第5話 疲労と休息

 ■ 三度目も正直! ■



 平穏な日常とは古今東西関係なく突然終わりを告げるものだ。

 トラブルメイカーが消えたと思ったら、次はトラブルそのものがやって来るのだから神様が本当にいるなら一度顔面をぶんな殴ってやりたくなる俺の気持ちは肯定はされずとも否定されるものではないだろう。

 しかし、神様を殴ることは決定したがそもそも神様自体が存在するのかも怪しいところだ。

 天魔を創り出したのはカルデアの民で正確には違うが、神様と似たような性質を持つのにぐうたらと昼間から寝て、人の金を盗んで使うような天魔を見ているとこの世の神様も神様(笑)な気がしてきて心底不安だ。

 ただの村人だった俺がどうしてこう次々と不幸な目にさらされるなければならないのだろうか。

 神様とは主人公を口引きで決めてしまうようなギャンブル中毒者なのかもしれない。


「現実逃避は済んだかの?」


 と、じーさんは無精ひげを撫でながら俺に声をかけた。

 何でもばーさんは別件で現在島を離れているらしく、今日は珍しいことにばーさんに変わってじーさんが監視係だ。

 相変わらず、至近距離だと筋肉が盛りやがりすぎてじーさんの顔が見えねぇ。


「また、鎖門ゲートが現れたんだ。そりゃ、現実逃避ぐらいしたくなるだろ」


 二度あることは三度ある。

 肌がひりひりするような魔力の渦を感じてる俺は天魔が持つ魔力密度の高さに改めて驚く。

 普通の人間では決して太刀打ちできない魔力の多さと一人一人が人間を容易く踏み潰せる巨体を併せ持つ超常的な生物。

よく島の人たちは無事でいられたな。

 今更ながらこんな化け物が六人も封印されてるんなんてマグナカルタはとんだ魔境だ。

 

「今回も天魔の封印が解かれた。後、数分もすれば完全に現界する。今の内に戦闘態勢を整えておけよアカリ」


 じーさんに武器を剣からハンマー、加えて鉄バットからドリルまで意味不明な武器を含めて教え込まれた今じゃ、どの武器も一様一人前には扱えるようにはなった。

 なったのはいいのだが、覇刃鬼とエンリルの時もそうだったけど俺、一度も武器を持ち込めてないんだけど?

 あんだけ、必死こいて修行したにも関わらず一度もその成果を発揮する以前に武器がないんだ。

 だから今回こそ持ち込んでも……駄目ですかそうですか。

 だったら、「実際にその身に刻んだ方が覚えといた方がいい」とかいって武器の錆びになった俺の立場はどうなるだよ。


「な~に、ちゃんと理由がある」


「ホントかよ」


「ホントじゃよ」


 だといいが、これで修行した意味がサンドバックにされただけだったら承知しないからな。

 俺がそう思った直後に、ガチャリと開口した鎖門から溢れ出す魔力共に天魔が島に降り立った。

 復活ばかりの天魔特有の行き場を彷徨う魔力の激流が少し離れた本島にいる俺にも伝わった。

 覇刃鬼とエンリルにもそれは伝わったようだ。


「クンクン。この鼻につく魔力は……あの女か」


「……僕は少し苦手だな、あの人」


 昔の仲間でもあって、すぐに分かるようだった。

 女、女性……か。

 俺は天魔初の女性天魔の登場に正直胸の高鳴りを止められなかった。

 主に常識人として、癒し系女子の登場を期待せずにはいられない。

 道草家は問題児のクソ天魔を抑制できる人材と常識人と癒し系人物を随時募集です!


「オイ。あの女は土属性だ。このキザ野郎とやった時に換装した≪シミターフォーム≫は火属性。あんま相性良くねぇぞ」


 あの、天魔?何それ美味しいの、だった覇刃鬼がまともなこと言ってるだと⁉

 これは天災の予兆か?

 あ、目の前でもう天災起こってたわ。


「ちょっと、誰がキザ野郎だって……!」


「何だと?キザったらしいナルシストを分かりやすく四文字にまとめてやっただけでもありがたく思え!」


「こんの赤ダルマ!」


「誰が赤ダルマだ!それに、オレのことは“き”を鬼と書いて“兄鬼”と呼べと何回言ったら分かるんだッ!後輩!」


「チュートリアルの説明しかできない村長的ポジションの赤ダルマを『兄鬼』って呼ぶきにはなれないね」


「゛あ? ナルシ、今何か言ったか?」


「べ~~~つに」


 この二人はどうにも相性が悪いようで時々こういった衝突が今までにもあった。

 ケンカしては器物破損の請求が毎度俺の所に届けられるが、天魔の責任は村ぐるみで道草・アカリに請求しましょうなんていうルールでも作られたのか?

