第6話 二十四時間

 

アメリカ人のその彼女には

八年間交際して、結婚間近の恋人がいた


二人とも心優しく明るい性格で

彼らの周りの友人・知人からとても好かれていた


二人の趣味は海外旅行

八年間の間に、タイ・マレーシア・シンガポール

ドバイ・モロッコ・エジプト・メキシコ・ペルー・と

世界中を旅して周った


そして、結婚生活を送る地を

自然の多いニュージーランドに決め

移住をした


その性格の陽気さと心根の優しさにより

二人はすぐにその地に溶け込んだ


あっという間に時間は過ぎ

彼らの移住一周年の記念パーティが

新しく現地で親しくなったニュージーランド人

の友人達によって盛大に開かれた


その日彼女は少し疲れていた為に

彼より先に帰宅し会場を後にしていた


彼は人付き合いも良かったので

友人全員が帰るまで最後の最後まで飲んで

自らその場を盛り上げていた


パーティが始まって六時間後の深夜二時

ようやくパーティはお開きになった


彼は予めウーバーで予約していた迎えの車に乗り

帰宅の途に着いた


車に乗り込むと、安堵感からか

急に酔いが回ってきた


気が付くと運転手に身体を揺すられ

自宅の前まで到着していた


迎えの車代を決済した所までは記憶があったが

その後急に意識が遠のいた


意識が戻ると

自宅からあとほんの二十歩程度の距離の道端で

自身が後続の車に撥ねられて

瀕死の状態になっている姿を目撃した


そうだ

車から降りた後、急に眠気に襲われ

意識を失うように道端で寝込んでしまったんだ


瀕死の自分の肉体の傍らでは

彼女が、この世の終わりを目撃したような目をして

幽霊のように佇んでいた


事故の衝撃音で集まってきた近所の方が

すぐに救急車を呼んだ


彼女はやっと正気を取り戻し、救急車に同乗した

病院ではすぐに緊急救命措置がとられたが

彼の命は助からなかった


彼女は聴覚・視覚・味覚・嗅覚・触覚・

全身の全ての感覚が奪われたような浮遊感

に包まれていた


彼のいない生活

彼のいない人生

彼のいない自分


彼がこの世に存在しないという事実を

彼女はどうしても受け入れる事が出来なかった


それでも必死に考え自制をし

父親や母親、家族のことももちろん考えた


既にこの世にいない彼も霊となって

彼女の傍らで必死に彼女を説得していた

いや、泣きながら懇願していた


それでもその自制は二十四時間が限界であった


彼の死から二十四時間後

彼女も彼を追い求めてこの世から消え去った


二人の家族・友人・知人は

深夜のどす黒い海の底で窒息するような

絶望感に支配されていた


数日後

彼女の母親が自身のSNSにコメントを書き込んだ


二人の死は、私たち家族に、永遠の無のような

虚無感と悲しみをもたらしました


そこから抜け出せるのかも、今は分かりません


ただ、ひとつだけ分かる事があります


それは、私の娘が

この世から消え去っても構わない程

彼の事を深く愛していた


いや

彼なしでは彼女の人生は成り立たなかった

という事実です


考えてみれば

この世に生まれて

そこまでの出会いというのも

経験出来る人のほうが少ない訳で


その点では


娘の人生はとても短いものでしたが

彼女は自身の人生を

生き生きと

全力で生き切ったのだ


と、今は思えるのです

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