3.ミーティング

 放課後も景のことが心配だったがクラスメイトや政明に任せると、優人はすぐにホテルの司令室に向かった。招集命令を無視することはできない。

「入ります」

 今日は「どうぞ」というきちんとした応答がある。入ると奇抜なジャージ姿の陽香がいるのはいつもと同じだが、昨日と違ってゲームに熱中してはいない。

 壁の大型ディスプレイにはプレゼン用ソフトが映り、ウインドウ内に数々の静止画が並ぶ。

 陽香はパネル上でミスの無いマルチタッチを駆使して、いくつもの画像を選んでは拡大縮小することを繰り返している。

「何か進展があったんですか?」

「まあまあ、来て早々慌てなさんな。余裕は冷静さを保持するために必要よ」

 からかわれて悔しいが自分が焦り気味だった事は正しいため、反論を喉の手前で塞き止める。

「マコちゃんが来たら一緒に説明するわ。もうすぐ来るらしいから――と言えば、来たか」

 扉の外から微かな電子音、セキュリティの解錠音だ。

 表にある踏み台から降りたのか「よいしょ」とゆったりとしていて機敏さが欠片もない声。

 続いて最初の扉が静かに閉まる、手を添えてそっと閉じるのが彼女の癖だ。

「入ります」と甲高い声に対し「どうぞ、いらっしゃい」と優人をもてなすときとは随分違う陽香の嬉しそうな返事があった後、彼女は姿を現した。

「こんにちは~」

 間延びした語尾と、緩く甘ったるい声。

 肩まで切り揃えた横髪、その左側をトレードマークである紫色のリボンで綺麗な螺旋状に結っている。ただ、彼女にはそれ以上に特徴的な部分がある。

 歩くスピードが遅いことも手伝って、まるでひよこのようなイメージ。

 小学生のようにはにかむ無垢な笑顔はたんぽぽのようで、女の色気などとはほど遠い。

 小柄かつ細身のスタイルで貧相な印象だが、立ち居振る舞いが感情豊かなため、他人からは明るく見える。

 良く言えば動物的で可愛らしく、悪く言えば子供っぽい。

 彼女の名前は、川原マコト。

 優人と同様に陽香をリーダーとしたチームの一員である。

「はあぁぁん、マコちゃぁぁん。会いたかったわよ、お姉さんは寂しかったんだからぁぁん」

 発情期のメス動物の如く、陽香は理性を失いマコトの元に駆け寄ろうとするが、

「リーダー。その続きはまた今度に、余裕があるときにしましょう、ねっ」

 優人はメガネのブリッジを中指で上げ、珍しく事務的に陽香を役職で呼ぶ。

 すると陽香は「へい、すいませしぇんね」と不満そうに口を曲げて再び椅子に戻った。

 ノリが悪いのはわかっているが、今は本題に早く移りたかった。

 優人は「失礼します」と形式張ってソファに座るが、マコトは気楽な様子で自然に優人の隣に座る。

「優人くん、おつかれさま」

「マコ先輩、おつかれさま。今日は早いね」

「うん、リーダーの呼び出しだからね。今日は委員会の仕事抜けてきたよ」

 頭一つ分以上は下の位置から、マコトは優人に上目遣いで話し掛ける。

 二人は立場を隠すため、実年齢から普段の身分を高校生としていて、同じ学校に通っている。

 マコトはチーム内でも優人の先輩であり、通う学校でも上級生にあたる。しかし、敬語を使わないようにマコトからは頼まれており、優人はその通りにしている。

「はい、準備オーケー。説明するよー」

 今はディスプレイ内に大きく一枚の写真が映っている。場所こそ違うが、昨日と似たような工事現場のものだった。

「これは作戦説明よ。構想自体は今までもあったけど、上層部から早期解決の指示が出たの。だから都内の各管理部隊のリーダー同士で相談して、具体的な作戦案が決まったわ」

 思ったよりも早い決定だった。なら、それには理由もあるはず。

「きっかけは昨日起こったと思われる

 やはり。予感が的中し、優人は眉を細めた。

「昨晩も例の《光の柱》事件が起こったんだけど、その現場付近に携帯電話が落ちていたの。調査班が回収して持ち主を特定したところ、今朝から行方不明になっているわ。持ち主は女子高生、ちなみにあなた達と同じ高校の生徒よ」

 考えるまでもなく、由梨のことだろう。

「その子のインターネットの履歴や日頃の行動から考えるに、この事件のことを独自に調べていたみたいね。それで次の犯行現場の目星をつけて待ち構えていたところ狙い通り遭遇できたと、素人一人で大したものね。けど好奇心が祟って実行犯達に見つかり、連れ去られたと推測されるわ」

 由梨に関する話はそれだけで終わった。

 いつも明るい彼女の姿が、頭の中で色彩を失いモノクロのイメージとなる。

「作戦はいずれ行う予定だったけど、民間人にまで影響が出たなら早急に手を打たなきゃならないというわけ」

 陽香は手馴れた様子でタッチパネルを操作しながら話し続ける。

「ここからが本題の作戦内容よ。目的は実行犯の背後組織の特定と牽制。さらに証拠である《光の柱》発生装置の確保。そのためには、まず彼らの犯行現場を抑えることが重要ね」

