第45話 ヒーロー
「コイツ……!」
人質を取りやがった。
……いや、そうではない。こうなることぐらい……、
……察せなかったのかよ? 過去の俺?
この無能。
思いついてしかるべきだった。もっと入念に計画をすべきだった。こんな、最後の最後で……。
いっそ、今手に持ったこの銃で、今すぐヤツの脳天を打ち抜けでもしたら。
トリガーに当てた指に力をかけるが、そんなことだけで俺の手は震え、照準は狂っていく。
撃って……当たらないならまだいい。
もしも、人質に当ててしまったら。
流れ弾が誰かに当たってしまう確率は、この混雑の中だと十分にあり得る。
過去、数多くの警官を悩ませたであろうジレンマに直面する。
そして、そんなハードな問題に答えられるほど俺は荒事慣れはしていない。
この無能。
この臆病者。
それでも、
――いや、知っていた。
最初から知っていただろう、そんなことは――。
グルグルとただ思考だけが無駄に動き続ける俺の眼の前で――
混雑する群衆の中を縫うように走る小さな影が、犯人の後ろから襲い掛かるのを俺は目撃した。
「させるかぁぁぁ!!!!」
少女のものとおもしき怒声。
小柄な影は犯人に飛び掛かる。
飛び蹴りなのか、ドロップキックのような一撃。体格差をものともせず、小さな影は大柄な男を押し……蹴り……倒した。
「
どんな技名だ。
絶対に適当だ。
というかこんな時のために新技の練習でも普段からしてるのかお前は。
という突っ込みのいずれかを入れたくなるほどにキメッキメに技名を名乗る、その影の正体こそが――
――ヒーローに他ならないんだよな――。
なんて、なかば俺は呆れつつ。
しかし、一瞬でこの状況をひっくり返したアイツの姿に、内心胸は踊っていた。
それはもう無茶苦茶で。
もし襲撃のタイミングが少しでもズレて、犯人の手元の銃が暴発でもしたらどうしやがる。
そんな凡才の想像など軽々と超えて。
とにかく『やってしまえる』からこそ、彼女の攻撃は成功したに違いない。
それこそが、ヒーローの証なのだろう。
――シーラ・レオンハート。
町娘スタイルのスカートを封印し、ショートパンツスタイルを採用した、当人曰く本気モードの、彼女のいつも以上にボーイッシュな姿があった。
「ケガはないかい、チビッ子?」
お前とそう見た目変わらんけどな? と遠くから俺はツッコむ。
つくづくキメッキメな口調が癪に障る。
「逃げな、荒事はアタシの仕事さ」
少女が立ち上がり、その場から駆け出すのを確認すると、シーラは自ら押し倒し、今は彼女の体の下敷きとなっている男に目を落とす。
「さーて、いよいよアンタも年貢の納め時のようだぜい?」
と、彼女は懐に忍ばせたオートマティックのコピーを犯人の眉間に突き付ける。
「アンタの、負けだ」
蹴り飛ばされた時か、その後倒れた時の衝撃によってか、犯人の手からは唯一の武器である、シーラや俺のものと同型の銃は失われていた。
シーラが犯人を踏み付ける現場にはクロカミ探偵団の面々が次々と駆けつける。
……今度こそ、逃げ場があるとは思えない。
「ハハ……」と、男は乾ききった笑い声を上げる。無数の銃口に取り囲まれながら。
後は……コイツとエドワードとか言う真の黒幕との繋がりが明らかになれば、今回の事件は完全解明されることになる。
「レオンハート卿。後はボク達にお任せください。
……まったく、本当にお見事でしたよ!」
そして、この舞台の本当の主役である、アレックス君も姿を表した。後ろには兵士と思われる鎧をまとった人々が並んでいた。
「ご安心下さい。エドワードとは別の派閥の兵士たちもいるのですよ」
と、またアレックスくんは裏で工作を続けていたらしい。
相変わらず使える人である。
(どこぞの無能と違って……)
いや、ともかく、これですべて終わった。
犯人の男は既に抵抗をやめていた。
「身柄を確保してください!」
兵士たちがシーラと男の元へと向かう。
その時、男が妙なうめき声を上げた。
「オイ……往生際が悪いぞ、おにーさん?」
シーラが静止するも、男は奇妙な声を発し続けている。
「何が……!?」
突如、男の体が仰け反り、跳ねた。
「ァァァガ――――!!」
何か、突然の苦痛に刺し抜かれるように、男の顔が苦痛に歪み、彼は人間のものと思えないような悲鳴を上げた。
シーラも思わずヤツの上を離れたぐらいだ。
男の身体は明らかに異常な痙攣を起こしていた。
首の骨や背骨がへし折れてしまってもおかしくないほどに、背中を仰け反らせ、後頭部を何度となく石畳へと打ち付ける。
「何が……起こっている……?」
状況が理解できずに俺は呟いた。
どう対処したらよいものか分からない。それは俺もこの場に居合わせたアレックスくんの連れてきた兵士たちにしても同じようだった。
「オイ……! なにをやっている! このままではコイツ、死んでしまうぞ!?」
シーラだけが、彼を救う意思を持っていた。
しかし、流石の彼女にしたところで対応策が浮かばないのは同じのようだった。
打ち付ける男の後頭部からは鮮血が、白い石で舗装された広場の床へと血溜まりを広げていく。
水っぽい、くぐもった、硬質の物同士が打ち付けられる音が響く。
ぐちゃり。
と、硬質な音の中に別のものが混ざる。
その音が男の頭蓋から発せられているのだと思うと心底ゾッとする。
外れそうなほど大きく開かれた男の顎。
いや、あれは確実に既に外れている。
絶叫は既に消え入りそうな音量しか発せていない。
俺たちの見ている前で、断末魔の声は消え去り、残る吐息も遂には枯れてしまった。
最後に大きく全身を緊張させ、そのまま男の身体は力を失った。
「――死んだ、のか?」
俺たちはただ立ち尽くす。
つくづく無能な俺はバカみたいに。
これでは、エドワードとの繋がりを吐かせる事もできなくなる。
いや、それ以前に……
なぜ、コイツは死んだんだ?
それも――、
この死に様は、なんのだというのだろう?
呆然とする俺たちの眼の前で起こった、犯人の不可解な死。それが、この事件の最悪の――幕引きだった。
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