第二話:斥候

 二人だけの建国宣言も終わり、早速始まる形ばかりの内政ターン。

 拓斗とアトゥは石造りの台座の上に座り、うんうんと唸りながら最初の一手を考えていた。


「マイノグーラは邪悪と破滅を司る平和を愛する温厚な文明だ。まずはそのことを踏まえて行動しないとね」


「ええ、その通りです我が王よ! つまり可能な限り他者から発見されることを避ける。これはゲーム序盤じょばんでの鉄則ですよね!」


「その通り、ここがどこだか分からないけどまずは誰にも見つからず情報収集が先決だね」


「はい! 流石我が王です!」


 楽しそうにキラキラとこちらを見つめるアトゥの視線に苦笑いにも似た笑みを返し、再度辺りの状況を確認する拓斗。

 彼らが座る石造りの台座から50メートルほどは草花のみが生える開けた場所となっているが、そこから先は木々がぎっしりと詰まっている。

 どの様な品種か、根は複雑怪奇に地面まで隆起しているので移動は困難を極めるだろう。

 木の高さ自体はさほど高くないが、残念ながら拓斗に木登りの技術はない。

 元終末病棟患者にその様な技術を求めることは無謀な要求ではあったが……。


(アトゥももちろん登れないだろうし、彼女を探索に出すのも心配だな……)


