第四章 誓い

28 決戦 1

決戦の朝、八時を迎えるとカイオンは森のなかで魔方陣を張った。行き先は闘技場である。昨日の夜に下見を済ませているので準備は万端だった。


結局、こちらの世界に来てから雇用主は彼の前に現れなかった。どこかで来ると待ち構えていたのだが。あまり大きな影響はないとはいえネオストラーニ亡きいま戦略的には道筋を失っている状態である。


──戦いすればそれでよい、とそういうことか? こちらはそれでも構わんが、何を考えているのか?


カイオンは雇用主に関する思考を振り払う。あとで対処すればいいこと。いまはデュカスである。カイオンは陣に足を踏み入れ、彼は戦場に移動した。



プリンシパンの宮殿内には慌ただしい動きがあり緊張感が走る。闘技場に怪物が現れたからだ。賢者も戦闘系もすぐにその禍々しい気配を感じ取り、場内の監視カメラも中央で腕組みをしてたたずむ怪物カイオンを捉えている。


ただちにデュカスたちに報告が入る。むろん彼らも確認済みのこと、デュカスは承知の上で待ち構えており、すぐさま闘技場へと発った。リヒトも任務として随行している。彼は観客席で見守ることになっている。


朝方デュカスが咎めたように、危険であり邪魔であるがそこはリヒト本人が自分の任務だと踏ん張った。何があっても文句は言わないと。デュカスは多くを語らなかったがそうもいかないだろうと胸の中で思った。うちの政府は放置しないだろうなと。



最初の移動先である観客席にデュカスが陣より上がってくると、リヒトはすぐに彼から離れた。すると近くに魔方陣が浮かび上がり、中からリクサスが出てくる。誰かを寄越すとは思っていたがリクサスだったかと胸でつぶやくデュカス。


「ギルバートが護衛してこいと命令を出した」と短く説明するリクサスに何も言わずふたたび陣に潜るデュカス。

リヒトは「すみません」とリクサスに詫びた。


「……正直に言えば俺も現場に来たかったから、俺にとっては都合がいい。気にするな。護衛というか危なくなれば連れて逃げるだけだ」


そうリクサスは国連職員のエルフに告げる。それから、円形闘技場中央で対峙するふたりのモンスターに視線をやった。


武舞台は土の地面だった。硬く乾いた地面は整備がなされておりへこみなどないきれいな真っ平らの状態である。それ以外の構造物は高さ三メートル強ある壁も、観客席も灰色の石造りである。定期的に補修工事が行われているので全体として美しさが維持されている。


武舞台の中央、腕組みしたままのカイオンは無言でデュカスを見下ろしている。幅と厚みがあり、盛り上がる筋肉のはなはだしい二メートルを越す巨体の内部には危険な圧力が溜まりいまにも弾けそうだ。


ほぼ五メートルの間隔をとって対峙する黒のノースリーブTと黒のカーゴパンツ姿のデュカス。ブーツも含めプリンシパンが用意した黒ずくめの戦闘服である。


静まり返った場内の空気はかすかに震え、ふたりの頭上には突き抜けるような青い空が広がっている。


声を発したのはデュカスだった。


「いいね! お前」


「……何が?」


「前回とまるで違う」


「前は見に来ただけだ」


「お前は俺に勝ったら何が得られるんだ?」


「先払いでな。もう貰ってる」


凄まじい速度の踏み込みとともにカイオンが右正拳を放つ。しかしそこに相手の姿はなかった。


大きな低い音が闘技場に鳴る。カイオンの巨体が震える。デュカスの右ハイがガードの上に叩き込まれていたのだ。その衝撃はカイオンの臓腑を揺らした。


すぐに後方に跳び距離をとる彼は次に来る攻撃に備えた。相手は短期決戦しかとる術がない。慌てることはなかった。デュカスが消耗し疲弊したあとじりじりと追い込めばよいのだ。


が、デュカスが早急に距離を詰めることはなかった。彼は賢者眼による観察に注力していた。カイオンはパワーを解放している。彼の特徴である、肉体の表面に何重にも積み重ねられた防御策が、いまは攻撃を優先しているためにいくらか薄くなっているのだ。


デュカスはこれでようやく何かを掴めた気がした。己の魔法術を尽くさねば勝機はない。


地響きを伴う音が鳴り、闘技場に衝撃波が広がる。デュカスが凄まじい速度で地を駆け、右ヒジをカイオンのクロスガードの上から叩き入れていた。


距離をとろうとするカイオンに間を与えることなくデュカスの左正拳が右脇腹にヒット、しかしあたりは浅かった。


カイオン、左の豪腕フック。後ろにかわしたデュカスの動きは瞬間止まり、ここで先に踏み込むカイオン、長いリーチを活かしてジャブ、ストレート、ワンツーとかわすデュカスを追い立てながら立てつづけにラッシュ。


一発だけ手応えがあった。鈍い音とともに半透明の薄い板がへこんでいる。それは弾くのではない衝撃吸収タイプのフィールドだった。初めて見た技だが手応えで即座に理解できる。


しかしあたった瞬間デュカスの頭部はわずかに傾いでいた。ダメージゼロではない。衝撃波の何割かは届いている。何も焦ることはない。


カイオンは余裕を得てより精度の高い攻撃のために構えを小さくし、リーチを最大限に活かしたノーモーションからの打撃に切り替えた。


左右のストレートを放ち、つづいてショートフックを織り交ぜたコンビネーションを放っていく。打撃自体の速度、体全体の動きの速度が尋常でなく、デュカスは防御に専念するしかない。


左に弧を描いて回避行動をつづけるうち、轟音が鳴り響いた。デュカスが右腕のガードの上から直撃を食らったのだ。しなる左フックが正確に彼をとらえていた。つづいて腰の入った右ストレート。


デュカスの横を暴風が抜けていき、しかしカイオンはすぐさま体をねじって腕をしならせ左の裏拳をデュカスに見舞う。屈んでかわしたデュカスだが拳圧の暴風は止まることなくうなりを上げて吹き荒れる。


カイオンとてこの攻撃があたるとは思っていない。リズムを生むための攻撃である。無尽蔵のスタミナがあればこその余裕からくる戦術だ。



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