第4話 母のこと

 母もまた、癌で逝きました。


 最初の異変は背中や腰の痛みから始まりました。

 湿布を貼ったり、マッサージをしたりしていましたが、なかなか改善されない。


 元々、母はあまり身体が丈夫な方ではなかったのですが、それだけに病院にはこまめにかかるようにしていたのです。


 だから、その背中や腰の痛みが癌からのものであるとわかった時、母は勿論、家族全員が大きなショックを受けました。

 それでもまだ諦めてはなかったのです。


 しかし、その後、進行性であり既に末期であることがまず家族に告知されました。

 開腹手術もしたのですが、転移して手の施しようがなく、そのまま閉じたと。


 母の癌が発見されてから、まだ半年しか経っていませんでした。


 残された治療は抗がん剤と放射線治療でしたが、あまり効果は見込めそうにないこと。

 副作用もでると思いますが、どうされますか?と わたしたち家族は決断を求められました。


 年齢的にもこの治療による身体の負担、そしてそれにより延命がどれだけ出来るのかもわからないと。

 もって半年でしょう、と。


 それが突きつけられた現実でした。


 わたしも父も、母には余命告知はしまいと話して決めていました。


 それともう一つ、抗がん剤も放射線治療も、痛みや苦しみを伴うような延命治療もするまい、ということも。


 これは元気だった頃の母と家族で話していた時に、みんなの意思として確認していました。


 治る可能性のあるものならまだしも、だだ、ベットに縛りつけられて苦しみながら生きる為だけの延命治療はしないようにしたい、と。


 ただ、これはあくまでも、わたしたち家族の考え方、判断で、母が高齢であること、進行性で転移をしてしまっているから苦しみを増す治癒の確率の低い治療よりも、痛みを和らげる緩和ケアをお願いしたいということからでした。


 癌という病気は現代では決して完治できない病ではなくなりました。

 これは本当に喜ばしいことだと思います。


 ただ病気というのは癌にかかわらず個人の体力、年齢や色々なことが一人一人違うので、その治療の判断の難しさはやはり痛感します。


 母の場合はこの道を選びましたが、決して抗がん剤や放射線治療を否定するものではなく、事実、これらで快癒されている方も多くいらっしゃるし、わたしたちの判断が正解というわけではないことをご理解して読んでいただければと思います。


 病院には毎日通いました。

 父は勿論、わたしも、そして三人の子供たちも学校や仕事の合間を縫って通いました。



 わたしが今も忘れられないのは、病室で母と一緒にみた夕焼けの美しさです。


 その頃、季節は秋から冬に向かう頃でしたが、細くなってしまった母の手を握ると暖かく、わたし達はまるで少女のように手を繋いで、ただ黙って夕焼けを見つめていました。


 余命宣告を受けてから、半年後、母はほとんど物が食べれなくなっていました。

 点滴で命を繋いでいるような状態でした。

 水分は吸い飲みで少しずつ手を添えて飲ませます。

 ほんのひと口、プリンでもヨーグルトでも食べてくれたら嬉しかった。




 そして、その日がやってきました。

 危篤の知らせを受け、父とわたしと三人の子供たちが母のベットの周りを囲みました。


 みんなで母の手を握り、さすり、一緒にいるよ、ここにいるからね、と声をかけ続けました。


 父が母の頬に頬を寄せて

「良く頑張ったな。みんな側にいるぞ」

 と言うと母の閉じた瞼から、涙がひとすじ流れ落ちました。


 そうして明け方近く、家族に手を握られて看取られながら、母は最期に大きくひとつ息を吐いて・・・それから・・・旅立ちました。




 人の息を引き取る瞬間をみたのは母が初めてでした。

 夫の時は同じ部屋にいたにもかかわらず、ひとりで逝かせてしまいましたし、祖母の時は間に合いませんでしたから。


 夫(父)や娘(わたし)、三人の孫たちに手を握られながら、旅立っていった母は幸せだったのだと、そう信じていたいです。


 それでももっともっと長生きして欲しかった。


 今頃は、先に逝っていた祖母に、子供に還って甘えているでしょうか。


 そうだといいな、ねぇ、お母さん……。

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