チーム・リングス

伊瀬右京

優人と陽香

1.日常に潜む影

 部活動の活気ある喧騒に包まれた放課後の教室。

 しかし男女二人ずつ合わせて四人の不真面目な生徒達は、窓際の後ろ二行二列の四席で生産性のない雑談に耽っていた。

「そうだ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど《空飛ぶヒトデ》って……」

 女子の一人が好きな話題を出そうと目を爛々と輝かせるが、喋ろうとしたその瞬間を狙って――

「すげえ、マジでか!」

 男子の一人、風見優人は取り計らったタイミングで驚いた表情を作り、会話の邪魔をするために叫んでみせた。

「いや、まだなんも言ってないんですけどー」

 不服そうに目を細める女子に、優人は適当に両手を合わせて「そっかそっか、ごめんごめん」と軽薄に謝る。

「もう、優人くんはわたしのことからかい過ぎだよ。メガネ掛けてる癖に!」

 そんな小学生並みの悪口を言うのは、朝倉由梨。

 小柄で髪型も耳が隠れるくらいのショートボブ、普段から感情を隠さず活発な雰囲気が溢れ出ているためボーイッシュな印象がある。ぷくっと頬を膨らませ勢いよくそっぽを向く仕草も、身近な人間には見慣れたもので半ば彼女の専売特許である。

「いやいや、からかわれ要員は大事さ」

 責められた優人を援護するのは男子の片割れである、高橋政明。

 精悍な顔付きで偉丈夫といえる体格をした彼は、今時珍しく男らしさを感じさせる風貌だ。今日に限っては部活動が休みだが、普段は剣道部の部員である。

「さすが、わかってるな」

 優人と政明は互いを見合わせて、軽く拳をぶつけ合う。

「ちょっと、由梨で遊ばないでくれるかしら?」

 そんな男同士の連携に異議を唱えるもう一人の女子が、藤原景。 

 由梨とは逆に背が高く、細身の体型で背中まで伸ばした後ろ髪がよく映える。やや男顔だが瞳は大きく鼻梁の線が綺麗なため、将来が楽しみなルックスだ。しかしそんな美女への要素は、男子二人を睨む釣り目の威圧感をより強くしている。

「「ははーっ。お代官様許してくだせえ」」

 ここは平伏されておくのがお約束。いつもの負け台詞を男二人で同時に口にする。

「ありがとうね、景ちゃん。わたしの味方は景ちゃんだけだよ」

「よしよし、リボンが曲がってるわよ。それで、聞いて欲しいことって何?」

 子供のように景に頭を優しく撫でられて、ついでに胸にある制服の紐リボンを直された由梨は、はっと我に戻り話題を思い出す。

 由梨と景は幼馴染同士だ。

 昔から住む家も近く、小中学校といつも二人で登下校もしてきた。一緒にいるのが当たり前の姉妹のような関係。

 休み時間や放課後はこの四人グループで過ごすことが多い。しかし高校から知り合った男子二人と違い、由梨と景には幼い頃からの絆がある。

 毎日二人の様子を眺めている優人には、それが特別な聖域に思えることもある。

「今新しい噂があるんだよ!」

「前から聞いてるやつ、あの《空飛ぶヒトデ》の話だったら、もう聞き飽きてるぞ」

 呆れ気味に話す政明に、由梨は挑戦的な笑みを湛える。

「違うよ、今回のは正真正銘の新ネタ。その名もズバリ、光の柱なのだ!」

 由梨は噂や都市伝説といった類のものに目が無く、校内に留まらない聞き込みを行い、たまに持ち前のネタを仲間に披露することがある。

「最近、真夜中になると街から太い光の柱が空へ飛んでいく、って噂が広まっているみたい。深夜なだけに見た人は少ないみたいだけど、かなりインパクトある光景らしいよ」

「ただ空に向かって大きいライトを当ててるとかじゃなくてか? 綺麗な写真を撮りたい金持ちカメラマンの演出とか、あとは映画の撮影とか」

 常識の範囲での出来事だと解釈させるように、優人は言葉を選ぶ。

 それはさりげない誘導でもあった。

「優人くん、残念ながらその仮説はちょっと考えにくい。いくつか証言を聞いた段階で気づいたんだけどさ、場所がバラバラなんだよ。東京のあちこちで報告例があって、順番を追ってみても法則みたいのは無いしさ」

 由梨がこんな話をするときは、好奇心旺盛な側面が顔を出す。しかしそれは悪い癖だ。

「真夜中に空を貫く光の柱、しかも場所はランダム……これは臭うよね!」

「臭うって、何かする気なのか?」

「夜中に怪しそうなとこで張り込む! 可能性は低いけど前に目撃された現場の近くで待ち構えてみるよ」

 由梨は挑むように天井を睨んで答えた。

「ダ、ダメよそんなの! 止しなさい、危ないわよ」

 景はそんな宣言に驚き、とても心配そうに由梨の肩を揺さぶった。

 やや取り乱しているのは、親友ゆえにその無謀さをよく知っているからだ。

「大丈夫だよ。風邪引かないように着込んでいくからさ」

「真夜中に出歩くこと自体が危ないのよ。高校生で、しかも女の子なのに」

「俺もそれは反対だぞ。深夜なんて妙な人間が出歩いてるかもしれない」

 まともに考えたら止めるのが常識。その後も、景と政明は能天気な友人を説得し続ける。

「もう二人共、大袈裟だなあ」

 しかし由梨は学校を出てからも結局、二人の忠告を聞き入れることはなかった。

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