31 決着

重く低い音がし、下から突き上げるデュカスの右ヒジがカイオンのみぞおちに埋まり込んでいた。


カイオンの大きく開けた口から体液がほとばしる。体液はデュカスにかかったがバリアとして機能しているその身に纏うオーラによって弾かれる。


カイオンの体が震え始め──何かをしようとするが、どうにも体がいうことをきかない、というふうに小さく体を揺らすムーヴを見せ──かすれた声で精いっぱいの「くそ……!」という怒りをにじませる言葉を吐いた。


つづいて左の正拳がふたたびみぞおちに叩き込まれる。叩き込まれた拳の衝撃波がカイオンの背中に突起を作り出す。


突起はゆっくりとつぶれていき、元には戻るがさすがにダメージが重く崩れかかるカイオン──しかし彼はそこからタックルのようにしてデュカスに飛びかかる!


が、そうした動きは読んでいるデュカスは横にかわした。あいた間合いを疾風のごとき速度で詰める彼は相手の背中に地を踏みしめる右正拳を撃ち込む。


轟音とともにカイオンのみぞおち辺りに突起が生まれ、それは柔らかなゴムのようにゆっくりとつぶれていき、……カイオンはついに膝から地に崩折れた。両の手も地につき、動かなくなる。


デュカスもまた、ぜえぜえと荒い息を吐き、動こうとしない。動けないのか? 動けないのだ。彼はフルパワーの攻撃で体力を使いきっていた。そして残るわずかな法力を練り、溜め、最後の攻撃に賭けた。



リクサスがリヒトにつぶやく。

「次で決まる」


「何をするんでしょう」


「闘気も何も邪悪だな……初めて見る……」

念のために彼は手前の空間に大きめフィールドを張った。リヒトと自分を守るために。


デュカスの右腕に光るものがまとわりついている。小さな電光が瞬いていた。それは賢者が使う最上級の技の入り──前兆現象だった。


「……本来は賢者の技を勝手にカスタムして使うと……? 気をつけろリヒト」


制御できうるのかは不明だ。どう見ても本人はその点についてはどうでもいいように見える。ただ使いたい、使うと決めた。そういうふうにしか受けとれない。



デュカスの右腕の周りに紫色の電光が瞬き、チリチリと微かな音を立てている。その精神も法力もきちがいじみた魔法士が、異世界へ弾き出された返答として、異世界にて新たに開発した魔法がいま、放たれようとしていた。


地に伏せていたカイオンがゆるゆると立ち上がり、後ろにいるデュカスを振り返る。よろけ、身を立て直し、またよろけ、何とか前に進もうとする。


デュカス自身も不安だった。


──効くかどうかはわからん、、初めて使う消滅魔法だ。お前の肉体は受けとめるのか?


新たな魔法の呪文が唱えられる。

「ペルフェクション・ミミクリ・バシリカ」


内実を言えば拘束魔法と消滅魔法をミックスしたものである。

紫色の魔方陣がカイオンの足元に出現し、彼の動きを完全に封じる。つづいて消滅魔法本体が立ち上がるはず……とにかく始まりから何もかもがスローで行われている。


それはただ静かに発現した。陣から薄紫色の光の柱が立ち上がり、その光の柱のなかにカイオンはある。


鎧のヒビが全身に細かく広がり、それは細々とした破片となり、次第に本体から剥がれゆっくりと上昇していく。


ガワであった黒い破片が失われると、あらわになりつつある鉛色の本体もまた、切れ切れとした破片へと変化し、体液もまた破片と同化して、上昇していく。


やがて光の柱のなかには、カイオンの存在を示すものは何もなくなった。すると薄紫色の光の柱も消えてゆく。儚い幻のように。


デュカスはその場にへたり込み、天を仰いで倒れた。


リクサスが観客席に陣を張り、王子のそばに移動する。リヒトはついて行かなかった。震えるこころを鎮めるのが先だった。


爆発しそうな胸の高鳴りをまず抑えることが先だった。己に潜む魔法の核が騒いでいる。共振している。まるで解放をせがむように。しかしそれはまだ自分には早すぎる要求、望みだった。


若草色の小鳥たちが彼の近くを飛び、弾けるような鳴き声をあげて上空に舞い上がる。


リヒトはそびえ立つシュエルの青空を仰いだ。


「大丈夫か? 救護班を呼ぶか?」


リクサスがそう訊くと、デュカスは目を開いて「やめてくれ」と言い、「ここで呼ぶとかっこわるい。みんな見てるからな」とつづける。


「そうか。ならレッドブルとタバコどっちがいい?」


「ああ……あるのか、、じゃあレッドブルが先」


むっくりと半身を起こしたデュカスに、亜空間ポケットから冷えたレッドブルの小缶を取り出し、手渡すリクサス。


プシュッとキレのいい音がしてデュカスが飲み始めると、しばらくはそれを眺め、やがてリクサスは尋ねる。引っかかっていることだ。


「最後のやつはかなり危険な代物だった。そして謎めいていた。ひとりで開発したのか?」


「うん……俺もうまく説明できん。ああ……ひとりじゃあないか、、俺と賢者会代表の合作みたいなモンかな?」


「……追放刑が無ければできなかったって意味か?」


「だね」


「無駄じゃなかったんだな」


リクサスは持ってきたタバコを渡した。それを見て驚くデュカス。


「ベルファストじゃん……!」


フェリル製のタバコである。国内で最も売れている銘柄だった。


「いやメビウスが見あたんなかったんで。うちのタバコだろ」


「……ま、いいけどさ」


よく言えば武骨。わるく言えば雑味のある粗野な味。吸っていると時々チップがハネて手にかかり熱い思いをする。

いつも吸ってるものとは比較できるレベルにはない。


それでも彼にはタバコの煙が必要だった。デュカスは一本抜き出して口にくわえ魔法で火をつけ一服を始める。


──さらばだカイオン。や、イリンクスだったか。もし違う出会い方をしていたら……俺たちは友人になれたかもしれないな。そんな気がしてる。いい戦いだった。お前はいい戦いをした。安らかに眠ってくれ。


弔いの煙が空に向かい立ち昇っていく。




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