第35話 聖騎士は迷宮を攻略する

 私は声の聞こえた方へ走りだす。荷物はモントに預けた。

 なんだか、このままだと、大切なものをなくしてしまうような気がしたんだ。ただの直感だけどね。


 二分ほど走ると、さっき声が聞こえてきたと思われる場所に着いた。そこは裏路地だった。

 血の匂いが充満している。血の匂い、何度嗅いでも慣れないね。――いや、慣れちゃいけないだろうけど。

 死体があったと思わえれる場所には、血が水たまりのようになっている。

 ――なんで死体がないの……?

 純粋に疑問に思った。


「何者かに襲われた……?」


 ――いや、それはないか。

 と、私は首を横に振って思考を止める。

 何故なら、魔人や魔物特有の悪臭が全く感じ取れないからだ。

 このことから、魔人、魔物に襲われたという可能性は0となった。

 次に疑うのは人間による反抗。

 ――が、これも無いはずだ。だってこの場所には、ひとり――恐らくここで死んだ人――以外の匂いを全く感じられなかったからだ。更に、まだ声が聞こえて三分しか経過していない。つまり空白の時間は二分。匂いを残さずに死体を消す、または運び出すことは実質不可能。というか100パーセント不可能だよ。


 ――というか、なんで私が犯人探しをしているの?

 ……あ、自分で探そうと首突っ込んだんだったね。これ完全に自分のせいですね。


「何かありましたか、胡桃」


 いつの間にか私の後ろに来ていたモントが言った。歩くのはっや……。ん、そんなこと無いのかな?


「……うん。何にも、ない。死体すら……」


 私がモントにそう言うと、モントは、


「そうですか……。ではあとのことは警察に任せましょうか」


 そう言ってモントはスタスタと歩き始める。

 ていうかモント、よくこの場所がわかったね……。

 ここ一応路地裏なんだけどなぁ……。モント、ストーキング能力高そう。


「そうですか、そんなことが……。情報のご提供、感謝します」


 そう言って警察官は思わず見とれてしまうほど綺麗な敬礼をした。





 警察署からの帰り道。


「……モント」


「なんですか、胡桃?」


「なんで……わたしの場所、わかったの……?」


 私がモントにそう質問すると、モントは少し考えた後こう言った。


「わたしは精霊の中で、一番の訳ありなんですよ」


 ――答えになってない。


 私はその言葉を超えに出すことはなかった。

 モントが遠い目で、何かを思い出すような、懐かしむように視えたからだ。


 私はモントの過去について知りたかったが、いつかわかるだろうと思って前を向いた。

 


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 三雲さんが僕達と迷宮ではぐれて一ヶ月。未だに三雲さんは見つからない。

 聖教教会の人たちも、『事故死』として三雲さんを処理してしまった。

 三雲さんがいなくなってしまった後、僕は学園を卒業した。こっちに来て二年目だ。僕の計画では、一年で卒業しているはずだったんだけど、何処かで計画が狂ってしまって、一年も無駄にしてしまった。

 でも、その無駄にしてしまった一年で僕は、ユニークスキル【勇者】がエクストラスキル【聖騎士パラディンナイト】になった。

 それに、三雲さんと出会うこともできた。

 すぐに三雲さんは居なくなってしまったけれどね。かなしいなぁ……。


 さて、そんな僕が今居るのは迷宮の170階層目。

 僕は地面を見下ろして思った。


 ――なんでここに大きな穴があるんだ……?


 穴の縁をよく観察してみると、溶けかたから、初級魔法、『爆炎』だと考えられる。

 ――でもこんな大きな穴をどうやって……。初級魔法じゃこんなに大きな穴はあけられないし……。かと言って溶け方からしても爆炎以外にはありえないし……。


「あー! もう! 面倒だなぁ!!」


 無限ループへと陥りかけた思考を自分自身が叫ぶことによって無理やり中断する。

 とにかく、ここで立ち止まっていても何も進まない。それどころか最悪悪化してしまう。

 ここから飛び降りる以外に道はない。

 僕はそう考え、勇気を振り絞って穴へと飛び降りる。

 言葉にできないようななんとも言えない感覚に包まれる。

 何秒かして地面が視えた。

 僕は魔力を練って重力魔法を発動する。

 そして重力魔法で重力に干渉して着地する。

 まだ完全には制御できなくて、着地したときの衝撃で足がじんじん痛む。まぁ骨折するほどじゃないし大丈夫だよね……。


 その時だった。


 ――カサカサ……。


 僕の耳がこんな音を拾った。

 小さい魔物……?

 違うかな……? そうだったら僕の感覚器センサーに引っかかるはずだし……。

 そんなことを考えていると間にも、さっきの音はどんどん大きくなってきている。


 そして、感覚器が機能しない理由も判明した。


 ――敵が多かった。いや、多すぎた。


 100や200程度じゃない……!?

 ざっと数万は居るとみてもいいだろうか。そのくらいに敵は多かった。


 そして、近づいてきた音の正体を確認して僕は、強烈な吐き気に襲われた。


 ――僕がみたのは、『黒光りするG』だった。



「ああもうう! なんでこんな時に限って!!」


 思わず叫ぶ僕。

 こいつは授業で習ったことが確かなら、炎系統の魔法が苦手なはずだ。

 ――しかし、こいつは転んでもただで起きない魔物。

 転んだら周りの人間まで巻き添えにするようなやつだ。


 こいつは、炎属性の魔法を感知すると、体から可燃性のガスを吐き出し、炎の威力を無駄に上昇させ、術者もろとも焼き殺してしまうのだ。


「どうしろっていうんだよ」 


 思わず悪態をついてしまう。


 教会にもらった聖剣で一匹一匹斬り殺すか、走って逃げるか――。


 答えは考えるよりも早く出ていた。

 僕の体が動き出す。ほぼ無意識に、だ。


 僕は重力魔法を使うことも忘れ必死で逃げた。

 だって勝てないんだからしょうがないよね。そもそもまだ重力魔法は完全には制御できないんだけどね……。あはははは。


 そうして走り回ているうちに、幸運にも僕は次の階層への階段を見つける。さすが僕、ビギナーズ(なのかはよくわかんないけど)ラックが無駄に高くてよかった!


「ラッキー♪」


 嬉しさ半分、安心半分で階段を降りる。


 次の階層には――。



 何もなかった。


 文字通り何もなかった。


 ホコリがそんなに落ちていないところを見ると、最近まで誰かがここに居たのが伺える。


「もしかして……」


 まだ三雲さんの死体を僕はみていない。

 もしかすると、 三雲さんはこの迷宮をクリアしたのか――?


 どんどん疑問が溢れ出てくる。


 ――なぜこのフロアには何もないのか。


 ――なぜここまでのフロアがいくつか穴が空いていたのか。


 など、そんな質問が僕の中でぐるぐると回る。



 三雲さんの安否を知りたい。

 話を聞きたい。

 会いたい。



 胸が高鳴るのがわかった。


 そして僕は魔法陣を見つける。


 ――きっと、外に出るためのものだろう。


 僕は転移魔法陣に乗る。


 僕が乗ると同時に魔法陣が輝きだし、視界が真っ白に染められる。音が消えた。

 時が止まったようだった。



 ――次の瞬間、僕は砂漠の真ん中に投げ出されていた。

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