2章 恋の自覚

アドレス交換──赤井葵

終業式が終わり、教室の中はいつも以上に騒がしい。明日から夏休み。放課後の教室には残って話をする生徒が沢山いた。

わたしが帰りの支度をしていると、結衣が話しかけてきた。

「葵、夏休みこそたくさん遊ぼうね! 日頃は部活が忙しく全然遊べなかったから」

「夏休み遊ぶのはいいけど、結衣は部活とか補習は大丈夫なの?」

「部活はたくさんあるけど、休みの日もあるからその時に遊ぼ! 補習なら葵のおかげで赤点回避出来たし大丈夫だよ!」

結衣は笑みを浮かべた。

「それならいいけど、また遊べる時連絡してね。」

「うん!あ、私そろそろ部活行かなきゃ。またね!」

またねと返事をしようとしたが、結衣は荷物を持ち足早に教室から去ってしまった。

夏休みは部活もないし暇になりそうだな。アルバイトもわたしの学校は禁止だし。わたしは机の中にある数冊のノートを取り出し、帰りの支度を再開した。


10分ほどかけて帰りの支度が終わり、荷物を入れ終えた鞄を持つととても重かった。荷物の量を減らそうかと思ったが、夏休み中に学校に来ることはほとんどない。ある程度教科書を持って帰らなければならないので減らすのを諦めた。

小さな窓から木漏れ日が差し込み白い床を照らし、音楽室から聞こえる楽器の音が階段の中で反響している。重い鞄を肩にかけ、階段を下っていく。

靴箱に着くとそこには丁度靴箱から靴を取り出し、靴を履こうとしている見慣れた1人の男子生徒の後ろ姿が見えた。あの身長の高さに、半袖のワイシャツから出ている白い肌、間違いない。細川君だ。

わたしは急いで履いていた上靴を脱ぎ、靴箱の中にあるスニーカーと交換した。その途中、鞄が重かったせいかバランスを崩し、鞄を落としてしまった。靴箱に大きな音が響く。その音で気づいたのか、細川君が後ろを振り返りわたしの方を見た。

「全く赤井さんはドジだな、焦りすぎ」

細川君は手で口を隠しながら小さく笑った。

「ドジじゃないから! たまたまなっただけ!」

笑う細川君にわたしは精一杯の反抗をした。

「はいはい、たまたまね。ところで今日は朝寝坊しちゃって帰り電車なんだけど、赤井さんも電車だったよね? 一緒に帰らない?」

これじゃあ細川君に遊ばれているみたいだ。まぁ一緒に帰るのを断る理由もないので、せめてもう少しだけでも反抗してやろう。

「朝寝坊したって細川君の方がドジじゃん! 一緒に帰るのは別にいいけど」

わたしはそう答えて細川君の斜め後ろについた。細川君はまだ小さく笑っていた。


わたしが細川君の秘密を知ったあの日以降、細川君は少しずつわたしと話してくれるようになった。今までの細川君と言えば、冷たい印象しかなかったので話してくれることはとても意外だった。

真夏の日差しがアスファルトの地面に照りつける。周りには誰もいない。駅までの道を2人きりで並んで歩いていた。

「明日から夏休みだね。赤井さんは何か予定あるの?」

隣にいる細川君が問いかけてくる。

「んー、特に予定は無いかなぁ。友達は部活で忙しいし、親も平日は仕事で忙しいからどこにも行かないと思う。部活もないしね」

考えるとほんとに何も予定ないな。わたしは自分で言っておきながら苦笑した。

「細川君は夏休みどっか行かないの?」

「んー、僕も特にないかな、赤井さんと同じ感じ」

「そっか」

会話が終わりしばらくの間沈黙が続く。何か話した方がいいかな。とりあえず何か話題がないか考えていた。

「夏休みに入るとしばらく赤井さんと会えなくなるな」

突然、細川君は隣で独り言のようにぼそっと呟いた。

そうだった。せっかく細川君と少し仲良くなれたけどそれは学校の中だけだ。明日から夏休みに入ってしまう。部活もないし細川君と会うことも無くなるだろう。そう思うとわたしは少し寂しくなった。

「赤井さんどうかした?」

気がつくと細川君が心配そうにこっちを見ていた。

「なんでもないよ」

「それならいいけど、なんか考え事してたみたいだから……何かあったら僕でよければ聞くよ?」

「なんにもないよ!」

わたしは作り笑顔でそう答えた。本当は夏休みも細川君と時々会いたいなんてとても言えない。いつの間にか細川君と仲良くなるのがわたしの楽しみになっていた。

「赤井さん、今スマホ持ってる?」

「持ってるよ」

「持ってるなら、メアドを交換しない? いつか使う時あるかもしれないからさ」

細川君は少し照れくさそうに小声で言ってきた。

「うん」

まさか細川君からメアド交換をしようなんて言われるとは思ってもいなかった。嬉しさもあり思わず声が裏返ってしまう。

「赤井さん声が裏返ってるよ」

細川君にそう言われた挙句、笑われてしまった。

「いいから早くメアド、交換しよ……」

恥ずかしさから反抗する余裕もなく、赤くなった顔を細川君に見られないよう足元を見ながら呟いた。


駅に到着し改札を抜け、ホームの中に入る。駅のホームを見るとわたしたち以外誰もいない。先に改札を抜けた細川君がベンチに座っていた。わたしはその隣に少し間隔を空けて座る。ポケットからスマホを取り出し時間を確認するとあと5分程度で電車が来そうだ。