 

「ふん。ま、いいか。オイ、エンリル」


「?」


「お前のアブソーブキーを渡してやれ。じゃなきゃ、あの女を倒せねェーかもしれないからな」


「……まぁ、それなら構わないけど。僕も主がこんなところでゲームオーバーなるのは望む所ではないからね」


 覇刃鬼の言葉に賛同の意を示し、エンリルはアンズーの口にくわえられてたバックから緑色の光沢をした風鍵ウィンドキーを取り出し、俺に渡した。

 風鍵の頭の部分には十字形を模したエメラルド色の宝石が埋め込まれている以外は、全体的に古めかしいフォルムと塗り潰された白骨色が一般的なマジックアイテムとはまた違った異臭を放っている。


「≪シミターフォーム≫に変性フォームチェンジした時みてェに風鍵を使って、エンリルのクレストボックスを開口すれば土属性に相性のいい風属性に変性できる」


 は、覇刃鬼……お前!

 信じられるか?昨日まで二日酔いで寝込んでた天魔(笑)の覇刃鬼が財布程度しか認識されていないないと思っていた俺を気遣ってるんですけど。

 エンリルも最近アンズーが俺に懐き始めて、陰からもんの凄い眼力でめっちゃ睨んできてたからこんなに簡単に渡すとは思わなかった。

 穀潰しでナルシストの露出狂な問題児だと思っていたが、それ以外は案外いい奴らなのかもしれない。

 帰ったら、覇刃鬼のお小遣いを10バリスから100バリスに上げてやろうかな。


「よし、これでオレ様の小遣いが上がるかも(小声)」


「ふふ。これでアンズーの僕への好感度はウナギ上り。あんなフツメンな彼に僕の愛鳥アンズーは渡さん(小声)」


「このまま意識を今回の天魔に向ければ、今朝オレ達食べたチョコレートがバレずにすみそうだ(小声)」


「そうだね(小声)」


 ボカッ────!!


「「ガハァッ⁉」」


「俺の感動を返せ。このゲス共」


 ねー、聞いた?

 俺が楽しみにとっておいた秘蔵の高級チョコレートをこのゲス天魔共は俺に黙って盗み食いして、あわよくば騙そうとしたそうだ。

 ありえねェー。秩序の番人とかいう御大層な二つ名を持ってる天魔が俺にはただの悪がきにしか見えないんだが。

 おい、カルデアの民。お前たちが創った天魔が天魔(笑)になって、威厳もクソもあったもんじゃないぞ。


「ッたく!もうやってられるか!こんな天魔(笑)な奴らばかり相手してられるか。ど~せ、その女性天魔もこのゲス共みたいに威厳を金に換金するような奴なんだろ?もう嫌だ!俺は帰るぞ!誰が何と言おうと帰るったら帰るからな!」


 使命?義務?そんなもので命は買えねェんだよ!

 痛て。何か分厚い鉄板に当たったような衝撃が……。


「──わしが、帰すと思うかの?」


 荒ぶる俺が復活した天魔とは逆方向に歩き出そうとすると背後にいた筈のじーさんが仁王立ちしていた。


「ファッ⁉な、何故じーさんが俺の目の前に⁉」

「甘いな、あれは残像だ」

「ウェイ⁉」

「チェストッ!!」

「ゲボォ⁉」


 じーさんの正拳突きをまともに食らった俺は慣れ親しんだ気絶する感覚が身体を襲い、目覚めた俺の視界が暗転すると、そこには最早お約束のように巨大な人間、天魔がいた。

 しかし、覇刃鬼とエンリルとは異なる点があった。

 それは、


「あら、目覚めた?」


 一つ目は男性型の天魔ではなく女性型の天魔だということ。


「ん~ふっ」


 二つ目は二人に比べるとあまり好戦的なタイプではないこと。


「目覚めたなら裸の私を見て!そして刮目なさい!仙人もただのエロジジイに変えてしまうほどのエロい私をエロい目で嘗め回すように!というか火照ってるの!欲情してるの!雌豚の発情期なの!エロいでしょ!素敵!」


 三つめは彼女がで、どうしようもないだということ。


「だ・か・ら、犯してもいいわよね!」


「嫌だ!!」


「答えは聞いてないよの!!」


「いっやああああああああああああああああああああああああああ!!!!????}


「うるさい!犯すぞコラ!」


 誰か助けてェェェェェェェえェェェええええええぇぇえええええぇぇぇええぇぇええェェェェ────!!!!



