第3話 黄昏と共に



 あれから一年が経過した。一応、黄昏が終わって夜を迎え、また黄昏になれば一日が経過しているということは分かる。そして今日、目が覚めて見る黄昏はちょうど365回目。


 一年。本当にあっという間だった。僕はあれから色々なところを彷徨った。そして生きるために魔物を狩り、貪るようにして食べる。水は魔法でつなぎ合わせた木々などを組み合わせ、水筒にして持ち歩いている。魔物の肉も保存が利くように燻製にしたりなど、工夫もした。それだけバイタリティがついたにも関わらず、僕はどこかに定住することはなかった。



 移動し続けた。それはまた結界都市に戻りたいという想いからだった。また、立派な対魔師を目指したい。それが今の僕の原動力。でも黄昏の世界の構造は一年経っても分からない。どこまでも続く森に、荒野。それに地下水路のようなものもあった。そして村の残骸。人が住んでいたと思われる場所。さらには、言葉を話す魔物もいた。それは魔物ではなく、魔族の中でもゴブリンと呼ばれるものだが、僕を見るなりいきなり襲いかかってきた。



「やめてくれ……お、俺たちが悪かった」

「……仮に僕がそう言ったら、君たちは言うことを聞いてくれるの?」

「も……もちろんだ!」

「嘘だね。君たちは僕を惨殺したはずさ。こんな風にね」

「……グギャ!!?」



 僕は手に持っているナイフを突き刺す。と言っても、この場所からゴブリンの脳天には届かない。一年前に使用した幻影魔法。僕はあれを軸に、魔法を成長させて言った。そして、今使っている魔法の固有名称は『不可視インヴィジブル』だ。それは見えない物体をこの世に定着させるだけでなく、任意で消すこともできる。それをナイフに応用したのが、今使用している不可視刀剣インヴィジブルブレード。今はあまり大きな変化に対応できないが、これだけは今では呼吸と同じレベルで使える。



 そして、僕は襲ってきたゴブリンの群れを不可視インヴィジブルの壁で一箇所に集めると、そのまま不可視刀剣インヴィジブルブレードで次々と首を刎ねていった。


 この一年でよくわかった。この黄昏の世界は弱肉強食だ。強い者が生き、弱い者が死ぬ。それが絶対のルールだった。僕はこの世界でそれなりに強くなったと思う。でも、上には上がいた。半年前にはドラゴンを目撃したし、10メートルは優に超える蜘蛛も目撃した。皆、僕よりも強いのは間違いなかった。だから戦うことはなかった。ただひっそりとやり過ごし、逃げることに徹した。



 そしてある程度この世界のルールが分かってきて、僕は自分よりも弱い者には容赦しなくなった。いつかは、自分がこんな風になるのかもしれない。そう思うと、体が恐怖で締め付けられるようだった。未だに、恐怖心はある。一年生きたからと言って、明日も生きている保証はない。だから、殺した。皆殺しだ。ここで慈悲をかければ、次は自分の番が回ってくるかもしれない。


 そんな恐怖心から、僕は殺し続けた。生きるために、そして城塞都市に戻るために……。



「こ、この悪魔があああああああああッ!!」



 不可視インヴィジブルの壁に閉じ込めていたと思ったが、数匹漏れていたらしい。5匹のゴブリンが、短刀を掲げて襲いかかってる。


 でも、その練度では今の僕は殺すことはできない。



「……フッ」



 肺から一気に空気を吐き出すと、次の瞬間には5匹すべてのゴブリンの頭が宙に舞う。その表情は自分たちがどうやって首を刎ねられたのか分からないと言ったものだった。僕は不可視インヴィジブルだけでなく、新しく慣性制御の魔法も会得していた。慣性とは、外部から力を加えられない限り同じ運動を繰り返し続けようとする性質のことで、つまりは急に止まれないということだ。それを魔法により、無理やり制御する。



 普通は剣を振るったら、その勢いのまま流れてしまう。首を斬るという行為もそれなりの力がいるので、当然剣はより勢いに乗って流れる。でもそれを首を斬った段階で、ピタリと止める。そこからさらに、次の首を斬り落とし、あとは同じ要領を続けるだけ。



 生きるためには無駄を省く必要があった。そのため、剣戟の無駄を徹底的に省くために慣性制御の魔法を特訓して身につけた。自分の生死が関わっているのだ。僕はがむしゃらに練習をして、一年かけてやっと体得した。すでに実戦レベルでも使用できるようで、少し安心した。



 そして、ナイフを胸ポケットにしまうと思わず相手に話しかけてしまう。おそらく、誰かと話すことに飢えていたのだろう。



「ケンカを売る相手はよく考えたほうがいいよ。って……もう死んでいるか」



 そして僕はゴブリンが身につけていたものを剥ぎ取るとそのまま去っていく。気持ちのいいものではない。やはり僕は殺すことを心から楽しむことができるほど、壊れてはいないようだった。でも、やはり人は慣れてしまうものである。仮令(たとえ)コミュニケーションの取れる相手であっても、何の感情もなく殺せてしまう。



