光の柱

1.作戦前の交流

 日付が日曜日に切り替わった頃、優人は静まり返った深夜の街をテスラで走っていた。

 まれに一般車両も通過するため警戒は不要かもしれないが、周囲への気配を抑えての移動。静音タイヤを履き、エンジン音もしないテスラには得意な芸当である。

『こちらスナイパー、幸運にも最適な射撃スポットを発見した。気象データ計算結果も良好だ。到着して確認次第、再度報告する』

 そう離れていない場所にいる鷹志の声が、ヘッドギアのスピーカーから聞こえてくる。

『了解した。こちら報告を待つ』

 陽香とマコト共に情報作戦室にいる丸雄の野太い声が続く。

 目的地は練馬区内にある中規模の流通センター。

 住宅街に隣接する場所にあり周辺は入り組んだ道路が多いため、目立たずに接近することは容易であった。これが遮蔽物の少ない開けた場所であったなら、テスラをかなり遠くに停めて徒歩での長い移動になっていただろう。

「こちらアタッカー、目的地を視認。これより外壁にジャミング機器の設置を行う」

 了解した、と再び丸雄の淡白な反応が返ってくると、優人はテスラを路肩に止め装備の確認をする。ワルサーppkやフォールディングナイフ等はいつも通り。

 しかし今回は、妨害電波の送受信機等が入った大型ショルダーバックと、持ち物が多い。

 さらに敵の状況が整っている拠点に攻めるため機敏な動作が求められるが、装備の防弾性についても無視できない。

 そこで今回、優人はプレーツアーマーという試作品の防護服を使用している。

 防刃繊維の上に、細分化されたセラミックプレートが何十枚と仕込まれており、これが胴体だけでなく四肢の重要な箇所を守る。さらに三重織りの伸縮素材を各プレート間に使うことで、関節の動きを阻害せず装着者の運動能力も維持している。

 加えて信頼性は高くないが、人体の活動電位を利用した筋力を強化する機能も備わっている。

 最後に、分厚いスーツの上からでややきついが左上腕に付けたキャスター。

 未だに具体的な機能もわからない代物だが、陽香の説明によれば「装備」として捉えるのはきっと間違い。今は彼女の言葉通り「相棒」と曖昧に思っておくのが良いだろう。

 一通り装備の確認も終わりテスラのコクピットを降りる。改造された扉の開閉音は一般車両より小さく、住民が寝静まった街中ですら音が広がらない。

 目指すは外壁に囲まれた流通センター。

 あの建物に、数週間前に爆破された《光の柱》発生装置の同型機がある。

 これはリベンジだ、絶対に確保してみせる。

 事前にあった作戦説明も完璧に理解しているし、一ヶ月前の作戦より心強い味方が一人多い。

 だから大丈夫。そう決意を胸に、物陰に身を隠しつつ優人は慎重に移動開始した。

その姿は、色が濃紺のプレーツアーマーと相まって、闇夜に溶けていくかのようだった。


********************


 作戦開始予定日の前日にあたる金曜日の夜、プラザホテル地下の秘密通路を進んだ先にある情報作戦室にはチームリングスの全員が集まっていた。

「それじゃ、これより作戦前の最終ブリーフィングを行うわ」

 いつもと同じ赤いジャージ姿ながら、ライトポインターをペン回しの要領で回転させつつ、陽香は大型スクリーンの前に立つ。

 二十五階にある司令室は一部の備品を除けば通常の客室と変わらない構造。しかし装備保管室と同じく、この情報作戦室は生活感が皆無でありストイックな印象が強い空間だ。

 床や壁は灰色一色、天井は配管類や通気ダクトが剥き出し、ソファや観葉植物等インテリアに類するものは一つも無い。

 しかし備品は司令室以上に豊富で、壁掛け用のディスプレイと対の操作パネルがいくつもある。他には通信機器群や長時間待機用の簡易ベッド、さらにその隣にはマコトが使用するオーダーとの接続を行うコントロールルームがある。

「まずは調査班からの報告について」

 部屋の照明が消え、陽香の背後にある大型スクリーンと、他の四人と一匹が座るテーブル型のタッチパネルディスプレイがハイライトされる。

「今回の《光の柱》事件の背後組織は、荒川オプトロニクスか富士デバイセズが濃厚……これは伝えた通りね。それで関連企業や機材の流動等を追ったところ《光の柱》発生装置は、あと二台あると推測されているわ」

 疑いのある背後組織はどちらも資本が大きく、高価な試作機でも何台か用意することは可能である。

「上層部は、二つの企業の経営陣へ圧迫を掛ける準備が終わったそうよ。東京二十三区の管理部隊には発生装置の回収命令が来てる。証拠品として発生装置を確保さえすれば、首謀者を特定し確保しやすくなる」