 ■ 人類、皆裸 ■



 やばい。あの女、マジでやばい。

 今回は本気と書いてマジで死ぬかと思った。色々な意味で。

 彼女──産まれたままの姿をハァハァハァ!と息を荒げながら御開帳した痴女もといビッチ天魔「ミラルージュ」にかつてないほどの危機感を感じていた。

 普段、ばーさんや天魔共の人間の限界を超えた地獄の修行を命からがらこなしているが、相手は地属性、それもやや特殊な花鳥風月かちょうふうげつを基とした魔法を扱えるらしく、凹凸な地面からは極太の植物が生えて触手プレイしてくるわ、木で創り出されたアンズーよりひと際小さい魔鳥が数十匹股間や尻を狙って突進してくるわ、森を創り出してはそのざわめきからエンリルよりかは威力は劣るが暴風を使って服を破きにくるわ、こんな趣味丸出しの魔法を対策してるわけねェーだろ!!

 何だよその魔法!わざわざ創り出した植物や鳥や風になんてことさせてんだ!

 人間じゃないから人権なんてないなんてことないからね?植物だって鳥だって風だって今を一生懸命生きてるんだよ?

 それをお前の趣味嗜好のために中年オヤジが考えそうなことに使ってんじゃねェよ!


 それと隙をついて俺にのしかかろうとしるな。デカいんだよ。

 おっぱいが?いや、違うから。身体の大きさのことだからね。

 軽く50mはあるだろお前。そんな巨体にのしかかられた日には地面に血液ぶちまけてぺちゃんこだよ。

 アカリさん、大地に還って自然の肥やしになっちゃるからね。俺が帰りたいのは家だから。行って帰ってこれないとかそんなの望んでないから。

 それともあれか、今は何の役に立たない俺だからせめて栄養分として社会貢献しろと言うのか。

 ん?のしかかりじゃない。あれは騎乗位?やかましいわ。

 騎乗位(物理攻撃)から騎乗位(股間攻撃)にシフトチェンジしてるだろそれ!

 お前はどこピンポイントに攻撃してるんだ。

 たとえ、万が一そうだとしてもその攻撃を食らったら俺は立ち上がれないから。再起不能になるから。

 は?立ち上がれないのは俺じゃなくて股間の方だァ?

 うるせいやい。意味合いが“立つ”から“勃つ”に変わってるだろ。

 てか、勃つ前に、色々とデカすぎて逆に萎えるわ。

 おっぱいとか一体標高何十メートルあるのって話だ。

 爆乳を超えてもうただの山だよ。バルンバルン山だよ。

 もう顔見えないからね?バルンバルン山の頂上は見えるよ?ピンクっぽい女の子にしかない頂上だけど。

 ばーさんから教わったロッククライミング技術で、掴んでは捩じって掴んでは捩じってをゴキブリ並みの素早さでバルンバルン山を登り切らなっかたら危なかった。

 捩じった際に喘ぎ声がどっからともなく聞こえたが、多分空耳だろ。


 変態で痴女でビッチの女体三点盛りの、え?こいつ本当に秩序の番人とかいう天魔なの?こいつの方が秩序乱してない?てか秩序じゃなくて痴女の間違いだろ!と言わんばかりの天魔(笑)だが、実力は当然と言うべきか、凄かった。

 地属性の天魔で大地を使役できるだけあって、今踏み締めているこの地面もミラルージュにしてみれば既に射程範囲内に踏み込んでいることとなれば、島に足を踏み入れた瞬間から彼女の攻撃は始まっていることに他ならない。

 逃げ出そうとしたら、ぶくぶくと生えてきた何十もの泥の手が足首を掴んできた時は、軽くホラーだった。

 前半のふざけた魔法はともかく、時折、マジで放ってくる地属性最上級魔法の≪ランド・ボルテックション≫は空からミラルージュと同じ全長50mはある巨大な岩の拳が雷電を纏って落ちてきては島が崩壊しかけるし、つると泥の手で身動きを封じて植物の巨根を使役して叩きつけてきては素手ゴロで受け止めなきゃいけない俺の身にもなれ。


