第11話「生前葬」



「おれの、生前葬?」


 白装束に着替えた死刑囚は、聞き慣れない言葉を耳にして、ニヤッと笑った。それに合わせるように、法服姿の僧はひとつ頷いた。


「あなたはここに来て10年目だ。けれどいずれ、処刑の日を迎えることになる。その前に、あなたと関わりのある方々を集め、あなたの葬儀――生前葬を行うのです。準備は整っていますので、今から行きましょう」


 死刑囚は、黄ばんだ歯を見せつけるように笑った。彼は生前葬がどのようなものか、少しは知っていたのだ。死ぬための儀式であるが、実際には死なないこと。結婚式のようなパーティーのような会であること。


「そりゃあそりゃあ、ありがたいこった」


 僧は、手を掲げ、看守に合図を送った。部屋の正門が開く。


 そこから台車に乗って出てきたのは、大きな長方形の白い箱だ。蓋が開いており、死刑囚の前まで運ばれてくる。


「式中、あなたにはこの棺に入っておいてもらいます」


「え?」


 死刑囚は素っ頓狂な声を上げた。


「大丈夫です」僧は宥めるように言う。「この棺に入ったからといって、このまま刑場に運んで殺すようなことはしません。きょう、生前葬が終わったら、あなたを部屋に必ず帰します。それは約束します」


「ほんとうか?」


「ええ」


 僧は、仏像のような笑みを崩さない。


「棺のなかにはヘッドセットが入っています。蓋はモニターになっており、会場の様子を見ることができるのです」


「へへへ。ずいぶんといいことをしてくれるんだな」


「もう既に、みなさんがあなたの登場を待っています。行きましょう」


 死刑囚は、いそいそと棺の中に入りこんだ。ヘッドセットを装着した。マイクを口元に近づけて、親指を立てて僧に見せた。看守が蓋を棺に被せた。


「聞こえますか」ヘッドセットから、僧の声が聞こえる。


「ああ、良好だ」


「それでは参りましょうか」


 棺がゴトン、と音を立てて動きはじめた。

 外側からは大きめに見えたが、実際寝返りも打てないぐらいだな――死刑囚はそんなことを考えながら、モニターが起動するのを待った。









 ややあって、モニターが、会場を映した。そこには、菊に彩られた囚人の遺影があった。刑務所にはいる前の、生き生きとした写真が使用されていた。


 参列者は、みな真黒な喪服姿だった。沈黙が漂う大きな式場には、ざっと300人ぐらいの人間が見える。


 そこに、先ほどの僧が現れた。ゆったりとした足取りで、遺影の前に来る。棺はすでに花壇の下に据えられていた。


 僧は参列者に向かって一礼し、演台の上に立った。


「これより、生前葬を開式いたします。はじめに、黙祷をささげましょう」


 座ったままの人間たちは、深く頭を下げた。


 モニターは次いで、参列者たちの顔を、ひとりひとり映していった。両親、親戚、学生時代の友人、元仕事仲間、それからなぜか、昔付き合っていた女までいた。


 死刑囚は棺のなかで、おーい、と参列者に呼びかけた。参列者は顔色ひとつ変えず、両手を合わせている。ヘッドセットのマイクが入っていないのかもしれない。


 合掌している者たちのなかに、直近で見た者の姿もあった。彼が殺した人間たちの家族、彼を裁いた検察と弁護人、裁判官。誰もが彼に祈りを捧げている光景は、一種異様な感じがした。


「……お直りください。では、葬儀をはじめます」


 映像は、ふたたび会場全体が見える形になった。遺影、そしてその前に配置された棺が大写しになった。棺の置かれた台車のレバーが動き、棺を上に持ち上げた。棺の下にはクリーム色の液体が入っていた。


「被害者家族を代表して、加納キタさま、仏前へお願いいたします」


 そう言うと、長い白髪をひとつに結った老婆が、席を立った。杖をつきながら、棺の前に歩み寄ってきた。


 僧は、燭台の上にキャンドルを置いて、そこに火をともした。


 囚人の頭に浮かんでいた疑念が、ある明確な答えを呈示した。それを悟った瞬間、囚人は棺のなかで暴れ出した。


 ――死にたくない。おれはまだ死なない!


 絶叫しながら、モニターをバンバンと叩いた。だが無情にも、モニターは会場の様子を映し続けた。


 老婆は火のついた燭台を、棺の下部に運んだ。老婆は涙を流しながら、


「……死ね。地獄に堕ちろ」


 とだけ言って、キャンドルを液体の上に落とした。


 炎はまたたく間に棺の下に広がった。ヘッドセットから僧の声がする。


「これから炎はゆっくり棺を熱します。棺は、約三時間で五十度に達します。この後も炎は燃え続け、二十四時間後には四百度になるでしょう。彼は三人を殺しました。その報い、その痛みを、彼は知る必要があります――」


 そこまで聞いた囚人は、ヘッドセットを取り払おうとした。だが、狭い棺のなかで手を頭の方にのばすだけの余裕はなかった。


 モニターには、棺の下で燃え広がる炎が映し出されていた。男は発狂したように叫び続けた。だがその声は、棺に反響して、彼の耳に戻ってくるだけだった。


 ――なんでもする! だから助けてくれ! お願いだ! 助けて!


 少しずつ、温度が上がってきた。彼にはただ、叫び続けるしかできなかった。










「TMS?」


 長官は、聞き慣れない言葉に眉をひそめた。刑務官は、ひとつ頷いた。


「そうです、経頭蓋磁器刺激法。弱い電流を脳内に流すことによって、脳内のニューロンを興奮させる治療法です。――このたび、わたくしどもの研究チームが生み出したのは、電気信号の刺激によって、幻覚を生み出す手法なのです」


「それを懲罰に用いると?」


「おっしゃる通りです。これを使えば、従来の絞首刑よりも、はるかに強い苦痛を、脳に与えることができるのです。たとえば、火あぶりにされて、少しずつ皮膚が焼かれていく感触を――普段なら気絶して死に至るぐらいの苦痛を、調節して脳に送ることができるのです。そうすることで、死刑執行の日までの、死に対する恐怖を、何千、何万倍にでも増幅できる」


 それを聞いた長官は、深いため息をついて、


「そうかい。じゃあ近々試してみればいい」


 と、まなこを擦った。


「もう既に、被験者はいます。3年後に執行が確定している男です。5日前に磁器刺激を用いて『生前葬』を経験した男です」


「なんだと?」


「生前葬のあとは、点滴で生きている状態です。なにも喋らなくなりました。ただ、毎朝、看守の立てる靴音に脳波が反応しているようです」


 長官はそれを聞きとどけ、背もたれに深々と腰掛けた。


「それはあまりにも、非人道的ではないかね」


「長官。お言葉ですが――あなたには、親を殺された子の気持ちが、分からないのですね」


 刑務官は半ばどなりつけるように言い、さっさと部屋を後にした。


 長官は閉まったドアを一瞥し、首を横に振った。


 机に投げ出された企画書。そこには、「TMSを用いた刺激法の応用」と表題がうたれており、その右下に「加納シン」の名があった。





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