第4話 巨大な術

「いやあぁぁぁぁぁ!!」

 ロネヴェの背中に、腕が生えていた。血みどろの、その腕が抜かれてロネヴェが倒れ込む。結界が消えた。結界に寄りかかるようにしていた私は大地に倒れた。砂が口に入って咽せたけど、それどころじゃない。

 立ち上がって駆け寄ろうとするけれど、力がうまく入らなくて、よろける。離れた場所とは言っても、ほんの百メートルくらいしか離れていなかったのに。

 とても、遠い。

「いや……っ、ロネ……っ」

 アンドロマリウスが私を見た気がした。けれど、構うものか。ロネヴェが死にそうなのに。私の、たった一人の愛する悪魔。


 まだ、生きてる。とどめを刺される前に、助けなきゃ。私が身代わりに死ねば、彼は助かるかもしれない。急げ、と念じれば多少ふらつくけれど、よろけて膝をつくことはなくなった。


 あと、数メートル。もう少しで手が届く。


「――しかと引き受ける」

 アンドロマリウスの、抑揚のない声が聞こえた。ほぼ同時にびちゃり、と液体が落ちる音がした。やけに大きな音として届いた。すぐ目の前にいるロネヴェが、倒れ込む。

 その光景、この状態に腰が抜けそうになる自分を叱咤し、踏ん張る。彼との繋がりが、消えていくのが分かる。恋人になった時、契約の証だからと体に印を付けられた。そこに手を当てれば、いつでも彼を感じられたのに。


 ――今は殆ど感じない。


 正面に見えるアンドロマリウスの、血みどろの手の中には、宝石のような物があった。きっと、あれがロネヴェの核だ。


 ――あれが、欲しい。あれは、私の物だ。そう心の中で呟くと、彼の召還印が熱を持ったように温かくなった。彼に肯定され、後押しされている気になる。


「私の、ロネヴェ……っ」

 思ったより、しっかりと声が出た。アンドロマリウスと目が合う。そして彼は、私に見せつけるかのように、その核を口へと運びーー飲み込んだ。

「……どうせ、人間のお前にはこの核をどうにもできまい。

 俺が有効活用してやる」

 私が彼の核を欲しいと思った事がばれたのか。元々この悪魔が欲していたのか。それは分からないけど、ロネヴェが奪われたという事実が、私の目の前を真っ赤に染め上げる。

「……っあぁぁぁぁ……っ!

 ゆる、さな……っ」

 私の感情に連動するかのように、大気が震える。契約印が熱い。私はロネヴェの体を抱きしめた。ほんのり温かい、それがさっきまで私を守ろうとしてくれていた、私の……私の、恋人だったモノと思い知らされる。砂が舞い上がる。


 私の、ロネヴェ。私のロネヴェを奪った。殺してやりたいけど、無理なのは分かってる。だから、できる限り最大限の屈辱を与えてやる。


「魔界になんて、返してやらない」


 思い通りになんて、させない。呪いじみた束縛をしてやる。元々こんな術は知らないけど、ロネヴェが教えてくれる。自然と力の使い方が分かる。

「この俺を、縛り付けるか」

 表情のない、冷静そのものといった風に、私を見つめる悪魔。なにもかも気に食わない。私のロネヴェは、もう奪われてしまった。

「……私が、死ぬまで。

 でも、私が死ねばあんたも死ぬのよ」

 ロネヴェの核を持ってるこいつを側に置いておけば、少しでもロネヴェと一緒に居る気分になれるかもしれない。力が溢れる。ロネヴェが、力を貸してくれているのが分かる。

 これを使い切ったら、完全にロネヴェとの決別が待っている。でも、ロネヴェの力をもらって作り上げるこの術が、新しい繋がりになって、いつまでも一緒にいられるかもしれない。

「……好きにしろ。

 俺は暫く、何もしたくない気分だ。構わん」


 好きにしろと言われなくたって、好きにしてやる。


「悔しいけど、あんた程の悪魔にもなると、拘束するだけでいっぱいいっぱいなのよ。

 ――私みたいな、ただの人間にはね」


 ロネヴェ。私の幸せはあなたと一緒に、ずっと一緒に居る事だったのに。


 砂漠になりかけの、この広い大地全体にまで展開した私とロネヴェの力。それが目的の悪魔へと集約して術を紡ぎ出す。

 目の前の光の洪水が収まると、私の意識は遠退いていった。

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