35 出会いと暴発に至る経緯

「用件は?」


「そういきるなよ……法力を鎮めろ。たまたまここへ来たら有名人がいたんで挨拶しとこうと思っただけだ。俺はベリルという。よろしくなデュカス王子」


浅黒い肌、ウェーブのかかった黒の短髪、全体的にしなやかな印象を与える肢体、雰囲気としてはわるくない男だ。美形でもある。


「たまたまというのは嘘だろ? 俺の魂をどうにかしようって話か?」


「はは、じつはそうなんだ。君の魂のステイタスはかなりのもんなんでね。契約に興味ないかな?」


「どういう?」


「君が亡くなった場合の魂の所有権。対価としてこちらが提示するのは魔法力の増幅だ」


が、自信に満ちていたベリルの顔がデュカスの視線により雲ってゆく。殺意と冷徹な意志が混ざる冷たい視線である。


「王族は魔界からの接触について教育を受けている。いにしえより誘惑と破滅は繰り返されて来てるからね」


「無駄足だったか」


ベリルがそうこぼすとそこでデュカスの雰囲気が変わった。戦闘態勢を解き、朗らかに彼は述べた。


「そうでもない。……賢者の世界で流通してる本が読めるようにできないかな? つまり解読できる能力を得られるのなら、契約の話は考えてもいい」


「解読とは?」


「賢者にしか読めない文で書かれてあるから、本は入手できても意味がないんだ」


「……すぐに返事はできん。持ち帰って可能かどうか調べてみないと」


「そうか」


「魔法力の増幅には興味ないのか」


「簡単に言ってくれるね。力を有効に発揮させるには精神と肉体の調和が必要で、調和には時間がかかるんだ。血肉化の作業だよ。

仮に短期間に増幅してもこの血肉化というやつができない。どんな天才も血肉化には一定の訓練期間や熟成期間を要するもんなんだ。法力の成長はゆっくりでないと使い手が消化できない……消化できないってことは自滅につながっていくんだよ。……あんたが言ってるのは潜在力を引き出すって意味の増幅でしょ」


「嘘は言ってない」


「ごまかし、がないかな?」


ベリルは黙り込んだ。デュカスは相手が話し出すまでじっと待った。


「すまん。デュカス。マニュアル通りの誘い文句を使ったんだが君には無礼な申し出だったようだ。その点は詫びる」


「……いや、それがあんたの仕事だったんだろう」


「君の最終目標は、、何なんだ? どうなりたいんだ?」


「魔法の極限を知りたい」


考えることなくデュカスはそう即答した。自分でも不思議なくらいこころのまま、ありのままについて出た言葉だった。ああ俺はそう思っていたのかと自分の本心に気づかされた。


一方、ようやくベリルはデュカスの本質を理解する手がかりを得て認識を改めた。


「それは俺たちには無理だ。範囲を越えてる。……賢者の本の解読については調べる時間をくれ」


「わかった」


──四日後、ベリルはフェリルの森にいたデュカスのもとに姿を現し、故国ソミュラスの国王から今回の契約交渉につきストップがかけられたことを伝え、自分の力足らずを詫びた。


デュカスは今後は友達付き合いをしていこうと提案する。時間が経てば国王の気も変わるかもしれないと。解読能力へのこだわりを捨てないデュカスであった。



「ああいう上の存在が表に出てきたんだ……そろそろ制限抜きで向こうのことを俺に話した方がいい頃だと思うんだけど」


デュカスは試しにそう言ってみる。期待は薄い。ベリルはどうもひどく機密だらけの役職にあるようなのだ。


「俺の一存では決められん。委員会を通し、国王の判断を経て、という過程がいる」


「魂を扱う部署、だっけ。どういう指揮系統になってるんだ?」


「そういうのも守秘義務がある」


「ふうん、、まあいいさ。ともかく……今回は助かったよ。恩にきる」


「どの点が役に立ったのかよくわからんが」


「相手の背景が見えればそれに合わせて戦い方も変えられる。早くに諦めて切り替えができたのは彼の背景を知ってたからだよ」


「ああ……、なんか途中でお前の勝ちでいいとか言ってたな」


「突き詰めれば人間対人間の戦いだからな。ダーティな分、俺にアドバンテージがあった」


「いや振り返れば魔法対兵器の戦いに持ち込んだって印象だよ。見てる方としては」


「あー、うまい解説だね。いま気がついた」


「ま、お役に立てたなら光栄だ。……今回はおつかれさん、元気でな」


「ああ。ごきげんよう」


ベリルは地面に魔方陣を張るとその光の円陣の中に身を沈めていった。デュカスは武舞台から観客席に移動し、石造りの席に腰を下ろすと一服し始める。


とりあえずホテルに戻る前に“アシュトン”とのやりとりを消化しておきたかったのだ。強大な敵とやれること、それ自体はいい。もう受け入れている運命であり呪いのようなものだ。その最初の相手がモロゾフ王である。



デュカス側の視点に立つとそもそもの発端は十五年に渡るストラトスとモロゾフとの対立に巻き込まれたという形になる。


国連付の賢者であったストラトスはフェリル政府による国連機関への工作活動にたびたび異議を唱え、警告を行ってきた。買収と脅迫という手法は時には賢者会も国連上層部も用いるとはいえモロゾフ王のそれは度がすぎたのだ。


五年近くつづいてきたこの政治闘争がクライマックスを迎えるのはデュカスが八歳の時だった。


議会という場でそれは起きた。政治工作にて国連をコントロール下に置こうというモロゾフの目論見に対してストラトスはこう言及する。


《フェリル王族としては脆弱な自分の魔法力へのコンプレックスから、そのような手法にこだわるのではないか》と。

さらに余計な指摘も加えてしまう。


《あなたのご子息が潜在力を解放した暁には、間違いなくあなたなどかるく凌駕する。誰よりもあなたはそのことを理解し、そして恐れている。軍事国家フェリルでは求心力を損ないかねない。ならばこそ地固めを急いでいる。根底にあるのは畏れであり、はなはだいかがわしい嫉妬だ。つまりあなたが目論むのは覇権でありつつも、じつのところ内政こそがあなたの真の狙いであり、あなたにとっての実利なのだ》


議場にてストラトスはそう喝破した。見事に王の内面的真実を見抜いた発言ではあったが、これは個人に対する侮辱であり政治的には中傷である。



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