RIVERTH

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

1章:何処にでも居る青年の物語

 「オラぁ死ね!」


 「ハハハ、残念ながら死ぬのは彼方です。」


 二人の男が争っている。


 一人は高そうなスーツを身に纏い、サングラスを掛けたスキンヘッズの男。その顔には大きな傷があり、いかにもそちら側の人間そうな風貌だ。


 もう一人は線の細い、ジーパンにTシャツの伊出達の眼鏡を掛けた男。こちらは争っていなければ穏やかそうな、虫さえ殺せなさそうな男だ。


 どう考えてもこの二人に共通項は見られない。どうして喧嘩になったのだろう?誰もがそう思うだろう。




 彼らの持っている物が何だかわからなければ。




 「喧嘩だ!」


 「リバースを持ってるぞ!!!」


 「きゃぁ、押さないで」


 「五月蝿い!知るか!」


 周囲の人間が争う二人から逃げようと必死に駆ける。大人も子どもも男も女も青ざめた顔で逃げ惑う。


 悲鳴と怒声がコンクリートのジャングルに響く。






 『リバース』


歴史の偉人や有名な架空の人物の伝説、技巧、偉業や能力といった目に見えないものを物質化して特定の人間がその力を再現できるようにした貴重なアイテム。擬人化に対して擬物化。と言えば分かり易いだろうか?


 これを持ち、使いこなす人間を『リバースホルダー』と呼び、時には敬われ、恐れられた。








 サングラスの男が取り出したのは黒光りする鉄塊。刑事ドラマなどで見かける拳銃。リボルバー式の拳銃だった。


 「死ね。」


 パンパンパンパンパン!


 サングラスが眼鏡に向けて躊躇いも無く発砲する。と同時に眼鏡の男の周囲が炎上する。


 「危ない危ない。全く。斬れなければ死んでいましたよ?」


 炎の中から人の身の丈ほどもある日本刀を持った眼鏡の男が出てきた。


 炎の中だというのに火傷一つ負っていない。


 長刀が炎の揺らぎを映し出し、輝く。美術品として見るのであったならこれ以上無い魅せ方だろう。


 「んだよ。日本刀なんざ古臭ぇ武器なんざ持ちやがって。馬鹿馬鹿しい。」


 サングラスは炎から出てきた男が無傷なのに悪態をつきつつ何処からともなく弾を取り出して拳銃に再装填する。


 「ハハハ、その馬鹿馬鹿しい、古臭い武器の持ち主に傷一つ負わせられないあなたは何ですか?」


 炎の中で眼鏡は挑発的な笑みを浮かべつつ片手で持った刀の切っ先をサングラスに向ける。


 人の身の丈並みの長刀を片手で軽々と持ち上げる膂力。細身の男には到底似つかわしくない。どころか力自慢でも中々骨の折れる事だ。


これがリバースの力なのだろう。








 銃を構えるサングラス。刀を構える眼鏡。周囲は炎上し、人は蜘蛛の子を散らした後でほぼ居ない。


 ほぼ居ない。


 全くいない訳では無い。


「おとぉさん、おかぁさん、どこぉ?どこなのぉ?」


 5歳くらいの女の子が炎の中、一人取り残されていた。


 親とはぐれたのだろうか?弾丸と斬撃飛び交う中で彼女は右往左往するばかりで危険から遠ざかる気配が無い。


 人は蜘蛛の子を散らした後でほぼ居ない。


 ほぼ居ない。


 全くいない訳では無い。


 「君、速く逃げよう!ここは危ない。」


 女の子の元へ掛けて来た男が一人。


 何処にでも居そうな、冴えない訳でも冴えているわけでも無い。十把一絡げ、否、百把一絡げの青年が一人、女の子を助けに来た。


 「でもぉ、お父さんお母さん居ないの。あついの。」


 泣きじゃくる女の子。青年は説得する時間が惜しいと思ったのだろう。彼女を抱きかかえて炎の中を走って行った。


 「君のお父さんとお母さんは先に行ってる。子どもが居なくて慌ててたから僕が探しに来たんだ。安心して。君のお母さんお父さんは向こうに居る。」


 そう言って抱きかかえた女の子に向き、アイコンタクトで場所を示す。


 別に彼女の親を知っている訳では無い。嘘である。しかし、この場から逃がす為、落ち着かせるためには嘘を吐くしかない。


 後ろで爆音が鳴り響く。女の子を抱えているので耳を塞げない。耳が痛い。背中が熱い。前を向いているのに爆炎で伸びる影が濃くなるのが見える。炎の激しさが見える。


 背中が痛い。足が重い。止まった方が楽である。


しかし、この子を逃がすために僕は止まる訳にはい行かない。


影が薄くなってくる。爆音が遠くで響いて来た。


僕は路地裏で立ち止まり、女の子を降ろして言った。


 「この先にお父さんとお母さんが居る。立ち止まらないで走って。いいかい?止まっちゃダメだよ?後ろも向かないで、ずっと前だけ見て走るんだ。」


 しゃがみこんで女の子の目を見る。


 涙で少し目が赤いが、コクコクと頭を縦に振る。多分大丈夫だろう。


 「さ、早く。親のとこへ。」


 背を向けさせると背中を押した。女の子は言いつけ通りに振り返らずに走って行き、路地裏の先へ消えて行った。


 この先は警察署がある。多分お巡りさんが保護してくれるだろう。






 さぁて、僕も逃げないと






 力が抜けて路地裏に座り込む。


 別にここは安全地帯ではない。未だ路地の向こうには炎の光と爆炎の音がある。


 逃げないといけない。


 でも、そういう訳にはいかない。何故なら。


 「最期の善行は女の子を助けた事。か。」


 何処にでもいる百把一絡げの青年は路地裏でそう呟いた。


 背中が何かで濡れている。彼はその正体を知っている。しかし、彼はその濡らす液体を感じることが出来ない。


 先刻の爆発の時、それまで痛かった背中が痛く無くなっていた。


 力が入らないから後ろを見れないが、投げ出した足の方まで赤い水たまりが広がっていく。


 体が重くなり、世界が傾いていく。遠くなっていく。










 斬られたのだろうか?撃たれたのだろうか?






 何処にでもいる青年はそんな事を考えながら倒れこんでいく。






















 まぁいいか。最後に女の子を助けられたんだ。僕の人生、悪いものでは無かったかなぁ。






























 何処にでもいる青年は最期に人助けという善行を残して去って行った。










 何処にでも居る青年の物語 ~完~


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