ガラス玉

それは、無機質な光を湛えて手の中に収まっている。

何の変哲もない、ガラス玉である。

それこそ、ガラス細工屋で何千円かで手に入ってしまいそうな、

無個性極まりないガラス玉なのだ。


そんなものを、なぜわざわざ紹介するかというと。

この中に、時たま魚影が映るのだそうだ。


冷んやりした、空虚なガラスの海の中を。

一尾の魚の影がひらめき、横切るようにして消えていく。


それだけといえば、それだけの話である。

例えば見ると幸運が舞い込むとか逆に不幸が訪れるとか、

そういった話ですらないのだ。


ただ、魚が現れて、消える。


しかし、まだ魚の泳いでいるところをみたことはない。

初めのうちこそ面白がって、光に透かしてみたり様々な角度に転がしたりしてみたのだが、これといって変化もない。


そのうちに飽きてきてしまい、とはいえ、捨てるのも何となく惜しく、

今では机の上に鎮座しているばかりだ。


 その時も、偶々弄んでいただけだったのだ。ほんの弾みで、手が滑った。


ころり。


「あ」

床に落ちる刹那—


すい。


小さな、魚の影が玉の中を横切ったかと思うと。

がしゃん。

—玉は粉々に砕けてしまった。

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