これまでの話はいわばチュートリアルであった為、ここから本格的に俺がこき使われ始める。頑張れ。俺。そう思っているうちにいきなり、成り行きでもう事件に巻き込まれそうだ。

少しの間、屈辱に耐えれば……………。止しておこう。これ以上色々話すと最終回のその先の理由が解ってしまう。

 「オマエ…狙ってたのか?」


 恨めしい視線をぶつけながら、と言っても実体化はしていないので恨み言だけなのだが、娘に恨み節をぶつけていた。


 「いいえ、私も正直悪魔様との契約のお話をすっかり忘れていて…。ですから私は街を救ってもう終わるのだと…。正直、今の状態は僥倖以外の何物でも無いのです。」


 歩きながら娘は俺の恨み節を華麗にスルーする。


 「ハー……。じゃぁお前の魂を奪りたきゃ戦争の百二百止めないとダメってことか??」


 そう、この娘の望み。それは「人全部を纏めて救う事」だそうだ。


 博愛主義もここ迄来ると胸焼け越して怖気が走る。それを躊躇いも臆面も無く抜かしやがる。


 「別に…。戦争が無く、世界が平和であるなら私は今直ぐにでも魂をお渡しして良いのですが……」


 「そんなこと出来ないだろ?この世界。この国だけでもイザコザ争い三昧だろうに…」


 盗賊団に街が襲われるような世界でそう簡単に戦争を無くすなんて出来んだろう。平和も定義次第だが、娘のことだ。積極的平和が契約の達成条件と考えて差し支えあるまい。


 「悪魔様も、頑張って人助けを致しましょう!」


 至高の良い笑顔で俺に語り掛ける。


 「確かに、題名がそのものズバリ『人助けなんてやる羽目になってしまった。』ってなってるが、それ、エンドレスじゃないか?大丈夫か?俺もしかして無限にこのお話の主人公にされないか?」


 一つ争いを止める間に二つ三つ争いが起こる。人間の歴史は争いと殺戮の歴史だ。それを完全に止めようとすれば人間を絶滅させねばならない………。


 「あっ!おい娘。人類を滅ぼすのは如何だ?そうすれば争いもへったくれも……」


 「人を殺すのはダメです。絶対。」


 小娘の癖に信念の揺ぎ無さが最早真理に辿り着いた何か。


 仕方無い………、諦めてこの娘を、いや待て、コイツに全力で戦わせて戦死させれば……。ダメだ。それも契約に触れそうだ。


 ………、仕方ない。


 「解った。娘。こうなったら全力でお前の願いを叶える。その代わり、直ぐにこの世を反吐の出るような平和ボケした場所にしてやるからな!」


 その言葉を言い終わるか否かの間に、前から何かが来るのが見えた。


 黒くて大きな、熊だ。


「娘。客だ。さっさと片付けるぞ。」


 そう言いつつ俺は娘との融合を開始する。


 只の熊なら融合無しでもある程度どうにかなったかもしれないが、気配を感じるまでも無くあの風体。魔物化している。


 「はい、でも…殺さないで下さい?」


 難易度が上がった。


 魔物。生物が強い魔力の影響、または自分の魔力の膨大化に耐え切れずに肉体を変容させることにより生まれる生物。元の生物より狂暴になり、肉体の強度も増す。


 そんな生き物を生け捕りにしろっていうのか?冗談じゃ…いや…


 「解った。が、娘。お前も手伝え。アイツを元の森の熊に戻すぞ。」


 名案が有る。


 「解りました。どうやるんですか?」


 融合を開始しつつ向かってくる熊の対策を教えようとした瞬間。


 「お嬢さん!!危ない!」


 何処からともなく落ちて来た何かが魔物化した熊を吹き飛ばした。


 「お嬢さん!怪我は有りませんか?」


 暑苦しい男がこちらに暑苦しい顔を向けてそう訊いた。


 俺の姿を見られては不味いので融合を解除し俺は娘の深くに潜り込む。


 「はい、私は大丈夫です。あの……」


 「待って!構わない。言わなくていい。何を言いたいか解る。」


 男は娘の言葉を遮ってとんでもないことを抜かした。


 「僕へのお礼の言葉だ!しかし、その必要はない。何故なら僕は神に選ばれた勇者だからね!」


 暑苦しい男はそう言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る