 通常であればゲームスタート時に拠点と探索ユニットが用意されるのだが、現状そのような存在は何処にも見当たらない。

 アトゥは戦闘ユニットに分類されるため、探索には不向きだ。

 そもそも現状の彼女は能力がかなり低く、万が一が発生することを拓斗は酷く警戒している。

 つまり、現状で打てる手は限られていた。

 だがそんな中にあっても可能な道筋は残されている。幾万にも繰り返されたゲーム内での行動が、拓斗にヒントを与えるのも時間の問題だった。


「しかたない、緊急生産を利用するか」


 ぽつりと呟いた言葉にアトゥがすぐさま反応する。


「緊急生産ですか……通常、各種ユニットは都市での生産行動を経て生まれます。一般資源である魔力を使って強引に作るのが緊急生産ですが――」


 声のする方へと視線を向け、伺うように瞳を覗き込んでくるアトゥに頷き返す拓斗。

 シミュレーションゲームである『Eternal Nations』には、いくつかのメインとなる資源とそれ以外の資源が存在する。

 "魔力"はその一つで、"食糧"、"資材"と並ぶもっとも慎重に管理しなければならない資源だ。

 この三つをメインとして様々な施設、ユニット、活動を行い国家を繁栄させていくのがゲームの基本システムである。

 その中で貨幣やエネルギーと似た性質を持つ魔力――これを使用することによって瞬時にユニットや建築物を生産するのが緊急生産と呼ばれる手法だった。

 だが便利なこの手法にももちろんデメリットはある。


「ああ、緊急生産は魔力効率が悪い。というかぶっちゃけぼっただよ。魔力を産出する手段を持っていない現状、あんまり使いたくはなかったんだけど……」


 ボリボリと頭を掻きながら大きなため息を吐くが、他に良い案が浮かばないのもまた事実だ。

 アトゥも腕を組みながらウンウン唸っているが、現状では何かこの状況を打破するような妙案も出てはこない。

 そもそもゲームとは違う状況であり、ここに来た二人が頭を悩ますのも当然といったところかもしれない。


「是非も無し、と言ったところですね。保有魔力はどの程度でしょうか?」


「ゲーム的に言えば200ぐらいかな。吹けば飛ぶね」


 資源は基本的に数値で表現される。これはゲーム的な発想ではあったが、拓斗はこの世界でも自然とその表現に順応できていた。

 もっともゲーム終盤で数万というレベルで動かす魔力が、現状たった200しか無いことに軽い目眩を覚えるばかりではあったが。


「200ですか、大事に使いたいですね。それでは何を生産しましょうか?」


「拠点の生産や魔力産出施設も考えたけど、まずは斥候せっこうでいきたいと思う」


 とはいえくだを巻いていても何も始まらないことは拓斗もアトゥも十分理解していた。

 共に歩む誰かがいるというのも二人が冷静になることができる理由の一つだったのかもしれない。

 自分たちが知らない世界に突然やってきたという異常事態に見舞われながらも、拓斗はとても滑らかに自らの行動を組み立てていく。


 彼が最初の一手として選んだのは情報収集だった。

 現状がどの様な世界かも把握はあく出来ない時点で迂闊うかつな行動は取れない。故に世界について知る事を選んだのだ。

 拓斗は視線を向けてアトゥに問う。問題無いか? と。

 返答は了。

 もっとも、拓斗に絶大な信頼を寄せている彼女がその判断に否を突きつけるはずがないのだが……。


「じゃあ緊急生産! ――斥候!」


 ともあれ、賽は振られた。

 かけ声と共に目に見えない力の奔流が拓斗の目の前に集まり、空間が歪み何かが現出する。

 はらから生まれる赤子の様に粘性を感じさせる出現を見せたソレは、ボトリと落ちると拓斗を見つめ、「ギェェェェェェ!!」と一声鳴いた。


 ベースは鎌の無いカマキリに似ている。

 だが足がカマキリのソレよりもいくらか太く、異様に長い。

 目はギョロギョロと左右非対称に辺りを見つめ、神経質そうに甲高い声を絶えず発している。


 これが拓斗が召喚した斥候ユニット――【足長蟲あしながむし】だった。


「キモイなぁ」

「キモイですねぇ……」


 開口一番自らが生み出した配下へ非難の言葉を放つ拓斗。

 アトゥも同じ感想であることから、破滅の軍勢であってもなおこの虫は歓迎すべき容姿をしていないらしい。

 何故かぷるぷると奇妙に震える足長蟲をしげしげと見つめる拓斗だったが、すぐに見飽きたのか見目みめうるわしい少女であるアトゥの方へと視線を向ける。


「そういや、アトゥはゲーム内で知ってるから慣れっこだったんじゃ?」


「私の場合もゲーム内の表示、つまり3Dイメージ的な認識でしたから……こうリアルにされるとちょっと」


「ふーん、じゃあ記念に触ってみる?」


「いやですよ! 拓斗さまが触ったらいいじゃないですか」


「僕だってイヤだよ!」


「じゃあなんで私にそんなこと言ったんですか!?」


「いや、なんとなく」


「我が王が意地悪するー!」


「ごめんって!」


 仲良く遊び始めた二人。足長蟲はその巨大な瞳をぎょろぎょろと動かしながら無言で佇んでいる。

 もちろん、彼――足長蟲としてはただ指令を待っているだけではあったのだが……。

 その珍妙な容姿と巨大な瞳もあいまって、何か二人の仲睦まじい語り合いをとがめられているようにも見え、はたと気づいた拓斗とアトゥは二人して同時に咳払いする。


「では足長蟲くん! 栄光あるマイノグーラの配下として命令を下す! ちょっと周りの様子を確認してきて。もちろん生命体との接触は極力避けてね。観察メインで」


「偉大なるイラ=タクト様を失望させぬよう、しっかり任務を完遂するのですよ」


「ギギギギェェェェ!!」


 鳴き声ひとつ、その後は昆虫特有の嫌悪感を抱かせる走りを見せながら森の闇へと消えていく足長蟲。

 その背後を見送りながら、拓斗とアトゥは様々な思いが込められたため息を吐いた。


「少し心配していましたが、ちゃんと配下ユニットとして機能しているみたいですね。拓斗様からはどのように感じます?」


「うん、視界とかも同調できるみたい。足長蟲が得た情報も自然と蓄積されるっぽいね。……はは、本当にゲームみたいだ」


 拓斗の脳内には自分を中心とした世界がまるで3Dマップの様に表示されている。

 足長蟲が探索を行っているだろう場所から順次マッピングされている様子を感覚的に理解し、あまりに出来すぎた現象に思わず乾いた笑いが漏れてしまう。


「ここまでは順調……ですか。そう言えば、魔力は如何ほどでしょうか?」


「これで魔力を100消費して残り100。初期の拠点開拓地を作るのに必要な魔力量が20、慎重に使っていかないとね」


「多少余裕があるとは言え、もう無駄遣いはできませんね」


 通常ならば適切な施設や時間、資源を必要とするユニットを強引に生産する場合、消費される魔力量も膨大となる。

 初期必須施設として設定されている《開拓地》とは違い、前提施設と資源が必要な斥候ユニットでは消費される魔力量も大きく変わってくる。

 当然、追加のユニットを生産する余裕など残されているはずもない。


「本当は戦力となる《戦士》を用意したかったんだけど、魔力的に無理な感じだね。流石に動きが取れなくなる」


「戦力に関しては私が頑張ります――と言いたいところですが、現状野生動物にも苦戦するので敵対勢力に遭遇したらほぼ詰みですね」


 現在、アトゥの戦闘力は3だ。非戦闘ユニットの足長蟲が1であることを比較しても、低い。

 これは戦闘系ユニット初期の《戦士》の戦闘力が3、野生動物ユニットである《オオカミ》が1.5であることからもよく分かる。

 つまり《汚泥のアトゥ》と呼ばれる英雄ユニット、そしてそれを擁するマイノグーラは、敵が出現した場合、その力量によっては一方的に撃破されてしまうという非常にリスキーな状況に立たされていたのであった。


