第31話 英雄見習いは後悔する

 私たちは嘘つきのいたあの街をでて、また砂漠を歩いている。ちなみに三日目だ。

 ここでは魔力が分散して魔法が使いにくい。そのため、魔力を吸収している機械人形ゴーレムの雪姫と胡桃ちゃんにはきついんだよね。

 魔力安定剤のおかげで今は魔力を吸収しなくても大丈夫なのだ。

 機械人形ゴーレムは人間と違うため、魔力安定剤の使用は人間の3分の1の量で済む。

 モントによると、次の町へはもうじき到着するらしい。

 本当に、どうやって遠くの街をみているんだろうか。私もその目がほしい。


「あ、みえたよ、茉莉!!」


 私よりも少し目のいい雪姫が言う。

 目を凝らしてみると、たしかに街のようなものが見える。

 モント、雪姫、胡桃ちゃん、そして私の四人では、一番私が目が悪い。

 日本で引きこもっていたときに、暗い部屋でゲームをしまくっていたのが祟ったんだね。

 それでも中学三年のときの視力検査ではBだったはずだ。

 きっとモントたちの目が良すぎるんだろう。

 私は無理やり自分を納得させた。

 

 そんなことをのんびり考えながら歩いているうちに街に到着した。

 聖教教会に向かって歩いているはずなのだが、本当に近づけてきているのかはわからない。

 雪姫と胡桃ちゃんは私とモントの重力操作で宙に浮いている。

 

 私も自分の体を浮かせようと何度も試みたが、流石に私でも制御が難しくあちこちへ流されてしまい大変だった。

 時間ができたら練習しようと思った。


 この街にはオアシスがあり、水に困ることはなさそうだ。

 この街では、食料、衣服の調達が目的で三日間滞在しようと思う。


 お金はたくさんある。金鉱石なんて腐るほどあるし、金貨も約50枚ある。

 とはいえこれから何が起こるかは誰にもわからない。お金もなるべく残しておいたほうがいいと思う。

 食料は最後でいいだろう、傷んでしまっても困るし。

 

 ということで、まずは私と雪姫、そして胡桃ちゃんの服を買うことにした。

 モントは買わなくても大丈夫らしい。服はたくさんあるんだろう。

 

 私達三人は服屋にやってきた。

 前の街では服屋がなくてなくて困ったんだよね。


 私は雪姫と胡桃ちゃんのために綺麗な着物を選んだ。

 この世界にも着物はあるんだね……。やっぱり着物っていいよね、動きにくいのが難点だけど、それを上回るくらいの可愛さがある。控えめに言って最高。


 二人に三着ずつ買ってあげ、私は自分のものを選ぶ。

 私は魔法使い職だし、ロングコートみたいなのがほしいなぁ……。

 ということで、熱遮断の魔法陣が刻まれた紅色ロングコートを購入。鮮やかで最高。

 服はモントが生成魔法で作ってくれたものがあるので問題なし。


 私達は意外とすぐに服選びを終え、店を出た。


「茉莉、全然悩まなかったねー」


 長い時間着物とにらめっこしていた雪姫が私に言う。意外なのかな?

 そう思って怪訝な顔をするとモントが、


「普通女の子は誰かと服選びをすると、とても時間がかかってしまうんですよ」


 と教えてくれた。

 なるほど、私は友達がいないせいで服選びのために外に出たことがない。ぱぱっと選んじゃって当たり前……なのかな? よくわかんない。


 ――なんか悲しくなってきた。考えるのをやめよう、現実から逃げよう。


 私は頭を降って無理やり思考を停止させた。

 半ば無理矢理に話題を転換する。

 

「そ、そうだ! お昼食べない?」

 

 ナイス私!!   