 まぁ、勝ったがな。


 風鍵で無属性から風属性へ、荒れ狂う暴風を先導する風の戦士≪アルクスフォーム≫に変性フォームチェンジした俺は縛っていた蔓と泥の手を螺旋状に舞い上がる死神の風が瞬く間に切り刻む。

 重く薄く鋭利に形状変化した緑風の一閃はミキサーにかけられた果物のように強力な圧力に切り潰されたかのような荒々しさと残忍ざんにんさを兼ね備えていた。

 風という優しい言葉に騙されがちだが、時に台風タイフーン、時に竜巻トルネード、時には嵐のような災害レベルまで引き上がった風の姿は正に暴風と呼ばれる暴力的存在に変貌する。

 左手にはリムが刃となり、各部位を機械的なパーツで構成された弦のないアルクス──ウィングアルクスが握られていた。

 弦がないのはこの弓が飛ばすのは矢ではなく、魔力で形作られた矢だ。

 よって、この弓は近距離と遠距離の二つのスタイルで戦える。

 属性有利になった俺は右足に装着された『ウィンドアタッチメント』を軽く振い、ミラルージュが支配する大地そのものが彼女だと思い、その顔面を踏み弄るように風の恩恵で速度強化されたその力を一気に解放した。

 先程より2割強上昇した速度で接近する俺に土の剣や槍の群生を突撃させたり、『月』を除く花鳥風月の魔法を駆使し、極太の巨根やくちばしがドリルに変形した数十匹の鳥や大型の砂嵐などで攻撃して来る。

 しかし、脳筋戦法しかしらない俺は魔力でリムの刃で特攻しては斬って、土の剣と槍の群生が押し寄せてきても斬って、巨根も鳥も砂嵐が襲いかかって来たとしても斬って、何が来ても斬って斬って斬って斬った。

 結局、矢を放ったのはバルンバルン山を登山して、見事頂上に到達してマジ本気の≪ゲイルバニッシャー≫を顔面に食らわした時ぐらいだ。

 弓とは何だったのか。

 弓って近接武器だったんだな。


 自分の貞操をビッチから守れたことに胸を撫で下ろすが、覇刃鬼やエンリルと戦ったときよりもどっと疲れた。

 ビッチとド変態が組み合わさるとあそこまで面倒な奴に進化するのか。

 カータヴァルの換装を解き、地面に転がっているミラルージュのクレストボックスを拾い、帰ろうと思った矢先、俺はそこで大きなため息を吐いた。

 天魔を見事討伐したお陰で、貯まりまくった借金が今回の報酬分引かれるが、それでも5分の1程度しか減っていないのが現状。

 強力な居候を手に入れた代償が、生々しい財政問題とは世知辛い世の中になったものだ。

 ま、それはそうと、ミラルージュさんや、玄関に着いて早々全裸で出迎えるのやめてくれませんかね。

 死に物狂いで命と貞操を守って戦ってた俺が馬鹿みたいに思えてくるからさ。

 分かってたよ?どうせ、倒しても家に帰れば、ほら元通り!状態なことぐらい。

 でもさ、1mm程度の希望を抱いたって罰は当たらないだろ。

 二人で通常の3割増に借金が増えてるんだぞ。

 これ以上増えたら俺の借金は一体どうなってしまうんだ!?

 だがらビッチはささっとラブホにでも帰りなさい!

 え?晩飯の用意をしてる?次いでに洗濯も取り入れておいた?お土産に近場で掘れた金塊をくれる?

 ·····································································································································································································································────


「ようこそ道草家へ!我が家は貴方を御歓迎致します!」


「オイ。それでいいのか?」


 お金は大切だよね?



