氷雨

 北国の春は遠い。

弥生も中旬になろうというのに、朝から降り出した雨は、夕方には氷雨になり、やがてあられ粒となった。町を行き交う人は誰も、傘を差して、危なっかしい、覚束ない足取りで先を急いでいた。吹き付ける風が弱い傘を捲り上げ、人々の足を留めていた。

少女もまた、凍てつく風に翻弄される一人だった。彼女の軽い、華奢な体を、吹き飛ばさんばかりに冷風が踊った。捲りあがりそうな、頼りない傘の骨を一生懸命手で抑えながら、少女は道をゆく。


少女の、手袋をしていない素手に、氷の粒が容赦なく当る。氷雨は銀糸だ。否、針だ。細くて冷たい無数の張りが、血の気の失せた白い肌を刺す。


それでも、彼女は彷徨わねばならぬ。この寒空の下、少女の行くあてはないのだ。

夜の帳が下りる。もはや、誰一人として戸外をうろつく者はいない。少女独りが、無情な氷粒に嬲られている。一粒一粒は小さくとも、繊細な肌には大敵である。


氷雨は刺す。少女の体を刺す。氷雨は銀糸。そして針。すでに大事な傘も使い物にならぬ。先ほど、風に捲られて、脆弱な骨はあっさりと折れてしまったから。


少女の薄い肌に、細い真紅の筋が出来る。冷たいばかりで、痛みは感じぬ。


無数の、冷酷な無慈悲な氷雨が、少女の心臓を、破る。

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