった。


「で?

何でそんなとこにいるのかな」

(俺に言ってるのかこの男)

目線を低く明らかにこちらに語りかけているのが分かる。なにをされるかわからない、知らないフリをし続けた。

「わかりにくかったのは人じゃなくてモノだったからなのか、名前は確か..ブリキングだったっけ?」

「……」

心を開く訳じゃない、大きく見透かされている男を納得させる為に、言葉を交わすだけだ。

「キングオメガだ..」

「そうだそれそれ、自縛魂じゃ無さそうだけど、何もんですか?」

「自縛魂..何だそれは?

俺は偶々ここに行き着いただけだ」

「偶々行き着いた..て事は浮遊魂か、しかも憑依型の」

「だったら何だ、何処にでもいるんだろそんな奴」

「何言ってんの?

めちゃくちゃレアだと思うよ」

冥土との間に開いた歪みから現に落ちた魂は浮遊魂となり感情を持たず彷徨い始める。強い感情を持ち死んでいったものは場所や物に執着し自縛魂となって留まる。しかし稀に感情を持った魂の中で適切に死ねなかった、思いが安定せず感情として処理されたかった者が浮遊魂となる事がある。

「自縛魂程の力は無いけど独自に感情が残ってるから、人や物に干渉する感覚が変に付いちゃってるんだよね」

無い分人に借り歩く、積極的な他力本願だ。


「随分詳しいなお前、一体何者だ?」

「やっぱりそうなるんだ」

自然な流れだ、通常ならば知り得ない事を知っていれば素性を知りたくもなるだろう。

「僕はそうだなぁ、あんまり自分の事ベラベラ話したくないんだよな気持ち悪いから、でもそれじゃ納得しないだろうしなぁ」

言葉を渋り、なかなか身元を割ろうとしない黒い男にキングオメガは一歩踏み込み攻める意向に出た。


「俺と同類か?

その、浮遊する憑依型という奴と。」

「同類..うーん、違うけど、まぁ似たようなもんだよ多分」

確実な異なるものだがこれで納得してくれとの意思表示だ。存在が解る、魂のメカニズムを知っているという点では同類と言えなくも無いという解釈も何とかとれる。

「何が目的だ?」

「怖いなぁ、そんな事聞くの?

目的あるのはそっちでしょ、何だか知らないけど、興味も無いけど」

本当にスライドが上手い、己の事情を隠しつつ相手に回す、姑息な話術。


「……俺はある男に恨みがある。」

(あ、話すんだ)

「いいよ話さなくて、大体これから分かるし」

早めに話を静止した、聞くほど関心は無かった様だ。それはそうだ、見ず知らずの奴の恨み話など面白い訳が無い、少年誌なら打ち切り案件だ。

「リブラーイ!」 「ん、なんだ?」

砂まみれの少女が身体をはたきもせずに埃と共に駆け寄り叫ぶ。

「汚れたーそろそろ帰ろー!」

「珍しいね、帰りたがるってさ、別にいいけど」

現の概念に干渉されないはずのプルトが全身を砂に汚されている。遊びを存分に愉しむ為に、態々刻を弄り砂が影響するようにしたのだろう。〝遊びじゃないんだ〟という本気度で公園と向き合っていた証拠だ。

「ありがとね、プルトと遊んでくれて、結構助かったよ」

「ありがとー!」

「僕も楽しかったよ。

..キングオメガとは話せた?」

「充分話せた、それじゃあね、僕たちは行くよ」

「じゃあねー」

少女は無邪気に手を振って、男は無愛想に見向きもせずに公園を出る。

「良い人達だったね。

僕たちも帰ろうか、キングオメガ。」

(おかしい。眠る時も肌見離さず俺をそばに置く健太が、すんなりとベンチに放置して他の奴と遊ぶか?)

初対面の突飛な事を言う男に警戒を一切せずすんなりと親友を明け渡す不自然さにも疑問を覚えた。

(あの男、健太に何をした?)

