第5話「10年後のわたしからの一言」



 思えば、いまも、10年前も、わたしははぐれ者だった。けれど、あの事件がなければ、もうすこしだけ、まっとうな人生だったかもしれない。




 10年の歳月をかけ、すっかり固くなった校庭を、スコップが削る。寒空の下、みんながやがやと談笑しながら、楽しそうに笑っている。わたしはその光景を、ひとりで校舎から見つめている。すこしだけ、緊張を帯びて。


「な。新堂真美も、ここにいたらよかったのになあ」


「そうだな。でもさ、新堂はきっとどっかで、俺たちのことを見てるんだ」


「そうよ、あの子にはどこかでまた会えるよ。10年、20年先かもしれないけど――」


「ちょっと。そんな縁起の悪い話は……」


 みんなの笑い声が、一瞬だけ止まった。けれどその次の瞬間には、もうさっきと同じ、賑やかなみんなに戻っていた。


「お! 見えてきた!」


 スコップを握っている大柄の高田くんが、タイムカプセルを掘り当てたようだった。そこからは作業のペースが上がり、あれよあれよという間に大きな発泡スチロールが出てきた。



 みんなが教室に帰ってきた。が、みんなにはわたしが見えていない。当時の担任だった理科の須藤先生が、ビニールシートを教壇前に敷いて、発砲スチロールを開いた。


「ええと、では皆さん、お待ちかね。新校舎になってから、はじめてここに来た人も多いでしょう。ちょっと落ち着かないかもしれない。けどまあ、きょうは10年前を思い出しながら、これからのことを考えるいい機会です」

 

 箱の蓋を開けると、内部から小瓶がたくさん出てきた。小瓶にはラベルが貼ってあり、そこには名前が書かれている。須藤先生は、名前を読み上げ、片っ端から小瓶をみんなに手渡していく。


「それでは開けてください。10年前のみんなからの一言、が入っています」


 各々、瓶をこじ開け、中から手紙を取り出した。10年後の自分宛てに何を書いたのかを窺い知ることはできなかった。けれどみんな楽しそうに笑ったり、涙を流したりしていた。その様子を、教室の片隅から見ていると、ここに来なければよかった、という後悔にかられる。けれどこれを最後まで見届けたいという気持ちが、後悔の念に上塗りされていた。


「えー、それじゃあ、お楽しみの最中ですが、先に大事なことを言います」


 みんなの話し声はぴたりとやんで、全員が須藤先生を見た。わたしの鼓動は、喉にせり上がってくるほど、大きくなった。


「新堂さんの、ことです。タイムカプセルを埋めた直後、あの事件があって、それで、ぼくたちと新堂さんとは、離れ離れになってしまいました。けれど不思議なもので、こちらの世界と、彼岸とは、平行している、もっといえば、瓜ふたつなのです。最近気づいたのですが、この世界全体を構成する粒子は、絶えることなく、ふたつの世界を行き来し、平衡を保ったまま循環している。その結果、ぼくたちも近いうちに、ふたつの世界を行き来できるようになる。その時が来たら、最後のカプセルを新堂さんに渡しましょう」


 静寂につつまれたクラスルーム。わたしのカプセルは、教卓の上に置かれた。わたしはゆっくり、みんなの間をすり抜けながら歩き、カプセルに手を伸ばした。だが、わたしの手は、ふわり、とカプセルの間を抜けた。カプセルと手は透過していた。


 みんなの方を見やる。全員、須藤先生を見ていた。


「もうひとつの世界を体感できるマッピングは、今後10年以内に出来上がるはず。近いうちに、新堂さんに会いに行けたらいいですね」


 耐えがたい孤独感が、わたしの心臓を蝕んだ。わたしはクラスルームから飛び出して、校庭に出た。わたしは徹底的にひとりぼっちなのだ。どんな手段を使っても、永遠にひとりだ。


 玄関から飛び出して、真新しい新校舎がそびえ立つ丘陵を駆け下りた。わたしは、なんのためにここに生きているのか。答えのない問いは、きっと死ぬまで続けられるのだろう。けれど、死んでからもずっと孤独なのだろう、とわたしは思う。


 そのときふと、大理石でできた巨大なモニュメントが目に入った。いつも目障りなモニュメント。そこにはわたしを除いた、みんなの名前が刻まれている。須藤先生の名前も、高田くんの名前も。


 その一番上に、「世界平和を――新浜原発犠牲者追悼」という彫りこみがある。けれど、わたしにとってはどうでも良かった。結局、生き残りのわたしは、虚しく生きていくしかないのだから。


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