「いいですねぇ……このあたりには少し辛いけれどお腹の膨れる料理が出ると聞きましたし、食べて見ましょう」


 楽しみです。

 とモントは言った。

 

 ということで私たち四人は辛いけど美味しい料理を食べるために近くにあった飲食店に入る。


 ――チリンチリーン♪


 鈴のような綺麗な音が私たちの入店を知らせる。


「何名様でしょう」


 店員のお兄さんが私たちが店に入ってきたことに気づき近寄ってくる。

 男、イヤ……。

 私は気を失いかけたが、強い意思で持ちこたえる。

 声が出せない私に変わってモントが答えてくれた。


「四人です」


「ではあちらのお席へどうぞ〜」


 そう言って店員のお兄さんは私たちを案内した。


「ご注文がお決まりになられましたらご遠慮なさらず及びください」


 なんだよ遠慮なくって。意味分かんない。そもそも私はこういう飲食店みたいなお店に入ったこと無いからよくわかんないんだけどね。

 日本で一度くらい行っとけばよかった。


「クライってなに、モント」


 注文表をみて私は『クライ』という文字を指差しながら尋ねる。

 当店人気No1と書いてある。「からいけどそれがまたいい!」「不思議とお腹いっぱいになる!」などと書いてある。


 モントは一瞬考える素振りを見せこう答えた。


「それは茉莉の国で言うカレーですね」


 カレー? あのカレー? 


「カレーってさ、あのカレーだよね?」


 モントに思わず聞き返してしまう。

 モントは笑顔で、


「はい、あのカレーです」


 と答える。

 楽しみだなぁ……。


「すいませーん! クライ四人分お願いしまーす!」


 雪姫がさっきの店員さんを呼んで、四人分注文する。


「辛さのレベルはどういたしましょうか? 4段階ございます。ちなみに読4が一番辛いです。ええと……ほら、ちょうどあそこに4を注文したお客様がおられます」


 そう言って店員さんは向こうでクライを必死に食べている男の人を指差す。

 顔が真っ赤だ。恐ろしい。水が足りないようでむせてしまっている。大丈夫かな?


 4レベルは恐ろしいことがわかった。よし、私は1レベルでいいや。からいものは苦手だし


「私は1でお願いします」


「じゃあ雪姫も1で!!」


 雪姫の顔が少し引きつっている。怖いよね、わかるよ。


「……私は2、お願いします」


 胡桃ちゃんは私達よりも辛いものが得意らしい。


「わたしは4お願いします」


 そう言ったのはモント。モント、度胸あるなぁ……。


「かしこまりました、少々お待ちください」


 そう言って店員さんは下がっていく。

 

「モント、本当に4でよかったの?」


 モントを心配して私は聞いてみる。


「大丈夫ですよ、茉莉。私は以前一度だけクライを4で食べたことがあるんですが、そのときはなんとも思いませんでしたので」


 モントさんすげーっす。尊敬します。


 それから雑談すること約10分。


「お待たせいたしました、クライでございます。大変お熱いですのでお気をつけてお召し上がりください」


 さっきもみたけど、近くで見ると、やっぱりカレーにしか見えない。

 店員さんは私たちの前にクライを置いていく。


「いただきます」


 私たちはクライを食べ始める。


「――辛ッッ!!!!」


 思わず大声を出してしまった。失礼。

 例えたいけどいい例えが見つからない。

 気分は最悪。呼吸しようとして空気を取り込むが、灰を焼かれるような痛みに襲われる。

 無い左腕が傷む。いい加減しつこい。隙あらば痛みを与えてくるの止めて。


 ていうか辛すぎない?


 隣を見ると、雪姫もつらそうにしている。そうだよね、うん、良かった。


 モントと胡桃ちゃんは涼し気な顔でクライを食べている。


「嘘でしょ……」


 雪姫の声が思わずといったふうに漏れ出る。

 この街の人間、どれだけ辛いものが好きなんだよ……。


 モントと胡桃ちゃんは30分でクライを食べ終わった。


 私と雪姫はというと、なんと、一時間近くも掛かってしまった。

 途中、モントや胡桃ちゃんに少し手伝ってもらったのに……。


「……ごちそう……さま」

 

 もう嫌だ。普通のカレーが食べたかった。あ、この世界ではクライだったわ。いや変わんないか。

 

 代金を支払い私たちは店を出る。

 雪姫は涙目だったがモントと胡桃ちゃんは爽やかな笑顔だったことが思い出深かった。

 多分私も涙目だったと思うけどね。


 しばらくは呼吸がするのも大変そうだ。


 私は思わず溜め息を吐く。

 雪姫も同じタイミングで溜め息を吐いたようだ。

 顔を見合わせ笑った。


 その後はそれぞれ自由に過ごして一日目が終わった。

 クライの辛さが忘れられるような出来事がなかったのがちょっとつらい。



 二日目、私たちは特に何もすることがないが、なんとなく三日目までここにとどまることを決めた。

 嬉しいことに、クライでヤられた喉が自己再生のおかげでもう完治していた。呼吸もしやすい。

いつまでも左腕がないのは流石に不便だし辛いので、義手制作に取り掛かった。

 