 工事現場の写真が縮尺され画面左側にスライド、空いた右側に箇条書きで三つの項目が表示される。

「実行犯達が使う現場の特徴は三つある。一つ目は都内二十三区内であること。二つ目は深夜のベッドタウン。三つ目は高いフェンスに囲まれた場所、例外はあったけどほぼ工事現場よ。だからこれらを毎晩監視して、実行犯達が現れたら急行するわ」

「えっ?」

 最後の一言の意味を理解するのに、優人の中で少しタイムラグが起こる。

「それって……都内のベッドタウンにある工事現場全部を見張って、実行犯が現れたら対応するってことですか?」

「そうよ」と陽香は短く答えて、ディスプレイの表示を東京二十三区の地図に変える。そして中心部を除くベッドタウン気味の地域だけがハイライトされる。

「たださっきも言ったけどこれは他の東京の管理部隊と同時に実行する作戦。だからあたし達の担当エリアは、板橋・練馬・杉並だけになるわ」

 さらに画面上の地図が絞り込まれ、二十三区の北西に位置する三区だけに拡大される。

 それでも愚策だと優人は思わずにはいられなかったが、隣のマコトはさほど驚かず平然と聞き入れていた。

「それってかなりの広域を、僕らたった五人で対応しようってことですよね?」

 都内の限定された地域のみとはいえ、工事現場の数は途方もない。

「まあまあ、最後まで話は聞きなさいって。そのために我々にはスーパーコンピュータであるオーダーがあるのよ。そうよね? マコちゃん」

 オーダーの能力をもってすれば、ネットワークに接続されているどんな電子機器も掌握可能である。しかし、その代償は使用者へダイレクトに跳ね返ってくる。

 マコトは平然と頷く、自分に最も大きな負担が掛かるにも関わらずに。

「作戦手順だけど、まず準備としては担当エリア内にある工事現場付近の建物に監視カメラを極力設置すること。これは調査班が今やってて、丸ちゃんとクソホークも協力に出払ってる。今晩には設置完了する予定よ」

 調査班はその名称にそぐわず実際は雑用も引き受ける部署、なんでも屋だ。カメラ設置という地味で骨の折れる作業に、心の中で密かに労った。

「次に明日の夜から毎晩、実際に監視をする。但し、優人が心配する通り全てをあたし達だけで抑えるのはかなり厳しい。今までの平均犯行時間を考えても三つの区は無理という結論が出てるわ。だからね、日によって対応するエリアを変えるのよ。三つは無理でも一つの区に絞ればなんとかなるわ」

「でも、それじゃ残り二つの区で犯行があったら対応できないですよ」

 実際に疑問を口にするとその真意に気づく。それで変化する優人の表情を見て、陽香は微かに勝ち誇って頷いた。

「無理にエリアを広げても仕方ないですから、運頼りになっても確実に対応する考えですね」

「その通り。さすがマコちゃん、察しが良いわね」

 ご機嫌な様子で陽香はウインクを飛ばし、マコトは手首を反らす可愛らしいガッツポーズで明るく無邪気に喜ぶ。

「運頼りで一つの区に絞るからハズレることの方が多いし、あたし達の担当エリアで犯行があるとは限らないし、そもそも毎日実行されるものじゃない。きっと真夜中に待機してても何もせず終わってしまう日が多い。非効率的なのはわかってる。それでもこれが許される権利の中で実行可能な最善策だから、二人共お願い」

 どんな仕事も全力を尽くすのが、優人のモットーである。それが練られた作戦なら、厳しくても特に何も問題ない。

「《光の柱》を発見してから対応可能なら、撤収する前の実行犯達を抑える。現場を制圧後に発生装置を確保。この辺はうちのアタッカー……優人なら、心配ないと思うわ」

 急な褒め言葉に優人は戸惑うが、つい緩む表情を咄嗟に固めて陽香に会釈する。

「でも、大事なのはこの後。証拠の確保以外に、背後組織の特定と牽制もしないとね。そこで優人には、実行犯の一人に発信機を付けてわざと逃がして欲しいのよ。できれば下っ端じゃなく、リーダー格のやつをね」

「どうしてリーダー格に?」

「下っ端じゃただの雇われ者で機密は何も知らず、アプローチにならない可能性があるから」

 それだけなら厳しい仕事にはならないと優人は見積もる。真夜中とはいえ住宅街なら、規模の小さい戦闘で済むからだ。

「それが成功したらアドミニストレーター、マコちゃんの出番。オーダーと接続して交通管制システムにアクセス、逃走する実行犯を追ってもらう。身元や逃走ルートをきっかけに実行犯の背後組織を特定できれば、事件解決までかなり近くなるはず……また苦しいことになるかもしれないけどマコちゃん、お願いね」

