第13話 side七海と春。あの人について……

「ナナミ姉。オレが送ったメール読んでねえだろ」

 澪の友達である七海が自宅に帰ってすぐのこと。弟である春は待ち構えていたようにスマホを開いて歩み寄った。


「んー、春からのメール? ちょっと待ってね、確認するー」

 ぼふ、とソファーに腰を下ろした七海は間延びした返事をしながらスマホをいじり……顔を近づけた。


「あ、来てる来てる! あはは」

「あははじゃねぇよ!」

 ツボに入ったのか、太ももを叩きながら大笑いしている七海に強い口調でツッコミを入れる春。『早く見ろ』そんなメッセージを込めるように強い視線を送る春。七海にその思いがようやく届く。


「んで、なになに……。『ナナミ姉と同い年で佐々木ってつく苗字の人っているか?』……って、なにこのメール。いくらなんでも唐突すぎじゃない? 意味も分からないし」

ダチの斗真が、麗常看護大の相手からアプローチをされてるかもしれねぇってなったんだよ。それで斗真はその相手の苗字しか分からないらしいからナナミ姉に聞いたんだ。その人の正体を暴くために。で、どうなんだ?」


「同年代で佐々木って言えば……うん。みおちゃんしかいないと思うよ? 春も知ってるでしょ、『看護科の天使』のみおちゃん」

「そりゃ知ってる。クッソ美人だよな、あの人…………ってーー」

「「ーーは?」」

 二人して声をかぶらせ、顔を合わせながらまばたきを繰り返す。シンクロしたような動きは実に姉弟らしく、辻褄があった瞬間に両者間に疑問が生じたのだ。


「え、みおちゃんが春のお友達にアプローチしてるかもってどゆこと?」

「いや、佐々木って苗字が澪先輩しかいないってどういうことだよ」

「……」

「……」

 そして、なんとなく……なんとなくの自己解決によってこの状況を少しつづ理解していく七海と春。


「ねぇ、春。とりあえず整理しよっか! じゃないと話が進まないって!!」

「だ、だな!」

 数千のパズルがようやく完成……と言えるくらいの嬉々とした顔になっている七海。春の情報によって親友の澪が想い人にしていた行動が暴かれようとしていたのだ。


「つまり、みおちゃんがその斗真君にアプローチをしてるってことでいいのかな?」

「オレが聞いた話だと、澪先輩が斗真に擬似告白をさせたらしいんだよ。成績がどっちが高いかを勝負して、負けた方が勝った方の言い分を聞くってことで」

「なるほどなるほど。擬似告白……かぁ。それは完全に澪ちゃん狙ってるねー! だって澪ちゃん成績Sだよ、春の通ってる大学でいう秀だよ」

「あの大学でその成績取るってやばすぎだろ……」

『秀』なんて成績は誰でも取れるものではない。その割合は学年で5%あるかないか。そして、その成績を維持している割合は1%もない。澪は屈指の努力家。居残り勉強をして今の成績を保ち続けているのだ。