 モントに頼んで、迷宮から持ち出した鉱石の一つ、『反応石』と『吸熱鉱石』、『魔法石』を取り出してもらう。


 ベースとなるのは『反応石』。これは義手として使えば、自分の体のようにいろんなこと、を感じられる素晴らしい鉱石。

 『吸熱鉱石』は熱に強い鉱石。

 この2つに、魔力の流れを良くする『魔法石』を混ぜて錬成を使って義手を作る。 


 重さや大きさは右手をモデルにして慎重に作っていく。

 色が付けられないことを除けば、優秀な道具になってくれるだろう。

 

「錬成!」


 もちろん唱える必要は微塵もない。イメージさえ出来ればいいのだ。私は想像力が足りないため魔法名やスキル名を唱えることが多いんだけどね。


 あーでもない、こーでもない、と試行錯誤を繰り返すこと二時間半。

 ついに念願の義手が完成した! 


「よし!!!」


 嬉しくて声が出てしまう。

 早速義手を取り付ける。

 

「――動く!」


 指は問題なく動いた! 音もしない。とても静かだ。

 続いて関節。


「よし!」


 しっかりと動いた。

 最後に魔力を手のひらに流し込む。

 すると、手のひらに魔力が可視化できるほどに集まってきた。

 やがて魔力が固まり、石となった。

 


 なんと、魔録貯蔵鉱石が作成できた。

 こうやって魔力貯蔵鉱石はできるんだね、いい勉強になったよ。

 魔力貯蔵鉱石は人間の無駄になる魔力が鉱石化することで生まれるっていう解釈でいのかな?



 そして私は、体とのバランスを図るため、少し歩き回ってみる。


 まだ成れないせいか、多少ふらつくこともあったが、問題はないと思う。さすが私。


 こうして私は義手を手に入れた。

 

 その後の時間はどうやって過ごしたか覚えていない。ご飯も食べたんだけど、何を食べたのかまでは思い出せなかった。

 義手を手に入れたことが嬉しかったんだろう。

 ただ、街の人たちは、オアシスのことについて何か言っていたようだった。

 

 自分には関係ないとそう思って眠りについた。




 三日目。


 今日、この街を出発する。

 そのために今日は食料調達だ。


 ――グロロロロロロロロォォォォオ!!!


 モントたちも今のを聞いていたようだ。


 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする。

 出来れば関わりたくないんだけど……。


 私達は急いで食料を買い漁った。

 ――はやく出発しなきゃ面倒事に巻き込まれちゃう!!


 ほとんど勘、だけど当たるっていう確信はあった。根拠はないけどね。


 その時だった。


 突然、オアシスの水が飛沫しぶきを上げた。

 

 ――あーあ、なんで最後の最後に……。


 そんなことを考えても私のような人間には未来を変える力など無い。どうしようもないよね。これも運命だと思って受け入れますか。運命なんて信じたことはないんだけどね。


 オアシスから這い上がってきたのは巨大なカエルの魔物だった。それも20匹近く居る。首輪みたいなのは何処にもついてない。野生の魔物かな。

 どうせ、巨大蛙ジャイアントトードとかそういう名前なんだろう。大きいし。

 

「茉莉、あれは巨大蛙ジャイアントトードですね」


 モントがそう言いながら私のところへ歩いてきた。やっぱり巨大蛙ジャイアントトードなんだね。

 

巨大蛙ジャイアントトードは水のあるところなら、水以外何もなくても勝手に湧きます」


 うっへぇ……。迷惑なやつだなぁ……。

 あの迷宮でみたGみたいな生命力ありそうで戦うのはちょっと嫌だなぁ……。


 そんなことをのんきに私が考えていると、巨大蛙ジャイアントトードは近くにいた町の人に舌を伸ばし、あっという間に捕食してしまった。

 そしてすぐさま次を狙い始める。


「胃液強すぎない……?」

 