「難易度高いなぁ……」


「い、いつものことですよ、元気出して下さい我が王よ」


 確かに似た様な状況は何度も経験した。ただしゲームで。

 現実ぐらいもう少し甘めの設定にしてもらっても良いのに、と考えてしまう拓斗。

 心配そうに励ましの言葉を贈ってくれるアトゥだけが、今の彼にとって唯一の癒やしだった。


 ◇   ◇   ◇


 時間は数刻ほど経つ。

 拓斗が放った斥候ユニット【足長蟲】も十全にその役割を果たしてくれているらしく、彼の脳裏にどんどん周囲の地形が送られてくる。

 彼らプレイヤーにとって、情報は何にも変えがたい資源だ。

 加えてこのような状況だ。それは黄金すら及ばぬ程の価値を持つ。

 知らずの内に抱いていた焦燥感と危機感が幾分和らいだのを感じた拓斗は、ほっと胸を撫で下ろしアトゥと情報の共有を図る。


「いかがでしょうか?」


「ああ、辺りの地形が大体掴めてきたよ。といっても森ばっかりだけどね、もしかしたらそれなりに深い森かもしれない。ちなみに足長蟲くんは野生動物や魔獣とも遭遇していない」


 足長蟲から送られてきた情報は、彼の安全を担保する以外はさほど興味を惹かないものだった。

 特にめぼしい物があるわけでもなくひたすらに続く森。

 もしかしたら近くに何か未発見の物があるかもしれないが、現状調査率はさほど高くないため不明だ。

 というのも足長蟲が勝手気ままに動き回っている為、脳内のマップは少々歪な形になってしまっているからだ。


「辺り一体森ですか……森地形は一般ユニットの視界を遮る効果がありますから隠れるには打って付けですが……。魔獣はおろか野生生物もいないというのは奇妙ですね」


「正確には食糧アイコンもない。まぁ暫く調査を続けるしかないね」


「お力になれず申し訳ございません……」


 眉を顰めて深々と頭を下げるアトゥ。

 拓斗の役に立てないことが心底不本意であるといった様子だ。

 まるで叱られた子犬のように落ち込みの様子を見せる彼女に、流石の拓斗も気がつかないはずがない。


「別に、アトゥは一緒にいてくれるだけでそれでいいよ」


 なんとか元気になって貰おうと選んだ言葉は、だが彼女にとってはクリティカルだったらしい。

 拓斗本人はそこまで重い意図を込めたつもりはなく、軽い感じで告げたはずだったが、受け取るアトゥは途端に顔を上気させ潤んだ瞳で拓斗を見つめ返している。

 拓斗はアトゥが自分を王と称え敬愛しているという事実をようやく理解する。

 彼女は、拓斗の言葉であればそれがなんであれ少々重く受け止めるタイプの性格だった。


「わ、我が王……私は今、凄く感動しております!!」


「そ、そう。それは良かったよ」


 ぐわっと近づいて来てからの尊敬してますオーラが拓斗を包み込む。

 純粋な好意を向けられたことがない彼だ、内心はドギマギだったが、それでもこうやって誰かと触れあいを持てることに喜びを感じる。

 それが例えゲーム中の英雄、破滅の軍勢の、破滅の英雄だとしてもだ……。


(アトゥって、邪悪な国家の英雄って設定なのに意外とお茶目なところあるなぁ……)


 キラキラとした瞳で拓斗を見つめるアトゥは、その特徴的な瞳を除けばもはやそこらの少女とさして変わらぬ天真爛漫さだ。

 元々は邪悪な国家の邪悪な英雄という設定だったはずだが、これほどまでに愛らしい性格であったことは拓斗にとっても少々予想外ではある。


(そういえば、アトゥの性格ってどうなってたっけ? 設定だと……)


 しばし考える拓斗。だが不思議なことに、アトゥというキャラクターがどの様な性格なのか、本来ならばゲームの世界観に深みを持たせるために設定されているはずの情報が一切思い出せなかった……。


