インディペンデンス・デイ〜俺はバイトをする

 洋楽を聴いては風に当たる。


 俺の名前はカケル。孤高な青年だ。


「……お兄ちゃん、働こうよ」


 この可愛いけど冷たいのは我が妹のサクラ。親が甘い分、自分が厳しくしないと……と思ってるらしい。


「……お兄ちゃん、聞こえない」


「……お兄ちゃん、聞こえてるでしょ」


「……お兄ちゃん、聞きたくない」


「……お兄ちゃん、構ってもらえるうちはまだマシだよ」






 § § §






 働くことにしました。ハンバーガーチェーンでバイトです。


「いらっしゃいませ、セットにポテトはいかがですか」


 人がたくさんいる。人間恐怖症のこの俺が、悪魔的この地獄空間にどれだけ長くいられるものなのか……実に見ものである。


「でさ、マキ。今度人形ちゃんと一緒に映画に行きたいわけよ」


「うん」


「でもさ、人形ちゃんは私の体を使ってるわけじゃん?」


「うん」


「だからさ今度はマキの体を借りたいなあ、なんて……」


「人形ちゃんを抱えながら見ればいいじゃない」


「あっ」


「分かってたとは思うけど」


「……うん、そうだね」


 謎の会話をしてる女子高生、二人。大体サクラと同い年くらいであろうか。


 勇気を振り絞れ、俺っ!!


「お客さま、大変申し訳ないのですが、とても混み合ってるのでご注文を……」


「あっ、すいません、じゃあ私はチーズバーガーセットで! マキは?」


「同じく」


「チーズバーガーセットがお二つですね」


 よし。


 自分から話しかけるという大業を果たした。


 今までの俺は客から注文されるのを待っていただけだったが、今回はこうして自分から話しかけることに成功した。自分の番が来てることに気づいていないとかの理由で、なかなかこの客は注文しそうになかったからな。


 こんな体験は久しぶりだ。自分から話しかけるのはやっぱり怖い。引きこもりの性であろうか?





 § § §





 ざわ ざわ


 ざわ ざわ


 ますます列に人が並ぶ。今度は男子高生、二人。


「それで川辺でバーベキューをしたわけよ」


「えっ、タケと?」


「そう俺とタケと……あとキリで」


「えっ、いや、えっ、待って?」


「どうした?」


「待て待て、ケイとタケとキリと……って、いつものメンバーじゃん? いつものメンバーのうちの三人じゃん? なんで俺呼ばれてないの?」


「……」


「えっ黙らないで、なんで俺だけ呼ばれてないの? 俺、嫌われてるの?」


「いやそういうわけじゃないんだ」


「じゃあなんだよ」


「ごめん普通に忘れてた」


 普通に忘れてた……。


 分かるぞ、俺には分かるぞ。その言葉の悲しみ、苦しみ……。親友だったら夕日を背にして励ましの言葉でもかけたいところだが、あいにく俺がかける言葉はそんなものではない。俺がかける言葉は……。


「お客さま、大変申し訳ないのですが、とても混み合ってるのでご注文を……」





 § § §





 さてさて次のお客様は何者じゃ……えっ!?


「ヤッホー、お兄ちゃん!」


 サクラ!? それとサクラのお友達……?


「こ、こんにちは///」


「こっちは私の友達のリン! 今日は友達と一緒にお兄ちゃんの仕事ぶりを見に来たわ!」


 なんだって!? 働いてる俺を友達と一緒に見にきただと……!?


「ふむふむ、ちゃんと働いてるようで」


「俺をバカにしに来たのか?」


「違うよ、応援しに来たんだよ」


「ならなぜ友達を連れてきたんだ?」


「特に理由はないけど。強いて言うなら一緒にハンバーガーを食べようかなって。あっ私はチーズバーガーセットで」


「わ、私もそれでお願いします」


「チーズバーガーセット二つですね」


「チーズバーガーセット二つですね……だって! くすくす」


「なぜ笑う」


「働くお兄ちゃんが新鮮で」


「やっぱりバカにしに来たんじゃないか」


 やれやれ、迷惑な妹である。





 § § §





「ねえ、サクラちゃん」


「なに? リンちゃん」


「なんであんなお兄さんにイジワルなの? サクラちゃん、お兄さん大好きなくせに」


「はっ!? そ、そんなわけないし///」


「……顔真っ赤だよ」


「……ぐぬぬ」


「サクラちゃん、素直じゃないんだから。お兄さんが働いてて嬉しいんでしょ? ついつい見に行っちゃうぐらい」


「もうっ、リンちゃんったらうるさい!!」


「お兄さんのこといつも心配してたもんね」


「別に心配なんてしてないし! どうせこの仕事も長続きしないわよ!」


「でも仕事が決まったとき私に嬉しそうに電話してきたじゃない」


「あれは別に仕事が決まったから嬉しかったんじゃなくて……! 仕事が想像以上に大変だってことをお兄ちゃんに思い知らせられるなあ……と思ってて喜んでたのよ! あのバカには仕事の大変さ、大事さを知ってもらわないといけないからね!」


「ふーん」


「にやにやしながら私を見るなっ!」





 § § §





 あと少しで俺のシフトが終わる……。ようやく悪魔的この地獄空間からも抜け出せる……。


「おらぁあ金出せやっ!!」


「きゃあああ強盗よぉ!!」


 なっ強盗!?