 私の声が震えているのがわかった。怖いよ。

 街の人たちは一瞬静まり返ったが、やがて何が起きたのか理解すると、大声で逃げるもの、悲鳴を上げ逃げるもの、様々な人で溢れかえった。

 

 人を飲んじゃうような危険な魔物はほうっておくと、あとで大きく育ってしまい、駆除に困りそうだ。

 若いうちに芽は摘んでおくに限る。

 私はそう考え、紫陽花を構える。


「ごめんね、胡桃ちゃん、義手の調子を確かめたいから私が殺ってもいいかな?」


 いつの間にか来ていた胡桃ちゃんに私はそう聞いた。



 ――今思うと、ここで間違えたんだろうと私は思ったが、あいにく私は過去に飛ぶ力はない。


「ん、いいよ。茉莉、頑張って」


 元気100倍です!! 負ける気がしません!!

 私ってなんて単純なんだろう、と思ったが深く考えないことにした。

 こんなやり取りをしている間にも町の人が一人、また一人と捕食されていく。


「茉莉、わたしたちは応援していますね。強化魔法バフが欲しかったら言ってください」


「茉莉、頑張って!!」


 モントと雪姫も後ろで応援することにしたらしい。


「大丈夫だよ、モント、強化魔法が無くても勝てるから!!」


 モントにそう返事をして私は走り出す。

 

 そして私は引き返し……。


「雪姫! やっぱり闇夜も貸して!!」


 二刀流やりたい!

 と言うわたしの幼稚な考えを雪姫に伝えると、


「もちろん! 大事に使ってね!」


 と、快い返事をもらえた。


「はあああああぁぁぁぁぁああ!!!」


 私は再び走り出す。今の数秒でまた一人誰かが捕食されたかもしれないのだ。

 これ以上被害を増やしてはならない。

 じゃあなんで二刀流やりたいなんて言ったの? という質問が北としても、答えられません。


「飛行っ!」 


 固有スキル、【飛行】を発動。重力魔法の完全習得により、出番が少なくなってしまったけれど、まだまだ現役だ。

 私は大きな翼をイメージする。それと同時にわたしの背中に翼が出現する。

 私は空へと飛び上がり、上空から巨大蛙ジャイアントトードに向かって全速力で飛んでいく。

 距離はざっと600メートル。

 目が悪いと言ってもそれくらいなら問題ない。

 

 約10秒で私は巨大蛙ジャイアントトードの群れの近くに到着すると、捕食されかけていた人たちに巻き付いていた舌を切り払って救出する。

 

「ありがとうございます」

 

 助けてあげた町の人が泣きながらお礼を私に言う。嬉しいんだけど、そんなこと言ってる暇があったら逃げたほうがいいよ?

 

 蛙は寒いのが苦手だった気がするなぁ……。

 ということで、私は闇夜に魔力を送り、氷属性の物理攻撃を行う。


 巨大蛙ジャイアントトードは意外とすばしっこく、ちょこまかと動き回ってうざい。




「まず! いっ……ぴき!!!」

 

 5分ほど巨大蛙ジャイアントトードにギリギリまで接近して剣を振り回すと、やっと一匹に攻撃が当たった。

 闇夜の攻撃力は凄まじく、一撃で巨大蛙ジャイアントトードの硬い皮膚を貫くことができた。

 巨大蛙ジャイアントトードの硬い皮膚を貫いたときの感触が腕に残り、気持ち悪い。

 しばらくは消えそうにないな、と私は苦笑する。


 二匹目に取り掛かる。が、蛙とは思えないような素早い動きでなかなか、というか全く攻撃を当てられない。

 どうしたものか、と考えるが、いい案はこういうときに限って思い浮かばない。

 

 その時だった。


 ――っ!