 僕は胸近くまで伸びきった髪をかきあげると、次はどこに行こうかと考えながら歩いていくのだった。




 ◇



「ダンジョンか? 噂には聞いたことがあったけど……」



 さらに北に進むと、大きな地下に通じる穴があった。これは結界都市でも噂されていた、ダンジョンという代物かもしれない。中は魔物の巣窟だが、最深部には目も眩むような財宝がある……そんな眉唾ものの話を信じているわけではないが、僕は行って見たいと思った。


 そしてダンジョンとは言い換えれば、迷宮である。つまりは迷って戻ってこれなくなる可能性もあるのだ。


 でも好奇心が先行して、僕は進んだ。


 大丈夫、やばいと思ったら戻ればいい。


 それがただの驕りだということを僕はのちに知ることになる。



「薄暗いな……」



 中に入ると、そこは冷たい空気が流れていた。そしてなぜか街灯も灯っており、誰かがいる気配がした。いや厳密に言えば、誰かではなく、何かだろうが……それでも、僕は何かの存在を感じ取っていた。



「人間!?」

「人間だ、人間だ!」

「みろ、人間が来たぞッ!」



 さらに奥に進むと、大量のゴブリンがそこにいた。先ほど外で出会ったゴブリンはここから出て来たのか……魔族の生態系もよく分からないな……と、そんなことを考えているとゴブリン達はニヤリと微笑み始める。



「人間の肉、久しぶりだぁ……」

「あぁ……人間の肉は美味いからなぁ。これで攫う手間も省けるってやつだぁ」

「キシシシシシッ! 人間、喰うッ!」



 それぞれが狂喜乱舞している。その姿を興味深く見ていると、すでに後ろには大量のゴブリンがいた。おそらく、途中の道に隠れていたのだろう。



「死ねぇええええッ! 人間ッ!!!!!!!!!!!!!!」



 その声を合図にして、およそ100匹ほどのゴブリンが大量に押し寄せる。



「……くッ!」



 今更ながら後悔する。この狭い中では、不可視インヴィジブルを有効に使えるのか? 不可視刀剣インヴィジブルブレードは刀身の長さを任意で変更出来るからいいものの、僕はまだ集団戦闘には慣れていない。今までは確実に勝てるように、状況を自分で作ってきた。


 だが今は、違う。今は僕が圧倒的に不利。地理的にも逃げるという選択肢はない。間違いなく、ここに生息しているこいつらの方が逃げ道も把握している。



「……不可視刀剣インヴィジブルブレード



 意を決して、魔法を発動。胸ポケットからナイフを取り出すと、それを任意の長さに刀身を伸ばす。



「はあああああッ!!!!!」



 そして、一閃。今の攻撃で、一気に三匹のゴブリンの首を刎ねた。だがここのゴブリンはよく訓練されているからなのか、怯むことはない。後ろのゴブリンは、不可視インヴィジブルで壁を生成してこちらに来れないようにしている。後ろからドンドンドンと、見えない壁を叩く音が聞こえるが今は正面の戦闘に集中すべきだ。



「人間、強いぞッ!」

「強い人間、美味いッ!」

「美味い、美味いッ!!」



 目の前に集中しすぎていたからか、僕はさらに後方からキラリと赤く光る物体への反応が遅れてしまう。


「くそッ! 矢かッ!!?」



 そう、飛んで来たのは火矢だった。かろうじて体を捻って避けるも、左腕に被弾。じわじわと焼かれる感覚は、かなりの痛みを伴う。



「ぐ、ぐううううううッ!!」


 そして突き刺さった矢を思い切り引き抜く。僕は抜けた矢をその場に捨てると、ぼたぼたと垂れてくる血を止めるために治癒魔法を発動。



「いまだッ!」

「や、やれえええええええええッ!」



 このゴブリンという魔族。非常に侮れない。個体それぞれを見れば大したことはない。だがしっかりと統率が取れている。攻撃してくるタイミングも、地の利を生かしたポジショニングも的確だ。



 人間ほどの知性はない。だから大丈夫だ……という思い込みは捨てるべきだった。僕は油断していた。この黄昏で一年も生き抜いて来たことが、無駄な驕りとなっていた。違う。僕は、たった一年しか生きていないのだ。しかし、こいつらはすでに何年も、下手をすれば何十年も黄昏にいるはず。ここは弱肉強食の世界。人間と異なり、同じ種族でも普通に殺し合いが起こる。



 つまり常時戦闘態勢で生きているのだ。



 僕は自分がそんな世界に生きていると再認識すると、思い切り深呼吸をする。



「スゥウウウウウウウウウ、ハアアアァアアアアアアー」



 そして、さらに一閃。そこから慣性制御の魔法を使って、さらに一閃。すでに僕の動きは止まることはない。的確に、近くにいるやつから首を刎ねる。余韻などない、遊びなどない。首を刎ねた瞬間、慣性を止め、次の攻撃へと移る。まるで一つの演舞のように、的確にこなしていく。



 そうだ。これこそが、黄昏の世界で生きるということなのだ。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」



 終わった。戦闘時間にすれば、一時間にも満たないだろう。でも、それ以上に強敵だった。今までのどの魔物、魔族よりも強かった。



 そして僕は改めて、この世界の厳しさを痛感するのだった。

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