第28話 斜の返事
「んーっ! 今年の夏は暑くてイイわねー」
ジリジリと鳴き始めたアブラゼミの声を楽しむ様に大きく伸びをする由布子。すらりと長い手足を持て余すかのようなその動作が絵になるのは流石モデルと言ったところだ。
「探したわよー! 江東区の職人さんお家に行ったって聞いて追いかけてみれば、今度は東城大。で、東城大に行けば愛想の悪い受付の子とケンカになるしで、もー大変! 」
あけすけにモノを言う由布子とあの受付の女性の間でどんなやりとりがされたかは、分からないが、決して友好的なものではなかったのだろう。
「じいちゃんたちは、無事?」
状況は分かっていたのだが、柊悟は確認せずにはいられなかった。
「無事よ。ピンピンしてる。みんなからの
「言伝?」
ローリーの言葉を思い出し、
「それはあとでね! はじめまして! 私は阿部由布子。あなたが月野真咲さん? 」
姿勢を正した由布子が柊悟を手ではじくような仕草をしつつ、真咲に笑いかける。名前については音治郎から聞いたのだろう。
「えっ、あ、ハイっ! 私は月野真咲って言います。高二です。風子さん大ファンで、いつも『
一気に捲し立てるように言葉を繋いでゆく真咲。珍しい事に思いっきりテンパっている。公言通り相当なファンらしい。
「『
柊悟は質問を挟む。むろん、テンパっている真咲に間を入れさせるためのモノだ。
「シュウは男の子だから知らなくてもしょうがないかぁ。私がモデルをさせて貰っている女性雑誌よ」
「そういや、本屋で見た事あるな 」
曖昧な返答を見せたが実の所、柊悟は知っていた。なにせ毎月欠かさず目を通していたのだから。
「去年の10月号の『
真咲はオタク気質があるのか、好きな事になるとやたらと早口だ。
「あんた小さなコラムにまで目を通してくれたうえに映画まで見てくれたの? 嬉しいわ。あの作品、私のお気に入りなのよ」
「はい! 風子さんの紹介してくれた映画ですから、もちろん観ました!」
手を顔の前で組むように返事をする真咲はホントに嬉しそうだ。。
「ガチのファンみたいだよ。さっきも本屋で今月号見ながら『サマーセーターが素敵』だとか『肌がキレイ』だとか独り言を連発してたし‥‥‥ それより、じいちゃんたちからの言伝が気になるんだけど」
おそらく言伝とは木箱やその中身に関する情報だろう。民族学者の音治郎の更なる見解が聞けるのは非常にありがたい話だった。
「だからそれは『あと』って言ったでしょ? どこか静かな所でゆっくり話したいのよ。シュウたちはどこに向かってるの」
修悟の背中に感触の悪い汗が伝う。それをせせら笑うかのようにセミたちの鳴き声がひとつふたつと増してゆく。
「どこって聞かれてもさ‥‥‥ 」
「山中湖です!」
答えを渋る柊悟に対し、即答の真咲。
「いいわねー。夏の山中湖! 真咲ちゃん、私も一緒に行って良いかしら?」
「はいっ!」
「大学や仕事はいいのかよ? 」
またしても即答の真咲を諫めるように柊悟は言葉を挟む。
「仕事は3日程オフだし、大学は夏休み。あっ、‥‥‥もしかして邪魔? 」
『しまった』とばかり乾いた笑い声をあげる由布子。
「そんな事ないです。元々、カップルを装っているだけですから」
あっけらかんと答える真咲に、柊悟は軽い苛立ちを覚えた。
「へっ? そうなの。なんでそんな面倒な事してるの? って、まぁ、シュウらしいって言えばシュウらしいけど。んじゃ、後ろを尾いてきて! 抜け道を使えば、途中、丹沢湖で休んでも山中湖には5時には着ける! 言伝については休憩の時に話すわ」
言い終えると話は終わりとばかりに、Z2に跨りエンジンをかける由布子。柊悟はそんな彼女を見ながら、真咲に見えぬよう、ため息をひとつだけするとウラルのキックペダルを踏み込みエンジンをかけた。
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246号線をから県道を進み山北町に入ると、目に優しい緑が増えた。吸い込む空気から澱みが抜け、同時に体感温度も2度ほど下がった気がした。
ウラルでの走行距離も100キロを超えた事もあり、サイドカ―独特のハンドリングやアクの強いトルクにも幾分慣れ、柊悟は運転そのものはかなり楽しんでいた。
前を行く由布子は、本来スピード狂。少しタル目に感じるのは、引き離さない様こちらに気を使っているからなのかもしれない。
信号での停止を告げるZ2のブレーキランプ。倣うようにバイクの速度をゆっくりと落してゆく柊悟。
「暑くないか? 」
「…… 」
ゴーグルをあげ、隣の真咲に話しかける。
無言のままの頷き。
「もう少しで休憩地点の丹沢湖だから」
「…… 」
やはり無言のまま頷いて来る。どういう訳か機嫌が悪い。それは間違いないだろう。
「真咲ちゃん、もう少しで休憩だからね」
前に停車していた由布子がバイザーをあげ振り向くと微笑みかけてきた。
「はい」
さわやかな返事。どうにもわからない。柊悟は軽く遠くをみつめる。そこには丹沢山系特有の深い緑。
「柊悟、また単車の扱い上手くなったじゃない」
「どうも」
こぼれる様な微笑みを見せつつ声を掛けてくる由布子。それを静止出来ず柊悟は
-褒めてはいるが、次へと続く注意喚起への枕詞である事は分かっていた。ひとつ褒め、諭すようにひとつ注意をする。そう、まるで姉のように。4つ違う事もあってか常にそう。あの時もそうだったと柊悟は去年の10月の事を思い出す。
「シュウ、油断は禁物よ。この先は結構なカーブが続くし、勘違いした車が飛ばしてくるから」
ライダ―スーツが暑いのだろう。襟首のファスナーを少しだけ下げる由布子。妙に艶のあるその仕草を数秒見つめている事に気づき、柊悟は慌てて被りを振るう。
「了解。ソッチもあんまり飛ばさないようにね‥‥‥ ねぇ由布子さん、実は少し寝不足とかじゃないよね」
バイザーを下げようとする由布子に柊悟は気になっていた事を問いかける。
「えっ! 」
ヘルメットを被ったまま驚いた表情を浮かべる由布子。
「ウラルに合わせてゆっくり走ってくれているのは分かるんだけど、それでもなんか走りが、らしくないからさ」
驚く由布子に柊悟はなんとなく感じていた事を告げる。
信号が赤から青に変り、後ろから早く出ろとばかりのクラクション。バイザーを下げる由布子は『問題なし』とばかりに親指を立ててよこし、Z2のエンジンを軽く吹かすと前へと進んで行ってしまった。
「出るぞ」
柊悟は
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