公園に訪れ、会話をし、帰る。

用が済んだら即終了と簡素な行動だが、キングオメガ及び中の魂は、それが何かの儀式ではないかと迄の変質的な違和を感じてならなかった。


「ねーリブライー、次はいつ公園行くのー?」

「どうだろうなぁ、もう行かない気がするんだよなぁ」

「えー!なんでー!」

「えーって言われてもなぁ..」

子供相手は酷く手を焼く、人の子相手でさえあそこまで猫を被っているのに、身近な娘はより遠慮が無い。扱いに慣れる事はあるのだろうか?


戻山商事 第二会議室

「調子はどうだ金杉課長?」

「おちょくっているのか、森元」

広い会議室、空調の音が聞こえる程静まりかえった一室で、二人のみの会合が開かれていた。

商品開発部 課長金杉剛介

人事部 部長 森元寛磁

堅物かつ融通の効かないディフィカルトフェイス同士が隣り合わせに腰を据え、言葉を使って己の世界の整理を試みる。

「今度は誰が邪魔になった?」

「人聞きの悪い事を言うな。」

「本当の事だろう、現にこうしてお前はまたおれの元に来た。」

祭壇に生贄を捧げるように人を選び、次々とオフィスから排除していく。今日で何度目の儀式の日なのだろう。

「お前の方こそ中途採用で来たあの男はどうしたんだ?」

「あぁ、あのクズか!

意気揚々と動機を語っていたから思わす鼻で笑ってしまったわ。」


「落としたのか?」

「いや、只それではつまらないと思ってな、合格通知を送ってその後連絡をしていない。放置プレイだ」

「あっはっはっ!

それは面白いな、惨めだ。」

合格通知を送信し、出勤の日時を伝えていない。『内定しました』という文言のみが彼に届いている。

「まぁ仕方ない事だ、その程度の人材なのだから。」

「そうだ、仕事できない奴は死ねばいい。生産性の無い奴はゴミだ」

だとすれば真っ先に死ぬのはこの二人だが、自覚が無い奴は救いようが無い

「ところで家族はどうなんだ?

小学生の子供がいただろう。今は3..4年生くらいだったか」

「ああ、健太の事か。

最近学校を早退してな、家に帰ったらベッドの中に居た」

「早引き?

もう反抗期か、早いな!」

「全くだ、恥を知れ」

「騙されるなよ、学校に通いたくなくて、仮病でサボってんだからな?」

「わかっている、元々信じてはいない。直ぐに怒鳴りつけてやった」

「さすが、親の鏡だな!」

エゴの交差する会議室、扉は閉め切り窓は無い。聞いてる者は誰も居ないと思われる。しかし甘い、現代は情報社会。聞いている者は存在し、音は必ず筒から抜ける。


とあるホテルの一室

「ふーん、まだこんな親いるんだ、テンプレをそんな知らないけど」

黒いコードの先端を耳の穴に押し込みながら独り言をぽつりと零し、天井を眺める。

「イヤホン!

何聞いてるのー?」

好奇心モンスターがベッドに飛び乗り横へ寝る。

「聞かせて聞かせてー!」

コードの片方をグイグイと引っ張り無邪気にねだる。リスナーはそれを腕で軽くいなし拒みそっぽを向く。

「なんで聞かせてくれないのー?」

「聞いても面白くないからだよ、何にでも好奇心持ちすぎだよ?

少し」

諭されるが納得がいかない。

頬を膨らませて、分かりやすく不満を表にあらわすがそっぽを向いているので目に入ってすらもいない。


「ねー何聞いてるのー!」

せめて音の内容だけでも知ろうと食ってかかるプルト。

「そんなに知りたいの?

仕方ないなぁ、面倒くさい」

高じて通じたのかリブライは、渋々音声の内容を口にする。

「何聞いてんの!」

「うーん、なんだろなぁ..

国民の声?」

彼は未だ日本に慣れていない。


「ふっ、ふっ..」

(この身体にも慣れてきたな、動けるようになってきた。)

健太が寝静まるもしくは部屋にいない間、身体に魂が馴染むよう鍛練を重ねていた。

「生きている頃は体を鍛えた事は無かったな、只の会社員だったから。」

趣味も何も持たなかった、生きるのに必死でそんな暇は無かった。

「だからと言っても楽しいものじゃ無いな、割に合わない」

筋肉が有る訳ではないのでガシャガシャと音がするだけ、鼓膜も精神もやかましい、不快極まりない。

「しかしまさか適当に入った家があいつの家だとはな。」

巡り合わせか偶然か、嫌な奴程縁が有る。今回はいい方向に転じた様だが。

「少し、休むか。」

固い床からベッドへ登り、いつもの枕元へ腰を掛ける。

「ふぅ..。」

(すっかり特等席になっちまったなこの場所、いつ出れるのかと思っていたが..)

