第55話 告白と幸せの未来に

「ッ! そ、外眩しいですね……」

「えっ!? あっ、え……おそと……お外……?」

 後を追う形で出た斗真の言葉はーー告白などではなかった。

『澪さん、俺はーー』

 繋ぎとして明らかにおかしく誰だって違和感を持つであろう。

 今までに見たことがないほどに挙動不審になっている斗真はぎこちない笑みを見せてカーテンを閉めた。


「す、すみません。さっき外の光を入れようとカーテンを開けてしまって」

「い、いいのよ。気にしないで」

「……」

「……」

『外が眩しい』なんて、斗真が言いたかったことではないだろう。

 無言と言う名の気まずい空気が流れているのだ。

 手を繋いだあとの恥ずかしくて喋れないなんて甘酸っぱい時間ではなく、お互いに脳裏で別の話題を探しているような手探り状態。なおかつ先ほどのムードが残ってしまっている。


「と、斗真くん……」

「は、はいっ!? な、なんですか?」

「さっき、私に伝えたかったことは本当に『外が眩しい』ってことなの?」

「……」

 疑問形で聞いている澪だが、絶対に違うと断言出来た。

 澪には勇気を出せなかった。逆に想いを伝えてやる……なんて強い気持ちが。

 今自身が出来る精一杯が、この聞き返すという行為だった。


「澪さんなら聞き返さなくても分かっているんじゃないですか……? お、俺の言いたいことっていうか、気持ちっていうか……」

「そ、そこまで焦らしたのだから言いなさいよ……。もし、間違っていたら私が恥ずかしいじゃない……」

「……」

「……」


 再びの沈黙。時間にして10秒から15秒ほど。

 澪の心臓は痛いほどに激しく音を刻み、斗真はそれ以上の鼓動を鳴らしていた。


「……本当は今日、澪さんに告白をしようと思いました……」

「っ〜〜っ!!」

「男に誘われたとか、スキンシップを取られたとか、そんなことを聞いて澪さんを取られたくない気持ちでいっぱいになって……。し、嫉妬って言うんですかね、こういうのは……」

 斗真は澪に対する好意をゆっくりとした口調で伝えてくる。


「でも、今告白をするのは違います」

「違うって何が違うのよ……」

「今、澪さんに告白をしたら……澪さんは本当の気持ちで俺の気持ちに答えてくれないじゃないかって……」

「えっ……?」

「澪さんは優しい方です。もしかしなくても、自分のせいで俺に怪我を負わせたなんて考えていたはずです。だから……今告白をしたらその責任を取るように了承する可能性があると思ったんです。告白を断ったとしたも、澪さんは罪悪感をもっと感じてしまいます」


 斗真は真面目過ぎるのだ。

 澪のことをしっかりと考えているからこそ、告白したいという気持ちを必死に押し殺し、想いを伝えるだけという選択肢を取った。

 実際に澪が責任を感じていたことは本当のこと。斗真の言ってることに間違いではない。


「だから、俺が退院した時に……またお時間をいただけませんか?」

「…………バカ」

 斗真に聞こえないほど小さな声で澪は悪口を言う。無意識に顔は綻んでいた。


「もし、斗真くんが退院した時に私に彼氏さんが出来ていたらどうするつもりなのよ……」

「あ、え……それは、その……」

「よく言うじゃない。告白のタイミングを逃すと必ず後悔するって」

「そ、そこは澪さんに頑張ってもらうしか……ないです」

「ふふっ、なにそれ。自分勝手ね」


 斗真は胸が縮こまる思いをしているだろう。退院は約二週間後。それまでに澪が別の男性に告白をされたなら付き合う可能性があるのだから。

 逆に澪の胸がポカポカと暖かかった。これだけ大切に想われている。こんなのは初めてだった。


(斗真くんは自分の後悔よりも、私のことを優先して考えてくれた……)

 この事実に澪は真摯に向き合わなければならないと思った。


「……斗真くんは私のことを勘違いしているわよ」

 斗真には見えていないであろう“私”を伝えることが平等だと思った。


「斗真くんの言う通り、斗真くんに怪我をさせてしまったって自分を責めたわ。会わせる顔もないって」

「……」

「でも、責任を取るために告白を了承したりは絶対にしないわ。私は好きな人としかお付き合いたくないから」

「す、すみません。言い方が失礼でしたね……」

「あっ、別に私は怒っているわけじゃないの。ただこれを踏まえて聞いてほしかったってだけで……」

 その言葉が本心だと言うように両手を慌て慌てに振る。


「斗真くん。私の……あ、あの異名は間違っているの」

「看護科の天使……ですか?」

『コク』

 恥ずかしそうに澪は首を動かす。『天使』だなんて異名、自ら声に出せるほどの自信はないのだ。


「……わ、私はね、みんなが思っている以上に出来た人間じゃないの。不快だと思ったことは顔に出てしまうし、イヤな人にはそれなりの態度をしてしまう。大人になりきれてない。人よりも勉強しないと頭に入らなくて、お掃除も苦手な方なの……」