「そこまでいけば、ほぼ今回の事件は解決というわけですね」

 陽香は「その通りよ」と優人へ得意げにウインクを飛ばしつつ、手元のコンソールをテンポ良くマルチタッチで操作し、大型スクリーンへ説明用スライドを広げる。

 最初に東京都の地図が映し出され、北部と南部にある二つの区が点滅する。

「二台の発生装置の行方をずっと調査班は追っていたらしいんだけど、攪乱のためか長期間同じ場所に留まらず定期的に移動しているそうよ。ただ今のところは練馬区の物流センターと、大田区の倉庫街に隠されてる。そこであたし達第一管理部隊と、第四管理部隊に命令が出たわ。内容は同じ日時に、別々の場所を二つの部隊で奇襲することよ。これは背後組織に情報伝達させず、確実に二台とも確保することが狙いよ」

 続けて東京都北部にある練馬区がズーム、地図上のある区画がハイライトされる。

 さらにスライドが切り替わり、駐車スペース等も含めた目標地の全体像がワイヤーフレームで作られた3Dモデルで映し出される。

「まずは、あたし達が奇襲する練馬区の物流センターについて。この手の場所にしては中規模らしいけど、あたし達が攻め落とすことを考えたら敷地自体は広めだと思う。ただ丸ちゃんの見積もりで建物の構造と周辺の環境から狙撃が十分可能なそうよ」

「おっとリーダー、じゃあわたくしとマスターの出番ですね!」

 主人の肩に止まっていたネリーは、二枚の翼を羽ばたかせてその場で飛び上がる。

 そんな彼に陽香は「そうよ」とライトポインターを向ける。

 複眼のアイレンズ内にある照度センサーの反応はともあれ、ネリーは人間でいう眩しさを感じないが「キャーキャー」と無駄に騒ぎ立てる。そんな喧しい子分に主人は目くじらを立て、こめかみをピクリと一瞬だけ揺らす。

「ネリー、鬱陶しいぞ。目標を含めた建物の配置は俺も確認したが、問題ないだろう」

「よろしく頼むわ」

 陽香と鷹志の会話は最小限の言葉で終わったが、それを聞いて優人は安心する。

 些細な二人の声色から先日あった喧嘩の余韻が感じられなかったからだ。

「それじゃこれから具体的な手順の説明ね。ステップとしては大きく分けて四工程よ」

 物流センターの図形が縮小しながら左上にスライドして、新たにナンバーが振られた四行の項目が並ぶ。

「一つ目が通信妨害用の機器の設置、目的は制圧中に無線を使った自爆をされないようにする対策。全て優人にやってもらうわ。設置自体は敷地の外だし簡単なはずよ。あとジャミングを行ってもわたし達の通信状況は維持されるので、そこは心配無用よ」

「了解しました」

 強いて言うなら敷地内にいる警備員に勘付かれないことがポイントだが、おつかいの域を出ない内容だろうと優人は考える。問題ないはず……ここだけなら。

「ここからが問題、綱渡り気味の内容になっていくわ」

 スクリーンの中に映るワイヤーフレームの建物の中に五つの赤い人型のモデルが追加される。その内、二人が外で三人が建物内にあった。

「二つ目が警備員への狙撃、目的は外部の制圧。アタッカーの奇襲では揉み合いになる可能性があるし、そうなれば建物内部の人間に勘付かれる。発生装置を自爆させるリスクは極力抑えたい。そこで狙撃ならスマートに無力化できる。連日観察した傾向だと、警備員は外に二人で中に三人。全員が《光の柱》事件の背後組織に雇われた者達だと思うわ」

「わかった」

 無愛想だが鷹志の一言返事は、緊張も高揚もない静かなものだった。

 この工程で躓くことはまずない、そう他のメンバー四人全員が思えるほど、鷹志の長い経験に裏打ちされた能力は高い信頼があった。

「三つ目がジャミングとオーダーによる警戒。ジャミング自体は優人が設置したものを作動させればいいけど、警戒の方が肝心ね。背後組織候補である二つの企業が所有する重要拠点を、いくつか監視してもらうわ。わたし達の奇襲に反応して行動する人物を把握することが目的。前回ほど複雑ではないし、マコちゃんとオーダーなら心配ないと思う」