諦めではないが、居心地が良くなってしまっていた。それはひとえに健太の振る舞い、それが圧倒的に柔らかいのだ。

「俺の事を親友だと言っていたが、いつから一緒にいるんだ?」

元のルーツを知らぬまま中に入っている事に違和感すら感じている。少年に情が移ってしまっているのか。

「だけど悪いな、復讐は遂げさせて貰う。お前にとっては良い父親でも、俺にとっては嫌な敵(かたき)だ。」

好きなだけとは限らない、アンチは必ずいるものだ。好きだという者のほうがおかしな場合も存在する。というより殆どがそうだ、気が知れない。

この世はイカレたエゴばかりだ

指摘すれば蔑まれる。吐き気を催す。


「これ美味いね」

「でしょー!

なのになんでいつも食べないのー?」

「僕だって甘い物は好きだよ、ただ横で馬鹿みたいに食べてるから遠慮してるだけでさ」

はしゃぐガキは嫌い、要するにそういう事だ。

「今日は誰に払って貰おうかな?」

散々貪った後はリブライのアルティメットヒモ体質が発動する。辺りを確認し、性格の悪そうな人間を見つけ一方的に払わせる、合理的かつ高効率で支払いが完了する。

「あの毛玉みたいな犬抱えたマダムにしようかな」

「かわい毛玉だー」

良いサイフを今日も発見した。

「ねぇ見てー、アッチの人も同じの食べてるよ、チョコレートパフェー!」

「結構人気あんだねぇ」

リブライは不快な顔をした。食べている二人組の女子が、はしゃいでいたからだ。

「なにこれおっきいー!」

「チョー可愛いー、写真撮ろ?」

パシャパシャとパフェの写真を撮り、何故か己の顔を横に当てがい再度スマホのシャッターを押している。

「気持ち悪..」

珍しく自然な反応だ、日本に慣れてきたか?

得るものは無いと思われたが、二人の女子を暫く観察してみる事にした。


「個性の無い顔だね、化粧って奴のせいかな」

人気モデルの流行りメイクだ。

「彼氏欲しいなぁ..」

「イケメンがと付き合いたよね!」

「えーあたしイケメン無理だなぁ、絶対浮気するじゃん。付き合うなら、優しいクマさんみたいな人がいい!」

わたし顔で見ないからと言いたげだ。

「テレビよりつまらないな、あの人達、みんなああなのかなぁ」

そのつまらない人達もテレビは見ない。みんなそうだ。

「あ、そうだ知ってる?

最近のおかしな事件」

「事件?」

「そ、なんかね。

こういうお店にいると、サイフ開いた覚えも無いのに、お金が無くなってる事があるんだって。」

「あー知ってる、金隠しでしょ?

神隠しみたいにお金が無くなってるって。それと関係あるかはわからないけど、最近スーパーとかコンビニで、飴玉とかお菓子とかが大量に無くなってるんだってぇ〜。」

「そんな事あるんだぁ..物騒だなぁ、僕も帰ろう」

最近起きている物騒な出来事に巻き込まれない為にもそそくさと店を出る。懸命な判断だ。

「二つ目の話は聞いた事無いけど」

ピンクパーカースイーツ事件は余り知らないようだ。

「コンビニで食べれば紛れるかな?」

歯医者と並び件数が多いと聞くが果たしてどの程度減少するか。商品の出荷が早いか空腹の限界が先か、やるべきでは無い勝負が始まる可能性がある。

近い内にコンビニは、ニ匹の獣の餌箱となるやも知れん。それでも尚人々のニーズを考える事が出来るか、今後の課題は山積みだ。知恵を絞って頂きたい。

そんな事を耽っていると、世界は夜となっていた。

学生は帰路に着き、大人はスーツを脱ぎ捨てる時間だ。キャバクラやバーでは、ここから昼間が開始する。一部の大人にとっては戦場の時間でもある。


そしてこの家での夜は、説教から始まる。

「健太!」

部屋を仕切るノブ付きの木の板が弾けるように開かれ、タキシード男を招き入れる。

「わっ父さん、何..?」

「何じゃないだろう、お前今日公園に遊びに行ったらしいな」

「ちよっとの間だけだよ、ずっといた訳じゃなくて..」

「いたのは確かだ、言い訳をするな!