「……さま! 拓斗さま! 聞いてらっしゃいますか!?」


「わっ! な、なに!? ごめん、ぼーっとしていた」


 疑問は途端に霧散する。

 目の前すぐそこまで近づいて顔色をうかがうアトゥに動揺した為だ。

 胸の高鳴りを気取られないように平静を装う拓斗に、注目が再度自分に向かったことで満足したのかアトゥも特に気がついていない。


「大丈夫ですか? 何かご気分がすぐれないとか……」


「いや、単純に考えごとしていただけだよ。安心して――ん? 斥候の足長蟲くんから連絡だ」


「それは良かったですが――斥候が何か見つけたのですか?」


 頷きしばし頭の中へと注意を向ける拓斗。

 視界の共有も何度か練習していたので難なく行え、足長蟲の視界が浮かび上がる。

 場所は木の上、落ちれば只ではすまないような高さから、慎重に眼下を見下ろす景色が浮かび上がる。

 ギョロギョロと絶えず動く視界により詳しくは判別出来ないが、集落らしきものと人が見えた。

 青みがかった病的な白肌、銀髪、特徴的な長耳。

 それは、記憶に照らし合わせるのならば、ダークエルフと呼ばれる種族であった。


「ダークエルフ、か。ここからそう遠くない場所だ。集落? 集まっているのが視える」


 目をつむり、変わらず浮かび上がる映像を注視しながら端的にアトゥに伝える拓斗。

 アトゥも主人をことさら邪魔するような真似はせず、得られた情報だけを元に推論をくみ上げる。


「さし当たってファンタジー世界確定ということでしょうか? ダークエルフは邪悪寄りの中立属性なので少し安心ですね」


 めぼしい確認も終わった拓斗は目頭を揉みながら視界共有を解除する。

 近くにダークエルフの集落が存在するという情報以外は得られ無かったが、それこそが彼らが求めていたものでもある。

 これにより現在彼らが訪れているこの世界について選択肢が大幅に限られた。

 とは言え、山積された問題が減った訳ではなかったが……。


「やっぱり『Eternal Nations』の世界なのかな? とはいえ万が一があるから慎重に行きたいけどね。善良なダークエルフってのもあり得る、ってか近いなぁ。これよその国家の《開拓地》とかだったら不味いぞ」


「初期から別国家と隣接となると面倒この上ないです……」


「クソ立地間違いなしだね……」


「その時は一緒に何処か遠くまで逃げましょう我が王よ」


「そうだなー、確かに逃げるが勝ち。マイノグーラは平和と平穏を愛するからね」


「戦争とか野蛮人がすることですからね!」


 あははと笑い合い、今後の方針を組み立て上げていく。

 最悪命の危険もあるのだが、まぁなるようになるだろうと拓斗は考えた。

 この様な状況にもかかわらずやけに冷静で、やけに楽観的なことに拓斗はふと違和感を覚えたが、それもアトゥが向ける尊敬オーラで掻き消されてしまう。

 結局、アトゥさえいれば何がどうなろうと彼自身それでよかったのだ。


「ということで方針の糸口は掴めた! まずはあのダークエルフを監視しつつ、もう少し情報を探ろうか。そして駄目そうな雰囲気だったら遠くに逃げよう」


「二人だけの逃避行ですね! 了解しました我が王よ!」


 えいえいおーと拳を振り上げて大げさに方針を決定する。

 まるでおままごとをする幼児のように子供じみた行いだったが、二人がノリノリであり止める者もいない為に問題無く継続される。


 ――その瞬間まで。

 アトゥが何度目かの拓斗への賛辞を述べ終えた時のことだった。

 ガサリと木々が揺れ、小枝が踏みしめられる音が鳴る。

 先ほどのぽわぽわとした様子とは打って変わり、毒蛇を思わせる鋭い眼光で音源へと振り向くアトゥ。

 拓斗もその行動に遅れて数秒、アトゥが向けた視線の先へと目を向ける。


「「あっ……」」


 そこにいたのは数人の集団。

 初めて見るはずの、だが少々見慣れた種族。

 拓斗たちがまさに先ほど相談していた、ダークエルフだった。





=Eterpedia============

【足長蟲】斥候ユニット


 戦闘力:1 移動力2

《斥候》《邪悪》

―――――――――――――――――

~~足は速く悪路を行き、目は良く遠くを見渡す。

    斥候としてはこれ程適性を持った生き物もいない。

      ただしその見た目と鳴き声を除けばの話だが~~


足長蟲はマイノグーラ固有の斥候です。

斥候は初期から生産できる偵察ユニットで、戦闘力は高くありませんが移動力が高く、広い視野を持ちます。

また、地形による移動力ペナルティを軽減することが出来ます。

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