 普段のマコトに接する陽香を考えればやや事務的な言い方だったが、過剰な気遣いにならないように努めているようでもあった。

「わかりました。任せてください」

 逆にマコトは手を握り締め、己を鼓舞するように頷き、陽香へ真っ直ぐな視線を向ける。

 感情を隠さない様は兄である鷹志とは真逆。しかし体調不良な時も多いため、マコトの場合は元気な方が周囲も安心する。

「よし。そして最後の四つ目がアタッカーの侵入、内部の制圧。連日の傾向だと警備は三人。発生装置は他の貨物に比べて大きいコンテナの中に収まっているそうよ。ジャミングは利いてても、無線以外に自爆手段が無いとは限らないから慎重に行動するように。ここでしくじれば全てが無駄になる」

 ここが作戦の成否が決まる工程であり、優人にとって唯一汚名返上できる場面。

「全力を尽くします」

「頼むわね」

 実力に対して責務が大きいのは明らかに自分。だから直前まで鷹志やマコトとの打ち合わせは念入りにして、万全の状態で挑むとしよう。

 何より、今回は結果という形でしっかり陽香からの期待に応えたいのだ。

「優人と鷹志。今回は二人共、マーダーライセンスはBとするわ」

 以前の作戦ではCであり『殺人は禁止、但し不可抗力は除く』というもの。

 しかし今回のBは『目標達成の障害となる場合のみ、殺人を許可』となる。

 双方の違いはエージェントの倫理観や良心によって上下するが、後者の方が殺人という禁忌がより許された状態となる。多くの場合、より重要度と難易度が高い作戦ほどこの規制が外れていく。

「丸ちゃんはいつも通り、マコちゃんとオーダーのサポートをお願い。説明はこんなところかな。作戦手順が少し複雑だからあとで資料を確認できるように共有サーバーに置いておくわね。他に質問はある?」

 陽香は確認のための軽い目配せではなく、激励するような熱い眼差しをメンバー達一人一人へじっくりと送る。

「この作戦を成功させれば、一ヶ月前から続いたこの事件も解決するはず。もし無事に成功したら、ウィルで貸切のお祝いをしよう。もちろんあたしの奢りよ」

「えっ、本当ですか。うわぁ……やった!」

 真っ先に反応したのは、ブリーフィング中とはいえやや力みすぎていたマコトだった。

 ウィルとは陽香がよく通う酒場の名前である。マコトは未成年かつ食も細いため、マスターがアドリブで作る豊富なノンアルコールカクテルがお気に入りらしい。

「僕もたまにはあそこ行ってみたいです」

 優人はまだ数回しか行ったことのない店だが、食べ物もやや味が濃いめなところが好みで、店内の雰囲気自体も肌に合うため、楽しみやすい印象があった。

「最近は騒ぐ居酒屋ばかりだったしな、静かな場所も悪くない」

「いつでも付き合うぞ」

 鷹志も弄れた言い方ではあるが賛成し、丸雄は一言簡単に告げる。

 作戦後の目的も共通できたせいか、陽香は最後にニヤリと笑いつつ満足そうに大きく頷いた。

「みんなの能力なら問題なく作戦成功できると思うわ。では東京都第一管理部隊、我らチームリングスは明日の二五:○○より作戦行動に入る」


********************


 ブリーフィングも終わった後、優人は設置を担当する通信妨害用機器を確認するため、装備保管室でコンテナから取り出そうとしていた。

「優人くん」

 扉を開けたマコトから声を掛けられる。

「ちょっと言っておきたいことがあって」

 普段立ち入らない場所なせいか落ち着かず、持て余すように部屋の隅に立つ。

 マコトのような年頃の女の子に、油の匂いが染み込んだこの部屋は不釣り合いだろう。

「これは姫ではないですか。作戦前のトイレならご心配なく、きちんと済ますよ」

「もうっ、そんなことじゃないよ」

 同僚のふざけた様子に開口一番は怒り気味だったが、すぐに呆れて溜息をつく。

「大したことじゃないんだけどね。意思表明しようと思ったの」

「改まってどうしたの?」

 日常ではあまり聞かない四文字熟語だったため、コンテナを触る手を止めて片膝立ちのままマコトと目を合わせる。

「わたし達はお咎めこそ無かったけど、一ヶ月前の作戦で不正をしたよね。だからこれはけじめをつける良い機会だし、リーダーへの恩返しにもなる……だから」

 そこまで話してからマコトは、自らの横髪を螺旋状に巻いた紫色のリボンを、慣れた手付きですらりと引き抜き、それを緩い握り拳で持ち、優人の前に掲げた。

「頑張ろうね、それだけだよ」

 普段マコトは人前でリボンを外すことはないが唯一例外がある。

 それはオーダーに接続する前に意識的に行うこと。日常と切り離された時間に身を置くことへの決意であり、任務を成功させるための自己暗示、おまじないのようなものだ。

 しかしそんな儀式をこうして自分に披露してくれるのは初めてだった。ならば優人も同じ事で返さねばならないだろう。

「僕も頑張るよ。大事な仕事だ、お互いよろしく」

 優人も伊達メガネを外し、マコトと同じように目の前に差し出す。マコトほど意識的ではないが優人のメガネの付け外しもまた、日常と非日常を切り分けるために行っていること。