休みの日は勉強をしろと言っている筈だぞ?」

(お決まりのクソ説教か、それでなつくと思ってるのか?)

説教をする奴は決まって〝お前の事を思って〟と言うが、それを口にできる時点で己の事しか考えていない事が解る。正義など、掲げた時点で悪なのだ。にも関わらず、称賛しなければ愚者とみなされる。この世には、そんな奴らのせいで生きる屍となっている者が大量に存在する。


「…なんだそれは?」

健太の手元で四角い金属が、此方を眺めている事に気付く。

「何って、キングオメガだよ。

覚えてない?

小さい時から一緒にいるのに..」

「..そのガラクタのせいか!」

力任せに、手元から金属を取り上げる

「こんなものがあったからサボり癖が付いたんだな?」

「返してよ父さん僕の友だちなんだ!

小さい時からの親友なんだよ!」

「何が親友だ!

ただのブリキのガラクタじゃないか」

「父さんが買ってくれたんだよ!?」

「..父さんが?」

幼い頃の記憶、鮮明な出会いの日。

「本当に忘れてるんだね、仕方ないか。いつも忙しいお父さんが珍しく休みの日だったよ、僕をおもちゃさんに連れていってくれてさ。」

少年だけが覚えている、ガラクタでは無い思い出。魂のルーツ。

「ヒーローのおもちゃとか欲しかったけど全部売り切れでさ、それでもお父さんが走り回って探してくれて。」

大人気のヒーロー玩具が買えず泣きじゃくる息子の為、店内中を走って探し回った。それでも在庫は見つからず、息を切らし、やっとの事で見つけて来たのは四角いブリキのロボットだった

「これはキングオメガ、ヒーローよりも強くて優しい鉄の英雄だって教えてくれて、初めはカッコ悪いと思ったけどさ、そんな事なかったよ。」


「キングオメガは僕のヒーローなんだ、一番の英雄なんだよ!」

形や見てくれは重要じゃない、救い守り続ければそれは誰かのヒーローだ。

(..そうか、俺はあいつが渡したものだったのか)

忘れた良心、されど両親。


「そうか、そこまで大事なものなのか..済まなかった。」

「お父さん..」

息子の言葉に打たれ頭を下げる父。それに応えたいと、ある決心を固める。

「これを買い与えたのは私自身だ、ならば責任を持って、私が処分する。お前には酷だろう」

「どういうこと..お父さん」

「部屋から出るなよ?」

「ちょっと待ってよお父..」

言葉を遮り扉は閉まる。父親の足は、物の末路へ続く駅へ向かっていた。

「処理されるのは明日だがまぁいいだろう。こんなガラクタ、足枷にしかならん!」

(これが親か?)

「何が英雄だ、馬鹿馬鹿しい。

いや、馬鹿なのか?」

(これが、優しい父親..?)

「そんな訳あるかよ。」

「..誰か何か言ったか?

気のせいか、まぁいい。これで枷は外れた、下らんゴミが!」

少なくとも健太にとっての宝物は、積まれた袋の上に置かれ、ゴミの一種となった。道に打ち捨てられた文字通りのガラクタに。

(俺がゴミか、結局同じ扱いじゃねでか。いや、違う。だよな健太?)