 ■ 休息 ■



 空の彼方から太陽が昇った時刻から数十分遅れて彼は島の外れにある牧場を訪れた。

 体の芯まで温めてくれる太陽の光と気持ちの良い風を感じならがら、少し伸びた草花を足でかき分けるように進む。

 進むにつれて牧場特有の獣臭さが鼻につくが、既に慣れているのでさして気にならないし、私がここで働いている考えるとその臭いも一生懸命頑張っている証拠だと思えるらしい。

 彼が早朝、太陽が昇り切って間もない時間帯にわざわざ村の外れまで足を運んだのにも理由がある。

 その理由は彼の家でもよく使っているミルクやチーズを朝一番に買いに来ることだ。

 この島の牧場は決して広くはないが、牛を数十頭飼うのなら十分な程度の広さがある牧場で村での評判もいい。

 この島のミルクは濃厚で後味がスッキリとした味わいで、チーズはギュッと凝縮された旨味としっとりとした食感にしつこくない味が料理に合い、村の食卓でのよく出されている。

 その牧場主の娘の私はそのことを嬉しく思うし、誇りにも思っている。

 だが、それよりも強く思っていることと言えば、多分彼のことだろう。

 ここのミルクとチーズには彼の家に居候している天魔?にもかなり評判らしく、覇刃鬼は酒に合うぜと酔っ払い、ビッチ(ミラールージュ)は美容目的でプロテイン並に毎日リスみたいに頬張って、エンリルに限っては「僕の牧場のチーズより美味いだと!?」と女に振られて布団で泣くじゃくるように頬肉がくしゃくしゃになった悔し顔をしていた、と愚痴ぐちってた。

「アイツらもここのミルクとチーズを買う用のお金だけは勝手に使ったりしないみたいで、俺としては大変助かる。俺がいつも買ってる牧場の娘がこの島でアイン以外で唯一といって言い友達のお前がいるのも頻繁に足を運ぶ理由の一つに違いない」

 その言葉を聞いて、頬に熱が灯り、ふと昔のことを思い出す。


 小さい頃、アインの母親が病死して、父親が行方不明してから外に出ては魔物も魔獣もデンジャラスなものを玩具で遊んでいたアインが「おままごとしましょ!」なんて普通の女の子らしい言葉を言った日は「そっか、明日世界滅ぶんだね!」と彼と二人して思った

 彼は女の子っぽくなったアインを見て、気持ち悪くてしかたなかったからぶん殴って野郎か、でも俺だと「やっだー!」とトンではなくズドンと押されて地面にめり込んだ現代美術アートの完成だなと悩んでいる中で、私だけは腑抜けたアインを森に呼び出してケンカの果たし状を投げつけるのだから賞状ものだろう。

