第36話 「……あれはお出かけじゃなくて、デートです」

「そういえば、椿子さん、桜子さん。隠れメイドってなにから隠れてるんですか?」

「唯子様、化粧水を塗りますから目を閉じていてください」

「ああ、昔坊ちゃまの婚約者候補様から果物ナイフを向けられたので、それからは全婚約者候補様から隠れております」

「ふわあ……って、ええ!? 大丈夫ですか? 怪我しなかったですか!?」

「はい、塗り終わりました。大丈夫です、向けられただけですし。坊ちゃまの近くに歳の近い女性がいるのが気に喰わなかったみたいでして」

「でも怖かったでしょう? 大丈夫ですよ、彩花さんはきちんと守ってくれますからね! わたしからもお願いしておきます!」


 世の中にはこわい人もいるんですねぇ。と心配げな顔で怖かっただろう気持ちを心配する唯子に、昨日からずっと無表情を貫き通していた椿子と桜子は眉を下げて少し唇の端を持ち上げた。怪我なかったんだ、よかった。ここまでは彩花にも言われたことはあるが、その心まで心配されたことはなかった。だから本当に、この人が坊ちゃまの婚約者になってくれたら。どんな嫌がらせからでも守ってみせるのに。ふとそんなことを考えた自分自身にも双子である互いにも同じく苦笑して、最後にチョーカーと薄青くコーティングされた大粒の真珠のイヤリングを小さな耳につけてドレスアップと。メイクとも言えないような軽く身なりを整えただけのメイクを完成させたのだった。


「ありがとうございます! 椿子さん、桜子さん!」

「「いえ、それではパーティーをお楽しみくださいませ。唯子様」」

「……ぼくだってまだ名前で呼んでないのに、お前たちはなぜ名前で呼んでいるんですか?」

「「唯子様から許可を頂きましたから」」

「仲よしさんなんです」


 途中割り込んできた彩花に、昨日のうちに名前を呼ぶ許可はとっている。というか、唯子自ら呼んでくれと言ってきたのだと、それを主張すると。彩花の目が激しく嫉妬に燃えたが。えへーと照れたように両頬を押さえてきゃっきゃっと言わんばかりに「仲よしさんなんです」と言った唯子に脱力した。本当にこの人の危機管理はどうなっているんだとため息をつきたくなる。なんていうか、力が抜けるのだ唯子と話していると。

 というか。


「……じゃあ、名前で呼ばないぼくは仲よしじゃないんですか」

「? 彩花さんは大仲よしです! 私の担当さんで、ファン1号さんで、初めて一緒にお出かけした相手です!」

「……あれはお出かけじゃなくて、デートです」

「そうでした!」


 すねたように唯子をまっすぐに見下ろしながら口を少し尖らす彩花に、面倒くさいものを見る目で見ていた隠れメイド2人は、もうデートをしたと聞いて目を剥く。付き合ってる感がないのに、デートとはこれいかに。まさか坊ちゃんが無理やり……と思ったが、どう考えてもその絵面は想像できなかった。というか、ただのお出かけと勘違いしている唯子とデート気分の坊ちゃんならたやすく想像できたが。

 デートです、と言われてそうでした! と驚き顔で口をぽかんと開ける唯子に((ああ、坊ちゃん伝わっていませんよ))と嘆きたく思った双子だったが。少なくとも唯子がデートと認識したことを嬉しく思っている様子の彩花に口を出すことはためらわれたため、貝のごとく口をつぐんでおいた。その間になぜか、彩花が屈んで猫のように唯子の顎の下を撫でていて、きゃーっときの抜けるような声で唯子がはしゃいでいた。そこで。


 ぴろろん ぴろろん ぴろろん


 彩花のスマホが鳴る。連続音からしてLINEではなく電話であることを知る。せっかく先生といい雰囲気(?)なのに! と思いつつそれをおくびにも出さずにスマホを履いていた紺のスーツのズボンのポケットから取り出して確認すると、小宮山からだった。出てみると。


「もしもし、小宮山さんですか?」

「そうです。センパイ、鳩目先生のマンションについたんで降りてきてくれます?」

「わかりました、すぐ行きます」


 ぴっと簡単な会話で電話を切った彩花だったが、その端的な会話でもう迎えが来たことがわかったらしい。というか携帯電話と違って、スマホ端末は周囲に電話の内容がもれやすい。

 唯子の方に視線をやると、隠れメイドである2人に薄い青の透けたショールをかけられていた。それについてお礼を言っては頭を下げ返されてと言った具合だ。らちが明かない。彩花は1つため息をつくと、唯子の小さな手をさりげなくとって。


「行きましょう、先生」

「はい! ……椿子さんも桜子さんも本当にありがとうございました!」

「「いいえ、こちらこそありがとうございました。」」

「ぼくが鍵を閉めるので、お前たちは先に屋敷に戻っていてください。では、エスコートは任せてくださいね、先生」

「よろしくお願いします!」


 元気に言ったチョコミントのプチケーキ風唯子に、綻ぶように甘い笑みを見せながら。つないだ手にそっと唇を落として、ばふんと赤くなった唯子に苦笑しながら部屋中の電気を消して、唯子からもらった合い鍵で鍵を閉めたのだった。なお、その際に双子の隠れメイドから彩花に厳しい視線が飛んできたことは内緒だ。


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