「俺はお前の、一番のヒーローだもんな。」

明くる日、金属のゴミは出なかった。

少年が起きたらいつも通り、それは枕元に眠っていた。

当然だ、彼はゴミでは無く英雄なのだから..。

(今日も元気に学校行く顔見れて良かったぁ。本当助かった、アイツ夜中楽中部屋の窓開けたまんまだったんだ)


「俺が入ってくると思ってたのか?」

「どうだろうね、でも良かったじゃない、中入れてさ」

「あぁ..」

「お陰で僕も簡単に入れた」

「そうかそれはよかっ..てお前!!」

見覚えのある黒づくめボーイが、平然と窓から不法に訪れる。

「何入ってきてんだ勝手に!」

「プルトが公園に行きたいって聞かなくてさ、ついでに寄ったんだけどー」

「ついでにってコンビニかよ。

そもそもなんで家の場所わかるんだ」

「なんでって僕他所の子だよ?

人間の住処探るなんて訳無いって」

ノンモラルノンピース。

自由の上を行く男リブライ、障壁無し

「本当に得体の知れない奴だなお前」

「知る必要も無いと思うよ?」


「で、直ぐにどこかへ行くんだろ?」

「勝手に決めないでくんないかな、まぁそうなんだけど」

否定しつつもその通り、窓に足掛け帰宅の準備。

「それじゃまた来るよ、次は直ぐには帰れないかもなぁ」

「また来るのか、勘弁してくれ」

「そう言われてもね、僕が決める事だから、さよなら!」

トンッと窓の縁を蹴り上げて空へ跳び上がる。その数秒後、下の方で大きな物音が響いた。

「あいつ、落ちたな」

木々のざわめきが失敗を報せた。

「だから嫌なんだよなぁ、家に入るの、ヒッドイよなぁー」

痛みが無いのがまた辛い。


「え、クビ..ですか?」

「あぁ、今まで世話になったな。

お前を無くすなんて心から惜しいよ」

皮肉たっぷりに別れの言葉を綴る。これを〝馬鹿にしている〟というのだ。

「出たよまた犠牲者が」

「また言うぞあの言葉!」

最早お決まりとなったあのセリフ。

知らぬ間にこの男もバカにされている

「出来ない奴は生き残れない。

今のお前には、生きる価値は無い」

この言葉に、幾人が膝を落としたか。よく聞けば大した言葉では無いのだが、言われた者はそれも分からない程悲惨な環境にいるのだろう。


人類はいつ気がつくのだろうか?

朝から晩まで働いて、クビを切られない様に顔色を伺う。

「それって異常な事だよね?」

「なにがー?」

「なんでも無い、つまんない独り言」

知れ渡った有名な物よりも、埋もれ隠れた代物の方が価値を持ち正しいである可能性が高い。人目に触れるものは、所詮その程度という事だ。


未羽小学校 4年3組

賑やかな教室に、静かな少年が一人。

窓の外を眺め授業を上の空で聞いている。現代の言葉では〝スカしている〟

というのだろうか。

「つまんないな..」

友達がいない訳じゃない、成績が悪い訳でも無い。寧ろ出来る、それは出来る。しかしこの場に、愉しみが無い。

金杉健太の求める交流や学びは、学校という場所では満たされない。

「キングオメガに会いたいなぁ..」

遊ぶ相手は昔から決まったアイツだ。

剛介は、自らの念入りな指導により学力を保っていると思い込んでいるが凄まじい間違いだ。健太は元来勉強が得意だ、故に極端な勉強をする必要が無い。毎回顔を合わせる度に「勉強しろ」などと煩く言われる事を嫌うが単にそれは〝元々出来る言葉を何故改めてやるのだろう〟といった疑問から来るものだ。


「早く学校終わらないかなぁ。」

頭いい、もしくは利口な者は下手につるまないというが、健太もその一人だ。最初から関わるべきものが解っている。必要無いものと行動を共にする意味は無い、彼は普通の事をしてるだけだ。

「なんでこんなに大勢で笑っているんだろ?」

集団的価値に、呆れてさせしまっている。年寄りの指導や教育、言葉は全て間違いなのかもしれない。少なくとも、四年生の少年は底知れぬ違和を感じている。

「僕は何の為にここにいるんだ?」

こんな形で頭を悩ませては授業を終え、家に帰宅する。


とある企業も終業の仕方は変わらず..