 陽香は優人には軽くしか告げなかったが、マコトには労わるような面持ちで憂慮する。

「いえいえ、わたしの任務ですから。成功させてみせます」

「うん、ありがとう。でも無理しないようにね」

 依怙贔屓などではない、この作戦はマコトが担当する部分の方が重要で難しく、何より消耗するからだ。

「二人に話すことはこんなとこね。何か質問あるかしら?」

 天井を見上げて作戦中を想定すると、すぐに思い浮かんだ。

「アタッカーからの装備要請です。クラスBの装備を許可してください」

「クラスCでは不足する理由は?」

「実行犯達はおそらく警戒しているでしょう、油断は期待できません。なので奇襲だけでは終わらず、交戦時間が短くは済まない可能性もあるからです」

「多少の荒事は仕方なしか、わかったわ。クラスBの装備を許可するけどマーダーライセンスはCでお願い」

 銃器などの危険な装備を扱う作戦では、前線に立つ者にマーダーライセンスが設定される。

 Cは『殺人は禁止、但し不可抗力は除く』という段階だ。

「装備が充実する分だけ、極力不殺を心がけるように……あー、ちょい待ち」

 渋く顎を撫でるという、女性らしからぬ仕草で陽香は考えにふける。

「基本的にはクラスBの装備で許可するけど、プレーツアーマーは無しでお願い」

「えっ……そんな、あれが本命なのに」

 もし実行犯達が銃器を所持していた場合、俊敏性を維持しつつ防弾性を得られる特殊スーツは有効な防御策になると考えていた。

「まあ、すぐ落ち込まないの。通常のソフトアーマーならいいわよ。それに代わりのお守りもあげちゃうんだから」

 すると突然、陽香はジャージのファスナーを下げて脱ぎ始める。

「ちょ、ちょっと何を」

 たまに奇行に走る彼女だが、真面目な打ち合わせ中にすることではない。

 ジャージを着ているとわかりにくいがタンクトップ姿になった陽香の、手や顔と同じ色白かつ豊満な胸元は見事なもの。希に伺えるそれは目の毒なため、優人は直視せず僅かな動揺すら表に出さないようにいつも努めている。

「よいしょ、ほれっ。これ着けなさい」

 そんな優人の気苦労など気にせず、陽香は左上腕に付けていた薄い腕輪らしきものを丁寧に外し手渡してくる。腑に落ちないが優人はそれを受け取る。

 外殻はメカニカルなフレームで組まれ、その内面には電子基板のような模様の層があり、中央には微かに緑の燐光が伺える楕円形の水晶球がある。

 新型のデバイスか何かだろうか。

 アクセサリーとしてはお洒落な印象がなく、しかし何の機能があるかわからない代物。

「利き腕じゃない方に着けるのがおすすめよ。ほれっ、地肌に今着けなさい。命令よ」

 脱衣を強要させられるが、命令なら仕方ない。

 ブレザーとワイシャツを脱ぎ、やや複雑な嵌め具を締めると、陽香は満足そうに微笑む。

「これは何ですか?」

「うーんとね……丸ちゃん開発の新装備。なんでも一定速度以上を持つ金属……つまり、銃弾にだけ反応する電磁場で軌道を逸らすそうよ。一応、出血大サービスなんだからね」

 理屈は最もらしいが、実際に現場で役に立つのかは不安だ。

 開発者は信頼できるが、それでもプロトタイプには違いないだろう。おまけ程度に考えておくのが良いだろう。

「ところでさ」

 陽香は自分の席に着こうとするが、なぜかやや頬を赤くしつつ振り返る。

「出血大サービスって、なんか卑猥じゃない?」

「あんたは何を言っているんだ」

 悪ノリに対するツッコミには、失礼な言葉使いも多少は許される。

 一方、マコトは何か連想したのか「はうっ」と、耳まで真っ赤にして顔を学校鞄で覆い隠す。

 しかし出血大サービスはともあれ、女の上司と男の部下が同じ部屋で服を脱いでいる状況だから、怪しい絵面ではある。

 もし二人だけならば、優人はいくらか居た堪れない気分であっただろう。

「よーし、こんなもんでいいか。んじゃ、まとめるよ」

 徐々に立ち直ってきたマコトの頭を髪の毛を摘むように撫でると、陽香は愛用のジャージを再び羽織る。

「明日から毎晩、三つの区を順番に監視する。もし現場が待機中の優人に近ければ急行、犯行現場の制圧、さらに《光の柱》発生装置を確保。その後に実行犯の一人を逃がして、逃走経路から身元や背後組織を特定する。一度でも失敗すると実行犯はさらに警戒するから、一発勝負の作戦になるわ。あと今回、丸ちゃんはマコちゃんのサポート、それにクソホークは人員不足な別部隊のフォローへ回ることになるわ」

 二人は要約された内容をしっかりと咀嚼して頷く。

「では我ら東京都第一管理部隊こと、チームリングスはこれより第一種作戦待機の後、明日の二二:○○より作戦行動に入る」

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