第34話 正義の貴族

「落ち着いてくださいよ。騎士団長さん?」

「!? 貴様……」


 正義の貴族アレックス・ウェルズくんが二人に割って入ると言った。


「問答無用で切り捨てるのはあなたの高貴なる騎士道精神に反する行為なのではありませんか?」


「そうだぞ! 暴力反対!」と、レオンハート。

「お前はややこしくなるから黙っておこうな……?」


 俺は隣の小娘の口を両手で塞ぐ。

 アレックス・ウェルズ卿は抜身の剣を手にした騎士に対しても、怖じ気付くことなく続けた。


「ここはひとつ、僕に免じて、どうかその刀を収めてはいただけませんか?」

 物腰も穏やかにアレックス・ウェルズ卿は仲裁に入る。一方の騎士団長は鋭い瞳をより一層尖らせ、人を殺さんばかりの視線で少年を睨みつけた。


「このようなこそ泥や黒髪とつるむのはつくづく感心しないな、ウェルズ?」

「こう見えて素敵な方なのですよ、カイも、レオンハート卿もね。僕の友達に手荒な真似はよして頂きましょうか」


 なんだかいつになくアレックスくんがカッコいい。


「それ以上に、騎士団が大臣殺害犯と関係があるとはなかなか穏やかな話題では無いようですが?」

 しかし、続くその声には静かだが怒気が混じっていた。


「幾つか忠告しておくが、貴様の趣味に文句をつける気はない、しかし、下賎な民に毒されるのは他ならぬ貴様自身の立場を悪くするだろう。

 愚民共の戯言に付き合うのは〘元〙貴族の名に自ら泥を塗ることだ。

 付き合う友人は選ぶ事だよ、ウェルズの坊っちゃん?」


 対峙するドS騎士(悪い意味で単なる暴力的なド鬼畜である)はそんなウェルズ少年を嘲笑う。


「二人の……あるいは〘偽り人〙による……告発証言は信用に値しないと?」

「信用に値する証言には相応の身分か、あるいは物証が必要と思うが?」


 鬼畜騎士はもはやどこか愉しくもあるように続けた。


「つまりは、そういう事だ。訴えるならキチンと形式を踏まえてもらおう。尤も、それが出来ぬから、クロカミ族は今あるべき身分に……居るべくして居るのだろうが。

 全く、なぜワザワザ自分の信用を地に落としたいのか理解に苦しむよ、ウェルズ君? 付き合う人間は選びたまえ。貴様のその……悪食癖とでも言おうか……には虫唾が走る。クロカミ連中のような人間に感謝されたところで何になるのか。そもそも、あの連中に感謝などと言う高尚な心の持ち合わせがあるのかさえ私には疑わしいがね。

 民の上に立つものとして、後の歴史が正しいと判断するのは私か、お前か、あの殺された大臣か? よく考えてみるといい。

 私の意見を言わせてもらえば、エルドリッチ・ルーサー〘元〙大臣には味方が少なすぎた……いや、寧ろ敵を作り過ぎたのだろう。

 そして、貴様もまた『同じ道を辿る』可能性は……無いとは言えない、だろうな。いやなに、これはあくまで私の所見に過ぎないが……!」


 仄めかしを通り越して単なる自白にしか聞こえないのは俺だけか? 物語終盤にになって犯行内容から動機から全部自白する二時間サスペンスドラマの三流悪党かよお前。異様にサマになってるよ。普段からこういう時のための練習でもしてんのか。


 要約すると『それ以上追求するとお前も消す』である。よく言えたものだ。

 しかし、ただの脅しで済むだろうか? もしかすると、アレックス君はマズイ事態に足を突っ込みかけているのかもしれない。

 ……流石に、俺も彼の命を危険に晒してまで俺は『偽り人』……黒髪族……の権利を主張しても良いのだろうか……。


「おおっと! アレックス・ウェルズ卿とも有ろうお方が我々下賎な民のためにお怒りになられる必要は御座いませぬぞー! 白銀の聖騎士さまも、流石に上流貴族に剣向けちゃいけないんじゃないッスかねー? ここは互いにアレですよ! ノブレスオブリージュ? の、精神とか紳士協定とかで……こう! どうかおひとつ!」


 ……そこで間に飛び込むと、三流悪党以下である三流道化を演じる俺である。

 どうにかシーラの時以上に燃えている残酷騎士の怒りを誤魔化さねば。


 ……多分、一旦にせよこっちは引くべきなのだ。状況がこれ以上こじれない内に振り上げかけた拳など静かに引っ込めておくに限る……! 戦術的撤退! ここは一応退いた後、戦略を練り体制を立て直してからにでも再び対決すればいいのだ!(……それがいつになるのか知らんけど!)


 小心者と笑いたくば笑え。こちとらそれが処世術だ。俺も負け犬根性に染まってきたものである。

 ……いや、元から俺はそんなに勇敢な方ではないので、何か、例えば物凄い一発逆転みたいな展開を期待されても困る。


 ……ところで、大抵の作劇において、劇中に銃が登場すれば、その銃はいずれ発砲されなければならないと言うセオリーがあるのだという。

 しかし、ベルトと体の間に挟まった魔法銃を出番は与えない。我が愛銃は今まさに悲しみにむせび泣いていることだろう。

 いやマジで、断固として俺は撃ちたくない。拒否する。その一線を超えられるほど俺が修羅場慣れしているわけが無いだろう……!


「フン」と、嘲りと軽蔑とその他ネガティブなモノで一杯になった、ゴミ虫でも見るような目を俺に注ぎつつ鼻で笑うと、騎士団長はようやく剣を鞘に収めた。

 切り捨てるにさえ価しないと思われたというところだろう。周囲からも白い目で見られているのをヒシヒシと感じる。

 ……特にこの騒動の元凶たるシーラから。誰のせいで道化師を演じてると思ってるのか。

 しかし、このプライドが異常に高く名誉毀損的な事態に対してはキレやすいコイツは、確実にまたロクでもない喧嘩を売り始めるに決まっているので、俺は引き続き小娘の口を封じ続ける。


「モゴモ……ッ! ガリッ!」


 痛い。

 噛みつきやがったコイツ。


 そんな下層階級の寸劇をアレックス君は冷めた視線で見つめていた。さもありなん。庇おうとしていた人間がこんなプライドもへったくれもない人種だと分かれば熱も冷めるところだろう。


 しかしながら、死ななければコチラの勝ちなのである。


 今のところは。

 そのために失ったものは多い気がするが。

 特に俺の自尊心とか。


「失礼、どうやらボクは少し貴方を誤解していたようだ……」


 と、気づくとアレックスくんの顔にはいつもの穏やかな貴族スマイルが五割増ぐらいで浮かんでいた。

 よし。とりあえず和解ムードに持っていてくれそうである。物腰が柔らかく空気が読める……どこぞの自称騎士とは身分も品格も頭の出来も違うのだなぁ(小娘の口を依然押さえつけながら)。


「……ええまったく。本当に酷い誤解をしていたようです。この醜悪なブタ野郎」


 うん。俺の耳がいよいよおかしくなったのかな?

 満面の笑みを浮かべる貴族の口から、今、あるまじき言葉が飛び出たような……。

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