 突然、私の右腕にヌメヌメとしたとてつもなく不快な感触が伝わる。


 巨大蛙ジャイアントトードの舌が私の右腕に巻きついていたのだ。


 私は空中で腕に舌を巻きつけられ、思わず翼の動きを止めてしまう。

 だってしょうがないじゃん、気持ち悪すぎて失神しそうだったんだもん。


 そして、私の体は地面へと落下を始める。

 私は気を強く持ち、左手に構えていた闇夜でわたしの右手に巻き付いてきた舌を切断し、飛行を再開する。

 

「くっ……!」


 すばしっこい奴め。


 舌を切って殺った巨大蛙ジャイアントトードをみて私は驚く。


 なんと、舌がもう再生していたのだ。


「……早すぎるよ……ばか」


 思わず声が出てしまう。

 ……どうしろっていうんだよ、やっぱりさっきみたいにギリギリまで接近して皮膚事切らなきゃ駄目なのね……。


 私は考えることを諦めて、巨大蛙ジャイアントトードへの接近を試みる。

 私が上空から降りてくるのをいち早く察知した巨大蛙ジャイアントトードが、仲間に私が降りてきたことを知らせる。


 ――グロロロロロロォォォォォォオオ!!!!


「下品な声で鳴きやがって……!! 耳障りなんだよ……っ!!」 


 思わず悪態をついてしまう。

 さっき下品な声で鳴いた巨大蛙ジャイアントトードの仲間がこちらに注目する。

 そして、状況に理解が追いついたのか、私に向けて舌を伸ばして来る。


「いい加減に気持ち悪いって……臭いしキモいし汚いし!!」


 語彙がかぶっていた気がするけど気のせいだろう。

 私に向かって四匹の巨大蛙ジャイアントトードが舌を向けてきたのだが、私はそのうち二匹の舌しか切り落とせず、残った二匹の舌で両腕を塞がれてしまう。


「――くっ!!」

 

 ――鬱陶しい蛙めっ!!

 私は腕を力いっぱい引き、蛙を上空へと引き上げる。

 背中の翼が悲鳴を上げているが、ここが頑張りどころ。


「はあぁあぁぁぁぁぁああ!!!!」  


 私に巻き付けた舌を戻す火間もなく、巨大蛙ジャイアントトードは上空へと投げ出される。それと同時に、わたしの腕に巻き付いていた舌が腕から離れる。


「上空じゃ! 流石に! 何もできないで……しょっ!!!」


 本当に人間かと問われてもおかしくないような速度で私は空を飛び、一秒にも満たない僅かな時間で巨大蛙ジャイアントトードに接近した。


 上空に投げ出された二匹の巨大蛙ジャイアントトードは急接近してきた私に舌を伸ばしてきたが、私はそれを難なく切断。

 巨大蛙ジャイアントトードは「何故だッッ!!!!」とでも言いたげな表情をしているように感じられたが、説明してやる義理など無い。


「落ちろっ――!!」


 巨大蛙ジャイアントトードに叫び、紫陽花と闇夜を硬い皮膚に力いっぱい突き立てる。


 ――ブシュッッ!!!


 鈍い音とともに、鮮血が吹き出す。

 とても魔物とは思えないような鮮やかさだ。

 きっと、オアシスの水を飲んでいたからだろう。オアシスばんざーい!


「二匹目ッ!!」


 きっと今の私は、殺人鬼や死神も顔負けな恐ろしい顔をしているだろう。

 自分が何故こんなに怒っているのか、自分でもよくわからないが、なにか守りたいものがあったんだろう。


 そして、私の視界が上空に投げ出された三匹目を捉える。

 その巨大蛙ジャイアントトードは必死に地面に向かって落ちようとしているようだが、もちろん逃さない。


 私は二匹目と同じように引くで急接近し、闇夜を突き立てる。

 巨大蛙ジャイアントトードの硬い皮膚を闇夜は貫いた。


「まだ生きているの……? 可哀想に」


 必死に体をくねらせ、未だに三匹目の巨大蛙ジャイアントトードは抵抗を試みているようだ。

 その証拠に、私の顔めがけて、舌を伸ばしてきた。

 とっさの出来事に反応が遅れてしまったが、私の顔に舌が届くことは無く、届く直前で紫陽花が舌を切り裂いた。

 

 そして紫陽花でそのまま巨大蛙ジャイアントトードの脳天を垂直に切り裂く。

 骨のような硬いものにに当たる感触があったが、気のせいだと思いたい。


 私が空中で二匹を仕留めている間に、地上では何人かが犠牲になってしまったようだ。

 

 もちろん許さない。

 私は、今にも町の人を捕食しようとしている巨大蛙ジャイアントトードに一瞬で近づくと、勢いそのままに、左手の闇夜ですれ違いざまに切り裂く。


「四匹目ッ!!」


 四匹目の巨大蛙ジャイアントトードは、真っ二つに切断された。

 そして、わたしの視界の片隅に、複数の巨大蛙ジャイアントトードが子どもたちを囲っているのが視えた。

 見逃してやるつもりは毛頭ない。

 子供を囲っていたうちの一匹の巨大蛙ジャイアントトードが舌を伸ばした。

 ――間に合わない……!!