 ハンバーガーチェーンに強盗なんて聞いたことがないのだが!?


「おらぁあ! お前、早くこの袋にあるだけのお金を入れろっ!」


「ひっっ!!」


 あぁ……俺が必死に頑張って稼いだお金たちが……袋の中に入っていく……。


「警察だー! お前はもう包囲されている! おとなしく出てこい!」


「なっくそ、こうなったら!!」


 外から警察の声が聞こえた。すると、なんとその強盗は店内にいた弱そうなおじいちゃんを捕まえて、首元にナイフを突きつけたのである!


「助けてくれえええ」


 た、大変なことに……!


「おい、逃走用の車を用意しろ。じゃなきゃこのジジイはハローヘブンだからな!」


「お助けくださいぃ」


「黙れジジイっ!」


 どうにかしないと。


 でも……。


 今までいろんなことから逃げてきたこの俺が、なんとかできるのだろうか。


 学校から、社会から、そして家族から……俺は壁にぶつかるたび向き合うことから逃げてきた。自分さえも守れない俺が、誰かを救えるのだろうか。


 無理だ。


 しょうがない、これは仕方ない。


 もし俺が震えてなにもできなくたって、誰も責めやしないさ。だって相手はナイフを持ってるんだぜ? 普通の人間だって怖くて動けないさ。


 あのおじいちゃんは運が悪かった。俺はなんにもできない、どうせなんにも……。


「車を用意させたら悪いがジジイ、お前にも付いてきてもらう」


「な、なんで」


「そりゃ警察が追ってこれないようにするためだよ。いざとなったら死んでもらうがな」


「そんなっ!」


 店内にいる誰もが、おじいちゃんを悲しそうな表情で見る。


 でも、店内にいる誰もが、足を震えさせていた。多分助けない、助けられない。


 これは仕方ない、しょうがない。また俺は心にそう言い聞かす。でも。


『応援しに来たんだよ』


 やれやれ、迷惑な妹である。こんなときまであいつの声が聞こえてくるとは……。


『お兄ちゃん、構ってもらえるうちはまだマシだよ』


 そうだよな、もう俺はこれ以上。


 お兄ちゃんとして情けないところは見せたくない。あいつに見捨てられるのだけは嫌だからな。


「ふふ、これで無事俺は逃げられ……」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあ!!!」


「なっ!?」






 § § §






 ピーポーピーポー


「お兄ちゃんは!? お兄ちゃんは無事なの!?」


「危ないですから、やめてください! ここは通せません!」


「でも中にお兄ちゃんがいるの!! 私が、私が守ってあげないと!」


「サクラちゃん……」


 ドンッ


「なんだ、今の音は?」


「どうやら中で店員一人と犯人がもみ合ってるようです!」


「なんだって!? 今なら行けるか……? 総員、突入するぞ!」


「「「「了解!」」」」


 ドンッ ダガッ ドゴッ


「犯人確保! 犯人を確保しました!」


「でかした! それで、全員無事なのか?」


「それなんですが、一名ナイフで刺されたらしく重症です……。勇敢にも犯人に立ち向かったらしく、現在救急車で運ばれてます」


「そうか……」






 § § §






「店員一人が犯人ともみ合って重症……!? さすがにお兄ちゃんではないと思うけれど……お兄ちゃんビビリだし。でもそれでも心配……」


 サッ


「えっサクラちゃん!?」


 ガラッ


「お兄ちゃん!」


「……誰の妹さんかな?」


「すいません、おじいちゃん。この人なんですけど、どこにいるかご存知ですか? もしかしてシフトが終わってもう帰ってるのかも」


「この方は……この写真のお方は……私を助けてくれた青年じゃ!」


「えっ……?」


「勇敢な青年じゃ! 犯人ともみ合って、私を犯人から引き離してくれた! 救急車で運ばれたからお礼も言えないまま……大丈夫じゃろうか。お嬢ちゃんはこの青年の妹なのかね? ……ん、お嬢ちゃん?」


「そ、そんな、嘘でしょ……」


 ピーポーピーポー






 § § §






「で、俺は新聞の一面を飾り、しかも助けたおじいちゃんがとある会社のお偉いさんで、俺を専属のボディガードに雇ってくれたんだ! ハハッ。幸運だった!」


「全然幸運じゃないから!? 危うくお兄ちゃん、死ぬところだったんだからね!」


「なんだ? 心配してくれたのか?」


「そ、そういうわけじゃないけど……」


「ハハッ。俺は最高の妹を持ったようだな」


「からかうな!///」


 こうしてカケルはNEETからボディガードに進化したわけだが、これから彼はもっと、昇進していくことを今はまだ誰も知らない。


 確かに彼はダメ人間だった。しかし、見捨てられる怖さを身をもって感じ、大きな行動を起こした。それが結果として彼の運命を大きく変えたのである。


 運命とは決して簡単に変化するものではない。


 しかし、決して変えることが不可能なのではないことも知ってほしい。


 これからもカケルとサクラの日々は紡がれていく……。


 続く!

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