 まだまだ言えていないことはたくさんある。気付いていないだけで欠点はまだまだ出てくるだろう。


「お、想いを伝えてくれたのにごめんなさい……。ちょっと幻滅させたわよね……。完璧な女性じゃなくって」

 澪は完璧な女性に憧れを抱いていた。澪の母親がそうであったように。だからそうなれるように目指していたが穴だらけだ。

 もし、斗真が取り繕っていた部分を好きになっていたのならーー長いお付き合いは出来ないだろう。


「そのくらいじゃ幻滅しませんよ。それに完璧じゃなくて良いじゃないですか。……自己防衛は必要ですし、苦手なことは付き合った方と協力すればいいんですから」

「……斗真、くん……」

 何点満点の回答だろうか。真正直でフォローまでされてしまう。こんなに素敵な人に告白をされた事実に澪は自我が抑えられなくなっていく。

 どんどんダメな自分が、前に出てしまう。


『完璧じゃなくてもいい』

 全ては斗真が言ったこと言葉によって。


「そ、そこまで言うのなら……一つだけワガママを聞いてちょうだい……」

「はい……って、えっ!? み、みおさん!?」

 斗真はベッドに上半身を起こした状態であり、折れた腕に負担がかからないように吊るされて固定されている。なかなか身動きが取れるものではない。


「あのね……斗真くん」

 それをいいことに、澪はゆっくりとベッドに上がって四つん這いで斗真の体を跨ぎ、顔を急接近させる。


「ちょ、だ、駄目ですって! こんなところ見られたら……」

「カギは閉めてあるから……。面会なのだし」

「なっ!?」

「それより……一回しか勇気が出せないから、ちゃんと聞いてね」

 いつの間に!? なんて声に出す時にはもう遅かった。

 斗真の耳元でこう囁いたのだ。


「私は、今すぐにでも斗真くんの彼女さんになりたいの……」

「ッ!?」

『ビクッ』と斗真の肩が激しく上下する。


「責任を取るためでもないわ。私も斗真くんのことを好きだから……。私は……完璧なんかじゃないから……」

「ほ、本気……なん、ですか?」

「わ、私の顔を見れば分かるわよ……」

 耳元から顔を離す澪。斗真の視界には瞳を潤ませ汗顔さんがんさせ、これで本気じゃないと言われたらもう手の打ちようがないほどに唇を強く噛み締めていた。


「は、早く返事をして……。私と付き合うって言いなさい……」

 澪の不器用さがここで出る。言いなさいと命令形の口調だ。しかし、斗真にとってそれは澪が愛らしく思えるポイントでしかない。


「……はい。こんな俺で良ければ……」

「本当に付き合ってくれるのでしょうね……? クーリングオフは効かないわよ」

「それは俺の台詞ですよ……。澪さん」

「もう……っ」

 澪は思いの丈にギュッと斗真に抱きついた。斗真の背中に腕を回し、胸板に顔を埋めて付き合ったことを実感するように……。


「斗真くん……大好きよ……」

「俺もです……」

 静穏な病室で抱擁し合う二人。心臓の音が互いに伝わるほどに密着していた。


「こ、こんな時に利き手が使えないのは、すみません……」

 斗真が自由に動かせるのは左腕だけ。澪の背中に回せている腕は一つ、澪ほどに強く抱きしめることは出来ないのだ。


「斗真くんにもあるでしょ……。私と同じように出来ること……」

「同じように……」

「私……もっと斗真くんに甘えたいの……。と、年上なのは私だけれど今日だけは我慢してもらうから……」

 ハグをやめた澪は、ベッドに両手をついて斗真と同じ目線で止める。


「キス……なら、平等よ……」

「ッッ!? なっ!?」

「してくれないと、クーリングオフするから」

「ちょっ!? 逃げ場ないじゃないですか!!」

 未来構図が分かる瞬間であった。斗真はこの先、澪の尻に敷かれるとはまさにこのことになるだろう。


「早く……して。は、恥ずかしいんだから……」

「お、俺だって……」

「……クーリングオフ」

「わ、分かりましたって! そ、それなら……ち、ちゃんと目瞑っててください……」

「うん……」


 澪が目を閉じた瞬間に斗真も覚悟を決める。

 美しい色をした柔らかそうな唇に、斗真は優しく接吻をする。これからの幸せを作っていくような、甘い口付けであった……。



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