 結果は確か────


「グレイ」


 思い出に浸っていると、彼の呼び声が聞こえ、私はすぐさま窓を乱暴に開けて手を振る彼の姿を捉える。

 この世界の空のように。死者を灰へと帰す焔の如く。

 その蒼い髪と強い決意と覚悟の炎が灯った蒼い瞳をした少女、私、「グレイ」は肉づきのいい体に実った二つの豊満な果実を窓の枠に乗せて、彼に言葉を投げかける。


「おはよう!」


「おう、おはよう」


 幸薄そうな顔に同年代とは思えないほど屈強な体をした彼、アカリは思い出の中と同じ昔と変わらない純粋な笑顔を見せながら挨拶を返した。

 はにかんで笑うその表情は私とアインが羨ましく思うほどにキラキラ輝いていてる。

 当の本人はそれに気付いていないが、それも彼らしい。

 私が彼を見つめていると、段々と顔をリンゴみたいに赤く染めて、身体を180度回転させた。

 どうしたのかと彼に質問すると、


「……服」


「え?」


 小声で漏らす彼に続き私は素っ頓狂な声を漏らし、そして瞬時にその意味を理解し、最近また大きくなって鬱陶しくなってきた胸に視線を落とす。

 牛飼い娘だからか、そのバストのサイズは正に牛乳うしちち

 そこには桜色のした突起物とその下には肌色の扇状的なフォルムと全体像が露わとなった脚美線が足の先端まで続いていた。

 産まれたままの姿。所謂、全裸。オブラートに包むなら自主規制案件である。


「あ、あわわわわ!!!!ご、ごめん!ついさっき目覚めたばっかで!」


 私は大急ぎで壁にかけている純白の下着を乱暴に掴み、彼から死角になる場所で顔だけでなく全身が熱くなってく感覚を覚えながら着替えた。

 彼とは幼い子供時代からの付き合いで、一緒にお風呂に入っていた仲でもあるが、全裸を見られるのはもう少しで20歳になろうという今でもやっぱり恥ずかしいものだ。

 そりゃ、本当に嫌というわけじゃないけど……何というか、準備不足だ。

 見るなら、もっと正々堂々と真正面からなら────


「はうぅっ⁉」


「何だ?いきなり奇声なんか発して」


「ううん。何でもないよ。ただのしゃっくりだから」


 裸を見られた後だから、行き過ぎた妄想をしたあまり、急に恥ずかしくなって奇声発しちゃったとは私としても女の子的にもとても言えない。


「え、しゃくりってそんなに可愛らしいものなのか?もっと鯉が滝登りをするみたいな声じゃないの?」


「お、女の子はそうなの!」


「マジか」


「うん。マジ。乙女マジだよ」


 自分でも何を言っているのか分からなくなってきたが、純粋な彼のことだ、きっと信じてくれるだろう。

 騙しているようで申し訳ない気持ちになるけど、年頃の乙女には譲れないものがあるのも確か。

 それが幼馴染なら尚更だ。


「へー、そうなんだ。女の子って不思議な生き物だな」


「あ、アハハ」


 ごめんね、と内心で謝る。

 今日はミルクとチーズの量をいつもより増やしておこうと私は心に決めた。


「それにしても、最近注文多くなったよね」


「まぁ。居候が増えたからな」


「ええと、確か天魔?なんていう物凄い人たちなんだっけ?」


「『人』って例えていいのか分かんねェけどな。それに天魔なのかも怪しいもんだぜ。アイツらの毎日の暮らしぶりと惨状を鑑みるに、天魔(笑)か天魔(仮)の方が似合ってる。なんなら、穀潰しだし」


「もう、陰口しちゃ駄目だよ?」


「分かってるって。お前に言われた通り、ちゃんと本人の前で陰口ならぬ陽口を言ってるよ」


「うんうん、よろしい。陰口は駄目だけど、愚痴は適度に吐かないと喉を詰まらせるからね」


「俺は吐きすぎて、もう何も出ねェよ。下の穴からしか出なくなっちゃったよ」


 そう言って、お腹をさする彼に苦笑する。

 彼の家に居候が増えてから胃を痛め、今では常時胃薬を携帯してるらしく、少しいたたまれない気持ちになるのは、アインがまだこの島にいたときも胃薬を常備していたのを自分が知っているからだろう。


「アインがいなくなって、寂しい?」


「まさか。清々してるに決まってんだろ。アインのせいで俺が一体どれだけの被害を受けてたかグレイは知ってるだろ?」


 嘘だ。

 けれど、私は口には出さない。

 昔と何も変わらない彼の言動が心地いいからだろうか。


「うん。一番身近にいらからね~」


「決まってお前は、いっつもアインの味方をしてたな」


「ま~女の子同士ですから」


「差別しないで⁉俺も平等に扱って⁉」


「それは、無理かな」


「何で⁉」


「……だって」


 ゆっくりと彼に背を向け、地面に向かってか細い声を落とす。

 アインの時もそうだったが乙女心に鈍感な彼の反応は相変わらずだ。

 アインなりに必死にアプローチしていたけど、その数々が空振りと勘違いに終わっていたのを憶えている。

 傍から眺めていたが、同じ女の子からしてみれば同情を禁ぎえないもので、それが理由でアインの味方につくことが多かった。

 しかし、彼は忘れているようだが、それ以外のことでは一番彼の選択や意見を尊重して、賛同していたのは他でもないグレイなのだ。

 彼はアインの味方ばかりと嘆いているが、アインにもお兄ちゃんの味方ばかりと怒られたこともあった。

 彼とアイン、どちらに肩入れするかと問われれば、考える暇もなく「彼だ」と言える。

 彼にも言ったが、平等には扱えない。

 何故なら、女はいつの時代も好きな男とそうじゃない人を差別する生き物だから。


「『だって』、何だ?」


「ううん。何でもない」


「何だそりゃ」


 肩を落とし、苦笑交じりの呆れた様子の彼を目を細め透かし見ながら、私は言う。


「朝ご飯、家で食べていく?」


「いいのか?」


「もちろん。大歓迎だよ」


「そうか?だったら、お言葉に甘えるかな」


「じゃあ、家に入ってリビングで待ってて。お父さんも直に牧場から帰って来ると思うから」


「りょ~かい」


 自分の家のように玄関をくぐる彼に微笑の笑みが自然と浮かび、こういうのいいな、と私は思った。

 胸の内に生まれた恍惚とした炎の温かみは、今日を生きていく肥料として私の足を前へと進ませる。

 何てことのない早朝の休息を今日は彼とめいっぱい楽しもうと、そう密かに秘めるのだ。


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