「今週は調子が良いな、仕事が早めに終わる。」

早めの帰宅など、この男にとっては喜びでも何でも無い。

本当の庭はオフィス、心から寛げる。

「行くか」

かといって他に向かう場所も無く、教育指導面でも己がトップレベルに優れていると思っている。この日も家に直帰して、その後一番にやる事と言えば

「健太」

子供を諭し、良い方向とやらに導く為

の〝金言〟を捧げる事だ。


「お父さん、帰り早かったね..おかえり。」

「そんな事はどうだっていい、人を仕事してない風な言い方をするな」

どうだっていいと言いつつ指摘をしっかりとする、プライドの高い奴は知らない振りが驚く程下手だ。

「学校はちゃんと行ったのか?」

「行ったよ。

一度早退しただけで疑ってるの?」

「口答えするのか、早退したのは確かだろ。その後も疑うべきだ」

その上打たれ弱い、自らは乱射するのに、更に視野が狭い。故に弾がほぼ当たらない。

「ごめんなさい..。」

折れる息子、逆らうという選択肢を選ぶ事は許されない。

「…まぁいい。

ところで勉強はどうした?

いつもやれと言っているよな」

「お父さん、だからそれは..」

「なんだ?

やる必要が無いとでも言うか..。

ふざけるな、お前はやらないといけないんだ何が何でもな‼︎」

「………」

本来こういった役割は母親が担う筈だが、剛介は健太の母親、及び己の妻ですらも心からの信用はしていない。

良い大学を出て一流の企業に勤めていると思っている男の妻は、街の病院に勤める普通の看護師だ。彼にとっての結婚は、後の子供の為の役割分担に過ぎなかった。


エリートである自分は教育と指導を。

看護師である妻は健康管理と家事。

愛や団欒など皆無、己の城に住まう都合の良い駒程度にしか考えてはいない

「お父さん、偶には僕より話もさ」

それ以外の者はより関心を持たない。だからこそ、細やかな異変には直ぐに反応を示す。

「..おい、何故そのガラクタがそこにある、確かに捨てた筈だが?」

「違うんだよ、父さんこれは..!」

「何が違うと言うんだ!

独りでに歩いてもどってきたとでも言うつもりなのか!?」


「だったら悪いかよ..?」

「..今何か言ったか健太」

「いや、なにも..。」

一人でに声が聞こえる、耳に覚えの無い馴染みの薄い声。

「さっきから黙って聞いてれば、お前の理想ばっかりだな!」

「キング、オメガ..?」

我が英雄が小さな足で歩を進め、己の口で話した。錯覚や聞き間違いなどでは無い。はっきりと明確に、言葉を発したのを確認した。

「..お前、生きているのか?」

陳腐な質問、だが相手はしっかりと応えた。

「ああ、正式には一度死んでいるけどなぁ」


「覚えてないだろ?

クビにした奴の事なんかよ!」

「クビにした..お前、かつて私の部下だった者か!」

理想も無い、当然関心の無い奴の顔と名前など把握している筈も無い。剛介

は彼等に一律した名前を付けている、

〝不良品(ガラクタ)〟と。

「覚悟しろよクソ上司、もう上からモノは言わせねぇからな!」

ブリキの足で弾みを付けてベッドから跳躍、スプリングを利用して高く飛び上がり顔に一撃、オメガの拳をお見舞いする。

「くあっ..!」

怯み出したところを首元、うなじ側へ回り込み手にした近くの電気コードで喉を締め上げる。

「ぐおぉっ..お前、本気で私を...!」

「冗談だと思ったか?

分からないだろうな、お前には。」

ギリギリと首を追い詰める、念願の瞬間だ、力の上に感情が重なり莫大な腕力を有している。

「キングオメガ!」

「おぉ健太、待ってろよ?

今助けてやるからなぁ!」

歓声が更なる力を湧き起こす。

剛介は金切り声を上げ、どうにかコードを解こうとジタバタと抵抗する。


「苦しいだろ?」

「ふざ...けるな..!」

身体を荒々しく振り揺らし尚も抵抗する。火事場の力かブリキの体もグラつき始め、首のコードが緩み始める。

「動くな、こいつ!」

乗り出してくってかかるも体軀の差は埋まらずに揺さぶられ続け、遂にコードから手を離し、床へ投げ飛ばされてしまう。

「クッソ、大失敗だ!」

見上げると怒り狂った様子の奴が。

「散々やってくれたな、覚悟しろよ?