「澪ちゃんからすれば、負ける確率0パーセント、最悪引き分けの出来レース。抜け目のないところは流石みおちゃんだねぇ」

「そうなるよな! んで、斗真は優だったから負けたらしい。それで擬似告白をしたんだとよ」

「ほぉ、優ってこれまたすごいね。お互いに優秀じゃん。A判定ってなかなか取れるもんじゃないし」

 偏差値63の南国公立大学の『優』判定はなかなか取れるものではない。そして、偏差値69の麗常看護大学の『S』判定は特にだ。


「ナナミ姉はBだもんな」

「可の判定をもらってる春には言われたくないなぁ。看護大じゃC判定だし」

「一応は進学は出来るからいいんだよ。ってそんな話をしたいわけじゃねぇよオレは」

「春から言ってきたことなのにー」

 完全な理不尽を食らう七海だが、このようなことは一度や二度ではない。もう数えられないほどに起こっている。慣れっこだからこそ簡単に躱せている。


「ねぇ春。その斗真君って人、Barでバイトしてるでしょ?」

「なんでナナミ姉がそれを知ってんだよ……。いくらなんでも怖いぞそれ」

「まぁ色々あってねー。これで確信が持てたよ。えっと、Barの名前はなんていってたっけ……」

「【Shineシャイン】ってとこだよ。結構分かりづらいところにあるらしいから地図アプリを活用した方がいい」

「【Shineシャイン】ね。りょうかーい!」

 澪が気になっている人物の尻尾を掴んだ瞬間である。ニンマリと不気味に微笑む七海はもう楽しくて仕方がなさそうだ。

 

そう、七海は澪がBarに通っている理由を知っている。バーテンダーに会うためということを。


「あのさ、ナナミ姉に聞きたいんだけど、澪先輩ってマジで斗真のこと狙ってんの?」

「ごめんね、それを教えるわけにはいかないんだなぁー」

「はぁ!? なんでだよ」

「だってコレを教えたら、春がその斗真君にいろいろと助言するでしょ?」

地図アプリを起動し、【Shine】の場所を検索している七海はまぶしい光を覗き込むような目付きで春を見る。


「そりゃそうだろ! 澪先輩は斗真のこと好きかもしれねぇんだし、言ったほうが何かと進展があるだろ」

「甘いねぇ、恋愛初心者の春は」

「恋愛初心者言うな! 恥ずかしいだろ!」

「ふふーん。仕方がないから教えてあげる」

 形の良いあごに人差し指をあて、得意げな顔をする七海は自身の経験を元に話した。説得力はかなりのものである。


「助言なんてどうすれば好意を寄せられるか、意識を向けてくれるか、そのくらいのアドバイスでいいんだよ。わざわざ『好きらしいぜ?』とか言うもんじゃあないの」

「意味分かんねぇ……」

「簡単に説明するとこれは一番最初の壁でもあるんだよ、壁。個人の力でこの壁を乗り越えられなきゃ、付き合ってから大きな壁にぶつかってすぐ別れたりするもんよ。だから今は壁を越える練習をさせないといけないの」


 付き合っていくうちに、鬱憤や不満、焦りや心配などマイナスな感情が絶対に出てくる。それを乗り越えるためにも……お付き合いをする前、今の段階で好意を教えたりはしない方がいいというのが七海の持論である。


「だから、春は斗真君をいじるくらいにしときなさいっ! でも、相談をしてきた時にはちゃんと協力をしてあげること。いい?」

「分かったよ。……見守る方も見守る方でなんか面白いし」

「流石は弟。お姉ちゃんも一緒だよ、あはは!」

 姉弟ははやり似る性質にある。両親の血を受け継いで生まれてきているのだから当然といえば当然である。


「それじゃ、ウチはお風呂は入ってくるから」

「了解」

ソファーから立ち上がる七海は、「よいしょ」とおじさんらしい声を出してリビングから去ろうとする。

廊下に繋がる扉に手をかけた時、七海はからかうように言う。

「あ、ウチの裸を覗くなよー? この魅惑のボディーに」

両手を広げ、ムフフ! と得意げな表情をしている七海に春は反応を示す。


『ふっ』と鼻で笑った。


「こやつ……うちを小馬鹿に……。そんな最低な反応をするから彼女が出来ないんだよーだ!」

「うっせ」

 喧嘩しているように思うかもしれないが、これが海堂姉弟の日常である。こんな言葉が交わせるほど仲が良いのだ。


 そうして、自室から着替えを持った七海はお風呂場に着く。


「ふぅ……。この先、一体どうなるのか……」

 誰にも聞こえることはない。そう分かってるからこその独り言。衣服を脱ぎながら……七海はこんな声を漏らしていた。


「みおちゃんにはちゃんとした彼氏を捕まえてほしいし……噂の斗真君の偵察、、をしてみたいところだねぇ……」

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