夜盗

 

 鳥がさえずるような音で目が覚めた。うるさい鳥だ。焼くぞ。


 と、思ったら魔王様から預かっている魔道具の音だ。


 魔王様は念話を使えないから、魔道具で代用している。会話するときはこのボタンを押すはずだったな。


 ボタンを押すと、『フェルかい? 寝てた?』と、魔道具から魔王様の声が聞こえた。


「いえ、起きてました」


『そう? ちょっと村を調べていたのだけどね、どうやら、この村は夜盗に襲われていたみたいだ』


「夜盗ですか」


『うん。人をさらって奴隷商に売りつけるような悪い奴らだね』


「もしかすると、殴っても平気な奴らですか?」


 たしか、協定では人族の法に従っていないような奴らは殴ってもいいはずだ。


『そうだね。ただ、殴ってもいいけど殺さないようにね。殺しちゃうと魔族のイメージが良くないから。じゃ、あとは任せるから夜盗たちを制圧しておいてね。僕は徹夜で調べていて疲れたから寝るよ』


「畏まりました、おやすみなさいませ」


 どうやら魔王様は、村を調べていてくれたみたいだ。そして相手は夜盗。殴ってもいい奴らだ。とはいえ、間違ったら大変だ。念のため、確認しておこう。


 この小屋にはロープで縛られて、さるぐつわをされている女子供が多い。多分、夜盗じゃないと思う。こいつらに聞けば問題ないだろう。


「確認したいのだが、おまえらは夜盗に捕まっているのか?」


 皆が頷いた。


「ロープで縛られていない奴らが夜盗でいいのか?」


 また頷いた。


「そうか、じゃあ、ちょっと暴れてくるから大人しくしていてくれ」


 言い終わった瞬間に扉を開けて男が入ってきた。こいつは夜盗だろうな。


「おい、お前ら小屋を出ろ。いいところに連れて行って――てめぇ、何でロープから抜け出ている!」


 昨日の奴だ。よし、殴ろう。


 ……いや、ちょっと待とう。コイツ弱すぎないか? 普通に殴っても死にそうだ。殴ってもいいけど、殺しちゃいけない。見た感じワンパンでお腹に穴が開きそう。これは罠だ。


 どうしよう? 手加減というのはどうすればいいのだろうか? 腕一本ぐらいなくなっても大丈夫かな? 死んだら埋めるか? 駄目だ、考えがまとまらない。そうだ、相手に防御してもらおう。


「お前は弱すぎる。魔法か何かで防御してくれ。魔道具でもいいぞ」


「何言ってやがる! まさか、てめぇ魔法使いか!」


 そう言っておっさんは剣を向けてきた。その剣で私に傷をつけるのは無理だと思う。でも、服が切られたら嫌だな。それに魔法使い以前に魔族ということに気付いてほしい。こんな立派な角があるのに。


 どうしようか困ったが、名案を思い付いた。自分に弱体魔法をかけよう。時間制限があるけど、多少は重ね掛けできるし殺す心配もなくなると思う。


「ちょっと待て。弱くなるから。【筋力低下】【筋力低下】【筋力低下】」


 これなら大丈夫だ。一撃で死ぬことはないだろう。死んだら事故だ。


「待たせたな。よし、来い」


 ……警戒して掛かって来ないな。普通、弱い方に先手を譲るものじゃないのか? 仕方ない、まずは牽制パンチだ。


 ……牽制なんだから躱してほしい。普通にパンチが腹に当たった。しかも意識を失った。


 おかしい。あの嫌な奴なら三回は切り返してきたはずなんだが。そこをカウンターするはずだったのだが予定が狂った。


 もしかして、人族ってかなり弱いのか? 弱いとは聞いていたが予想以上だ。


 これならスライムちゃん達に任せた方が良いかな。


 そんなわけで、スライムちゃん達を亜空間から呼び出した。


 いつも思うんだけど、亜空間から呼び出すといつも三匹でポーズをとるな。練習してるのか? あとなんで姿が幼女の上半身なのだろうか。そもそもスライムに性別はないけど、この姿を見たらちゃん付けしたくなる。


「この村で、ロープで縛られていない奴らを捕まえてきてくれ。殺しは厳禁。強そうな奴がいたら連絡しろ」


 三匹のスライムちゃん達は頷くと小屋を出て行った。


 しばらくすると何か悲鳴が聞こえてきた。やりすぎてないよな。


 とりあえず小屋にいた女子供達のロープを切って、さるぐつわを外した。


「あ、あの、ありがとうございます」


「気にしなくていい。私は魔族のフェルだ。人族と仲良くするためにやってきた」


「は、はぁ、そうですか……え、魔族?」


 怯えられた。


 というか、角を見て魔族だとわかってほしい。こんな立派な角は魔族でもそういないぞ。


 悲鳴が止まった。もう終わったかな。


 小屋の外にでると、村の広場に十人ぐらい山積みされていた。スライムちゃん達は物足りないという顔だ。


 誰も死んでいないから、問題はないだろう。


 小屋にいた何人かの女達が別の小屋に走っていった。もしかして、他にも捕まっているのだろうか。


 そうこうしていると、女達が入っていった小屋から男達が出てきた。皆、喜んでる。


 そしてナイスミドルなおっさんがこっちに寄ってきた。


「おお、あなたが村を救ってくれた方ですな。私はこの村の村長です。村を代表してお礼を言わせて頂きます」


「魔族のフェルだ。人族と仲良くするために来た。よろしく頼む」


「聞いてはいたのですが、本当に魔族なんですね」


「その辺の話はあとでお願いする。で、こいつらはどうすればいい?」


 山積みになった夜盗達を指して聞いてみた。


「冒険者ギルドの地下に牢屋があります。まずはそこに入れておきましょう。皆の者、コイツらを縛り上げてギルドの地下に放り込んでおけ」


 村長の言葉で男達が夜盗を縛って家に運び込んでいた。あの家が冒険者ギルドなんだろうか。よく見たら、確かに表の看板には冒険者ギルドと書かれている。魔界にはギルドってないからちょっと憧れるな。


「皆は一度家に帰り、体を休めてくれ。これからのことは別途、話し合いをしよう。世帯主は一時間後に私の家に集まってくれ」


 村長がそういうと、村人たちは私の方にお礼を言ったり、握手をしたりしてからそれぞれの家に帰っていった。


「ささ、フェル様でしたな。まずは家で色々話を聞かせてください」


 よし、ここからが友好的な関係を結べるかどうかの勝負だ。

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