ガァラァクゥタ!」

オメガの真上に、足の黒い影が浮かぶ

「潰れろ。」

終わりを覚悟した。

しかさその足は、軽薄な男の声によって制止する。


「あーああ容赦無し?

まぁそうなるよねそりゃ」

様子を伺うように、やはり窓から男が顔を見せる。

「お兄ちゃん!?」

「また会ったねって当たり前か、ここ君の部屋だもんね」

「お前何しに来たこんなときに!」

「そんな事言って僕が来なかったらヤバそうだったけどなぁ」

あくまでも他人事のようなスタンスで話すリブライに、文句を言うだけ言葉を無駄に浪費する。体に刺さる事は無く、するりと摺り抜け受け流される。

事前に面識の有る者はいいのだが..

「誰だ貴様、勝手に入ってきて!

しかも窓からか!?」

「あ、そうだ忘れてたよ

途中だったねそういえば」

無表情で剛介に近付き顔をじっと見つめ眺める。


「な、なんだ!?」

不気味な雰囲気に呑まれまいと、震える声を絞り出す。

「まさかアンタが僕と同業だとはね」

「同業者?

どこの会社だ、ライバル企業か!」

「それはなんだかわかんないけど、アンタ管理人だろ?

僕も一応やっててさ、管理人」

管理人

役職は課長だが、二人きりの会議をする際、剛介は森元に管理人と呼ばれている。

「お前..何故その事を!?」

「そこのロボットくんに聞いたんだ、間接的にだけどね」

足元を指で指し、情報提供者を明かす

「間接的に。」

(成る程、道理でおかしな接触を幾度もしていたのか)

会得技術は不明だが、情報を抜き取った事は理解した。

「わ、わかった!

金は払う、いくら欲しい?

お前も管理人をやっているって言ってたな。どこでやっている、そこに振り込もう!」

高層ビル程のプライドをかなぐり捨て

許しを請う、それも息子の前で。

「お父さん..」

「みっとも無いよ、仕事狂いさん」

「まったくだ、ガキの前で恥ずかしく無ぇのか!」

「君は君で平然と正義語る感じが陳腐だけどね」

「……う、うるせぇ!」

誰の味方でも無い。

基本的に人間を軽蔑している為、平等に蔑むことが出来る。好きなのは自分だけ。


「健太くんだっけ?

ブリキのおもちゃは君の親友だよね」

「うん、僕の一番の友だちだよ!」

「そっか、でもその友だちはもっと大きなものになりたいらしいよ」

「お前、何勝手な事言って..」

「まぁまぁ、嘘ついてる訳じゃないんだしさ」

偶々入っただけだった。だが徐々に持ち主に触れ、ある感情が強くなっていった。

〝健太を守りたい〟

「相変わらずクサくて面倒くさいから僕は大嫌いだけど、こういうのは本当にやりたい人がやるべきだ」

足元のブリキを掴み持ち上げる。

「離せ、何すんだ!」

「決まってるでしょ〝引っ越し〟だよ」

「..わかった、やれよ。」

「そ、じゃあ12の3でそこから出て」

説明もおざなりに、ホイホイと先へ進む。理解せぬまま剛介の額には、リブライの人差し指が親指の腹に折れ込まれ、デコピンスタイルでスタンバっている。


「それじゃーいくよ、せーの!」

「ちょっと待て!」

「え、何?

今止められても迷惑なんだけど」

「そんなこと知るか、俺に何をするつもりだてめぇ!?」

「うーん、まぁ早い話すると死んでもらうかなぁ?

..ってアンタ焦り過ぎてさ、〝本性〟出てるよ」

「いーち」 「な、ちょっと待て!」

身勝手なカウントが始まる。準備をする僅かな間も与えない。

「にーい!

ブリキングわかってるよね?」

「ああ、それとキングオメガだ。」

魂の上半身を表に出してしっかり待機、まもなく理想の身体、生活へ。

「や、やめろ!

