第22話 園の弟妹

「お兄ちゃんだあれ?」


 3年前まで暮らしていた―――――― 

 その言葉に混乱気味の柊悟を呼び止める女の子の声。お下げ髪にクリクリの瞳。まだ小学校低学年なのだろう、言葉に変な探りやトゲが無い。


「えっ! 俺?」

 急な声と状況を整理中の頭だった為か、柊悟の返答はかなり間の抜けたモノとなっていた。

「そのお兄ちゃんは鳥飼柊悟って人だよ、珠子たまこ。真咲ねーちゃんの知り合いで、サッカーがスゴク上手いんぜ!」

 柊悟に代り自慢げに語ったのは先程まで、リフティングを教えていた少年・宏典だ。


「知り合いねぇ‥‥‥ 」

「怪しいよねぇ。あの真咲ねえが男連れだよ」

「今までどんなイケメンが告って来ても、秒でフって来た『月の住処いえの瞬殺姫』も遂に陥落かぁ」

 そう茶々を入れて来たのは一同の中では年長者に見える三人組。ひとりはハーフなのか、瞳と髪がアッシュカラーだ。


「すみれ、揚羽あげは、シャーリー! 子供たち前で変な事を言わないの! あなたたち年長者がそんな事を言ったら、みんな真似するでしょ! 」

 顔を赤めながらも両手を腰に当て、言い聞かせるその姿はお姉さん然としている。


の前で言わないで! じゃなくて、の前で変な事言わないでぇ! の間違えでしょ 」

「そうそう! 」

「しっかし、真咲姉ってのが良いんだぁ。意外だなぁ。なんか暗そうじゃん」

 こんなカンジでしかも根暗呼ばわり。それでも自然と笑みがこぼれる自分を柊悟は不思議に感じていた。


「あんたたちねぇ、柊悟はだけど…… 

「あっ! 名前呼び! しかも呼び捨て!  」

 言葉の揚げ足とりに真咲は眉間に皺を寄せ、こめかみに手を当てている。


「ねーねー、鳥飼さん、真咲ねえとは何処で知り合ったの? 」

「あっ、それ興味あるっ! あと、鳥飼さんからのアタックなんですか? 」

「どうやって、オトしたんですぅ? 」

 例の年長者三人組のその問いかけは、柊悟に対すると言うよりも真咲に向けての悪戯心であり、同時に信頼感、そして心の距離の近さのようにも柊悟には見えた。


「海辺でバイクに乗らないかって、ナンパした、いや、された…… だったかナ? 」

 柊悟のその答えに、周りの子供たちが嬌声をあげる。


「柊悟っ! あなたまで何言ってるのよっ! 」

「いや、俺は質問に答えただけで…… 」

「話がややこしくなるでしょ!」

「まぁ、その…… 」


 回答につまるそんな中、パンパンと手を叩く乾いた音が響く。


「はいはい、みんな騒ぐのはそこまでだよ! これから真咲はあたしと話さなきゃいけない事があるから、皆はその間にそれぞれの係の事をやっておいておくれ」

 太い腰に手を当て、満面の笑顔で子供たちにそう語りかけるひとりの中年女性。


「園長先生、あとでお姉ちゃんと遊べる? 」

「やるべき事をやったらね」

 一同の中でも一番背の低い少女が、その中年女性訊ねる。


「わかった。うららゴミ係がんばるっ! 」

「頼むよ。麗」

「うん」

「『うん』はトイレだって教えなかったけ? 」

「あっ、いけないっ! 『はい』だった」

「いいねぇ。麗は素直だからあたしも大好きだよ」

 園長先生はそう笑うと麗ちゃんの頭をやさしく撫でた。


「じゃあ皆行こうか」

 年長者三人組のハーフらしき女の子が周りにいる年少組に声を掛ける。

「まずは手を洗い、うがいだねぇ」

 年長組で真咲から揚羽と呼ばれていた少女が両の手をそれぞれ年少の子たちと繋ぎ建物の中へといざなう。


「ホラっ、宏典も行くよ!」

「分かってるよ、ねーちゃん」

 どうやら、もうひとりの年長者、すみれは宏典と実の姉弟らしい。


 年齢や性別、そしておそらくは生まれさえもバラバラであろう15人近くの子供たちの楽しげな後ろ姿と建物に見える『児童養護施設』の文字。そのアンバランスな景色に柊悟は顔を顰める。


「ここにいる子たちは、みんな私の妹であり弟なの」

 左隣りに立つ、真咲の呼びかけに柊悟は、ただ頷いく事しか出来ずにいた。


「難しい顔をしているわね」

 いつの間にか右隣に立っていた園長先生からの声掛け。

 まん丸の顔にパーマなのか寝グセなのか分からない髪型。それに腕まくりした割烹着姿が良く似合っており、見た目は園長先生というより、近所のおばちゃんだ。


「少し苛ついているせいかもしれません」

「何にだい?」

 ”児童養護施設”の名を冠するのだ。ここにいる子たちが家庭環境に、そして、親に恵まれなかった事は想像がつく。


「‥‥‥ 分かりません」

 浮かぶ言葉はどれも薄っぺらく、浅く、恥知らずだ。


「真咲が連れて来ただけあって、難儀そうな性格をしているねぇ」

 柊悟の言葉に園長先生は苦めに笑う。


「中に入ろうか。鳥飼さん、真咲」

「はい」

 園長先生に促され、柊悟は歩きはじめる。


 恐らくコレから聞く事になるであろう真咲の生い立ち、そして秘密。それを聞く事を何処か楽しみにしていた少し前の自分を柊悟は殴ってやりたい気分になっていた。



 *************************************


 談話室と書かれたプレートが掲げられている6畳もない部屋。そこは、古びたスチール製の机と椅子、それに申し訳程度の応接用のテーブルと椅子が置かれただけの狭い空間だった。部屋にある唯一の窓からは、アウラサイドカーを停めているコンビニが見える。

 対面には園長先生と真咲が椅子に腰を降ろしており、ふたりは少し前に職員の人が持ってきてくれた麦茶に口をつけていた。


「さてと、真咲。アンタの生まれについてを鳥飼さんに話したいって、事だったね」

「はい」

「自分自身の事だから、自分の口で語り、補足は私の方でする。それで、いいんだね? 」

「はい。お願いします」


 どこか心配そうな園長先生の言葉に頷いて返した真咲。そして、彼女はゆっくりと語りだした。


「柊悟…… 私ね、実は捨て子なの」


 

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