 直感的にそう思った私は右手の紫陽花を子供を狙って舌を伸ばした巨大蛙ジャイアントトードに向けてまっすぐ投げる。

  

「行けッ!!」


 寸分違わず、和足の投げつけた紫陽花は子供を狙って舌を伸ばした巨大蛙ジャイアントトードの脳天に突き刺さる。

 巨大蛙ジャイアントトードの伸ばした舌は子供に届くことなく勢いを落とし、巨大蛙ジャイアントトードが絶命するとともに地面に落ちた。


「よしっ!」

  

 思わず飛びながらガッツポーズをしてしまう。もちろん速度は緩めない。

 一刻も早く子どもたちを救わなければ。


 凄まじい速度で私は飛び、巨大蛙ジャイアントトードのもとにたどり着く。投げつけた紫陽花をさっき殺した巨大蛙ジャイアントトードの脳天から引き抜き、子どもたちをかばうようにして立つ。


「怪我はない?」


 私は子どもたちに聞く。


「うんっ、大丈夫だよ、ありがとう!」


 子どもたちは、泣いてはいたものの、誰も犠牲にはなっていないようだ。

 

「よかった――」


 ほっと胸をなでおろした瞬間――。


「――あっ!」


 子どもたちのうちの一人に巨大蛙ジャイアントトードが隙を付いて舌を巻きつけた。

 

「――駄目っ!」


 言っても無駄。そんなことはわかっていたが、脊髄反射で声を掛けてしまう。そして、一瞬遅れて動き出す私の体。

 この一瞬がもっと早ければ。私はそう思った。

 瞬時に固有スキル【突進】を発動し、私の目の前で子ど主を捕食した巨大蛙ジャイアントトードに走り出す。

 巨大蛙ジャイアントトードの体に私がぶつかるまでは二秒も掛かってしまった。

 もっとスキルを練習しておけば……。

 そんな考えが頭によぎったが、今更どうしようもない。

 

 私が体当たりするまでの二秒でその子供は捕食されてしまった。

 おまけにわたしの体は回りにいた巨大蛙ジャイアントトードの舌に止められ失速。やがて私の体は完全に止まってしまった。

 

 子どもたちは泣き出し、私も何故か涙が止まらない。

 

「――何なんだよもう」 


 自分の声が耳に届く。

 もう10秒は経ってしまった。

 あの強力すぎる胃液にかかれば、もうすでに半分以上体が溶けてしまっているだろう。


 「――くそっ……」







 そのあと、私がどうやってあの巨大蛙ジャイアントトードたちを倒したのかは覚えていない。  

 覚えていない、というよりは記憶に残っていない、のほうが正しいと思う。


 全て倒したのはわかる。だがその方法はわからない。誰も手助けしなかったのはなんとなくだがわかった。

 

 「馬鹿だなぁ、私……」


 思わず笑ってしまうほどには。

 迷宮を出て、浮かれていたんだなぁ、と、今更ながらに実感する。

 魔法が使えないだけで甲も苦戦するなんて。

  今まで私は、どれほどモント、雪姫、胡桃ちゃんに助けられていたのか、痛いほどわかった。

 嫌でも知らされたような気分。 

 悪い夢なら覚めてくれ。

 そう、何度も願ったが、どうしようもない。 

 脳裏にちらつくのは目の前で捕食された小さな男の子。

 助けてあげられなかった。

 守ってあげられなかった。

 守った気になっていた。

 なんて馬鹿なんだろう。

 

 負の連鎖。 

 止められない。

 

 その夜、私は声を上げて泣いた。大粒の涙を流しながら。








 ――そして私は、心に大きく深い、誰にも埋められないような修復不可能な『傷』を負った。


 

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