そうだ、健太!健太、助けてくれ!」

「無駄だよ、健太殿は眠ってらっしゃる、起きてると面倒だからね」

子供は不都合で不必要、意識を飛ばし、無いものにするに限る。


「何か言い残す事は?」

「あっ..えっ..」

「有っても知った事じゃないけどね

さようなら..の、さーん!」

額を強く指で弾く、いわゆるデコピンだ。弾いた箇所から白い塊が溢れ出、体外に露出する。

「分かりにくいカウントすんな!」

フライングをモロにくらい、身体を出るタイミングを大きく遅らせてしまった。

「倒れる前に入った方がいいよ、馴染んだとき頭すごい痛いから」

中身を失った剛介の身体は芯を失った事で、立っていられなくなり、床へゆっくりと傾いている。早めに憑依し、体制を立て直さねば引っ越し早々欠陥が生まれる。

「タイミング逃した上に急げと言うか、随分荒いアシストだな!」

出来る限りの速さで彷徨い何とか傷を負う前に入り口を見つけ、憑依を完了させた。

「上手くいったんだ良かったじゃん」

「他人事かよ、大変だったんだぞ。」

「これで満足でしょ?」 「..まぁな」

初めは復讐のみで近付いた。

しかし健太と触れ合う事で、下手な愛着を持ってしまった。剛介を恨んでいる事は常に変わらなかったが、健太にとってはそんな男が父親だった。

復讐を拒む感情は無い。

だが出来る事なら、自分自身が父親となり、健太を守って暮らしたい。


「そんなイカれた事を、なんで叶えてくれたんだ?」

「え、暇つぶし」

温度の無い返答、言葉以上の意味は一切持たない。

「性質上リスクもあるから一応説明しておこう。朝になれば出てくると思うけど、あんまり気にする必要ないと思う」

副作用の標的は己では無く範囲の環境、受け入れさえすれば何ら問題は無い。それらの説明を端的に済ませ、リブライは再び窓の縁へ足を掛ける。

「じゃあね、元キャプテンマシーン」

「俺の名前覚える気ねぇだろ。」

その日の剛介の就寝は酷く遅かった。

もう一人の家族を待ち続けていたから


「只今..と。」

夜勤に出ていた本当の親、妻の弓子。

玄関には、よく見知った男が立っていた。

「貴方..!

どうしたのこんなに遅くに。」

「弓子。」「...はい?」

「おかえり」

その一言が、妻と初めて交わした言葉となった。


そして街は朝を迎えた。

「じゃあそのゴースケって人の身体を奪っちゃったのー?」

「まぁそういう事になるのかなぁ」

「えーせっかく良い公園見つけたのにー!」

「ただこねないでよ、しょうがないでしょ、行けないんだから」

「えー、また魂が飛んでくーってことはないのー?」

「ないよ、自縛魂になったから

ちゃんとした土台に入ったら思いがきちんとしたんだねぇ」

日常は、形を変えて留まった。


「健太、学校遅れるぞ?」

「うん

待って、直ぐに出るから。」

父に背を向け、朝日と向き合い手を忙しそうに動かしている。

「..何してるんだ?」

隙間から覗き込むと、ベッドの上には金属の部品が散らばっており、手元にはかつて動いていたであろうロボットのあられもない姿が有った。

「キングオメガ..。

それ、凄く大事なものだろ?」

「..そんなことないよ、コイツはお父さんを苦しめたんだ。大事なんかじゃない、ただのガラクタだよ。」

「……健太‥。」

環境に訪れるリスク、それは魂の在処を変えた事による概念の変化。かつて親友だった英雄は、父を痛めつけた巨悪という解釈となった。

「少しずつバラバラにしていじめてやるんだ、これは復讐だよ。」

「..急いで出掛けろよ?」

静かに扉を閉めた。

〝俺は覚えている〟心の中でそう呟いた。


「あ、そうだ!

元々入ってた魂はどこ行ったのー?」

「どこだろうね?

フワフワどこかで彷徨ってるんじゃないかな」


「せいっ!

魂処理完了。」

「ただの浮遊魂だろ、喚くなオヤジ」

魂の行く先など、誰も知る由は無い。
























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