 すると含みのある強気そうな笑みを浮かべ、マコトは装備保管室から去っていった。

日頃の彼女の性格を考えればとても珍しい仕草。それは、陽香が時折見せる笑みにとてもよく似ていた。


********************


 優人は監視に察知されるリスクを下げるため、流通センサーの外壁から一つ外側の道路を移動しつつ、外壁に面した二つの目標地点に通信妨害用の機器を設置し終えた。

 軽い長距離走ではあったが、突入前の準備運動としては悪くない。

「こちらアタッカー、ジャミング機器の設置完了した」

『了解した。こちらはオーダーの準備は整ったが、第四管理部隊の方でまだ少し時間が掛かるらしい。少し待機しててくれ』

 丸雄の指示通り、背後に何もなく隠れやすい路地裏にひとまず身を置いた。

『こちらスナイパー、射撃スポットに到着した。こちらもひとまず現場で待機する』

 おそらく五分程度のインターバルだろう。嵐の前の一息と、地べたに座り込む。

『おい優人、少しいいか?』

 スピーカーから鷹志の声が聞こえてきた。

 ヘッドギアの透過型ディスプレイには、これが部隊全員に行き渡る共有通信ではなく一対一の限定通信であると表示されている。優人もそれに合わせて手首のコントローラでマイク設定を同様に切り替える。

「はい、いいですよ。今はお互い待ちですし」

 作戦行動前に、黙ってじっとしていると緊張気味になることもあるため、雑談は悪くない。特に次は鷹志にとって最も大事な役割、狙撃の工程である。

『マコトの話なんだけどよ。お前って仲良いよな?』

「まあ、タカさん知っての通りそうですよ」

 鷹志らしくない堅い物言いに違和感を覚える、一体どんな話だろうか。

『単刀直入に言うと、マコトはさ……そのな、誰かから嫌がらせとか受けてないか?』

 学校での委員会活動のことが真っ先に思い浮かび、やや胸が締め付けられる思いになる。

「いじめ、とかですか?」

 自分のことながら白々しいわかりきった返事の仕方にやや嫌気がさしたが――

『いや、違うんだ。その……セクハラ、とかさ』

 優人は吹き出しそうになる口元を必死に抑えて、どうにか平静を装う。もし無線通信ではなく、肉声での会話ならすでに動揺を悟られていただろう。

『一緒に暮らしてる身としてはよ、毎日の変化がわかるわけだ。マコトが帰ってきたときに、たまに意識がぼんやりしてる時があってな、子供の癖に妙な色っぽさがあるんだ』

「まっ、まあ、気のせいっすよ、きっと」

 鷹志の発言にも怪しいものを感じ、適当に言葉を返す。

『まさかお前や丸雄がセクハラするわけないが、学校の先生とか強引な男子とかならわかんねえだろ?』

 間違いなく陽香との戯れが原因だろう。しかし事実そのままを教えるわけにもいけない、ましてや作戦中だ。かといって嘘もつけずその場で息を呑む。

『妹がどこの馬の骨とも知らない奴に、汚されてるとしたら黙ってられねえ。マコトは清純な女の子なんだよ、いつまでもそうでいて欲しいんだ。でも最近になって感じるんだが、以前より微かだが胸や尻の凹凸が出てきてるんだ、毎日見てればわかる。それはいい。ただそのきっかけがセクハラだとしたら、いてもたってもいられなくて……悔しいんだ、兄として。その癖、トイレ行く時は子供っぽい言葉を使うし、言いつけても直らないしで――』

 この兄貴大丈夫だろうか?

 心配しているのは確かだろう。しかし、妹の女性としての成長に動揺する変態の言い訳にも聞こえて、ただ適当な相槌を打つのが手一杯だった。

 それでも一方的に続く鷹志の話は途切れず、早く終わらないかとやや嫌気が差してきた頃、

『こちらバックス、第四管理部隊の方も準備完了だ』

 共有通信で聞こえてきたその声は、優人にとってまさに救済であった。

 今は姿こそ見えないものの、見ようによっては愛嬌がある巨体とスキンヘッドとサングラスがこれほど神々しく思えたのは初めてだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る