「そういえばメアド交換しないとね」

わたしがスマホを取り出すのを見て気づいたのか細川君が隣で呟いた。

メアド交換をしようと言われた後、早速交換しようと思った。でも・道路でやるのはさすがにまずいだろう。結局交換出来ずにいたのだ。

「そうだね、メアド交換しよっか」

わたしは早速メールの画面を取り出し、アドレスを細川君に見せる。

「アドレスってどこで打ち込むの?」

「あれ?意外と知らないんだー?もしかして細川君ってメールアドレスの交換したことないの?」

わたしはさっき散々笑われた仕返しに冗談のつもりで細川君をからかった。

「能力のおかげで今まで人との付き合いなんてろくにしてなかったから、メアド交換なんてした事ないんだよね。だから、赤井さんのアドレスが僕のスマホの中に入る初めての連絡先だよ」

細川君は少し照れくさそうに小声でそう答えた。

「そっか、なんかごめん。冗談のつもりでいったのに……本当にごめん」

「いいよ、そんなに謝らなくても、赤井さんが悪いわけじゃないし。それに、赤井さんとメールアドレスを交換すればやり方もわかる」

細川君は自分のスマホをわたしの目の前に差し出てきた。スマホの画面を見ると本当に誰の連絡先も入っていなかった。

「じゃあメールアドレスを打ち込むからちょっと待ってて」

わたしは細川君のスマホを手に取ると自分のメールアドレスを打ち込んだ。細川君のスマホの画面にわたしの連絡先だけが表示される。それを確認して細川君にスマホを返した。

「ありがとう。初めて僕のスマホに入った連絡先が赤井さんで良かった。これで夏休みも連絡取れるね。また何かあったら連絡するよ」

「どういたしまして…」

何故、彼はこうも簡単に初めて入った連絡先がわたしのでよかったなんて言えるのだろう。でも、わたしだけが細川君のメールアドレスを唯一知っているのだと思うと、仲良くなれたようでとても嬉しかった。嬉しさと恥ずかしさで顔がにやけてしまう。細川君にバレないように自分の足元を見ながら返事をした。

「あれ?赤井さんなんで下向いてるの?」

細川君がわたしを茶化すような口調で聞いてくる。笑われた分細川君に仕返ししようとしたのはいいものの、結局わたしは彼にまた遊ばれているようだ。彼は人をいじるのが上手いのだろうか。

「なんでもない……」

わたしは反撃するのも諦め、小さな声で呟いた。


しばらくして電車がやって来た。横に置いておいた鞄を持ち電車に乗りこむ。車内には人が少ない。そのまま座席に座ることが出来た。

特に話すことも無く電車に揺られている。外の景色を眺めているとあっという間に最寄りの青空駅に着いた。

電車をおり改札を抜け駅を出る。すると、隣にいた細川君が声をかけてきた。

「これからどうする?まだ1時とかだけど」

「んー、とりあえず今日は疲れたからわたしはもう帰ろうかな。昼ご飯食べてないし、家にあるから」

本当は細川君と遊んでみたいが、さすがにそこまで言える勇気はない。それに、他の同級生に出会ったらどんな噂が流されるかわからない。ましてや、細川君は顔だけなら学校でもトップクラスなのだ。その細川君と付き合ってるとかわけも分からない噂を流されてしまったら収集の突き用がない。

「分かった。じゃあ家まで送ってくよ」

「わざわざ家まで送らなくてもいいのに……」

「だって、また前みたいに帰り途中で疲れたとか言って寝られたら大変でしょ?」

そう言って細川君はくすくす笑っている。

「あれは違うもん!」

「何が違うのかな?公園で寝てたじゃん?」

細川君はまだくすくす笑っている。

「もういい……家まで送ってって」

わたしはムスッとした声で返す。細川君に反撃しても敵わないことを知り、反撃をするのをやめた。

「ごめん。流石にいじりすぎちゃった」

細川君が少しは反省したのか謝って、そのままわたしの家の方へと歩き始めた。


「送ってくれてありがとう。またね」

「またね」

家の前で細川君と別れたあと、鞄から鍵を取り出し玄関の扉を開けた。わたしの足音だけが無機質に家の中に響く。親は仕事に出ていて家の中には誰もいない。

台所へいき置いてあったオムライスを食べ、昼食を済ますそのまま2階へある自分の部屋へ向かった。

肩にかかっていた重い鞄を床に置き、そのままベッドの上で仰向けになる。スマホを取り出し画面を見ると早速細川君から1通のメールが来ていた。

「メールの使い方慣れてないから読みにくいかもしれないけどよろしく」

なんか、不器用なメール。でも、本当にわたしって細川君のメールアドレスを持ってるんだ。嬉しくて、わたしは1人ベッドの上でにやけてしまった。

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